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並んで歩く道の先へ

 エミリーとセシリアが、一緒に海を目指すことを誓い合った翌日、二人は商業地区の大通りを歩いていた。

「これから新しい生活が始まるのだし、身のまわりの物は全部でなくても、いくつか新しく買い替えたいのよね」

 セシリアは明るく弾んだ声で、エミリーとお喋りをしている。

「いいんじゃないの?アタシもなにか買おうかなぁ」

 エミリーも楽しそうに答える。

「安くまとめて揃えられるお店ってある?」

「うんっ、よく行く雑貨屋は、なかなかの品揃えだよ」

 二人は何を買おうかなと、楽しく話に花を咲かせながら大通りを進んでいく。

「あっ、ここだよ」

 エミリーは目的の店の前で立ち止まり、指さした。

「へぇー、なかなか、おしゃれな店ね」

「じゃあ、入ろっか」

 エミリーはセシリアを先導し、開いたドアから店の中へ入っていった。


 店に入って、すぐ右側に年季の入った木製のカウンターがあり、店主だと思われる中年の男性が椅子に座っていた。

 そのカウンターの前に、このあたりではあまり見かけない服装をしていた女の子が二人立っていた。

 一人の女の子は豪華なドレスを着ており、一目で貴族のお嬢さまと分かる。もう一人はメイド服で、そのお嬢さまのお付きだと思われた。

(なんでこんなお店に貴族とそのお付きが?)

 セシリアは、このまま店に入っていいものか躊躇し、立ち止まってしまった。

 先に入ったエミリーに店主が気づいたのか、

「おお、エミリー。ちょうどよかった。助けてくれよ」

「ん?なに?なにか揉め事?」

 エミリーは店主に答える。

「こちらのお嬢さんが、これを買い取ってくれって言ってきてね」

 そういって店主は、手にしていたネックレスのような装飾品を持ち上げてみせる。

 セシリアはエミリーの後ろからのぞき込み、その品を見る。

「へぇ、高級そうな品ね。エミリー、このお店って装飾品も扱っているの?」

 それには店主が答えた。

「いや、うちは日用品を売るだけの店だよ」

 店主が、あきれたような顔をする。

 そこで、向かいに立つお嬢さまが口を開いた。

「ここは、さまざまな品物を取り扱っているお店と、うかがったのですが」

 店主はため息をついた。

「エミリー、助けてくれ」

「うん、任せてよ」

 エミリーはお嬢さまの方を向いた。

「ねえ、そのネックレスを売ろうとしているのかな?」

 お嬢さまはエミリーの方を向いて答える。

「はい、この品を売って、お金を得たいと考えております」

「なるほど」

 エミリーは、うんうんとうなずいた。

「でもね、このお店ではそれは買い取ってくれないよ」

「そうなのですか?それは残念ですわ」

 少しガッカリした表情を見せた。

「あ、でも、それを買い取ってくれそうなお店だったら、アタシ知ってるよ。紹介してあげようか?」

「いいのですか?」

「構わないよ」

 そういって、エミリーは振り返り、セシリアの方を見て、

「買い物はあとでいい?」

 と、聞いた。

「ええ、私のは急ぎでもないし、あとでも別に明日以降でもいいわよ」

 エミリーは、うなずき、お嬢さまの方を向いた。

「じゃあ、行こっか。私、エミリー、よろしくね」

「私はフローラと申します。こちらはシャルです。どうぞ、お見知りおきを」

 スカートの両端をつまんで持ち上げる礼儀正しい挨拶だったが、セシリアは違和感を覚えた。

(あれ?なんで家名は名乗らないのかしら?)


 エミリーとフローラが先を並んで歩き、その後ろをセシリアとシャルが続いた。

「このあたりは初めて?」

 エミリーが隣のフローラに話しかける。

「はい、どういったお店があるのかもわからなくて。それにしても、活気がある通りですね」

「うんっ、すごくいいところだよ、ここは」

 二人はすぐに打ち解けて、楽しそうにお喋りしている。

 セシリアは前を歩くフローラを眺めていた。

(それにしても、綺麗なお嬢さまね。服もそうだけど、赤みがかった髪もすごく綺麗ね。顔立ちも整っていて可愛らしいし、まるで、お姫様みたい)

