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この家は燃えていない…完璧な家族ごっこ(8050のプロローグ)

作者: 徒然生成
掲載日:2026/02/07

✦この家は燃えていない


――完璧な家族ごっこ

 (8050のプロローグ)


………


人生が修羅場に入ると、

人はまずそれを

「心の問題だ」と思い込む。


次に「考え方を変えなきゃ」と焦る。

だいたいは夜中の三時、

冷蔵庫の低い唸りを聞きながら。


でもそれは、

フォームが崩れたまま

金メダルを狙おうとする

アスリートに少し似ている。


気持ちを叱り、

根性を責め、

理由を探す。


そのあいだに

体は静かに壊れていく。


不思議なことに、

一流の選手ほど精神論を語らない。


彼らが修羅場で話すのは、

呼吸の仕方と、立ち方と、

「今日はどうやって終わらせるか」という、

ごく地味な話ばかりだ。


つまり――技の話だ。


たとえば、一人で

カラオケボックスのドアを閉めること。


誰にも聞かれない場所で、

上手さも役割も忘れて声を出す。

拍手はないし、

失敗しても履歴は残らない。


マイクから返ってくるのは、

予想していた声じゃない、

少し間の抜けた、

でも確かに「自分の声」だ。


あるいは、歯を一本ずつ、

祈るように磨くこと。


成功者ほど歯をよく見る、

なんて話があるけれど、

本当はもっと単純だ。


歯を雑に磨る日は、

一日もまた雑に終わる。


丁寧に磨き切った夜は、

不思議と余計な争いに巻き込まれない。


生き残るというのは、

立派になることじゃない。

勝つことでもない。


世界がどれほど歪んでも、

倒れないためのフォームを

自分の体に

思い出させてやれるかどうかだ。


この物語は、

誰かを説得するためのものじゃない。


一人きりの歌と、静かな歯磨き。


そんな取るに足らない技を

繰り返しながら、

今日をなんとか

完走しようとする人間たちの、

ささやかで、切実な記録である。


………


★目次


■プロローグ

――火を消す人は、

 いつも少し遅れてやってくる

■第一章

四十年、家を守り続けた母

――間違ったフォームの長距離走

■第二章

生贄を置く家族会議

――崩壊の確率が加速する仕組み

■第三章

ネズミの楽園という、実在した地獄

――役割が消えた世界の末路

■第四章

朝が怖い息子

――歯ブラシと、明日という名の 

  巨大なナメクジ

■第五章

名探偵、ツッコむ

――燃えてへん家ほど、よう喋る

■第六章

麦茶の氷と、歌う理由

――遊んでいるように見える人の、

 生き延び方

■第七章

考えない母と、居所を変えるリズム

――王舎城は、だいたい台所にある

■エピローグ

いつかできるから、今日できる

――歌を送る理由


★あとがき

――カラオケという名の、

 生存技について


………


■プロローグ


(火を消す人は、

 いつも少し遅れてやってくる)


その家は、燃えていなかった。

少なくとも、外から眺める限りは。


芝生は短く刈られ、

雨戸は決まった時間に開き、

決まった時間に閉じる。


郵便受けにチラシは溜まらず、

朝には出汁の匂いのする味噌汁が、

ちゃんとある。


人はこういう家を見て、

「無事だな」と判断する。


それは人間が

長い時間をかけて編み出した、

もっとも手軽で、

もっとも雑な安心の測り方だ。


火事というのは、

普通もっと親切なものだ。


炎が上がり、煙が出て、

サイレンが鳴る。

だから人は逃げる準備ができる。


でも、この家の火は、

そういう分かりやすさを

持っていなかった。


夜が深くなると、

低く、短い音が聞こえてくる。


ドスン。

……間。

ドスン、ドスン。

……間。


怒鳴り声でも、物音でもない。

ため息が、

床下に沈んでいくような音だ。


規則正しくない。

そこがいちばん嫌なところだった。


翌朝になると、

味噌汁は温め直され、

芝生はまた短い。


雨戸も、いつも通りに開いて、

閉じる。


この家には、

分かりやすい悪人はいなかった。


父は誠実だった。


毎朝決まった時間に起き、

働き、家族を養った。


ただ、帰宅は遅い。

残業と言い、用事と言い、


「帰りたくない」という言葉を

一度も使わずに、帰らなかった。


母は正しかった。


善と悪を分け、間違いを正し、

家族を「良い形」に保とうとした。


正しさは、彼女にとって

この世界で溺れないための

浮き輪だった。


そして息子は、

その二人を、よく見ていた。


彼は強くならなかった。

正面からぶつかることも

しなかった。


代わりに、観察した。


父が、

どんな言葉に過敏に反応するか。

母が、

どの沈黙に耐えられないか。

どの話題を出せば声が大きくなり、

どの一言でフォームが崩れるか。


彼はそれを、体で覚えた。

卓球選手のように。


強打はしない。

わざと少し甘い球を返す。


相手が

「今なら取れる」と思う高さで。


相手が前に出て、力が入り、

自分でバランスを崩す、

その瞬間を待つ。


九点取られてもいい。

いや、取らせる。


相手が気持ちよく

攻めてくるところまで、

ちゃんと誘う。


最後に取るのは、

十一点目だけだ。


派手なスマッシュじゃない。

相手が前のめりになりすぎて、

ネットにかける一球。


それで、このラリーは終わる。


彼は勝ちたいわけじゃなかった。

拍手も、理解もいらない。


ただ、この場面を

「今日で終わらせたい」だけだった。


この家には、審判がいなかった。

「そこまでだ」と言う声がなかった。


だから試合は終わらない。

終わらない試合は、

家の中でだけ異常に上達していく。


ある晩、近所の人が

様子を見に来たことがあった。


母は玄関で、氷みたいに

整った笑顔を浮かべて言った。


「ほっといてください」


それ以来、この家は外との接点を

少しずつ、静かに減らしていった。


煙は内側にだけ溜まり、

火は見えないまま、温度だけが上がる。


そんな家の前に、

ある日、一人の旅人が立った。


年老いた男だった。

彼は玄関を見つめ、

匂いを嗅ぐように立ち尽くした。


味噌汁の匂いは、まだする。

けれど、彼には分かった。


この家に足りないのは、

愛でも、覚悟でも、根性でもない。


技だ。


包丁の研ぎ方。

正しいフォーム。

息の仕方。

一日の終わらせ方。


それを誰も教わらなかった。

教えようともしなかった。


だから父は帰らず、

母は正しさにしがみつき、

息子は卓球選手になった。


心でも体でもない。

この家に欠けていたのは、

壊れないための「技」だった。


旅人は思う。

火を消しに来たんじゃない。


ただ、固まりすぎたネジを

一つだけ、緩めに来ただけだ。


完璧な家族ごっこが、

音を立てて崩れる――


その直前の、

誰にも見えない静けさだけが、

そこにあった。


■第一章 四十年、

     家を守り続けた母


(間違ったフォームの長距離走)


