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Under Domain  作者: 綾部澪
6/6

Under Domain1-3

信号待ちの間に、ポケットの中にある、戦利品の存在を確かめた智樹はにやりっと笑った。

 三度目にして、やっと出し抜いてやった。まさに、三度目の正直、と言うヤツだ。

 日付が変わっても、気温はさほど下がってはいなかったが、依頼の成功はそんな暑さなど、忘れさせてくれた。額に浮かんだ汗さえも、今日に限っては全く気にならなかった。


 昼間は常に渋滞している大通りも、今はほとんど車の姿もなかった。

 信号が変わるのを待って、バイクを発進させた智樹は、事務所のビルへと向かっていた。多分、この時間なら、昂はまだ事務所にいるはずだ。

 目的のビルをついっと見上げると、やはり、四階にはまだ晧々と電気がついていた。

 ビルの前に、バイクを止めた智樹は、小さく息をつきながらグローブをはずした。そして、ヘルメットを取ると、つつっと伝った汗を、手の甲で拭う。少し、涼しくなったような気がした。

 ついっと階段を見上げた智樹は、意気揚揚と四階まで駆け上がった。

 そして、バンッとドアを開けると同時に叫んだ。

「昂! 今度は勝ったぜ!」

 ポケットから取り出した戦利品を、びしっと見せながら、得意げに言った智樹に、どうやら仕事をしていたらしい昂は、小さく息をつくと「ガキだな」と言った。

 そんな昂の反応に、智樹は口を尖らせながら言った。

「なんだよっ。仕事成功して、何でそんな事言われなきゃいけないんだよ」

「それが、ガキだって言うんだよ。そうそうお前が失敗するとは、俺も思ってないし」

 それは、もしかして、誉められたのだろうか。

 いささか拍子抜けしたような気分になりながら、智樹は「あ、そう」と短く言った。そして、ソファーに腰を降ろす。さすがに、昼間よりは冷房が効いているようで、クーラーから噴出されている風は、それなりに冷たかった。

「それより、警察が動いてたのを、知ってたか?」

 言った昂に、智樹は思わず目を見開いた。

 警察が現場に到着したのは、智樹が現場から引き上げる直前だった。現場から、ここまでバイクで十五分弱というところだ。その情報を、昂が既に持っていること自体驚きだった。

「ああ。丁度、引き上げる時に、来てたよ。引き上げるのが、あと五分遅かったら、ヤバかった」

「そうか。だけど、よく気がついたね」

 言った昂に、智樹は些か居心地悪そうに身動ぎした。

 自分で気がついたわけではない。あの時、あの男が警察が来ると教えてくれなかったら、智樹は何も考えずに、正面から出て行ったかもしれない。

 それを考えると、薄ら寒かった。

「どうかしたのかい?」

 些か神妙な顔をしていた智樹に、昂は首を傾げながら言った。

 ちらりっと昂を見上げた智樹は、きゅっと唇をかんだ。あの男のことは、言わないわけには行かないだろう。

「警察の事は、あいつに聞いたんだよ」

「あいつ?」

 訝しげに言った昂に、智樹は戦利品をテーブルの上に置きながら言った。

「ココントコ、俺の仕事掻っ攫ってたヤツだよ」

「まさか、鉢合わせたのか?」

「ああ。仕事が終わったあとだったけど」

 言った智樹に、昂は口元に手をやった。

 何か考えこむ時の、昂の癖だ。

「そう――か」

 何か考え込むようなことがあっただろうか。やはり、鉢合わせたことは、智樹が思っている以上に、重要なことなのだろうか。そんな事をぼんやりと思った智樹は、あの男の後姿を思い浮かべた。

