一、昨今の稲荷事情
自宅に祀ったキツネ様と現代神様事情をパロディ風に綴っていく予定です。神奈川県を中心とした神社仏閣、街の情報を混ぜながら、のんびり、気楽に神様と付き合うお話。
神様が出てくる現代ファンタジーと思って頂ければ幸いです。
あくまでパロディなので、神話の逸話や神様の性格はかなりデフォルメしております。神社関係の方や歴史の専門家が読んでいたら読むに堪えないと思うので、そのときはごめんなさいね。
「かみあり」や「堕女神」あたりを読んでいる方は、すぐに気付くと思いますが影響がバリバリ入ってますので、あまりにも気になる方は避けたほうがよいかと。
また実際の神社名などはご迷惑がかかるといけないので、なるべくぼかそうと思っております。
R15指定しておりますが、神話や伝承、風習に性的な話が入ってくるため、そういう冗談を言い合うこともある、という程度に思って頂ければ。指定不要だったかもしれませんが念のため。
一、昨今の稲荷事情
浦賀ドックの裏手にあるほとんど森と変わらない山の中腹に、小さな稲荷がある。かつては小さくも洒落た赤い鳥居が、今ではみる影もなく、塗装は剥がれ、ボロボロになり、蜘蛛の巣が張っている。柱にはキノコが生えている始末。しかも毒キノコらしい。
白磁の美しかったキツネの像はヒビが入り、汚れている。
小さな社は、かろうじて原型を保っていたが、割れた小皿に泥がつき、土と落ち葉に埋まっている。かつてはこの社から浦賀の小さく深い湾が見渡せて、あのペリーの黒船も遠目に見ることができたという。
……と、その社の神様であるキツネ様は言っている。彼女はいま、僕の家に居候の身分だ。
「油揚げを買ってきたか?」とワクワクした目でこちらを見る彼女こそ、浦賀の社のキツネだ。ふさふさの尻尾と透き通った白い肌に騙されてはいけない。
神様は信じるものがいないと消えてしまう。信者がいるからこそ神様は存在できる。この稲荷もまさにそんな事情から生まれた。
稲荷神はウカノミタマという。山の神であり田の神であり、古来より崇められてきた。キツネはその使いであり、キツネは稲荷神ではない。
だが、多くの人が「お稲荷さん=キツネ」と誤解し、あるいは愛称をこめて言っているうちに、この社に参拝していた人々は、あやふやながらもこう信じてしまった。
「稲荷神=キツネの神様」と。
その結果生まれたのが、同じ「稲荷神」ではある新たな神、キツネ様である。
そう、信じることで神は存在するのだ。
だがそんなキツネ様もいまや消えようとしていた。
もとはふもとの小栗家が管理していたのだが、その家の子供たちが就職で家を出てしまい、社を管理するのは10年ほど前から小栗家の最年長・市代であった。
というかキツネ様の話を信じれば、そういうことだ。
市代は高齢ということもあり、社の掃除がだんだん行き届かなくなり、3年前病気になり入院。これで社は放置されるに至った。大雨や嵐で社が痛んだものの、修復されることはなく、荒れたまま。誰も訪れることなく朽ちていくのみだった社は、今年、市代の死によって、信じる者がほぼいなくなり、祀られている稲荷神の存在も消滅寸前であった。
そこに浦賀をぶらぶらと歩いていた僕が気まぐれに訪れ、参拝したことで、稲荷と僕の運命は変わった。
ややこしい方向に。
彼女は天恵というふうに、僕の頭の中へ社を移設するよう訴えたのだ。小さなキツネの置物が依代だという彼女は、僕に丁寧にハンカチに包むよう指示した。
僕は化かされたかのような、不思議な気持ちで自宅のアパートの部屋に持って帰ったのだ。
神棚など無い。1LDKの部屋で、本棚の上にちょこんと祀られたキツネの小さな置物は、その日から横浜の小さなアパートの守り神となったのだ。信者はおそらく僕一人だけ。
昨今の神様事情は厳しい。
「キレイな社殿を持つのは必須であろう。有名にもならねばならないし。大河ドラマに出てくるような歴史上の有名人と関わらんとのう」