母は、世間でいうところの

「良い母」だった。


家を空けた記憶が、

父子にはほとんどない。


冷蔵庫のストック、

洗濯物の乾き具合、

夕方五時の空気の中に混じる

夕食の気配。


それらはすべて、母の体の中に

正確な回路として組み込まれていた。


彼女は精密な

自動巻き時計のように、

四十年の月日を刻み続けてきた。


この家の壁には、

一枚の紙が貼られている。


二十五年前から、

ほとんど変わらないまま、

地図のふりをしてそこにある。


「はいと言いましょう」

「感謝しましょう」

「素直になりましょう」


文字は太く、迷いがない。

しかし、その地図が指し示している

場所に辿り着いた人間は、

この家には一人もいなかった。


息子が学校へ行かなくなった日も、

父が不自然なほど口を閉ざした日も、

母はただ時計の狂いを直そうとした。


洗濯物を干し、

夕飯を作り、味噌汁を温める。


「ご飯、食べなさい」


それは会話ではない。

どちらかといえば、

故障した機械を強制的に

再起動させるための儀式に近い。


儀式というものは、

壊れかけたものを一時的に

「壊れていないこと」にする力を持っている。


少なくとも、外側だけは。

彼女は四十年間、

間違ったフォームで

マラソンを続けていたのだ。


肘を痛め、腰を壊し、

満身創痍になりながら、

それでも『努力』という名の

過酷なトレーニングを止めなかった。


「私が頑張って走り続ければ、

 いつかあの子は

 自立のゴールに辿り着ける」


彼女はそう信じて、

照明の一切ない夜道を走り続けた。


でも、どれだけ力を込めて地

面を蹴っても、

走行タイムが縮まることはない。


ゴールは近づくどころか、

蜃気楼のように遠ざかっていく。


苦しみ、嘆くたびに、

彼女の背骨には

微細なヒビが入っていく。


それは冬の池の氷が割れるような、

静かで取り返しのつかない亀裂だった。


母にとって必要だったのは、

根性という名の燃料を

注ぎ足すことではなく、


一度足を止めて、

構え直すという「技」だった。


自分の重心がどこにあるのかを確認し、

呼吸の深さを整えること。

つまり、

正しいフォームを取り戻すこと。


だけど、彼女が選んだのは、

さらなる猛練習だった。


彼女がしているのは、

もはや生活ではない。


終わりのない、

不器用な自己犠牲という名のルーチンだ。


もし世界最高峰のコンピューターに、

この四十年のデータを入力したなら、

最初に出てくる解析結果は

「献身」ではないだろう。


もっと即物的な言葉だ。


――固定化。役割の硬化。

 外部接点の消失。


火がつく前の条件が、

真空パックのようにきれいに揃っていく。


母はそれを「愛」と呼び、

コンピューターはそれを

「出口の封鎖」と呼ぶ。


どちらも同じ現象を、

別の言葉で見ているだけだ。


息子が父を殴るたび、

母は古いレコードをかけるように、

同じ論理を再生した。


「この子がこうなったのは、

 父さんのせい!」


「息子の願いを叶えるのは、

 親としての義務です。

 分かってますか?」


それは母の愛であり、

同時に、家の中の秩序を

無理やり保つための

歪んだ装置でもあった。


優しい鎖だ。

鎖というものは、温かいからこそ、

誰もそれを断ち切ることができない。


切れない鎖は、人をゆっくりと、

まっとうな生き物から遠ざけていく。


母が本当に恐れていたのは、

暴力そのものではなかった。


「もう元には戻らない」と認めた瞬間に、

四十年間走り続けてきたその道が、

どこにも繋がっていない無意味な

滑走路だったと突きつけられることだ。


だから彼女は、決して認めない。


芝を刈る。

味噌汁を温める。

三つのスローガンを見上げる。


家は燃えていない。

少なくとも、彼女の濁った瞳の奥には、

そう映っている。


彼女は今日も、痛む膝を引きずりながら、

どこへも辿り着けないコースを走り続ける。


■第二章 生贄を置く家族会議


(崩壊の確率が加速する仕組み)


この家では、問題が起きるたびに

会議が開かれていた。


テーブルも資料もない。

でも頻度だけは異様に正確だった。


息子が荒れたとき。

父が黙り込んだとき。

空気が重くなったとき。

合図はいつも同じだ。


息子が言う。

「ちょっと、父さん話そうか」


対話じゃない。

裁定だった。


議題は毎回ほとんど同じだ。


なぜ父は変われないのか。

なぜ息子はこうなったのか。

誰が責任を取るべきか。


答えも毎回決まっていた。

父だった。


父は中央に座らされる。

母と息子は向かい合う。

自然にそういう配置になる。


この配置には議事録より強い力がある。

「誰が生贄か」を

無言で決めてしまう力だ。


この会議には議事録がない。


何が話され、何が決まり、

何が改善されたのか。

誰も書き留めない。


記録されるのは、父の前に置かれた

一冊の大学ノートだけだった。


「書きなさい」


決定事項じゃない。反省文だ。


父は書く。

意味が分からないまま書く。

何を書けば終わるのかも分からない。

でも終わってほしい。

そういう祈りだけが残る。


そして父はノートを捨てる。

ゴミの日に、他の紙と一緒に。

もういらないだろうと思う。

あるいは、持っているだけで怖いから捨てる。


次の会議はすぐ来る。


「何度言ったらわかるんだ。

 ノート、持ってこい」


父は黙る。もう、ない。

その沈黙がばれると殴られる。

母は父を咎める。


新しいノートが始まる。

同じ議題。

同じ結論。

同じ生贄。


二十五年間、

この循環は止まらなかった。

ここが大事だ。


この家は“暴力”だけで

できているわけじゃない。

“暴力を終わらせるための手順”が、

暴力の形で学習されてしまった。


父が殴られることで

会議は幕を下ろす。


空気が一時的に軽くなる。

結論が出た気になる。

でも更新はない。


更新がない会議は、

次の会議の発生確率を下げない。

むしろ上げる。


問題が起きれば会議が開かれる。

会議が開かれれば父が生贄になる。

生贄になれば一時的に静かになる。

静かになれば“これでよかった”と錯覚する。

そしてまた同じ条件が揃う。


もし計算機が冷酷に言葉を選ぶなら、

それはこうなる。


検証なき責任転嫁。

更新なき儀式。

出口のない収束。


そしてある日、臨界点を超えた。

父は警察を呼んだ。

息子は一週間、豚箱に入った。


突然じゃない。

二十五年分の未処理データが、

一気に噴き出しただけだ。


確率はそこへ向かって、

ずっと前から収束していた。


芝が短く刈られていた、

その頃から。


■第三章 ネズミの楽園という、

     実在した地獄


(役割が消えた世界の末路)


