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「今日は長い一日になりそうだな」
俺、は溜息をつきながら、背中に背負った大鎌の柄を握り直す。銀髪が風に揺れ、黒いローブの裾がひらりと舞った
ここは王都近くの洞窟、薄暗く、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。
この場所に入るたび、僕はどこかしら落ち着かない気分になる。
だが、今日は一つの目的があってここに来た。
それは、ルルカのために作る「魔力を抑える指輪」のために、必要な鉱石を取ることだ。
ルルカの魔力は、その優しさからか、どうしても周囲に流れ出してしまう。
そのせいで、無意識のうちに他者に影響を与えてしまうことがあるのだ。
「リルア、ここの空気、やっぱり苦手だわ」
背後から、ルルカの少し震えた声が聞こえた。振り返ると、金髪の小さな天使が白い服をまとい、白い羽をひらひらと動かしながらついてきている。
その姿は光を集め、あまりにも美しく、まるで天界から降りてきたかのようだ。
しかし、その足取りは、明らかに重く、慎重だった。
「大丈夫か?」
「うん……でも、ここはちょっとジメジメしてて、空気が重いわね。あたし、湿気が苦手だから」
ルルカは小さく肩をすくめ、微笑んだ。彼女の笑顔は、本当に癒される。
しかし、その優しさと弱さが、時々僕に負担をかけることもある。
自分を押し殺し、他者に合わせてしまうところがあるのだ。
「少し休むか?」
「ううん、大丈夫。リルアが一緒なら、なんとかなるわ」
僕は少しだけ頷き、先を行くことにした。ルルカはその背後を必死に追いかける。
どうしても無理をしてしまうところが彼女の悪い癖だ、でも、だからこそ、僕がサポートしなければならない。
「ルルカ、無理するな」
「わかってるわ。でも、あたしはリルアに迷惑をかけたくないから」
その言葉に、僕はまた一つ溜息をつく。
迷惑なんかかけてほしくないのに、どうしても彼女はそう思ってしまう。
自分に優しすぎて、他者に頼ることをためらう。
その気持ちはわかるが、彼女がどこかで壊れてしまわないか心配になる。
「鉱石はまだ先だ。少しだけ耐えてくれ」
「うん、わかったわ」
俺たちはさらに洞窟の奥へと進んでいった。
周囲の暗闇に目が慣れてくる、時折、湿った岩肌に光を反射させながら歩いていく。
前を歩く俺の足音が、洞窟内に静かに響く。
そのときだった、ルルカが不意に立ち止まり、僕の袖を軽く引っ張った。
「リルア、あの光……」
目を向けると、洞窟の奥の方から青白い光が漏れていた。
それが何かを示しているかのように、僕たちを誘うように輝いている。
「鉱石だな」
僕は軽く頷き、ルルカに向かって手を差し出す。
「行こう」
ルルカはしばらく僕を見つめた後、ゆっくりとその手を取った。
少し震えた手だったが、その手には確かな決意が込められていた。
「この先、少しだけ気をつけろ」
俺は洞窟の壁を手で探りながら、慎重に足を進めた。
周囲の湿気がさらに増し、息苦しさを感じる。
「うん、わかってる。でも、なんだか息が詰まりそうね」
ルルカは息を切らしながらも、なんとかついてきている。
しかし、明らかに疲れた様子だ。
彼女が苦手とする湿気や暗闇の中で、僕はどうしても彼女を支えたくなる。
「少し休んでもいいぞ。無理はするな」
「大丈夫、あたし、リルアのために頑張るから」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
どうしても彼女は、誰かのために頑張りすぎる。僕が言わない限り、決して自分を甘やかさない。
その姿勢は尊いけれど、時に危うい、僕の胸に不安がよぎった。
「でも、休むことも頑張ることだ」
ルルカは少し戸惑ったように顔を赤らめ、そして小さく頷いた。
「わかったわ。少しだけ休む」
僕は彼女の肩に手を置き、支えるようにして彼女が座る場所を確保した。
ルルカは少しだけ安堵したように深呼吸をして、僕の隣に腰を下ろす。
「ありがとう、リルア」
その声には、素直な感謝が込められていた。
俺はその言葉にただ微笑んだ。彼女が少しでも楽になるなら、それだけで十分だ。
「やっとだな」
やがて、僕たちは目的の場所に辿り着いた。
青白く輝く鉱石が、岩の中に埋まっているのが見えた。
それは、ルルカの魔力を抑えるために必要な「青色の鉱石」だ。
光を放つその鉱石は、どこか神秘的で、僕たちを待ち続けていたかのようだった。
「これで、ルルカの指輪が作れる」
僕は鉱石を手に取り、ゆっくりとその重さを感じる。
その感触は、間違いなく目的を果たすものだ。
「ありがとう、リルア」
ルルカは穏やかな笑顔を浮かべて、僕を見上げた。
その笑顔に、僕は心の中で少しだけ安堵の息を吐いた。
「それじゃあ、帰るか」
青色の鉱石を手に、俺たちは王都へ向けて歩き出した。
ルルカは疲れた様子で歩きながら、俺に寄り添うように歩いている。
少し頼りなさげなその姿に、俺は再び手を差し出した。
「ついて来い」
「うん、ありがとう、リルア」
ルルカは再び笑顔を見せ、俺の隣に並んだ。
彼女の笑顔が、今度はどこか自信に満ちているように見えた。
それは、彼女が少しだけ強くなった証拠だろう。
俺たちは静かな洞窟を後にし、王都へと帰還した。
これで、少しでもルルカの力になれたのなら、俺は満足だ。
そして、次に彼女が依存しすぎないように、俺はいつでも彼女のそばにいることを誓った。