お茶をすすりながら、キツネ様が言う。
人の姿をした彼女は、ちょっとツリ目の美女だが、ときどきフサフサでサラサラの毛でできた尻尾が生え、さらにピョコンとウサギほどではないが、それなりに耳……ケモミミも生える(気分による)。
服装は巫女さんそのままだ。彼女が言うにはこのほうが男を引っかけられる=信仰心が集まるという。かなり俗っぽい神様だ。
可愛いし、肌も露わな彼女を見て純情な僕の心臓が爆発寸前になり、下半身が熱くなるのも仕方ないと思う。だが、彼女はあまりにも胡散臭い。目の前で化けて出られたら、目の前にいるのが神様だと思うしかないのだけど……。
いろいろツッコミたいところがあるのだが、とりあえず話を合わせるしかない。
「誰かいないの?」
「有名人か? ……ペリーを見たがのう。見ただけではダメであろう?」
「そうだね……」
日本の神様なのに、見たことがある有名人はペリー提督、というのもどうかと思う。
「浦賀ドックができたせいで、何も見えなくなってしもうたわ。前はよく海も見えたのにのう」
浦賀ドックはもう閉鎖された造船所のあたりを言う。幕末に設立され、第二次大戦後も自衛隊の護衛艦を建造していた。
「浦賀ドックなら、有名な軍人がきたんじゃない?」
「そりゃあ来ただろうが、軍事機密であろう。外からは見えんからのう。それにあのドックで作っていた艦は大きくないし……。横須賀があったし、西国のほうでも作っておったしのう。大和でも作っていればのう」
「大和をご存知なんですね……」
浦賀の山の中にいたのに随分と詳しい。
「それはそうよ。目の前に建てられては嫌でも気になるわい。まったくなにが国家神道よ。その神の視線を遮るとは。日陰だし。日照権の問題をワシは提起したいぞ」
「……」
現代人と変わらない問題を提起してくる神様とはなんなのか……。
「そもそも、あの社の創建は聞いて驚け! 1000年以上前ぞ。凄かろ」
「凄いね! だったら誰か知らないの? 源頼朝とか。鎌倉幕府をつくった人」
「教科書で読んだから知識としては知っているがのう……。そもそも1000年以上前に創られたときはウカノミタマが祀られていたわけだし」
「……そうだね」
どこから突っこめばいいのか。
とりあえず頼朝の知識は集落の氏子の家に置いてあったのを見たという。
「キツネ様が神になったのっていつ頃なの? というか神の使いだった頃もあるわけだよね?」
「それはそうよ。とはいえ元はただのキツネ。当時は暦の存在も知らなくてのう。ウカノミタマが祀られた後であるのは確かだ。最初の社はただの祠であったのを覚えている。その頃は私も不要だったのだが、いつの頃からか狐は神の使いということで祀られ、ウカノミタマに仕えておったのよ」
しみじみと茶をすすりながら語る巫女服(+尻尾+ケモミミ)のキツネ様。
「ウカノミタマってどんな人、というか神様だったの?」
「よく食う女だったぞ」
「……女神様だったんだ」
「穀物を守る女だからのう。父親はスサノオ」
「スサノオ!?」
「うむ、さすがに現代っ子にもインパクトのある名であったか。これは愉快」
そう言ってやはり茶をすすっているキツネ様。
「お主が好きそうな胸の大きい女であったわ」
「な、んっ!?」
動揺がそのまま出る僕……。
キツネ様がニヤリと笑う。
「さっきから胸ばかり見てくるからのう。我が巨乳なのもウカノミタマのおかげよ」
そう言ってわざと胸をチラッと見せる。純情な氏子をからかうキツネ様。
「……あのね、そっちが勝手に見せているだけでしょう」
「氏子の望みは叶えてやらねばならんからのう」
そう言ってまた笑う。
本当に現在たった一名の氏子である。
「ま、そんなウカノミタマであったから、豊穣の神として稲作の神、稲荷となっていったのであろうよ」
「……そういう由来が」
「詳しくは知らんがの」
「あの社、そのままでよかったの?」
「仕方なかろ。社のほうのウカノミタマはもうおらん。あれは私にとっては間借りしていたというか、奪ったというか……」