 セシリアは、隣を歩く女の子にも目を向けた。

(こっちの、おとなしい子はシャルちゃん、だっけ。髪の毛も整えられていて、なんだか、お人形みたい)

 セシリアは、ますますフローラ達の事情が気になった。


「ここだよ」

 そういってエミリーは、開いたドアから店に入る。他の三人も続いて入った。

 先ほどの店よりも少し広く、木製の棚や台には、さまざまな品が置かれていた。刀剣、絵画、銀器、壺など、骨董品や美術品といったものが並んでいた。

 まばらながら、他の客もいるようだった。

 エミリーは、少し先のカウンターにいた店主に話しかける。

「おじさん、久しぶり」

 店主はエミリーの顔を見て、ぶっきらぼうに答える。

「なんだ、エミリーか。また短銃を見に来たのか?今度は買うんだろうな?」

 店主はエミリーを見た後、他の三人にも目を向ける。

「それはまた今度にするよ。今日は、こっちの子が売りたい物があるみたいなんで、見てくれない?」

「ほぉ……」

 店主は、ドレスを着たフローラを眺めた。

 フローラは店主に近づき、ネックレスを見せる。

「こちらを是非、買い取っていただきたいと思いまして」

 店主はその品を受け取り、角度を変えて眺めながら、宝石が受ける光の反射を確かめ、最後に拡大鏡を持ち出して注意深く品定めをした。

「ふむ……なるほど、まあまあいい物ではありますな」

 フローラは、少しほっとした表情をして、

「いかがでしょうか?」

 と、たずねた。

「そうですなぁ……」

 店主は、周りを見渡し、他の客達には見えないように、机の上にある紙に小さく金額を書いた。

「これでどうでしょう?」

 店主はフローラに見えるように紙を差し出した。

 フローラはそれを見て、少し考える仕草をしたあと、エミリーの方に視線を向けた。

 エミリーはフローラの意図を察したのか、覗いてその紙に書かれた値段を見る。

「よくわからないけど、その金額なら、アタシが欲しかった銃が何丁か買えるほどだね」

 エミリーはフローラに向けてそう話す。

 セシリアとシャルも、その金額を見てみるが、二人ともよく分からないといった表情を浮かべる。

「フローラ、どうする?」

 エミリーにたずねられたフローラは、少し思案する。

「そうですねぇ……、あの、店主さん。こちらで似たような装飾品はありますか?」

 店主は首を縦に振った。

「ええ、いくつかは置いていますよ」

「同じぐらいの金額で買い取られているものがあれば見せて頂けますか?」

「……ええ、ちょっと待っていてください」

 そういって店主は立ち上がり、店の奥へ行った後、少しして戻ってきた。

「このあたりですかな」

 店主はフローラに装飾品を手渡した。

 フローラはそれを眺めたあと、片方の眉がぴくりとはねた。

「これと、私のお母さ……母のネックレスが同じ?」

 声色に鋭さが混じっていた。

「店主、この品がどちらで作られたのかご存じですか?このような不揃いなカットの施し方、名のある工房で作られたとは、とても思えません」

 店主は顔を引きつらせた。

「それに、紋章も入っていませんし、宝石にも小さな傷が見えます。……本当に、同じぐらいの金額なのですか?」

 フローラは鋭い視線を店主に投げかける。

「あっ、そ、それは、間違って持ってきてしまった物ですな。うっかりしました」

 店主は額に汗をにじませながら、誤魔化そうとする。

「おい、おじさん」

 エミリーは店主に、にらみをきかせる。

「そんな商売してていいの?」

「……」

「昔の話を持ち出すのは好きじゃないんだけどさー。亡くなったアタシの父が、何度もおじさんを助けてあげたっていう話は聞いているんだけどなー」

 店主はエミリーに目を合わせないように、紙に書かれた金額を消して、その横にそれ以上の金額を書いた。

「これでどうだ?」

 エミリーはニヤリと笑う。

「いいんじゃない?」

 エミリーはフローラに顔を向けてウインクをすると、フローラは、うなずき、店主に向かって答えた。

「それでは、その金額でお願いします」

「……わかった」

 そういって、店主は布の袋に金貨を入れ、フローラに手渡した。

「あ、そうだ、フローラ。ちょっと見てほしいものがあるんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「おじさん、例の短銃、今すぐ持ってきてくれない?」

