私は今でも妻に頭が上がらない
私は臣下や国民達から名君と呼ばれているらしい。
曰く、最も賢い王だとか。
曰く、最も優しい王だとか。
曰く、最も人々に近い王だとか。
いずれの評価も私は自らに相応しいとは思わない。
しかし、不正や理不尽を許さずに生きていた私としてはこの評価は嬉しく思う。
悪は決して滅びることはないだろう。
だが、それでも正義で悪を正すことは出来るかもしれない。
そう信じて私は今日も人々と共に生きる。
大臣も市民も関係ない。
この国に生きる者全てが私の大切な家族なのだから。
・
・
・
さて、そんな私だが唯一頭が上がらない相手がいる。
「そろそろ誕生日が近い。君は何が欲しい?」
「そうねえ」
私の問いかけに王妃が唇に手を当てて考えた振りをする。
彼女の癖は幼い頃から直っていない。
「時には大々的に祝ってほしいなんて大臣達は勿論、市民達も望んでいるよ」
「うぅん……そう言われてもねえ。私は別にあなたと一日過ごせるなら何でも良いのだけれど」
彼女は困ったような表情で笑った。
妻は昔からこうなのだ。
盛大な祝い事などしなくていい。
ただ誕生日の一日だけは私とともに過ごしたいだなんて嬉しいことを言ってくれる。
「あっ! でも食べたいものはあるの!」
不意にニヤリと妻は笑う。
私にしか見せない子供染みた表情で。
「覚えている? 砂糖漬けのお花!」
「……うん。勿論、覚えてるさ」
「食べたいな。それ」
ニヤニヤ笑いながら私の頬を指でつつく。
「あぁ、なら用意させよう」
そう言いながら私は赤くなった顔を両手で隠す。
そう。
これこそが私が彼女に一生頭が上がらない理由なのだ。
幼い日。
私が母の楽しみにしていた砂糖漬けの花をこっそり食べてしまったことがある。
予想外に怒り出した母は誰が食べたのかを私に問い詰めてきて、私は思わず嘘をついてしまったのだ。
つまり、後に妻となる少女が食べたと。
当然ながら彼女は理不尽に怒られ、彼女の必死の弁明は聞き入れられず、彼女は泣き続けるばかりだった。
「今度は食べないでね? 王様」
「分かってるよ……」
私が不正や理不尽を許さない王となる決意をしたのはまさに彼女の泣き顔を見た時だった。
そして、彼女はそんな秘密を知っている唯一の人間なのだ。
「あー! 楽しみ! 誰よりも嘘を許さない優しい王様が私のために砂糖漬けのお花をくれるなんて!」
「……」
「きっと、私は誰よりも幸せな人間だよね?」
「ごめんって……」
情けなく謝り続ける私の頭を軽く叩きながら妻は尚も言うのだった。
私にしか見せない子供染みた表情で。
「誕生日って幾つになっても嬉しいねぇ」