「ってか、そいつが、すげー、嫌味なやつでさあ」

 そんな智樹の言葉に、昂は口もとに薄く笑みを浮かべると言った。

「まあ。アンダーやってるくらいだからね。ろくな人間ではないだろうケド」

「あのー。俺も、そのアンダーなんですけど」

「だから、君も同類」

「――昂にだけは言われたくねーよな」

 ボソリッと言った智樹に、昂はちらりっと冷たい視線を向けた。そんな昂に、智樹は慌ててすっと視線を逸らした。

 そんな智樹など、大して気にした様子もなく、昂は再度口を開いた。

「で? その相手は?」

「俺と同い年ぐらいのヤツだったよ。人形みてーな、きれーな顔してた」

「人形――ね。どうせなら、発信機ぐらい、付けとけばよかったじゃないか。そしたら、すぐ足がついたのに」

「あのなあ――。やっぱり、昂のほうが、よっぽどろくでもねーじゃねーか」

 ぶちっと言った智樹に、昂はにっこりと笑いながら、すくりっと立ち上がった。そして、智樹のほうにゆっくりと歩み寄ると口を開いた。

「そういう、生意気な事を言うのは、この口かな?」

 にっこりと笑いながら言った昂に、智樹は慌てて自分の頬を押さえた。そう何度も、同じ手に引っかかるわけにはいかない。

 そんな智樹を見やり、昂はくすりっと笑い声を漏らした。

「そんなに警戒しなくてもいいだろ」

「警戒しなきゃしないで、無防備だっつって言うだろ」

「そんなの、当然だろう?」

 すうっと目を細めた昂は、テーブルの上に置かれたメモリスティックを取り上げると、デスクに戻った。

 そして、パソコンにそれを差し込むと、中のデータを確認した。

 真剣に画面を見ている昂に、智樹はごくりっと息を飲んだ。

「どうだ?」

「ああ。問題ないよ」

「そっか」

 ほっとしたように息をついた智樹は、続けて言った。

「目的のものと、他にもいくつかデータを抜いておいた。バックアップが取ってあるものに関しても、それは同じだ」

「そうか」

「まあ、次にパソコン立ち上げたら、今あるファイルを破壊して、あとはひたすらファイルを増殖させるウイルス仕込んでおいたから、まず、大丈夫だと思う」

「結構、エゲツナイ事するね」

 にやりっと笑いながら言った昂に、智樹はふんっと鼻を鳴らした。

 この仕事自体が、そういう仕事ではないか。今更、エゲツナイと言われるのは心外だ。

「だけど、露骨にデータを盗みました、じゃまずいわけだろ。イロイロと」

「ああ。その通りだ」

 どこか満足げに言った昂に、智樹はすうっと目を細めた。もしかして、試されたのだろうか。ふと、そんな事を思う。

 そう、問いかけようとしたその時、電話機がけたたましい音を立てて鳴り始めた。着信音の音量など、変えていないはずなのに、やたら大きく感じるのは、深夜だからだろうか。

 ちらりとそちらに視線を向けた昂は、じっとそれを見つめていた。留守番電話に切り替わるのを待っているようだ。

 こんな時間に、本業の客が電話を掛けて来るわけがない。

 だが、コネクタとしての連絡先にも『高槻経営コンサルタント』の電話番号を使用してはいないわけで。となると、単なる間違い電話か、もしくは――。

 と、着信音が途切れて、留守電に切り替わった。

 それと同時に、低い男の声が聞こえた。

『おるんだろ? 昂』

 そんな声に、昂は大きく深呼吸すると、電話をとった。

「おやじさんでしたか。お久しぶりです」

 どうやら、知り合いらしい。

 だが、こんな時間に、ここに電話を掛けてくるのは、些か不思議でもあった。

 知り合いならば、携帯に掛けてくればいいわけで。そんな事を思っていると、昂は気にした様子もなく、話し出した。

「ええ、元気ですよ。どうしたんですか? こんな時間に――。二重契約? ずいぶん、耳が早いですね」

 そんな昂の言葉に、智樹はギョッとしたように昂を見やった。

「――ああ。もしかして。そうですか。じゃあやっぱり、アキラだったんですね」

「アキラ?」

 突然出てきた固有名詞に、智樹はすうっと眉を寄せた。

 そんな智樹をちらりと見やった昂は、すっと背中を向けると笑いながら「それは、ある意味大金星ですね」と言った。

 二重契約などと言う言葉が出ると言う事は、相手は同業者である可能性が高い。今このタイミングで、こんな電話が掛かってくるとすれば、先程の男のコネクタである可能性が高い。