「……待っててくれ」

 そういって店主はまた奥へ行き、短銃を持ってきた。

「これの価値ってわかる?」

 フローラはそれを慎重に受け取り、細部を見ていく。

「そうですね、銃は、家にあるものを目にするぐらいでしたが……いわゆる高級品というほどではないですね。ただ、施された彫刻は素晴らしいものだと思います」

「へぇ……そうなんだ」

 エミリーは感心した様子で、うなずく。

「ただ、トリガー部分の金具が古くなっているので、このままでは使えませんね。いくつか修理は必要だと思います。あと、ここと、ここ、それにここにも傷があります」

 エミリーは店主に向かって口を開く。

「だってさ」

「……」

「これって、いくらだっけ?」

「わ、わかったよ!降参だ。前に言った金額より、それなりに引いてやるよ」

「……」

「半値だ」

「ありがとう、おじさん。買っていくよ」

 エミリーは満面の笑みでそう答えた。


 四人は店を出て、少し離れた場所へ移り、フローラはエミリーに感謝を述べた。

「ありがとうございました。これで私とシャルとで、しばらくは暮らしていけそうです」

「よかったね。アタシも欲しかった短銃を、こんなに安く買えて嬉しいよ。ありがとう」

 二人は微笑み合った。

「それにしても、フローラさんの物を見る目はすごいわね」

「そうなんですよ!フローラは服も装飾品もとても詳しくて、すごいんですよ!」

 シャルが自分のことのように自慢する。

 フローラは少し顔を赤らめて、

「ちょっと、シャル。そういうことは言わなくていいから」

 と、やんわりとがめ、軽く咳払いをした。

「それでは、エミリー、セシリアさん。この度は助けて頂いて、本当にありがとうございました。名残惜しいですが、そろそろ私たちはこれで……」

 と、別れの挨拶を述べている最中に、

(キュークルクルクル)

 と、可愛らしいお腹の音が聞こえた。

 また、フローラの顔が赤く染まった。

「……お恥ずかしい音を聴かせてしまって、申し訳ありません」

 シャルがフローラに代わって話を始めた。

「私たち、朝からクッキーしか食べていなくて、フローラは昨日の夕食も取っていなくて」

 エミリーが少し驚いた顔をして、

「そうだったの?じゃあ、すぐにどこかに食べに行こうよ」

 フローラが顔を上げる。

「でも、ご迷惑では……」

「なんで?アタシ達もそろそろ何か食べたいし」

「そうね。もう、お昼もだいぶ過ぎたし、みんなで行きましょうか」

「私も賛成です。ね?フローラ、一緒に行きましょう?」

 シャルの言葉にフローラは、

「はい、一緒に行きましょう」

 と言って、微笑んだ。


「エミリー、私たちが昨日行ったレストランはどうかな?すごく美味しかったし」

 セシリアはエミリーに提案した。

「うーん、でも、ここからちょっと離れているんだよね」

 エミリーは周りを見渡してみたところ、一軒のお店が目に入った。

「あそこにしようか。最近できた店っぽいけど、なんかよさそうだし」

「ええ、いいわよ」

 セシリアは、うなずいた。

「私たちも構いませんわ」

 フローラとシャルも答える。

「じゃあ、行こっか」

 四人は、その店に入っていった。


 店の中は小綺麗で、木製のテーブルやイスも、まだ新しいもののように見えた。

 お昼をだいぶ過ぎた時間帯だったこともあり、他の客はいなかった。

 四人に気づき、店員がすぐさまやってきた。

「お席にどうぞ」

 店員にうながされ、テーブルにつく。

 エミリーは店員に向かって、

「早めに出せる料理があれば、それをお願いできるかな?」

 と、注文した。

 店員は、すぐにうなづき返した。

「わかりました。少々お待ちくださいませ」

 そう言って、店の奥に向かって行った。


 しばらくして、店員が料理を運んできて、テーブルの上に並べられた。

 肉や野菜が入ったスープのようだった。

「それでは食べましょうか」

「うん、食べよう」

 セシリアとエミリーは、スプーンを手に取り、食べ始めた。

 フローラとシャルの二人は、両手を静かに組み、軽くお祈りを始めた。

(あっ、お嬢さま達のマナーに合わせた方がよかったかしら)