ここまで来れば、

もう説明はいらないかもしれない。


この家で起きていることは、

感情の問題でも、性格の問題でも、

善悪の問題でもない。


もっと静かで、

もっと冷たい話だ。


構造の話。

そして、時間の話だ。


それを理解するために、

ひとつだけ、

実際に行われた実験の話をする。


これは比喩ではない。

誰かのたとえ話でもない。

本当に、現実に起きたことだ。


完全に管理された空間が用意された。


餌は無限。水も無限。

寒さも暑さもない。

外敵もいない。

病気も、ほとんど起きない。

働かなくても、生きていける。


人間の言葉で言えば、

老後の不安も、明日の心配もない、

完璧に整えられた楽園だ。


そこに、数匹のネズミが入れられた。


最初のうちは、すべてがうまくいった。

争いはなく、ストレスもなく、

子どもは増え、

個体数は気持ちいいくらいの勢いで

膨れ上がっていった。


研究者たちは思った

「やはり問題は環境だったのだ」と。


でも、黄昏は

いつも音を立てずにやって来る。


ある時期を境に、

少しずつ、何かが変わり始めた。


オスは子育てをしなくなった。

理由はない。

必要がなくなっただけだ。


メスは極端になった。

過剰に抱きしめるか、完全に放置するか。

その中間が、きれいに消えた。


子どもたちは、

攻撃的になるか、何も感じなくなった。


そして、決定的な変化が起きる。

役割が、消えた。


守る役割。止める役割。

「そこまでだ」と線を引く役割。

誰も、それを引き受けなくなった。


争いは増えたが、

それは生存競争ではなかった。


勝っても何も得られない、

ただの暴力だった。


やがて交尾は止まり、

生殖能力があっても、

子は生まれない。

生まれても、育てられない。


数は減り、減り、減り、

最後は――一匹も残らなかった。


餌は、最後まであった。

水も、最後まで澄んでいた。

それでも、楽園は滅びた。


研究者が残した結論は、

驚くほど簡単なものだった。


環境の問題ではない。

性格の問題でもない。

役割が、継承されなかった。


特に、父性にあたる役割が消えたこと。


守らなくても生きられる世界では、

守る力は、誰にも引き継がれない。


線を引かなくても成立する世界では、

線を引く回路は、

ゆっくりと錆びていく。


その結果、

群れは外敵ではなく、内側から、

静かに崩れた。


ここまで聞いて、

この家のことを思い出さない人はいない。


父は、

働いている「ふり」をしているだけで

食べられた。

育児をしなくても、

誰も止められなかった。


母は、

正しさで世界を固定した。


息子は、

守られ方は知っているが、

守り方を学ばなかった。


それは誰かの罪ではない。

ただ、条件が揃っただけだ。

ネズミの楽園と、この家の条件が、

静かに一致しただけだ。


違うのは、この家には、

まだ人間がいる、という一点だけ。

だが、構造は同じだ。


このまま行けば、結末も同じになる。

炎が上がるかどうかは問題じゃない。

怒号が響くかどうかも関係ない。


最終的に、誰も次を作れなくなる。


それが、楽園が辿った

たった一つの結末だった。


夕方の台所には、

今日も味噌汁の匂いが漂っている。


誰も気づかないまま、世界は、

ゆっくりと黄昏に入っていく。


――諸行は、いつも静かに、

 移ろっていく。 


■第四章 朝が怖い息子


(歯ブラシと、

 明日という名の巨大なナメクジ)