「おい、昂」

 電話中の昂に何を言っても無駄だと思いつつ、智樹は思わず口を開いた。

 だか、やはり、その言葉は無視された。

 小さく息をついた智樹は、口を尖らせながら、ソファーにふんぞり返った。聞きたい事が山ほどあるのに、このままでは、忘れてしまいそうだ。なかなか終わらない会話に、智樹は苛々しながら、電話が終わるのを待った。

 しばらく智樹にはわからない会話をしていた昂は、ようやく、その会話を切り上げた。

「分かりました。はい、明日――いえ、もう今日ですね。少し、遅い時間にはなると思いますが、伺います」

 言った昂に、智樹はギョッとしたようにカレンダに視線を向けた。

 今日は、もう五日だ。

 この日に、昂が予定を入れるなど、今までなかったことだった。

「――いえ。大丈夫です。かえって、おやじさんトコに行ってる方が、翔は喜ぶかもしれない」

 そんな昂の言葉に、智樹はぴくりと反応した。

 この電話の相手は、翔を――智樹の父親を知っているのか。

 もちろん、コネクタであるのなら、アンダーであった父親を知っていてもおかしくはない。

 

 

 

 けれど――。

 

 

 

 昂が、この日に予定を入れた事が、なんとなくショックだった。

 こんな事で、ショックを受けるほうがおかしい。それは分かっているのに、それでも、そう思ってしまった。

 と、ごんっと頭の上に拳骨が落ちた。

「いてーっ!」

 頭を押さえながら、ついっと上をむくと、そこには厳しい表情を浮かべた昂の姿があった。

「隙がありすぎるぞ」

「って、別に、こんなトコで、気ぃはってる必要なんてないだろ!」

「今の話じゃないよ」

「へっ?」

「鉢合わせたアンダーに、名乗ったって?」

 そんな昂の言葉に、智樹ははっと我に返った。

 そういえば、そんなこともあった。そして、あの男に『迂闊に名乗るな』とも諭された。

「あ、いや。あの、な」

「相手がおやじさんとこのアンダーだったから、良かったようなものの――」

「そういえば、アキラって言ったか?」

「ああ」

「もしかして、あの、アキラ?」

 智樹の父親も、伝説とまで言われるアンダーだった。だが、最近、その翔にも劣らないと言われるアンダーがいる、という話を聞いた事があった。それが『アキラ』だ。

「そういう事。良かったね。仕事を掻っ攫われたのが、アキラなら、誰も、君が無能だとは言わないよ。しかも今回は、アキラの獲物を、君がとったわけだし?」

 そんな昂の言葉に、智樹は口を尖らせた。

「誰に取られようが、一緒だよ。つーか、アイツ、嫌いだ」

 言った智樹に、昂はくすりっと笑い声を漏らした。

「だから、ガキだっていうんだよ。智樹は。もう少し大人になったらどうだい?」

「うっせーっ。いけすかねーんだよっ」

 思い出すだけで腹が立つ。

「まあ、いいや。とりあえず、今日はもう遅い。もうそろそろ、家に帰るよ」

「明日――っていうか、今日、どうするんだ?」

「どうするって? 予定に変更はないよ」

「でも、さっき――」

 言いかけてやめた智樹に、昂はくすりっと笑った。

「おやじさんのトコに顔を出すのは、夜だよ。よければ、智樹も連れて行くよ?」

 先程の会話を聞いている限り、電話の相手は、昂よりも一枚上手と言う感じだった。それに、あの『アキラ』のコネクタだという事は、もしかしたら、アキラがいるかもしれないのだ。

 確かに、今回の獲物は、智樹が取りはしたが、なんとなくあいつには会いたくなかった。

「……遠慮しとく」

「そうかい? まあ、そのほうがいいかもね。俺自身、おやじさんには、あれ以来あってないし」

 言いながら、小さく息をついた昂に、智樹はすっと眉を寄せた。

 あれ以来、というのは、翔が亡くなってから、だろうか。

「とりあえず、帰ろうか」

 言った昂に、智樹はすくりっと立ち上がった。

「俺、バイクあるし、自分で帰る」

「そう、か。分かった。気をつけるんだよ」

「ああ。昂も、な」

 言いながらヘルメットを手にとった智樹は、昂を振り帰る事もなく、事務所をあとにした。



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