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Under Domain  作者: 綾部澪
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Under Domain 0-1

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 今年は冷夏だと、誰が言ったのか。

 日はとうに沈んだと言うのに、纏わりつく空気は、まだまだ暑かった。

 日が沈んだからと言っても、アスファルトでコーティングされたこのあたりでは、気温が下がる事など考えられない。吹き抜けるビル風は、熱風と言っても差し支えなかった。

 じんわりと浮かんだ汗を拭った神坂智樹(かみさかともき)は、大きなビルに挟まれるような形で建っている、四階建ての雑居ビルを見上げた。



 最近、このあたりのビルは、軒並み建替えをした。おかげで、周りには最近流行りのブランドショップが入るビルばかりが立ち並んでいる。

 例に漏れずこのビルにも、ちゃんと立ち退き、もしくは建替えの話は来たのだ。だが、このビルのオーナーであり、智樹の育ての親でもある、高槻昂(たかつきこう)は首を縦に振らず、現在に至っている。

「ったく。こんな一等地にいる意味なんかねーんだから、売っちまえば良かったのに」

 ぶちっと言った智樹は、重い足を引きずるようにして、階段を上り始めた。

 地方都市とはいえ、一応、政令指定都市の中心部だ。交通の便は悪くないし、仕事をするのなら、都合のよい場所だ。けれど、老朽化したビルは、お世辞にも綺麗とは言い難かった。

 まわりのビルが建て替えをするまでは、それなりに味があると思えなくもなかったのだが、真新しいビルにはさまれた、その姿を見ると物悲しくなるのだ。

 それに。仮にも、コンサルタント業を営むのなら、もう少し、小奇麗な事務所を構えればよいと智樹は思うのだ。だが、コンサルタントは営業職だと言って憚らない昂は、どうせ、事務所になどクライアントは来ないのだから、事務所が小奇麗である必要はないと言う。

 まあ、正論は正論なのだろう。だが、旧いビルはとにかく暑いのだ。付いているクーラーが旧式のものだとか、そういうレベルではなく、昔の建物は、暑さを凌げるようには出来ていないのだと思う。

 そう。

 問題なのは、場所でも、ビルが古いことでもなく、ココが暑い事だ。

 建築材料の問題なのか、設計の問題なのか。専門ではないから、詳しいことは分からないが、今年変えた新しいクーラーの効きも悪いのだから、クーラーの所為だけではないと言う事が証明されてしまった。

 致命的なことに、このビルにはエレベータがない。そして、当然の事ながら、廊下及び階段にクーラーはついていない。そんなわけで、最上階の事務所まで、階段で上がっていく間に汗だくになってしまうのだ。

 ようやく最上階まで登った智樹は、目の前の『高槻経営コンサルタント』と書かれたプレートを見やり、深い溜息をついた。そして、立て付けの悪いドアをノックもなしに開けた。

 冷たい空気が、ふわりっと智樹の頬を撫でた。いくら効きが悪いと言っても、外から入って来た時ぐらいは、冷房の役目を果たすらしい。

 ほっと息をついた智樹は、ついっと昂のデスクに視線を向けた。

 丁度電話を取っていたらしい昂は、ちらりっと智樹に視線を向けると、すっと背中を向けた。


 仕事中――か。


 手の甲で汗を拭った智樹は、体裁程度に置かれた応接セットに足を向けた。そして、ソファーにどかりと腰をおろすと、机の上に置いてあった新聞に手を伸ばす。

 TVの番組表にざっと目を通した智樹は、ばさりっと音を立ててそれを広げると、経済面に目を落とした。他は見なくても、経済面ぐらいは目を通しておけというのが、昂の持論で、両親を亡くし、昂に引き取られた十歳の時から、智樹はこうして新聞を読んでいる。

 いや、最初のうちは、読まされていた、というのが正しいのかもしれない。

 何しろ、十の子供なのだ。そんなものを読んだ所で、大半は意味が分からない。それどころか、読めない漢字までゴロゴロとあって、その読み方や意味を聞こうものなら、昂はにっこりと笑みを浮かべながら智樹の前に辞書をドンっと積み上げるのだ。そして、それでも分からなければ聞きにこい、という。

 そんな事を都合十年も繰り返していれば、自ずとそれに派生した知識も増える。お陰で、経済の動向には愚鈍ではなくなったし、とりあえず、無駄にはなっていないらしいので、文句を言うつもりはない。それでも、昂が智樹にこんな事をさせた理由を聞いた時には、聞かなければよかった、と本気で思った。

