美少女地獄外道祭文 / 外道少女殺人ホメオパシー
友達が外道です。ヤクザ屋さんとかではありませんが、人間としてひどいのです。ありていに言ってクズなのです。彼女はアグニちゃんといって、ちょっとしたことですぐにテンションを上げて騒動を起こす人格破綻者です。このあいだの下校の時も
「おい見ろよシズカ、犬が弱ってるよ、犬が」
などと道端を指差します。なるほど、土手の脇の芝生では、たしかに薄汚れたお犬さんが横たわっていました。息も絶え絶え、舌丸出しでやばそうな感じです。
「え……いじめるの? トドメとかさしちゃうの? やめなよ……」
「なに言ってんだよ。しんどそうだよ、助けなきゃ」
そんなことを言いながら、アグニちゃんは大股でお犬さんに近づきます。お犬さんは、それだけで怯えて身をすくめます。
「このまま一日くらい放っとくと命にかかわりそうな感じだね」
「おう。こういう緊急時の治療には、ホメオパシーがいいんだってさ」
「ほ、ホメオパシー」
「こんなこともあろうかとトリカブトの粉末を用意してたんだ。こいつを希釈してレメディを作ろう!」
「アグニちゃん希釈できるの? あれって、何か大袈裟な装置とかいらなかったっけ……」
「目分量で!」
首輪を見たら隣のクラスの渡辺君の飼い犬だったので、その場で連絡して獣医さんに連れてかせました。放し飼いはよくないですね。
「ちぇーせっかくあたしのキメたホメオパシーの威力を見せつけるところだったのにー」
「うん、それたぶん死んじゃうよね……」
「たとえ死んだとしてもそれは好転反応っていって、治りかけてる証拠らしいぜ」
「アグニちゃん、どこでホメオパシーのこと勉強したの?」
「昨日ネットで……」
その答は完璧に予想していたものだったので、私はそれ以上何も言いませんでした。どちらかというとトリカブトの入手先の方が気になったのですが、彼女は本当にヤバいことになるとしっかり口を噤むので、ネタを割ることはないでしょう。
「とにかくホメオパシーは薄めれば薄めるほど効くんだ。成分にトリカブトを使うのは"毒をもって毒を制す"の発想で、薄めた毒は裏返って薬になるんだよ」
「聞きかじったような俗流解釈はよくないよ……。いくらホメオパシーがプラセボ効果だからって、せめて200年の歴史を尊重しようよ……」
そんな話をしていると、アグニちゃんは突然なにか閃いたようでした。
「まてよ……。薄めれば薄めるほど薬効が出るってことはだな……、逆に濃くしていけば毒になるってことだよな?」
「もともと前提の誤りがあったところに、さらに誤りを重ねた気がするよ? 二重の誤りだよ?」
「うるせー二重盲検法など知るか! お前らは何かと言えばすぐ二重盲検法だのエビデンスだの! 効果がなかったからって効かないとは言えないだろ!」
「うん効果がないなら効かないよね。あとこれは二重盲検法の話じゃないよ」
「それより問題は、濃くすれば薬が毒に反転するって発想だよ。これはスゲーよホメオパシー! 希釈しないで原料そのまま呑ませりゃ劇毒になるってことじゃん!」
「ちょっと待ってそれトリカブトだよね」
「もしかしてあたし完全犯罪思いついちゃった? ヤリーあたし今ちょうど殺したい奴いたんだ! C組の藤本なんだけどあいつあたしの日記荒らしやがって」
「ちょっと待ってそれトリカブトだよね」
涼やかな風が気持ちいい、下校道の土手の上での会話でした。
【その後】
後日、mixi日記の犯罪自慢で毒殺未遂が発覚したアグニちゃんは、見事なほどあっさりと警察に連れていかれました。「ホメオパシーは現代科学で証明されていないので、罪には問われないと思った」と残念がる彼女の言葉はおもしろおかしく報道され、ネットやら何やらでひとしきりネタにされたのを覚えています。いつも賑やかだった彼女は、こうして私たちの学校からいなくなりました。彼女と最後に話したあの土手の風に吹かれる時、私はそんな日々のことを思い出してちょっとだけ寂しさを覚えるのです。