宇宙から来た謎の戦士に「戦闘力……たったの5か。ゴミめ」と言われたので、魔力を使ってフルボッコしてやった
コンビニで弁当を買って、家路を歩いている。田舎の田んぼ道は街灯ひとつなく、月と星の光だけが照らしている。けれど、その静けさと暗さが逆に心地よくて、なんとなく落ち着くのだ。
「こういう穏やかな日々っていいなぁ……」
独り言を呟き夜空を仰ぐと、無数の星が瞬くその中に、不自然な光がひとつ混じっていた。それは尾を引きながら、こちらに落ちてくる。
「……って、あっぶなッ!?」
次の瞬間、すぐそばの田んぼにその光は激突。轟音と共に地面が抉られ、煙と土ぼこりで視界が曇った。
隕石か? ちょっとびっくりしたじゃないか。
煙が上がっている落下地点に近寄って見ると、クレーターの中心には銀色に輝く球体があった。
あれは隕石なんかじゃない、明らかに人工物だ。眺めていると、球体の一部に亀裂が走り、メカニカルな音を立ててゆっくりと開いた。
中から出てきたのは、長い黒髪の男だった。黒と茶の鎧を着けており、鎧の隙間から覗く筋肉は引き締まっていて、よく鍛えられているのが分かる。
うわぁ、宇宙から来た謎の戦士だ……。こっちの世界でこんなのに遭遇するとは。俺って、こういうのを惹きつける呪いとかかかっているのかねぇ……。
ため息を吐いていると、そいつはふわりと宙に浮いて、俺の前に立った。
「……あんた、何者だ?」
男は俺の問いに答えるでもなく、不敵な笑みを浮かべて腕を組んでいた。
数秒見合っていると、やつの左目に装着されているモノクル型の装置が、ピピッと電子音を鳴らした。すぐに男の口元がつり上がり、鼻を鳴らした。
「戦闘力……たったの5か。ゴミめ」
お、おぅ、なんかすまんな。
「死ね、下等生物!」
いきなり男が怒鳴ったかと思えば、殴り掛かってきた。俺は瞬時に魔法で身体能力強化をして、その拳を受け止める。
まあまあ闘気がこもっているな。普通の人間がこれを食らえば、消し飛んでいただろう。とはいえ、せいぜいオーガキングのパンチくらいの威力だ。魔王軍幹部の攻撃の威力には遠く及ばない。
男はパンチを止められたのが意外だったのか、一瞬、動きが止まる。しかしすぐに表情を険しくし、連続で拳を繰り出してきた。
俺は右手にコンビニ弁当を下げているので、その攻撃を全て左手のみで捌いた。すると蹴りを仕掛けてきたので、俺は後ろに跳んでそれを躱した。
「戦闘力5の奴が、俺様の攻撃を全て防ぎきっただと?」
男は言いながら、モノクル型の装置のボタンを何度か押してしている。再びピピッと電子音がして、怪訝そうにしている。
「やはり戦闘力5だ。チッ、スカウターの故障か?」
「あんたの言う戦闘力って何を指しているかは知らんけど、その機械……魔力を測れてねぇんじゃね?」
「ふん、この技を見ても、落ち着いていられるかな?」
男は手を突き出して、ビームみたいなのを撃ってきた。俺は魔力障壁を展開。ビームは障壁に止められてかき消えた。
闘気を収束させて撃ち出したのか。パンチよりも威力は高そうだが、せいぜいAランク級モンスター程度の強さだろう。ハッキリ言って余裕だが、土ぼこりが舞い上がって髪や服に掛かったので少々不快だ。
男は目を顔を引きつらせ、口をパクパクさせている。
「な……馬鹿な!? この俺様の技が、貴様ごときゴミに防がれただと!?」
「あんたじゃ俺には勝てない。悪いこと言わないから帰りなよ」
「黙れぇぇぇ!! まぐれでいい気になるなよ、ゴミがぁぁぁ!!」
男は怒り狂いながら殴り掛かってきた。あぁ、目が真っ赤だ、完全にキレてる。駄々っ子か。
真正面から右ストレートを打ち込んできたので、それを紙一重で躱し、男の腹部に拳を当てた。鈍い音がして、男は二歩三歩とよろよろと後ろに下がる。
ヤツの鎧は柔軟性と剛性を併せ持った素材のようだな。衝撃の瞬間、俺の拳を受け止めるように変化し力を分散させ、直後硬くなって衝撃を防ぐような感じだった。
何となくミスリル製の鎧に似ているが、魔力を全く感じない所を見ると、ハイテク素材なんだろう。地球の技術であの素材はまだ作れないだろうから、どこか文明の進んだ星の技術なんだろうなぁ……。