 その理由というは『一緒に住む人間が、それなりの経済の知識を持っていなかったら、仕事の相談が出来ないじゃないか』だった。

 そんな役割を、子供に求めるな。そう思いはしたが、発想を変えれば、昂は最初から智樹を『子供』ではなく一人の『大人』として扱ってくれていたのだとも考えられるわけで。実際に、そんな相談を持ちかけられたことは、今だかつて一度もないから、多分、本気で言っていたわけでもないのだろう。

 今現在の裏稼業を考えるなら、いろんな意味で役には立っているから、昂はこうなる事も見越していたのかもしれないとも思う。

 だから、昂には、いつまでたっても頭が上がらない。

 そんな事を思いながら、ちらりっと昂の方に視線を向けた。まだ、電話は終わらないようで、こちらに背を向けたままだった。

 いつものように、主要な記事だけを斜め読みして、ざっと株価をチェックした後、ようやくたどり着いた三面記事に目を向けた。やれ、放火だ交通事故だという記事の中に、個人宅から絵画が盗まれたと言う記事が並んでいるのが見えて、智樹はすっと眉を寄せた。

 そこに書かれていた名前には、とても見覚えがあった。

 丁度その時、電話が終わったらしい昂が受話器を置いたのが見えて、智樹はすくりっと立ち上がると、昂のデスクの上に新聞を投げ捨てた。

「どういう事だよっ! これはっ!」

 叫んだ智樹を一瞥した昂は、智樹が投げ捨てた新聞を見ようともせずに「どうかしたのか?」と返した。

「どうかしたのか、じゃねーよ!」

 昂は、毎朝、事務所にある新聞をすみからすみまで読み尽くす。そんな昂が、記事を読んでいないはずがないではないか。ずんずんっと昂のデスクに歩みよった智樹は、一旦投げ捨てた新聞をむずっと掴むと、嫌でも目に入るように昂の目の前で広げた。

「昂だって、これ見たんだろ?」

 ようやく新聞に視線を向けた昂は、めんどくさそうに口を開いた。

「ああ、それか。それが、どうかしたか?」

「どうかしたか、じゃないだろ。これで、二度目だぜ? 一体どうなってるんだよ。何で、狙ってたターゲットが、連続で盗まれるんだ? ありえないだろ」

「さあな。偶然だろ」

「そっかー。偶然かあ。珍しい事もあるもんだなあ――って、偶然のわけねーだろ! 中途半端な仕事すんなよ情報屋!」

 新聞をバシッと机に投げ捨てながら言った智樹に、昂はにっこりと笑いながら口を開いた。

「ずいぶん、生意気な口を利くようになったよねえ。智樹くん?」

 言った昂は、口もとに笑みを貼り付けたまま、智樹のほっぺたを左右に引っ張った。

「いてー! いてーよ、昂」

「口は災いの元って言うだろ。この仕事を続けたいなら、もう少し、思慮深くなりなさい」

「分かった。分かったから、放せよ」

「放してください、だろ」

 言いながら、更に強く引っ張ろうとした昂に、智樹は慌てて口を開いた。

「わーっ! 放してください!」

 あっさりと降参した智樹に、昂は面白くないというように「なんだ。堪え性のない」と呟いた。そして、ふうっと溜息をつくと、仕方なさそうにその手を放した。

 解放された智樹は、もう一度捕まっては大変とばかりに、ざざっと昂から離れた。

 鏡があるわけではないから確認は出来ないが、きっと両頬は赤くなっているだろう。ひりひりと痛む頬をさすりながら、智樹は深い溜息をついた。そして、ちらりっと昂を見やると、件の記事を睨めつけていた。

 その表情は、いつになく深刻そうに見えた。

 まさか、先程の智樹の言葉を気にしているのだろうか。

 いや。昂は、そんなに繊細な神経の持ち主ではない。そう思いながらも、なんとなく気になって、智樹は昂の顔を覗き込むようにしながら口を開いた。

「ってか、マジで偶然だと思ってるわけ?」

 そんな智樹の言葉に、昂はついっと視線を上げると短く言った。

「まさか」

「……」

 実にあっさりとした、昂の言葉に智樹はがしがしっと頭を掻いた。

 昂が、こういう人間だということは、長い付き合いで十分承知しているはずなのに、どうしていつもいつも、引っかかってしまうのか。

 再度、深い溜息をついた智樹をちらりと見やった昂は、首を傾げながら「どうかしたのか?」と言った。

「……なんでもねぇよ。で? 偶然じゃないなら、なんだっていうんだ?」

「偶然じゃないなら、故意、だろ」

「――故意?」

「依頼人が複数のコネクタに仕事を依頼していた、ってトコだろうな」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら言った昂に、智樹はすうっと眉を寄せた。





続きます。

まだまだプロローグですが、よろしくお願いします<(_ _)>

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