4
薬を一気に口の中に入れようとしたとき、マーガレットの部屋の扉が勢いよく開く。
「マーガレット、何をしてるのかな?」
「ちょっとセド! 勝手に部屋を開けないでください」
着替えでもしていたらどうするのか、とマーガレットは眦を吊り上げた。
「命の危険が迫っているときは護衛だから勝手ができるんですよ」
セドリックはそう言ってツカツカと迷いなく一直線にマーガレットに向かってくる。
「これはなに?」
手に持っていた薬の瓶を取り上げられる。
「睡眠薬です。医師から処方されてるので」
「こんなにたくさん一気に飲むの?」
「……」
答えないマーガレットにセドリックはため息を吐く。
「先ほどレイニーから聞いたんだ。君は医師から睡眠薬を処方されているはずなのに毎晩全然眠れていない様子で、昼間もいつも気だるそうにしている、と」
それで彼はマーガレットが睡眠薬を飲まずに溜めているのではと察したらしい。
「自殺を止めに来たんですか?」
マーガレットはセドリックを睨み上げる。すると彼は「いいや?」と言うので、意味が分からず眉を顰めた。
「では、セドは何しに来たんです?」
「ねえ、マーガレット、これ……何か知ってる?」
セドリックがポケットの中から何かを取り出しマーガレットに見せつけた。
液体の入った小瓶。中身が何かを想像したら気味の悪い色に見えてくる。
「たぶん君が想像しているもので合ってるよ」
「っ……」
彼は「これは毒なんだ」と言って小瓶のふたを外した。
「私に……飲めと……?」
彼に殺されるような展開は想像しておらずマーガレットはがくがくと震えながら尋ねた。自ら死ぬのと殺されるのでは、覚悟が変わってくる。
「まさか。これはさ、即効性で飲んだら即死ぬ猛毒だ」
猛毒と聞いてマーガレットはさらに震えあがる。
「俺の身体は毒に慣らしてるからこれくらい強力な毒じゃないと聞かないんだ」
「セドが……飲むんですか……?」
「ああ」
彼は明るく頷く。そして「マーガレットがこの睡眠薬を飲んだらね」と付け加えた。
「それは……」
「君がこれを飲み干したのを確認したら、俺はこれを飲む」
彼は反対の手に持っていたマーガレットから奪った白い粉の入った瓶をマーガレットに返した。
「マーガレットの睡眠薬は何日分? マーガレットはそれで確実に死ねる?」
マーガレットに薬学の知識はないからわからない。薬の過剰摂取は危険であるという程度の認識だ。
「俺の持ってる毒は確実に死ぬ。もしかしたら、夜中に君の様子を見に来たレイニーが異変に気づいて医師を呼んで君は助かるかもしれないよね? でも猛毒を飲んだ俺は五分もあれば死ぬかな」
そんな危険なことを平然と述べる彼に恐怖を抱く。
マーガレットと結婚できないからと廃嫡を選ぶ彼のことだからきっと本当に毒を飲むつもりなのだろう。
「なぜ……そんなことを……」
「マーガレットのいない世界なら生きている意味なんてない。マーガレットが好きなんだ。別に俺と無理して結婚してくれとは言わない。けど君の傍にいたい……」
聞けば聞くほど彼がマーガレットにこだわる理由がわからなくなる。
「なんで……なんで……そんなに……」
「これ、覚えてる? 君がくれたんだ」
彼は胸ポケットからブローチを取り出す。
その丸いブローチは鳥の羽をモチーフとした刺繍の入った布が貼ってある。
セドリックと婚約してすぐのころに作ったマーガレットの自信作だ。
「そんな宝石の付いていない安物の材料で作ったブローチ……」
マーガレットは前世でハンドメイド作家をしていた。髪飾りなどのアクセサリー作りが主で、ブローチも作ったことがあった。
現代日本ではハンドメイドに必要なパーツは簡単に手芸屋さんで手に入ったが、この世界ではどうやって手に入れるのかわからなかった。
マーガレットは母から刺繍を教えてもらったとき、もっともっといろんなものを自分で作りたいと思った。
そしてマーガレットは公爵家の出入りの宝石商にブローチの台座だけを手に入れることはできるか、と確認したらできると回答をもらった。
そして作ったのが今セドリックが持っているブローチだ。
それからたくさんのアクセサリーを自作しようと考えたが、すぐに母に見つかり止められた。
刺繍は嗜む程度に出来ればいい、アクセサリー作りなど職人のすることだ、と。
公爵家の娘であるマーガレットは将来、貴族へ嫁ぐ。アクセサリー職人にはなれないのだ。
それに、布で作ったアクセサリーは安価で宝石には劣る。マーガレットの作ったアクセサリーは綺麗にできているが実用性はない、と窘められた。
「価値は値段じゃない。宝石でなくとも良いものはたくさんある。これをもらったときそのことを思い出した。人も同じだ。身分が低くても才能のある人はいっぱいいる。人を身分で判断するのは違うな、と考え始めたんだ」
まさか、昔自分のあげたものがセドリックの人格形成に影響しているとは思いもしなかった。
「ねえ、マーガレット? 昔はこれ作るの母親に注意されたからもうできないって言ってたよね?」
マーガレットはコクリと頷く。
「でも知ってる? 平民になった君はもう何を作っても誰からも怒られない。アクセサリー作りがしたいならたくさん作っていいんだよ」
「っ……!?」
「宝石なんかは俺たちの身分では手に入れるのが厳しいけど、布と糸なら手に入るだろ。今なら誰にも咎められずに好きなだけ作ることができるんだ」
上手にできたらそれを売ってお金を稼ごう。そうやって自分の力で生きるんだ。と、彼は続ける。
「だから、もう少しだけ一緒に生きてみないか? やりたいことやってみて、それでもダメなら一緒に死のう」
そして彼は言う。
「失って手に入るものだってある。幸せの形はひとつじゃない。君なりに幸せになれば良いんだ」