その家の息子にとって、

朝は「始まり」ではなかった。


それは、

音も立てずに寝室のドアの隙間から

ぬるりと這い入ってくる、


湿って、粘り気のある、

巨大なナメクジのようなものだった。


仕事はない。

約束もない。

目覚まし時計をセットする理由もない。


それなのに、

空が少し白み始めるだけで、

胸の奥を冷たい指で

ぎゅっとつかまれる。


理由は説明できない。

説明できないものほど、人は怖がる。

だから彼は、できるだけ夜更かしをした。


夜は安全だった。

世界が止まっているように見えた。

ゲームの世界は、

現実よりもずっと礼儀正しい。


ルールは単純で、

失敗しても「やり直し」が用意されている。

しかも回数制限はない。


でも、現実の朝には、

コンティニューは存在しない。


朝は一発勝負だ。

それが、死ぬほど怖かった。


正月が明けてしばらくして、

旅人の尽力によって、

息子は職業訓練校に通い始めた。


「通っている」という事実は、

それだけで家族会議の議題を

一つ減らしてくれた。


父も母も、その点については

心から旅人に感謝していた。

氷山の先端を、

ほんの少し削っただけだとしても。


けれど息子は、

頑なに目覚ましをかけなかった。


母が起こす。

起こされると、彼は怒鳴る。

起きた瞬間、

逃げ場がなくなるからだ。


頑張ろうとすればするほど、

彼の中の「十三歳」が、

埃を払って立ち上がる。


その十三歳は、努力の仕方も、

立て直し方も、

自分を守る“技”も知らなかった。


知っているのは、

相手の弱いところだけだった。


むしゃくしゃすると、息子は父を殴る。


雨の日。雪の日。

理由のない倦怠感が体を覆う日。


父が運転する車の後部座席から、

拳が飛ぶ。


「父さんのせいで、俺はこうなった」

「償え。一生、償え。はよう行けや!」


恨みは感情ではない。

それは、長年かけて

神経に沈殿した恐怖だった。


抱かれなかった子は、

世界を信じる代わりに、

世界を観察する。


観察はやがて、“利用”に変わる。


相手が黙る瞬間。

母がかばいに入るタイミング。

父が何も言えなくなる角度。


彼はそれを、無意識に記録していた。

それは戦略ではない。

生き延びるために

勝手に身についてしまった癖だ。


母は、いつも息子の側に立つ。


「あなたが変わらないから

 この子は、こうなったんよ」


父は黙る。

分かっているが、どうしていいか分からない。

だから今日も、殴られる。


この家には、

「止め方」を教える人がいなかった。


怒りを止める技。

朝を終わらせる技。

今日を安全に畳む技。


誰も、それを知らなかった。


――そんなある日、

旅人は息子をカラオケに誘った。


深い理由があったわけではない。


少し前、

自分の母が認知の闇の中にいながら、


歌っている間だけ

はっきりと「ここ」に戻ってきたことを、

ふと思い出しただけだった。


音程は外れる。

歌詞も飛ぶ。


それでも、歌っている間だけ、

人は人になる。


音楽療法。

そんな言葉を信じていたわけじゃない。

ただの思いつきだった。


母もついてきた。

父は来なかった。

というより、誰も父を誘おうとしなかった。


「どうせ来ない」


その一言が、家族の間に

透明な壁として立っていた。


父はその頃、一人で畑にいた。

土はいじっても殴ってこない。

過去を責めもしない。

育つか、腐るか。

それだけだった。


カラオケボックスで、

旅人は驚いた。


息子の声は、低く、静かで、

拍子抜けするほど澄んでいた。


怒鳴る声とは、

まったく別の場所から出てくる声だった。


しかし、選曲は 

すべてアニメの主題歌。

しかも女性ボーカルばかり。


旅人は思った。


――この息子の時間は、

 十三歳の夏で止まっている。


そして、

もう一つのことにも気づいてしまう。


息子の口が、

はっきりと臭っていた。


本人は気づいていない。

多くの問題は、

いつも本人だけが気づいていない。


それは不潔さというより、体の中で

何かが詰まっている匂いだった。


怒りと恐怖が、出口を失い、

発酵し、腐敗した匂い。


口臭は、彼が自分を整える

「技」を失ったことの、

静かな署名だった。


しかし、歌っている間、

彼の心拍は安定し、血は巡り、

体は、確かに生きていた。


カラオケは遊びじゃない。

流れを一瞬だけ開通させる装置だ。


その澄んだ歌声と、腐った口臭。

その対比が、

彼という人間の現在地だった。


「声、きれいだな」


旅人は、ただそう言った。


店を出たあと、

母にだけ、そっと告げた。


「歯だけは、

 磨かせたほうがいい」


母は、困ったように笑った。

その言葉が、これまでの「守り方」を

根こそぎ問い直す、鋭い刃だと

直感したからだ。


だから、

今回も笑って受け流した。


帰り道、夜は静かだった。

明日も、

世界は何事もなかったように始まる。

朝は来る。


歯ブラシも、そこにある。

けれど、

誰もその淀みに本気で触れようとはしない。


外から見れば、

この家は今日も燃えていない。


ただ内側で、技を知らない体と心が、

ゆっくりと炭のように崩れていくだけだ。


この家に足りなかったのは、

愛でも、努力でも、正しさでもなかった。


足りなかったのは、

生き延びるための技だった。


朝を終わらせる技。

怒りを畳む技。

自分を殴らずに済ませる技。


それを誰も教えず、

誰も学ぼうとしなかった。


だから今日も、

十三歳の朝がやってくる。


――第五章へ続く。


■第五章 名探偵、ツッコむ


(燃えてへん家ほど、よう喋る)


その家は、静かすぎた。


完璧に調律されたピアノの、

誰も弾いていない鍵盤みたいに。


「正しい家」の匂いがする。


それは、深海に沈んだ潜水艦の中で、

誰かがわざとらしく

味噌汁を温めているような、

いちばん厄介な匂いだ。


「……うるさいな」


玄関先で、

シャーロック・ホームズが呟いた。


靴の脱ぎ方に、

全人類の絶望を詰め込んだような

顔をしている。


「先生、何がです?

  閑静な住宅街ですやん」


ワトソンが首を傾げる。


「静かすぎる。この家、

『音が足りなさすぎる』んだよ」


「いやいや、理想の住宅展示場みたいで

 最高ですやん」


「ワトソン君。そういう家ほど、

 内部で爆音が鳴り響いているものだ。」


「聞こえないか?

  誰も叫んでいないからこそ響く、

 沈黙という名の重低音が」


ホームズは玄関の床を見下ろした。

そこに並んでいるのは、三足の靴。


父のビジネスシューズ。

母のサンダル。そして、

息子の新品のスニーカー。


新品のスニーカーだけが、妙に白い。


あまりに白すぎて、

背景から浮き上がって見える。


まるでPhotoshopで

切り抜いたレイヤーみたいに。


しかも三足とも、

互いに「お前には触れない」という

強い意志を持って置かれている。


「ワトソン君、靴の距離が正直すぎる」


「靴に罪はないです先生!」


「罪はない。だが事情はある」


ホームズは、探偵が

『面白そうな死体』を見つけた時のような、

不謹慎で鋭い顔になった。


★1)息子:完成品という名の遭難者


「まず息子だ」とホームズ。


「はいはい、主役登場」とワトソン。


「彼はね、問題児じゃない。『完成品』だ」


「どこが完成しとるんですか!

