第一話「悪役の条件」
私の名前はイース・セリーヌヴァロア。
王城の大広間で儀礼官の宣言を右耳から左耳へ流しながら、集まった人々の”悪役令嬢”へと向けられる悪意ある興味を集めているのが私だ。
また長い通達だ。国家行事の文書はなぜこんなに字数が多いのか。
「婚約・縁談を控えた各位より、献上品を競い、王家への忠誠を示すように」
声量は礼法どおり、意味のある動詞が来るまでは耳に入れなくていい。視線の束は私の方向に流れてきているが、それらの視線の向く先は私ではない。第一王子レオンハルト殿下と、その隣でつつましく俯いているフィーネ・クルーガー嬢だ。
彼らが照明の中心にいて、私は柱の影のような端に立っている。
そういうふうに、なっている。
恋愛劇の舞台でいえば、主役カップルが照明で輝き、悪役の私は隅の暗い場所に押し込められた構図だ。王城はその物語を丁寧に維持する。取り巻く者たちのひそひそと悪意を運ぶ声、身にまとわりつくような廷臣の眼差し、時々飛んでくる『フィーネさんがお可哀想に』という聞こえよがしの文句。
私が何をしたというのか?
顔が怖いらしい。表情筋が貴族的疲労で固定されているだけだが、宮廷には物語が先に存在していて、役者はそこへ押し込まれる。私の配役は"嫉妬する悪役令嬢"、フィーネ嬢は"純粋な恋人"、殿下は"真実の愛を見つけた貴公子"。
脚本は一切確認していないのに、知らない間に開幕していた。
「献上においては、縁談のある令嬢は別々に贈り物を捧げることとなる」
私の耳が止まる。
わかっていたことだけどね。
「それではイース・セリーヌヴァロア嬢、フィーネ・クルーガー嬢」
まるで対戦カードのように読み上げられる私たちの名。
横目にフィーネ嬢を見ると、彼女が俯いている。哀れな境遇にいるのは彼女の方らしい。物おじせず彼女を見つめる私の方へは『また何か悪いことを企んでいるのか?』という眼差しが届くことになる。
私が何をしたというのかしら。
いっそ、このまますべてを無視して帰りたい。
「なお、ありえないこととは思いますが、不参加は王家への不敬と見なされます。ご承知おきを」
……はい。そうですか。
儀礼官の声が遠ざかっても、頭の中には一つのことしかない。
不敬でもいいんじゃないかしら?
だって、親同士が結婚の約束をしていても、これまで宝石やドレスやお花……それどころか、優しい言葉の一つすら贈られたことのない私が、なぜあの王子に贈り物をしなければならないのかしら。
風習とはいえ、納得できない。
そしてその風習に愛人を巻き込む王子の荒唐無稽さも理解できない。
こうなれば、目にものを見せてあげますわ。
廊下に出たところで、殿下の側近が書面を差し出した。顔を見たことがある方だが、その手つきは事務的に冷たい。
「レオンハルト殿下からの言伝です」
始めてもらったお手紙ですが、恋文の類では一切ありません。
『体裁だけでも守れ』……そこには温もりの欠片もない言葉が書かれていた。一切の感情もない。私に彼の意識を割く気はないが、私には形は整えろという指示だ。
何かあって自分が責められるのが嫌なんだろうと思う。
小さい男。
指先がさらに冷えた気がした。
別に。何でもない。
どうでもいい。
分かりました。体裁は守ります。私なりのやり方で。
私はお辞儀だけ返して、その場を去った。
王城の裏手には、人があまり近寄らない林がある。
正面の華やかさとは逆の、経年と湿気と放棄の臭いがする場所だ。その中に朽ちた建屋が一棟、誰も掃除しない石畳の上に佇んでいる。
「お嬢様、こちらは……」
ついてきた侍女が何やら慌てたようだが、私は構わず中へ入った。
「石が一つあればいいの」
「石……ですか?」
「そうよ。ここにはいっぱいあるでしょ? ここに落ちているやつで十分だから」
「お嬢様?」
「とびっきり汚れているものがあるといいのだけど」
「……」
泥の跡、苔の汚れ、何かの死骸、複雑な臭い。ここにあるのはそんなものばかり。侍女の顔から血の気が引いている。
私はその中から一つの石を拾い上げた。ぐちゃっとした感触が手のひらに来て、衛生意識が全力で抵抗する。吐きそうだった。それでも手を離さなかった。
なぜこんなものを迷いもなく拾い上げたのか、自分でも理解できない。ただ、それでもこれは殿下に渡すものだ。粗末に扱うわけにはいかないわよね。
献上の儀では、受け取る側が品物に直接触れて「盟約の証と認める」と言わなければならない決まりがある。殿下の、あの白い手が、このゴミを握る。
それだけで、いい。
考えるだけで笑えるわ。
何も渡さなければ不敬だが、渡したものが汚臭を放つくず石だからといって咎められるいわれはない。
怒りというほど熱くない。嫉妬というほど冷たくもない。ただただ、不義理をしたくせに体裁を外から押しつけてきた酷い人へ、私の気持ちをお返ししたい。笑えるほど小さい復讐。
「……完璧ね」
「ひぇっ」
これから起こることを想像してか、侍女があげた声がやけに耳についた。