「私なりの幸せ……」
彼の言葉が心に響く。昔同じことを言ってくれた人がいた。
「そうだ。生きるも死ぬも、君が決めればいい。でも俺はどこまでもついて行く」
マーガレットの瞳から涙がぽろりと零れ落ちる。
しょっちゅう泣いている気がするが、堪えられないのだから仕方がない。
「ねえ、セド……私もう少しだけ頑張ってみる。嫌になったら死ぬかもしれないけど、嫌にならなかったらセドと結婚しても良いかしら?」
「っ……!」
「絶対なんて約束はできないけど、今は好きなことにも挑戦したい。上手くいったらセドと一緒に生きていきたい。こんな曖昧な約束はだめかしら?」
「い……いいに決まってるだろ!」
ぶわっと泣きそうな顔をした彼はマーガレットのことをきつく抱きしめた。
◇◆◇
それからマーガレットは長距離や段のある箇所以外の移動は自分で車椅子を漕いで移動するようになり、物を取ったり、何かをしまったり、と簡単な日常生活はできるだけレイニーを頼らず自分で動いてするようになった。そして移動の介助など力の必要な介助はセドリックにお願いすることが増えた。
「まあ、男性の方が力があって安定しますからお嬢様も安心ですよね」
レイニーが強がりのようにそう言って、マーガレットが「あとでレイニーにしかできないこと、お願いしたいんだけどいい?」と恥ずかしそうに聞くとレイニーはふふんと鼻を鳴らしてセドリックを見た。
セドリックは別にレイニーと張り合うつもりはないのだが、密かに心の中で、嫌にならなかったらマーガレットと結婚するのは自分だから、と呟いた。
そしてマーガレットの作るアクセサリーの材料はレイニーとセドリックで買いに行き、その材料でマーガレットはアクセサリーを作る。
上手くできたものはセドリックが売りに行く予定だ。
まだこの生活がどうなるかはわからない。
マーガレットの父である公爵はたまに様子を見にやってくる。
貴族の娘として生活させるよりも人の目の少ない田舎暮らしをさせた方がマーガレットのためになると思って、この選択をしたようだが、マーガレットがつらそうならすぐに公爵家に戻すつもりもあったようだ。
「まあ、この様子を見る限り大丈夫そうだな……」
公爵に出すお茶を車椅子に乗ったマーガレットが用意して、公爵は「なんて美味いんだ」と涙ぐみながら飲んでいた。
「護衛も……マーガレットのために、と思って雇ったが……もしもマーガレットが傷つく事態があればすぐにクビにするから」
きつく睨みつけられセドリックの背筋が冷える。そしてレイニーが「逐一ご報告いたします」と張り切っていた。
どうやらマーガレットを田舎に送るだけでなく義絶を選んだのは、平民になってしまったセドリックと結婚できる可能性を作り出すためだったらしい。
だが、マーガレットにその気がなければ娘の元婚約者を護衛に雇う無神経な親となってしまうので、公爵としてもかなり悩んでの決断だったようだ。
好きな人の父親に嫌われるのはよろしくないので、公爵が来ている間セドリックはとりあえずニコニコしておいた。
そしてマーガレットは「本当に王太子をやめてしまってよかったの?」と頻繁に聞いてくる。彼女自身もこの選択が正しかったのか悩んでいるようだ。
国に対し、王子という身分のお陰で良い教育を受けさせてもあった恩は感じているし、愛国心もある。セドリックは廃嫡となったが別の形で国に貢献しようとは考えている。
だが、そもそも王太子として立派になろうと思ったのはマーガレットが婚約者だったからだ。彼女が婚約者でないのなら、王太子でいる必要はない。
セドリックは毎晩彼女の元へ訪れ、生きたいか死にたいか尋ねる。
「今はまだ生きてみたい」
そんな言葉を毎晩聞き、彼女が眠りに就いたことを確認してから部屋を出る。
この日は眠りに就いてすぐマーガレットが何かにうなされ眉間にしわを寄せていた。
「ううっ……あくやくれいじょう……もういやだ……」
苦しそうにしていたので、セドリックは彼女の手に自身の手を重ねた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
彼女の眉間のしわが取れて穏やかな表情、規則的な寝息に変わったことを確認してから手を離す。
そしてポケットの中から彼女にもらったブローチを取り出し、それを眺めていると昔に戻ったような懐かしさが込み上げる。
「またもらえると思わなかったな……」
十歳の子どもが作ったとは思えないほど細かな刺繍の施されたブローチ。
「マーガレット……愛してるよ……」
ブローチを持った手とは反対の手で彼女の頬を軽く撫でる。
――前世から、ずっと……きっと、来世でも……いつまでもずっと、愛してる……
また春が訪れ、村のハナミズキの蕾がほんのり色づき膨らみ始めた。
セドリックは陽気の良い日にマーガレットと外出をする。
ハナミズキの下で、彼女は自分で漕ぐから車椅子は押さなくていいと言う。
「それより隣に並んで歩いてほしいの」
上目づかいで強請られ、セドリックは喜んで彼女の隣を歩いた。
彼女のペースに合わせて、彼女の右側をゆっくり歩く。それはずっと昔から変わらない。
車椅子で生活する彼女は出先で段差を目の前にしてよく「この世界はやさしくない」と文句を言う。
だからセドリックは彼女にとびきりやさしくしようと思う。
短編で上げても良いような文字量でしたが、続きが書けそうな気もするので、念のため連載形式で投稿してみました。
こちらで完結にしますが、いつか続きを書けたらいいなと思います。
拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。
評価、感想いただけると嬉しいです。