 完成したら普通、

 外の世界へ出荷されますやん!」


ホームズは淡々と、

窓の外の芝生を眺めながら言った。


「彼は人生でいちばん効率的な

 生存戦略を学習してしまったんだ。」


「……『暴れたら、世界が止まる』という

 バグ技をね」


「聞きたないなあ、その攻略法……」


「怒鳴ると母が凍り、殴ると父が黙り、

 死ぬと言うと警察が引き返す。

 ワトソン君、これはもはや特権階級だよ」


「それ、RPGやったら即日メンテナンス入って、

 アカウント停止になるやつですわ!」


ホームズが、少しだけ 

村上春樹の小説に出てくる

羊男のような顔で小首をかしげた。


「……RPG?」


「あ、先生そこ疎いんですか。」


「いいですか、RPGいうのは

『役』を演じて世界を救うゲームです。

 勇者がいて、王様がおって、

 それぞれ役割が決まっとる」


「なるほど。人生という舞台に、

 固定の台本がついたわけか」


ホームズは指を一本立てた。


「だが、どのゲームにも

 一つだけ絶対的な前提がある。

『おかしな設定は、途中で直される』

 ということだ。」


「殴ったら褒美がもらえる村なんて、

 普通は消去される。

 ……だけどこの家では、

 そのバグが二十五年も放置された」


「一年なら事故、五年なら怠慢、

 二十五年は……」 


「世界観そのものだ」


「運営、仕事せえや!」


「もう遅い。

 ここまで来るとプレイヤーは二択だ。」


「世界を壊すか、世界に閉じこもるか。

 彼は王様だ。だが同時に、

 誰一人救助に来ない密室で

 遭難している王でもある」


ホームズは、明日の降水確率を告げる

予報士のように冷ややかに言った。


「自分の拳一つで崩れる王国で、

 誰が安眠できると思う?」


ワトソンのツッコミが止まった。


笑いのボタンを押したはずなのに、

指先から冷たい電流が走ったような、

そんな沈黙が流れた。 


★2)母:脚本・演出・主演のワンマンショー


「次、母だ。彼女は

 この家の『主人公』だよ」


「一番しんどい被害者やと

 思ってましたわ」


ホームズは、壁に貼られた


三つのスローガンを指差した。

太字で、一切の迷いがないフォント。


・はいと言いましょう

・感謝しましょう

・素直になりましょう


「この家の脚本は、彼女が書いている。」


「父も息子も、

 台詞が極端に少ないだろう? 」


「『ハイハイ』と『償え』。

 それだけで物語が進むように

 演出されているんだ」


「母が監督で、父が大道具、

 息子が主演……

 いや、暴君ですな」


「惜しいな。母は主演も兼ねている。

『正しさ』という純白の衣装を着て、

 舞台から絶対に降りない。」


「なぜなら、降りた瞬間に

 気づいてしまうからだ。」

 ……自分の立っている舞台が、

 とっくに火だるまになっていることに」 


ワトソンは口を尖らせた。


「でも先生、歯磨きの話みたいに、

 ちょっと修理したらええんですわ。」


「口臭が気になるなら歯医者行く、

 みたいな。そんな簡単なことでしょ?」


ホームズが頷く。


「そこがこの悲劇のコアだ。

彼女の固定観念はこう囁く。」


「『歯が臭いのと、

 ひきこもりは別問題よ』とね」


「別問題ちゃうわ!

  同じ口から出とる

 言葉と匂いですやん!」


「そう。だが彼女はそれを認めない。

 認めた瞬間、二十五年守り抜いた

 『正しさの脚本』を

 書き換えなきゃいけなくなる。」  


「それは彼女にとって、

 自分という存在の消滅を意味するんだ」


ホームズは、

テーブルの上の味噌汁を見つめた。


「味噌汁は、世界で一番温かい鎖だ。

 温かいものほど、 

 人は逃げ出すタイミングを失う」


「うわあ、先生……その比喩、

 湯気の中に鉄格子が見えますわ」


★3)父:壊れたまま現役の消火器


「父は? 殴られ役ですか?」


「違う。消火器だ」


「人間を器具扱いすな!」


「彼が殴られることで、

 一瞬だけ家全体の温度が下がる。」


「消防法的には完全にアウトな、

 中身の空っぽな消火器だがね」


「笑えんわ!」


「笑えるうちは、まだ煙が薄いんだよ、

 ワトソン君。笑えなくなったら、

 もう目が痛くて開けていられなくなる」


その言い方は、


まるで遠くの古い井戸に

石を落とした時のような、

静かで乾いた響きだった。


★4)処方箋:舞台のブレーカーを落とすこと


「先生、これ全員、

 正しい顔して 

 地獄の特等席に座ってません?」


「その通り。しかも全員、

 自分の切符が片道だということに

 気づいていない」


ホームズはにやりと笑った。

漫才師がオチに向かう時の顔だが、

その瞳は手術室のライトのように冷徹だ。


「処方箋は簡単だよ。

 誰か一人が、役を降りることだ」


「ほら出た! その『簡単』が

 一番えげつないやつですやん!」


「この家は三人とも、

 同じ芝居を二十五年、

 皆勤賞で演じている。」


「だから、誰かが

 舞台袖にハケない限り、

 幕は下りない。」


「これは根性の話じゃない。

 配線の話だ」


「急に電気屋ですやん」


「怒鳴ったら母が動く。

 殴ったら父が止まる。」


「このショートした回路を直すには、

 一度ブレーカーを落とすしかない。」 


「つまり、『悪者』になる勇気だ」


ホームズは言った。


「ワトソン君、

 愛で解決しようとするから

 失敗するんだ。これは配管工事だよ」


「ブレーカー落とし、

 詰まっている場所を見つけ、

 古いパイプを切り離す…」


「必要なのは愛ではなく、

 レンチを回す適切な角度

 ——つまり技だ」


ワトソンは、胃のあたりをさすった。


「……それ、正しいですけど、

 めちゃくちゃ怖い治療法ですやん」


「怖いよ。でもね、ワトソン君。

 痛くない治療法は、二十五年前に

 全部使い切ってしまったんだ。」


「今残っているのは二つだけ」


ホームズが指を二本立てる。


「このまま誰も悪者にならず、

 生きたまま静かに腐っていくか。」 


「それとも、

 もう一回だけ誰かが悪者になって、

 全員で生き直すか」


「先生、それ選択肢やなくて、

 デッド・オア・アライブですやん……」


★5)白い歯ブラシという名の「明日」


沈黙が落ちた。

庭の芝刈り機の音が、

ホラー映画のBGMみたいに陽気に響く。


「先生……

 漫才のオチとしては重すぎますわ」


「だからだよ。笑いにしないと、

 誰も最後まで聞いてくれない」


ホームズはポケットから、

新品の歯ブラシを取り出した。


封も切られていない、

暴力的なまでに白い歯ブラシ。


「先生、それ……この家に

『明日』を持ち込もうとしてません?」


「そう。この家には

『続けるための道具』は山ほどある。

 我慢、味噌汁、昨日の続き。」


「……でも、

『始めるための道具』が一つもない」


「歯ブラシ一本で

 明日が始まりますかいな!」


「歯を磨くという行為は、

『今日という汚れを終わらせる』儀式だ。」


「磨かなければ口は勝手に腐る。

 誰のせいでもない。

 だが確実に臭うんだ」


ワトソンの目が、少しだけ潤んだ。


「先生……わし、

 自分のトラウマで体が動かんとき、

 カラオケで喉鳴らして、歯磨いて、

 なんとか血を巡らせて生きてきました。」


「だから、あの息子の気持ちが、

 痛いほどわかるんです。」


「でも、母ちゃんには伝わらん。

 それがもどかしくて……」


ホームズは、

その歯ブラシをそっとテーブルに置いた。


それは宣戦布告の旗でも、

降伏の旗でもない。


ただの「生活の旗」だ。


「母は『関係ない』と言うだろう。

 息子は『バカにするな』と怒るだろう。

 父は『ハイハイ』と言って逃げる。」


「それでも、歯ブラシを置いた瞬間、

 この家に『明日という選択肢』が 

 一本だけ増えるんだ」


★6)最後のツッコミ


二人は、その家を後にした。

家は何事もなかったかのように、

完璧な「無事」を再生し続けている。


「ちなみに先生、息子の口臭は?」


「言えなかった言葉が、

 胃の中で発酵した腐敗臭だよ」


「うわ、急に生々しい!」


「大丈夫。外の空気を吸えば消える。

 ……たぶんね」


笑い声の下で、

床下がじりじりと焦げている。


逃げ道の矢印を、毎朝丁寧に消しながら、

彼らは味噌汁を温め直す。


「ここは安全だ」と 

信じたまま消えていく 

ネズミにならないために。


誰かが舞台から降りる日は、

そう遠くないはずだ。


歯ブラシは白い。

笑ってしまうくらい白い。

そして、笑ったぶんだけ、胸が痛い。


               