「いいのそれで……」
「仕方なかろ! お主ら人間が誤解するのがいかんのじゃ! 稲荷はキツネでは無いというに。勝手に誤解したせいでウカノミタマは消えてしもうたわ。まったくお主らは勝手に崇めては勝手に忘れる! 神のご利益を、社の事跡を子々孫々まで語り継ぐべきではないか!」
「それは、はい、ごもっともです」
なんで怒られなければならないのか。
興奮したキツネ様はコホンと恥ずかしそうに咳をして姿勢を整える。
「いや、これはすまなんだ。お主は悪くないぞ。そもそも、浦賀は稲荷に向かないというのもあったからのう。稲作自体少ないし。米が貴重だったから祀られたのだが、米と縁が無いとご利益も薄くてのう。ライバルも多いし」
「そういえば、浦賀には2つの神社があるよね」
「2つどころではないぞ。日本は神社が多いからのう。お主が言うのは湾口に東西に建ててある神社であろう? 風光明媚でのう。ああいうのはやはり見栄えがいい。結局信者もとられてしもうた」
ちょっとしょんぼりするキツネ様。尻尾やケモミミが垂れている様子は可愛い。抱きしめたい。
「それにのう。あの神社は三柱も神が祀られていてのう。二柱は女神だし、あと天皇も神になっていて、しかも親子だぞ。何かと話題になるし」
「そうだったんだ……」
「神功皇后だぞ祀られているの」
「あ、え、そうなんだ。えっと、あの実在したの?」
神功皇后が実在したか、というのは今も研究が続いている。
「実在もなにも、神として祀られているから神として存在するわ」
「あーそういうものなんだ」
なんというか自分の国の神様のフランクさについていけない……。つまり実在した人物であろうが、無かろうが、信じれば神はそこに宿る。まさにこのキツネ様のように。
(許容範囲が広過ぎる……)
「神功皇后って卑弥呼だって言われている?」
「それは知らぬが、卑弥呼は別に神としておるぞ。というか神はたくさんおるからのう。分祀も考えものじゃ」
日本の神様は分祀で無限に分かれていく。
「分祀しても同じ神様だと言われておるが、それは最初だけじゃ。我のように長い年月で誤解され、神は著しく変わっていく。我はウカノミタマの使いであったが、今はウカノミタマを吸収したとも言えるかもしれん。だから我はウカノミタマとも言えるかもしれん。……言い過ぎか?」
ちょっと恥ずかしそうに小首をかしげるキツネ様。
「あの、ほかの神様というのは?」
「一柱は神功皇后の息子の応神天皇じゃ。この子を宿しているときに朝鮮を攻めたのだから神功皇后もなかなかの女傑よの。我は苦手だが」
「会ったことあるの?」
「そりゃあ近所だし」
それはそうなのだが、話のスケールがめちゃくちゃだ。
「……どんな神様なわけ?」
「肝っ玉母さんそのものじゃ。豪快でのう。女海賊とか女山賊みたいなもんじゃ。我にも無理矢理酒を飲ませるしのう……。まあ、情に厚いし、ときどき女っぽい仕草を見せると、やたら色っぽくてのう。男はメロメロじゃ。胸も大きいし。本当に男ってやつは」
「……そうなの……」
「源頼朝が創建に協力したというからのう。頼朝の妻は北条政子であろう? 本当に女傑みたいな女が好みなんだのう。まったく男ってやつは」
2回言った。
「息子さんはどんな神様なんですか?」
「うむ、優秀だな。母親の影で目立たない男だが、ご利益を確実に与えるという点では、より優れておる。母親が酔っぱらって寝ているときに、きちんと宴席を片付け、信者の声に耳を傾け、叶え、それをひけらかさない。それどころか母親の実績と、母を立てる。本当にできた息子よ。母親もそんな息子を溺愛しておる。というか甘えておる。あれではどちらが子供なのか……」
ため息をつくキツネ様。なんだか会社のダメな同僚を語る雰囲気になっている。
「……あの、最後の神様は?」
「ん? ああ、ヒメガミか? これは卑弥呼じゃな」
「ん?」
「だから卑弥呼じゃ」