 セシリアは少し気になり、エミリーの顔をうかがってみた。

 そのエミリーの顔には、少し複雑そうな表情が浮かんでいた。

「うーん、味はまあまあなんだけど、なんだかピリッとする辛さが強いような」

「……ああ、私もそれは思ったよ」

 セシリアも同意する。

 短い祈りが終わったのか、フローラもシャルも食べ始めようとしていた。

 先にシャルがスプーンでスープをすくって口に入れたところ、シャルの表情がみるみるうちに険しくなった。

「みなさん!これは食べないでください!」

 シャルの強い言葉に、他の三人の手が止まる。

「シャル、どうしたの?」

 フローラが問う。

「このスープの中に入っている肉ですが、腐り始めているものです」

 皆が驚いた表情でシャルを見る。

「ぎりぎり食べられなくもない程ではありますが、それを誤魔化すために強い匂いがするハーブや少量の香辛料が入れられていますね」

 エミリーは、店内の隅に立って待機していた店員を呼んだ。

 そして、シャルは先ほど口にした内容に合わせて、具体的なハーブの名前などを挙げて指摘した。

 店員は顔色を変え、

「しばらくお待ちください」

 と、一言告げて、店の奥に行き、料理人と思われる男を連れて戻ってきた。

 料理人は深く頭を下げた。

「申し訳ありません。弁解の余地もありません。謝罪いたします」

 そう告げた。

 エミリーは、深くため息をつき、

「もう、いいよ。みんな行こっか」

 そう言って立ち上がったので、みんなも立ち上がる。

「お代は?」

「もちろん結構です」

 再度、料理人は深く頭を下げた。


「ごめんね、こんな店を選んじゃって」

 エミリーはフローラの方を向いて謝る。

「いえっ、そんな、エミリーが悪いなんてことはまったくありませんわ。気になさらないでください」

「うん、ありがと。……しかし、これからどうしよっか」

「もう時間もだいぶ過ぎてしまったし」

 セシリアも考え込んだ。

「フローラ、やっぱり私はフローラが食べるものは自分が作りたいです」

 シャルがフローラに向かって断言するように主張した。

「ありがとう、シャル。でも、それは落ち着いてから考えましょう?」

「……はい、わかりました」

 そのやりとりを聞いていたエミリーは、

「ああ、それだったら、うちに来る?調理場は自由に使ってもらってもいいよ」

 と、提案した。

 フローラは断ろうと、口を開きかけたが、シャルが先に、

「いいんですかっ?!」

 と、目を輝かせて、エミリーに聞いた。

「うん、いいよ。……あ、でも、四人分の食材は残っていたかなぁ」

「それだったら、帰る前に市場に寄って行きましょうよ」

 セシリアの提案にエミリーは、うなづいた。

「じゃあ、行こっか」

 エミリーは、みんなを先導するように歩き始めた。

 シャルはフローラに向かって、

「フローラ、行こう」

 と言って、フローラの手を握った。

「はい、そうしましょうか」

 フローラは微笑み返した。


 四人が大通りを進んで抜けた先の広場に、露店が並ぶ市場が見えてきた。

 セシリアは市場を見渡してみた。

「夕方前だから、まだ開いている店もそこそこありそうね」

「じゃあ、ぐるっと回ってみようか」

 エミリーはみんなを連れて歩いて行く。

 シャルは興味深そうに、店に並んだ野菜や肉や魚などの食材を見ていく。

「この時間だと、もう肉は少し危ないかもしれませんね。さっきのこともありますし」

「じゃあ、魚はどうかな?」

 エミリーがシャルに聞いてみた。

「ええ、魚の方が、まだ状態がいいように見えますね。魚を中心にした料理にしましょうか」

 そう言って、魚を売っている露店に行き、店主とあれこれやり取りをして話がまとまったようだった。

 そこにフローラが横に立ち、

「それでは、代金を払いましょう」

 そう言って、先ほどネックレスを売って受け取った布袋から、金貨を取り出そうとした。

「ちょ、ちょっと、フローラ!ちょっと待って!」

 エミリーはフローラの手を、軽く押しとどめた。

「どうされましたか?お金はもうここにありますよ?」

「う、うーんと、金貨はちょっとね。あとで説明するから、ここはアタシが払っておくよ」

「……はぁ、そうですか」