■第六章 麦茶の氷と、歌う理由


(遊んでいるように見える人の、

 生き延び方)


夜の街を歩き、

旅人は自分のアパートに戻った。


玄関で靴を脱ぎ、

左右のつま先を揃えようとする。


完璧に。

でも、うまくいかない。


つま先は、

意志を持った生き物のように

少しずつ逃げ、


靴紐は複雑な迷路のように

指に絡みつく。


彼は几帳面なのではない。

ただ、空間の認知や運動の機能が、

人より少し不器用なだけだ。


あの『イーロンマスク』と

同じ種類の不器用さ。


それでも彼は、

時間をかけて靴を揃え続ける。


それは単なる習慣ではなく、

祈りに似た儀式だ。


「これ以上、世界がバラバラに

 壊れてしまいませんように」


という切実な署名。


部屋は静まり返っていた。


冷蔵庫の唸り声が、

深海で一匹だけ生き残った

クジラの心音みたいに響く。


ウゥン、ウゥン。


その規則正しい振動だけが

「まだ終わっていないぞ」

と孤独に自己申告していた。 


旅人は水を飲み、

長く、深い息を吐いた。


最近になって、ようやく

深呼吸のやり方が分かってきた。


分かるのが遅い人間は、

だいたい生き延びるのも遅い。


——今日も、とりあえず

 地獄には落ちなかったな。


鏡の中の自分を見る。

そこには脳の隅に居座る二人組、


トレンチコートの探偵と、

口うるさい相棒も映り込んでいた。


「なあ、あんた。傍から見れば、

 あんたはただのカラオケ好きの

 遊び人だぜ?」


相棒は酔っぱらった

漫才師のテンポで冷やかす。 


「そう見えるだろうね」


旅人は答える。


「それでいいんだ」


母の目に映る旅人は、 

たぶん「ずるい存在」だ。


家族という重たい重力圏を

ひらりと脱出し、 


歌を歌い、歯を磨き、

何事もなかったかのように

歩いている男。


「私はここで窒息しそうなのに」


その沈黙に混じる呪詛を、

旅人は責めない。


自分もかつて、

同じ泥濘ぬかるみの中に

立っていたからだ。


泥濘は人を悪くする。

足首から先に、

ゆっくりと毒が回っていく。


トラウマというやつは、

心だけを壊して帰るような

礼儀正しい客じゃない。


まず「思い」を歪ませ、

毒のある「言葉」を産み、

それが「悪い習慣」となり、


最終的には人格という名の 

逃れられない回路になる。


父を殴り、母を恨み、自分を消す。


仏教で説かれる「五逆」という地獄は、

空から落ちる雷ではない。


洗面台のわずかな汚れや、

語尾に混じる小さな刺が、

何十年もかけて発酵し、 

完成されるものだ。


旅人はその入口で間一髪、

回れ右をした。


だが引き返したとき、

肉体はすでに焼け焦げていた。


五十年だ。


五十年かけて、

心を守るために体を削り続けてきた。


眠れない夜、浅い呼吸、

凝り固まった肩や首。


心は自由になっても、 

体が生きることを拒んでいる。


――心だけが救われても、

 人は生きていけない。


だから旅人は歌う。


それは娯楽ではなく、

孤独な軍事訓練だ。


歌うとき、横隔膜が動き、

呼吸が強制的に深くなる。


脳の奥にある「扁桃体」

——故障した非常ベル——が、

ほんの数分だけ沈黙する。


その静寂があるからこそ、

旅人は「地獄以外の道」を思い出せる。


歯を磨くのも、

今日という戦場を

閉鎖するための「儀式」だ。


脳に「今日は終わったんだ」と

幸福な勘違いをさせるためのブレーキ。


旅人は遊んでいるのではない。


母が産んでくれたこの体を、

もう一度「生きられる体」に戻すために、

暗闇の中で技を研いでいる。


「産んでくれて、ありがとう。

 だから、ワシはまた生きる体に戻す」


それが自分の認知になった

母への最大の恩返しだと信じている。


だけどこの母は、そこが見えない。

それがただの「遊び」に見えるからだ。 


旅人は笑う。

唇の奥にある疲れを隠して。


笑いは逃避じゃない。

爆発寸前の夜を越えるための、

ささやかな防空壕なのだ。


あのアウシュビッツ収容所から

帰った人の多くは

ユーモアを愛した人が多い。


多分この旅人も…


■第七章 考えない母と、

     居所を変えるリズム


(王舎城は、だいたい台所にある)


翌日。あの家の台所には、

昨日と同じ麦茶と、三つの氷があった。


カラン。


父は新聞を盾にし、

息子はゲームという殻に潜り、

母は流し台の前に立ったまま動かない。


この配置は、

おそらく紀元前から変わっていない。


人類の悩みは、いつだって台所にある。

台所は栄養の場所であり、

同時に地獄の受付でもある。


「王舎城の悲劇が、

 最後にはどうなるか知ってる?」


旅人の問いに、

父が新聞の端を少し下げた。


「どうせ、ワシが殺される話だろ。

 今みたいになぶり殺しにされながら」


彼は相変わらず無口で

質問には答えないが

顔にはそのように書いてある。


「違いますよ。

 最後は『一人の母の話』になるんです」


母の手が止まった。

皿を拭く布巾が、宙で固まる。


「韋提希は正しかった。

 でも『正しさ』だけでは、

 家族を救えなかったんだ」


息子がゲーム画面を見たまま

つぶやきながら 2階に上がる。


彼は旅人のおかげで

職業訓練校に通う 口述ができたものの

こんな深刻な話は聞きたくない。


だけど旅人には敬意を表している。

息子は、とても難しい立ち位置にいる。


(じゃあ、何があればよかったんだよ)


2階に上がる 彼の背中を見ながら

旅人は語り続ける


「信じることさ。  

 正解を信じるんじゃない」


「『考え続けなくていい』という 

 技を信じることだ」


母の目が鋭くなる。


(また宗教?)