「ヒメガミって卑弥呼なの?」
「そう信じているものがおるからのう。まあ由来のはっきりしない、ふわっとした神だと思えばいいんではないか。我もそうだし。一応いろんな神様と夫婦であったり娘でもあるしのう。あの神社では息子の嫁扱いだが」
「……なんだか、嫁姑問題がありそうで怖い」
「そんなことはない。神功皇后はそういう根暗な女ではない。ただのう……昔の神ほど性についてタブーが無くてのう。ヒメガミは大人しいというのもあってのう……」
急に口ごもるキツネ様。
「その、のう……皇后も酔うと結構強引というか、理性がのう……女同士とか3Pとか……」
神様からとんでもないフレーズが飛び出てくる。
慌てて止める。
「それ、いろいろまずそうだからいいです」
「う、うむ、そうか? そういう話が好きであろう?」
「いやいやいやいや、あのもう少し神様はそういう俗っぽくない話で」
「いや、そうは言うが、もともとこの国には『ハレ』と『ケ』という考え方があってだな、地域によっては非日常の場合、現代ではおよそあり得ないタブーが起こることも」
「いいですから!」
なぜか民俗学でも始めようかという勢いのキツネ様を、同じく全力で止めて、互いに肩で息をする。
「……ふむ、まあ、しかしお主は若いわりに神への偉大な崇敬の念を持っている。良いことだの。あれであろう、尊敬する先輩のあられもない姿を見るのは、心苦しいやつであろう」
「……そのたとえはどうなの」
「では、そうだな、あれか、両親が夜中にこっそりまぐわっているのを見る思春期の息子」
「いや、もういいです」
疲れて適当に止める。
「うむ、そうか。ともかく神への信仰が失われつつある昨今、お主の信心はあっぱれじゃ。褒美に添い寝でもしてやろうか」
そう言って神様がしだれかかってくる。透き通った白磁そのものという肌が露わになり、心地よい彼女の匂いに頭がクラクラしてくる。そういう話題を拒否していたのに、このまま襲ってしまいそうになったところで、バシッ!と急に身体に衝撃が走り、離れた。
「なんっなに!?」
「ほほほ。お主もエロいのう。邪なことを考えおって」
完全に見透かされて顔が赤くなるのが分かる。
「まあ信心などというものはそんなものよ。傀儡女を知っておるか?」
「くぐつめ?」
「渡り巫女じゃ。古来より各地を転々としている巫女での。彼女らは世の邪気を祓い、神に祈ってきた。生きるために旅先の男たちに抱かれながら、のう。それを遊女と蔑むものもいるし、事実そういう女もいたが、巫女と交わることは神と交わることにつながっていたのだ。本当にご利益を求めたければ、巫女と交わり、巫女を喜ばせること、それが神を喜ばせることにつながっている、と」
そう言って、キツネ様は自分の巫女服をひらひらとはだけさせる。
「なぜこんな服を着ているのか、これで分かったであろう。我は喜ばせてほしいのじゃよ」
そう言ってニヤニヤ笑うキツネ様は妖艶であった。
「それは、僕と……」
交わりたいということなのか。そんな言葉が頭に浮かんだところでキツネ様が続ける。
「巫女と交わるにも、神と交わるにも、それなりの資格が必要じゃ。傀儡女が誰にでも股を開いたと思うておるのか、たわけめ」
僕のおでこを小突き、ニヤニヤとキツネ様。
「お主は所詮氏子に過ぎぬ。我を抱くなど夢のまた夢よ。まあしばらく我の言うことを聞くがよい。それでご利益が生まれるであろう。励めよ」
励めってなにを……そもそもどんなご利益があるのか、キツネ様に聞きたいことは山のようにあったものの、彼女はポンッ!という音と煙のあとに、消えてしまった。どうやら依代のキツネの像に戻ったらしい。
像を見ていると、ちょっとウィンクをされたような気がした。
神様の名前、なるべく分かりやすい方向で出してます。
ウカノミタマ=よく食う、胸が大きい
神宮皇后=女傑
応神天皇=優秀な息子
ヒメガミ=大人しい
最後の3…
あたりも勝手な想像です。ごめんよ。
次回はご近所さんのお話。