それでも俺の拳には魔力を乗せていたから、ダメージはあったはず。どれだけ先進的な素材だろうが、魔力の通っていない鎧では、俺の攻撃は防げないし、ヤツの闘気程度では裸と変わらない。
男は腹を押さえて苦しそうにしている。
「ハァ、ハァ、俺を怒らせたな! 覚悟はできているんだろうな!!」
何の覚悟だ? 晩御飯が遅くなる覚悟とか? はぁ、面倒だなぁ。
俺が指を弾くと、男の足元に光る魔法陣が顕現。その光は瞬く間に複雑な文様を描き出し、空間を歪ませるように男の動きをぴたりと止めた。
「時縛結界陣だ。この陣は力だけじゃ抜けられないよ。悪させずに帰るんなら見逃してやるけど?」
拘束された男は、無理に動こうと全身をプルプルと震わせ、怒りに満ちた目で俺を睨みつける。
「貴様ぁ、この俺様を虚仮にしやがって! 絶対に許さんぞ! ぶっ殺してやる!!」
「へー、俺を殺す気なんだ。だったら殺されても文句はないよな?」
俺は人差し指を男に向け、短く呟いた。
「雷槍招来」
魔法陣に捕らわれて動けない男に向かって、いくつもの雷の槍が飛ぶ。それらはヤツの体を貫くと、稲光を伴って四方八方に爆ぜた。ヤツの悲鳴が夜に響く。
……でもまだ生きているな? 意外と丈夫だ。
「俺も弱い者いじめはしたくないんだ。大人しく帰ってくれないかなぁ?」
生きてはいるが、ヤツの体はもう限界寸前。焦げた鎧の隙間からは蒸気が立ち上っている。俺の言葉に返事もできないようだ。
「神癒命輝」
俺が手をかざすと、淡い緑色の光が男を包んで、瞬く間に傷が癒えた。これで返事できるかな。
しかし、男は元気になった途端、怒鳴り散らした。
「貴様……、舐めくさりやがって! 絶対にぶっ殺してやるっ!!」
「やれやれ、超重力領域」
男はゾウにでも踏まれたかのように、地面に叩きつけられた。一応死なない程度には加減しているけど、これで実力の違いが分かってもらえただろうか?
男は半分くらい地面にめり込んだ状態で、辛そうに藻掻いている。
「すまん! 俺が悪かった! この星にはもう手を出さんし、仲間にもそう伝える! だから拘束を解いてくれ!!」
「ふーん、仲間ねぇ……。あんた、この星を侵略しに来たのか?」
「……そうだ。だがもうこの星には近寄らんと約束する!」
約束か、まぁいいだろう。俺が指を鳴らすと、魔法陣が消えて男の拘束が解かれた。俺はヤツに背を向けて歩き出す。
「じゃあな、さっさと帰れよー」
「フハハハ、馬鹿め!! 宇宙最強の戦闘民族であるこの俺様が、貴様ごとき下等生物に負けるなどありえんっ!!」
男は背後から俺に襲い掛かり、ヤツの拳が俺の体を貫通した――
ように見えただろうか?
「幻影だ。お前みたいな卑怯者は、魔王軍にもいっぱいいたからなぁ。こういう時の対処法も心得ているさ」
男は目を見開きながら、自分の横に現れた俺を見て唖然としている。軽く威嚇するために、左手に炎をチラつかせると、男は青くなって両手を地に着けた。
「ままままて、待ってくれ! ちょっと魔が差しただけだ! 今度こそ帰る! 絶対だ!」
「おう、そうか。気を付けてな」
再び俺が背を向けると、男が吼える。
「愚かなりィィ!! やはり貴様はゴミクズだー!!」
「やっぱりそうくるよね。炎獄焦鎖」
その瞬間、地面から炎の渦が立ち昇る。火柱が男を呑み込んで轟音が夜空を裂いた。
その炎は対象が灰になるまで消えない。俺は見届けることもせずに、背を向けたまま自宅に帰った。
──翌日。
テレビでは「田舎の田んぼに巨大なクレーター出現」というニュースが流れていた。
コーヒーをすすりながらそれを眺めている。
異世界に召喚されて、わけも分からないまま王様に魔王を倒して来いって言われて、死ぬほど鍛えてレベル9000にまでなった。
お約束のチートスキルも覚醒したし、美少女ばかりのパーティーメンバーとドタバタしながらも、どうにか魔王を討伐した。
魔王を倒したら元の世界に帰らせてくれるって約束だったのに、あれこれ理由を付けて俺の帰還を渋る王様をシバいて、やっとの思いでこっちの世界に戻ってきたんだ。
「はぁ、頼むから平穏な暮らしをさせてくれ……」
そんなことを思い出しながら、深くため息を吐いたのだった。