 ちょっと、しょんぼりした表情を浮かべていた。

 そのあと、野菜などの食材も無事に買い終えた。

「よし、じゃあ、帰ろうか」

 市場を後にし、傾き始めた日の光にほのかに染まる大通りを、四人は並んで帰っていった。


 四人がエミリーの屋敷に到着すると、エミリーはシャルを調理場に連れて行った。

「ここで料理は出来そう?」

「はいっ、とてもいろいろ揃っていますね!」

 シャルは嬉しそうに、釜や調理器具、作業台の様子を確かめると、買ってきた食材を台に並べて、調理に取りかかった。

 エミリーは客間に戻り、セシリアとフローラに、

「大丈夫そうだって」

 と、ひとこと言って、三人はソファに座り、お喋りをしながら待つことにした。

 しばらくすると、シャルがやって来て、

「お料理が出来ましたよ」

 と、告げたので、四人で調理場に向かい、みんなで料理を客間の隣の広間に運んだ。

 テーブルの上には、見た目も美しく、食欲をそそる匂いの料理が並べられた。


「んんっ!これ、すごくおいしい!」

 食事が始まるやいなや、最初に口を開いたのはセシリアだった。

「白身の魚が柔らかくて、口の中ですっと崩れてとけるみたい。それに、味がしっかり染みこんでいて」

 もう一口食べ、ゆっくり噛みしめるように味わってから、

「レストランでも食べたことがない美味しさだわ」

「えへへ、ありがとうございます、セシリアさん」

 シャルは嬉しそうに答えた。

「うん、ホントにおいしいよ。シャルちゃんって料理が得意なんだね」

 エミリーも褒める。

「ええ、シャルの料理の腕は本物ですよ。以前から、料理人にも感心されていましたから」

 フローラが自分のことのように自慢する。

「いえ、私なんてそこまででは。もっと学んでもっとおいしいものを作って差し上げたいです」

 そう言って、フローラの方にチラリと目を向けた。

 フローラもそれに気づき、微笑み返した。

「これなら、肉料理もきっと得意なんでしょうね」

 と、セシリアは思わず想像した。

「また機会があれば是非、皆さんに振る舞いたいです」

 シャルは微笑んで答える。

「もういっそ、アタシんちのメイドにならない?」

 エミリーは少しおどけたようにシャルに向かって提案した。

「シャルは差し上げませんよ」

 フローラも少し弾んだ声で口を挟んだ。

 四人は笑い出し、楽しい食事が進んでいった。


 食事のあと、客間に移り、みんなでソファに腰掛けた。

 シャルは調理場でお茶を用意し、戻ってきた。

「皆さん、こちらをどうぞ。フェンネルのハーブを使ったものです」

 セシリアは一口飲み、

「へぇ……香ばしい匂いがするけど、ほんのり甘みがあるのね」

 と、感想を述べた。

「先ほどのお店で……あの肉を少し口にされていたと思いましたので、胃に優しいハーブを選びました」

「フェンネルにそんな効き目もあるのね。シャルちゃん、料理だけじゃなく薬草にまで詳しいのね」

「ああ、いえ、薬草はそこまで学んではいないですね。ちょっと教えてもらったぐらいで」

 シャルは少し、はにかみながら答えた。


 四人のお喋りが一段落したところで、フローラは、

「本日は本当にありがとうございました。そろそろ私たちは、泊まる宿を探しに、おいとまさせていただこうかと思います」

 軽く頭を下げながら、別れの挨拶を切り出した。

「それなら、今日はうちに泊まっていってよ。余っている部屋もあるし」

 エミリーは提案した。

「いえ、しかし、そこまでお世話になるわけには……」

「もう外は暗くなってきたし、探そうにも宿の看板は見つけにくいと思うよ」

「……確かにそれはそうですが」

「あんなにおいしい夕食をごちそうになったんだし、これぐらいはお返しさせてよ。それに短銃を安く買えたお礼もまだだしね」

 エミリーは、フローラにウインクで返す。

 シャルはフローラの方を見た。

「フローラ、ここはご厚意をいただきましょう」

 フローラは少しだけ考えるそぶりを見せたが、

「そうね、そうさせていただきましょうか」

 と、シャルにうなずき返した。

「それでは、エミリー、一晩お世話になってもよろしいでしょうか?」

「もちろん!」

 エミリーは笑顔で答えた。


 エミリーは、フローラとシャルを空いている部屋へと案内した。