(宗教信じて崩壊した家庭多いでしょ…

 毎日ニュースで言ってるじゃん)


(宗教の話なんかやめてよ)


母は料理をしながら、

心の中でずっと謝り続けている。


(私のせいでこの子が自立できない)


(料理の作り方 さえ 教えれば…

 あの子が料理教えて…といった意味を

 私は理解できないまま

 あの子を38歳にさせた)


その謝罪はいつしか、

彼女を動けなくする重い鎧になっていた。


旅人はその鎧を見抜き、

ナッツの袋を取り出した。


「これ、六千円もするんだ」


「でもね、三十日で割ったら

 一日二百円だ」


「二百円と思えば、

 贅沢ってほどでもないだろう?」


旅人は「漫才の間」を置く。

正論で爆発させないために。


「お母さん。

 提案したアパートの話も同じなんです」


「いきなり

『六千円(家を借りる)』と言えば、

 脳は恐怖で固まる」


「だから、小出しにするんです。」


「一日二百円分だけ。

 一回一分だけ。

 景色を変える一コマだけ」


「居所を変えるのに、

 大掛かりな引っ越しはいらない」


「プチ引っ越しは、

 家の外側に立つ練習なんです」


「お母さんが一分だけ

『悲劇の議長席』を降りる」


「それだけで、

 硬直した役割が揺らぎ始める」


母の心が反論する。 


(でも、あの子は暴れる。 

 父性が欠けていたせいよ……)


(なんで 息子が 学校に行き始めたのに

 トラのしっぽを

 私が踏まなくちゃいけないの?)


旅人は言葉を柔らかくした。


「お母さん。火事は思いから始まった」


「正しさで救えないとき、

 韋提希は

『ここではない世界を見せてくれ』

 と願った」


「信心っていうのは、

 一日のうち二百円分だけ、

 自分の正しさを休ませることなんです」


「ただし 一つの袋じゃなくて

 たくさんの袋で

 ひとつまみだけちょっとだけ…

 正しさを休ませる」


氷が一つ、角を落とした。


カラン。


その瞬間、

母の足が五センチだけ横にズレた。


「ずるい」と思っていた

この旅人の姿が、


陽光に透ける薄氷のように、

ひどく脆く、

必死に生き延びようとしている 

「技」に見えてしまった。


やっと

この旅人の 言おうとしている

意味がちょっとだけわかった。


(ほんのひとつまみ、

 30日続ける…)


自分がこの家の

「悲劇の議長席」に執着し、


誰よりもこの場所を

動こうとしなかったことを、

突きつけられたような気がした。


羨ましい。

この絶望から一歩だけ外へ出ようとする

その軽やかさが、


たまらなく羨ましくて、

叫び出したくなる。


母は怒りとともに顔を上げたが、

旅人の静かな瞳を見た瞬間、


言葉は行き場を失い、

熱い水滴となって視界を滲ませた。


旅人は何も言わない。

そこがブレーカーの場所だと

知っている。 


触るのは母だ。

旅人じゃない。


■エピローグ いつかできるから、

       今日できる


(歌を送る理由)


旅人は、

今日もカラオケボックスにいた。

広すぎず、狭すぎない四畳半。


そこは世界という荒野から、

一時的に切り離された

潜水艦みたいな部屋だ。


一人でドアを閉め、

ロックをかける。


その瞬間、

外の時間は水圧に負けて遠ざかり、

残るのは「個」としての

呼吸だけになる。


ここには

親も、子も、

正しさも、責任も、


8050という四文字熟語も

いったん入ってこられない。


使い古されたマイクは、

数えきれないほどの

孤独な人生が吐き出してきた

熱を通過してきたせいか、


見た目より

少しだけ重かった。

たぶん、気のせいじゃない。


旅人はデンモクを操作し、

乃木坂46 の

「いつかできるから今日できる」

を選んだ。


イントロが流れ、

数行歌ったところで、

彼はひとつの確信にたどり着く。


――これは、

 正しさでボコボコに

 襖がへこんだ家の、

 その向こう側で凍えている

 母親のための応援歌だ。


「君がやりたいと

 始めてみたことなのに

 空回りして

 すべて嫌になったのか」


旅人は何度も歌った。

ときどき喉を詰まらせ、

言葉が形を失いそうになりながら。


母の心に刺さる角度を、


「私が頑張らなかったら

 この家は崩れる」


と信じ切ってしまった

あの世代の静かな絶望を、


背中に地層みたいに

積み重なった年月の重さを、


歌いながら一つずつ

手のひらで確かめていく。


「いつかできる」という言葉は、

本当は未来への

明るい励ましなんかじゃない。


それは、

「いつか」という持ち時間を

ほとんど使い切ってしまった

親世代にとっての、

残酷なまでに優しい期限通知だ。


「いつかできる(できるのなら)

 そのうちに(今日できるよ)