「ベッドも二つあるし、ここを自由に使ってもらっていいよ」

「ありがとうございます」

 フローラはエミリーにお礼を述べた。

「あとで、二人の分の寝間着を持ってくるね。あと、もしよかったら、客間でもう少しおしゃべりしない?」

 エミリーの提案に、フローラは、

「はい、私もそうしたいと思っていました」

 と、微笑んで答えた。

「それでは、少し気持ちが和らぐようなハーブを入れたお茶を用意しますね」

 シャルも嬉しそうだった。

 そのあと、寝間着に着替えた四人は、客間のソファに腰を下ろし、ハーブティーを飲みながら、夜更けまで他愛のない話に花を咲かせた。


 翌朝、シャルが用意した朝食をみんなで食べた。

「ねえ、エミリー。やっぱり、シャルちゃんには、ここのメイドになってほしいよね」

 と、セシリアは少し名残惜しそうに言った。

 食事が終わって、少し休憩したあと、四人は宿探しに大通りに向かった。

「さてと、どうやって探そうかなぁ。アタシは、ここあたりの宿に泊まったことなんてないし」

 エミリーは見渡しながら、そうつぶやいた。

「私も泊まったことはないわ。一軒ずつ入って、金額とか聞いて回るのがいいんじゃない?」

「そうだね」

 エミリーもセシリアに同意した。

 四人は大通りを歩き、見つけた宿に入っては話を聞いたりしながら巡っていると、

「フローラ様!」

 と、後ろから男性の声が聞こえた。


 四人が思わず振り返ると、そこには、背筋を正し、上質そうな衣服に身を包んだ年配の男性が立っていた。その後ろにも二人ほど男性が付き従っているように見えた。

「エドワード、どうしてここに?」

 フローラは、驚きをにじませた声で問う。

「探しましたよ。さあ、屋敷に帰りましょう」

「……」

 エミリーは、エドワードと呼ばれた男を一瞥したあと、フローラの方を向いて、

「フローラ、この人は?」

「……私が元いた家の執事をしているエドワードです」

「ふぅん……」

 エミリーは、なんとなく事情は察したが、ひとまず様子を見ることにした。

 フローラは、エドワードの顔を見て、強い口調で言い放つ。

「エドワード、家に戻りなさい。そして、もう私を探し出すような真似は、なさらないでください。これからは、シャルと一緒に自分達で決めた道を歩んでいきます」

 その言葉に、エドワードの顔には、少し悲しむような表情が浮かんだ。

「フローラ様。あなたのお気持ちはとてもよくわかります。何年も、お側で見守ってきたのですから」

 フローラの顔が険しくなる。

「わかっているですって?何ひとつ、わかっていないでしょう?」

 エドワードを睨み付ける。

「主も心配しております」

「心配しているのは、私ではなく、キングスレイ家そのものでしょう?」

「ご婦人様も」

「お母様は、私を送り出してくださいましたわ」

「……」

 エドワードの反論が続かず、無言の時間が続いた。

「私は、あの男の人形ではありません。自らの意志で、人生を歩むと決めました。その先にあるのは、キングスレイ家ではありません」

 再び、二人の間の会話は途切れたが、少し間を置いたあと、エドワードの後ろに控えていた二人の男が前に歩み出てきた。

 エミリーは、軽く膝を落とし身構えたが、フローラが手を上げたのを見て、その意図を察して踏みとどまった。

 フローラはエドワードに向けて、再び口を開いた。

「もし、無理にでも私を連れ帰ろうとするのなら、私はこの場で首を切ります」

 その言葉に、男達は足を止めた。

「私の死体でしたら、好きなように持ち帰ってもよろしいですよ?」

 フローラは微笑みながらエドワードに問いかけた。

「……」

 エドワードは、フローラをじっと見ながら考えているようだったが、

「ここは一度、引き下がらせて頂きます。しかし、主はあなたをそう簡単には諦めることはありませんよ」

 そう言い残して、背を向け、男達はそのまま大通りの人混みに消えていった。


「フローラ、だいじょうぶ?」

 シャルは、すぐにフローラに駆け寄り、心配そうな表情を彼女に向けた。

「ええ、問題ないですよ」

 フローラはシャルに笑顔で答えた。

 そのとき、エミリーは遠くの方で、金属同士が擦れ合うような音を聴いた。

(……鎧の音?)

 エミリーは、みんなに向かって、

「マズい、ここに衛兵が向かって来ているかもしれない。ひとまず、うちに戻ろう」

 その言葉にみんなはうなずき、路地に駆け込んで、走ってその場を後にした。


 屋敷に戻ってきた四人は、客間のソファに座り、しばらくしてようやく息を整えた。

 フローラは、向かいに座るエミリーとセシリアの顔を見て、

「少々、私のことを話させてもよろしいでしょうか?」

 と、言った。エミリー達は黙ってうなづいた。

 フローラはキングスレイ家の生まれであること、望まぬ婚約話を進められたこと、シャルのことなどを話した。

 それを聞いたエミリーとセシリアは、自分のことのように沈痛な表情を浮かべたが、なんと話しかけたらいいのかすぐには分からず、黙ったままだった。

「私たちはもうこのロンドンから離れて、もっと遠くへ行こうと思います」

 静かな語り口だったが、そこには強い決意が感じられた。

「私は裁縫が得意で――ああ、昨夜もお話しましたが、このドレスは自分で作ったものでして、これを仕事にすれば、生きていけるのではないかと考えております」

 フローラの隣に座るシャルも、

「私は出来ることが少ないですが……どこかの厨房のお手伝いでも出来れば、フローラの助けになれるかなと」

 そう付け加えた。

「もう、このイングランドから離れて……フランスのパリにでも向かおうかと」

 その言葉を聞いて、エミリーとセシリアは、はっとした表情を浮かべ、顔を見合わせた。

「私たちも、ちょうど二人でフランスに行こうという話をしていたところなのよ」

 セシリアに続き、エミリーも話し始める。

「そうそう、アタシ達、海賊を目指しているんだ。まだ船もないけどね」

 フローラが少し驚いた表情を浮かべた。

「え?海賊ですか?」

 セシリアは慌てて口を挟む。

「あー、いや、海賊といっても、別に他の船を襲うわけじゃないわよ。そうよね?エミリー」

 セシリアはエミリーに顔を向けた。

「ああ、うん、そんな乱暴なことはしないよ。悪い海賊には、こっちから仕掛けるかもしんないけどね」

 セシリアは言葉を続けた。

「まあ、どちらかというと、船を手に入れて、商売もしようかなと」

「なるほど……」

 フローラは、概ね理解したようだった。

「それでさ、アタシ達と一緒に行かない?フランスに」

 エミリーは笑顔で提案した。

「しかし、私たちは何かのお役に立てるようには思えませんよ?私もシャルも、船に乗ったことはありませんし」

 それに対し、セシリアが答える。

「あなたの品を見る目は本物だと思ったわ。商売をする上で、その目利きがあればとても心強いの。そうよね?エミリー」

「うん!それに、フローラは裁縫が出来るんだよね?帆の修繕もやってもらいたいんだ。昔、船に乗ったとき、手伝おうとしたことがあるんだけど、アタシはそんなに器用じゃなくて」

 エミリーは少し気恥ずかしそうに笑った。

「フローラには甲板長になってほしいんだ」

「……まあ、甲板長ですか」

 その言葉の響きに、フローラは少しときめいた表情を浮かべた。

「あと、シャルには料理を作ってもらいたいな。船の上って、干した肉を水に浸して食べるぐらいで味気なくてさ。でも、シャルなら工夫しておいしいものを作ってくれるかなって」