 ここで逃げ出さないで

 前を向いて

 大地に立つんだ」


歌うたび、

喉の奥がじんわり熱くなる。


五十年かけて、

「家族を壊さないために

 自分が壊れる」

というやり方で

生き延びてきた人間が、

ようやく覚えた別の生存技。


これは旅人にとって、

そのありがたい副作用だった。


母が変われなくてもいい。

子がすぐに動き出さなくてもいい。

LINEに既読がつかなくてもいい。


それは、

8050という長いトンネルの中では

ほんの些細なディテールだ。


旅人は今度は、施設に入っている

認知症の母に向かって

心の中でつぶやく。


――ワシ、成長できたよ。


――お母さん、今日まで

 長生きしてくれてありがとう。


――六十七歳になって、ようやく

 「生きてる意味」が

 重荷じゃなくなったよ。


それは届くかどうかわからない

手紙であり、 


「もう自分を責めなくていい」

という判子が押された

人生の控えでもあった。


マイクを置き、

旅人はスマホを手に取る。


説明はいらない。

説得もいらない。


8050は

理屈で解ける問題じゃない。

呼吸が戻るかどうか、

それだけだ。


「毎日、擦り切れるまで

 聴いてください。

 気が向いたら、

 歌ってみてください。


 考え方を変えろなんて

 言いません。

 ただ、考えるのを

 少しだけ休みませんか?」


送信。

既読はつかない。


二十五年分の沈黙という名のダムは、

そう簡単には決壊しない。


旅人は、頬を伝った涙を拭わなかった。

それは、彼が今日、

「家族ごと地獄に沈む」

という選択をしなかった証拠だった。


「この歌を作詞した人ね、

 ワシと同い年なんだよ」


旅人は一人で、小さく笑う。


「乃木坂の女の子たちの応援歌を、

 歌詞を詰まらせながら

 全力で歌う六十七歳」


「まあ、

 統計的には

 かなり外れ値だろうな」


でも、その外れ方が、

今はひどく愛おしかった。


廊下の蛍光灯は

心もとなく瞬いていたが、

彼の足取りは

以前よりずっと確かだった。


あの家は、まだ内側で静かに

燃えているかもしれない。


母は、逃げ場のない議長席に

座り続けているかもしれない。


それでも今日、

氷は一ミリだけ溶けた。


8050という

巨大で重たい構造の中で、

世界のリズムは確実に一拍だけ

あたたかな方向へずれた。


同じ頃、深夜の静寂の中で、

母は布団に潜り込み、

スマホを手に取っていた。


見たら負ける。


見たら、

「私が正しかった」という

最後の支えが崩れる。


それでも指は、

磁石に引かれるように

液晶の光へ伸びた。


音量はゼロ。


それでも画面には

「再生中」の文字が、

小さな心臓みたいに点滅している。


音のない歌が、母の頭の中で

静かに流れ始める。


実家の玄関で、

震える手で靴を揃えていた

あの旅人の背中が、

歌声と重なった。


――あの人は、

 遊んでいたんじゃない。


――なんとかして、

 生き延びていたんだね。


母の目の奥に溜まった水が、

一粒だけ、枕に吸い込まれた。


「……明日、

 台所で聴いてみようかな」


それは決意というより、長い間、

家族のために

息を止め続けてきた人間が、


ようやく取り戻した

深い呼吸だった。


その後、旅人は風の噂で、

あの一家の近況を耳にする。


「九十二歳のお母さんの手を引いて、

 またスポーツジムに

 通い始めたらしいわよ」


旅人は夜の街に踏み出し、

静かに目を細めた。


英雄じゃない。

救世主でもない。


ただ今日も、

「一緒に沈まない」という選択をし、


ボロボロの体で

新しいリズムを刻み始めた

一人の不器用な人間だ。


その背中が、夜風の中で、

ほんの少しだけ楽しそうに見えた。


たぶん、

気のせいじゃない。


           ――完――


❥あとがき


――――カラオケという名の、

 生存技について


この物語を書き終えたあと、

僕の手元に残ったのは、ひとつの、 

とても控えめな結論だった。


それは

「もっと頑張ろう」でも、

「前向きに生きよう」でもない。


もっと小さくて、

もっと生活の底に沈んだ事実だ。


これは心の話ではない。

体の話でもない。


もっと即物的で、

もっと誰にでも起きうる話――

一人カラオケの話だった。


正確に言えば、


「一人で

 カラオケボックスに入り、

 重たいドアを

 一人で閉める」


という、ほとんど

時代遅れに見える技の話だ。


少し前まで、僕はこの行為を

尾崎紀世彦の歌のように 

理解していた。


「二人でドアを閉めて

 二人で名前を消して

 そのとき心は

 何かを話すだろう」


ドアは、

誰かと一緒に閉めるものだと。


でも、人生が行き詰まるとき、

ドアはたいてい

一人で閉めるしかない。


僕が気づいたいちばん地味で、

いちばん役に立つ

サバイバルの技は、

その一点だった。


一人カラオケには、

ほとんど祈りに近い性質がある。


誰にも聞かれない。

評価されない。

正解も、不正解もない。


途中で音程を外しても、

声が震えても、

それは誰の迷惑にもならない。


拍手はない。

でも、叱られることもない。


その代わり、

声は確実に外に出る。


喉は震え、

呼吸は勝手に深くなる。


これは娯楽というより、

「今日も生きていい」という許可を、

体にもう一度出し直す場所に近い。


実際にやってみると、

僕の体は驚くほど正直だった。


二時間ほど、

ほとんど休まず歌ったあの日、

歩数はほとんど増えていない。

筋肉痛もない。


それなのに、心拍は九十前後で、

静かに、安定して続いていた。


高すぎず、低すぎず。

焦りも、恐怖もない。


僕の体が

「今は、これくらいでいい」

と、言っているようだった。


翌日は、さらに奇妙だった。


走っても、

重たいものを持ち上げても、

心臓が慌てない。


心拍数は百を超えず、

以前なら急いでいた場面で、

体は落ち着いたまま、

ちゃんと動いている。


体重は、

ほんの〇・二キロ減っただけだ。

意味があるとも言えないし、

ないとも言えない。


でも、

人生が立て直されるとき、

たいてい最初に現れるのは

この程度の差分だ。


大きな希望じゃない。

ただ、


「今日は昨日より、

 少しだけ安全だった」


という感覚。


正直に言えば、

これはまだ二週間目にすぎない。


続く保証はない。

笑われるかもしれない。 


「孤独な老人が、

 今日も一人で歌っている」


そう見える人もいるだろう。


だけど、誰かのために

長く立ち続けてきた人ほど、


一度は

誰の役にも立たない時間を

持つ必要がある。


カラオケボックスのドアを

一人で閉めた瞬間、


母であることも、

父であることも、

正しい人であることも、

いったん廊下に置いてくる。


残るのは、

声と、喉と、呼吸だけ。


それでいい。


誰かを救う前に、

まず一人が倒れないこと。


それはとても地味で、

とても難しい。


週に二回、

二時間、歌いっぱなし。


それだけで、

体の中で凍っていたものが、

ほんの少し溶ける。


それが続けば、


歌詞は言葉になり、

言葉は行動になり、

行動は習慣になるかもしれない。


その先にあるのは、

派手な幸福じゃない。

静かで、

誰にも証明しなくていい幸せだ。


もしこの世界に

「トラウマ克服オリンピック」

という、


誰も出たくない競技があるなら、

必要なのは金メダルじゃない。


途中で棄権しない技。


一人でカラオケに入り、

一人で声を出し、

バラバラになった自分のリズムを、

もう一度、自分に返す技だ。


拍手はない。

誰も見ていない。


それでも、体は覚えている。

呼吸も、心拍も、

「今日、生き延びた」という事実も。


もしこの文章を読み終えた誰かが、

ふっと笑って、


「今日は一人で

 ドアを閉めてみようかな」

 そう思ってくれたなら。


それだけで、この物語は

十分に役目を果たした。


……もし将来、


僕の薄くなった頭に

本当に髪の毛が

戻るようなことがあれば、

そのときはまた書き直そう。


『カラオケと毛根』


という、

どうしようもない続編を。


そんな冗談を

まだ言えるくらいには、

どうやら僕は、今日も生きている。

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