「はぁ、なるほど……」

 シャルはうなづき返した。

「それに、シャルは薬草の知識もあるのよね?それも船上では、みんなが無事に過ごすために欠かせないの」

 エミリーはシャルに向かって、

「シャルが料理長になってくれたら、すごく嬉しいよ」

 と、お願いをした。

 フローラとシャルは、少しの間、言葉を交わさずに視線を交わし、やがて静かに頷き合った。

「私たちがお役に立てられ……」

 フローラは言いかけて、少し首を横に振って、言い直した。

「私たち四人が、力を合わせて、お互いに足りないところを補えば、ここより外の世界へ出ていくことが出来ますか?」

 その言葉に、エミリーは満面の笑みを浮かべた。

「もちろん!」


 四人がお互いの想いを確かめ合ったあと、

「それにしても、なぜエドワード――執事は、私たちを見つけられたのでしょうね?」

 と、フローラは首をかしげてつぶやいた。

「それは、あなたたちの格好が目立つからよ」

 セシリアは素早く指摘した。

 フローラとシャルはお互いの姿を見合った。

「なるほど、確かに……」

 フローラにも理解できたようで、少し考えるそぶりを見せたあと、彼女はエミリーに向かって、

「このテーブルを少しお借りしてもよろしいですか?」

 と、聞いた。

「ん?いいけど、何に使うの?」

 との返事を聞いたフローラは、いきなりその場で自分の服を脱ぎ始めた。

『えっ?!』

 他の三人が、同じような驚きの声を上げたが、続く言葉を発することが出来なかった。

 フローラは、まったく気にする様子もなく、下着姿のまま、自分のカバンの元へ行き、そこから裁縫箱を取り出した。

「お母様、こちらも、お借りしますね」

 そう静かにつぶやいたあと、裁縫箱からハサミを取り出して、脱いだ服を切り始めた。

 エミリーとセシリアは、もう何が起こっているのかわからないという表情を浮かべていたが、シャルはフローラのやろうとしていることに気づき、

「こちらは片付けますね」

 と言って、テーブルの上に置かれていたティーカップを片付けていった。

 三人はフローラの邪魔にならないように、部屋の隅へ行き、立ったまま眺めていた。

 フローラの手さばきは早く、迷いなく生地を切り分けると、すぐに針と糸を取り出して縫い始めた。

 そして、みるみるうちに、元の華やかなドレスとはまるで印象の異なる服が姿を現した。フリルは取り払われ、落ち着いたシャツになり、ふんわりと広がっていたスカートは裏生地を生かした、控えめな模様のものへと様変わりしていた。

 フローラはそれを手に取り、身にまとった。

「どうでしょう?」

 みんなに見せつけるように、その場で回ってみせる。

「へぇ……それなら、確かにさっきの大通りを歩いていても目立たなさそうね」

「うん、それにしても、あっという間に出来たね」

「やはりフローラは、すごいのです」

 三者三様にフローラを褒め称えた。

 フローラも満足そうな表情を浮かべた。

「さてと、次はシャルね」

 フローラはシャルを見定めて近づいていった。

「へっ?」

「シャル、脱ぎなさい」

 フローラは、半ば強引にシャルのメイド服を脱がし始めた。

 エミリー達は、もう何も言わず、少し目を背けて状況を見守った。

 下着姿にされて、目に涙を浮かべたシャルはその場にしゃがみ込んだ。

 エミリーは、

「ちょっと待ってて」

 と言って部屋を出て、毛布を持ってきて、シャルを包むように掛けてあげた。

「ううっ……ありがとうございます。エミリー」

 涙ながら感謝を述べた。

 そして、フローラはテーブルの上で、シャルのものだったメイド服にハサミを入れ、大胆に切断していき、縫い始め、しばらくすると新しい服が出来上がっていた。

 フローラはシャルを手招きして呼び寄せ、その服をシャルに着せていく。

 フローラは満足そうにシャルを眺める。

「とても似合っていて可愛いですよ、シャル」

 シャルは恥ずかしそうに、自分の服を眺める。

 上は白い長袖のシャツになっていた。元のメイド服の黒い生地から、短いズボンと、膝上まで届く長い靴下も出来上がっていた。

「フローラぁ、でもこれ、ズボンと靴下の間から太ももが見えているんだけど……」

 シャルは恥ずかしそうに太ももをこするようにして、身をよじった。

「エミリーの服がとても可愛らしかったので、参考にしましたの」

 離れて見守っていたセシリアは、隣のエミリーの姿を改めて眺めた。

「ああ、なるほどね……お腹までは出していないけど」

 シャルはまたフローラに涙ながらに訴える。

「やっぱり、前のメイド服の方がいいよぉ」

「いえ、それでは目立って仕方がありません」

「この服も目立つと思うんだけどなぁ」

「それは、シャルが可愛いからなのです」

 そう言って、フローラはシャルに抱きついた。

 その様子を眺めていたセシリアは、

「私の中にある辞書の”貴族”の項目が大きく書き換わりそうかも」

 と、思わずそんな感想を漏らした。エミリーもフローラを見ながら、ぽつりと言った。

「この子だけじゃない?」

「……それなら”フローラ”というページを追加しようかな」

 二人は顔を見合わせて苦笑いした。

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