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アモナは少し考え込み、俺に向き直った。
静かな雰囲気の中、彼女の黒い羽が微かに揺れる。
その姿を見ていると、やはりどこか神聖で、しかし冷徹な存在感を感じさせる。
「リルア、呪いの詳細について、もっと教えてくれない?」
アモナの声には、冷静さと同時に、ほんの少しの好奇心が混じっていた。
俺は深く息を吸い込み、少し躊躇いながらも言葉を紡ぐ。
「……うん、わかっている。ルルカの呪いは、二つの呪いが絡み合っているんだ」
アモナは黙って頷き、俺の言葉を待つ。
ルルカも少し身を乗り出して、興味深げに聞いている。
その視線に気圧されながらも、俺は説明を始める。
「一つ目の呪いは、『死神の呪い』っていうものだ。これは、対象に傷を与えることで、ただ傷つけるだけで、その人を殺してしまう呪いだ」
俺はあの時の戦いを思い出す。相手の命が恐ろしい呪いだが、これだけならまだなんとか対処できる可能性があった。
「その呪いの特徴は、傷を与えることで、相手の命を断つということ。でも、逆に言うと、呪いが発動するのは『傷を与えた時』だけだから、傷を与えなければ、殺すことはないんだ」
ルルカはその説明を聞いて、少しほっとしたような顔をした。
しかし、俺は次の呪いについて話し始めると、再び表情を引き締めた。
「けど、問題はもう一つの呪いだ。『吸命の呪い』。これは、対象を殺すことが前提じゃないんだ」
「吸命の呪い?」
アモナが少し身を乗り出して、その言葉を繰り返す。
俺は頷きながら続けた。
「そう、これは相手を殺した後、その魂を吸い取って、命の力を自分の魔力として取り込む呪いだ。つまり、相手を殺すだけで、その命を『力』として自分に取り込んでしまう。殺すこと自体が目的なんじゃなくて、殺した命を力に変換するのがこの呪いの本質だ」
その言葉が、ルルカの胸に重く響いたようだった。
彼女は無言で、下を向いて黙り込む。
俺も、その話を続けることに少し苦しさを感じる。
「呪いが混ざり合っているから、場合によっては相手を殺さずとも、自分の魔力を吸収することができてしまう。その影響で、相手に傷を与える度に力を吸収してしまう。だから、弱っているルルカが触れるだけでも、最悪相手を殺す危険がある」
俺はその呪いが引き起こした恐ろしさを思い出しながら、目を閉じる。そして、再びアモナの方を見た。
「だから、どうにかして呪いを無効化しなきゃならない。でも、この呪いは一度発動すると、簡単に解くのは無理だろうと思ってる。だからこそ、頼みに来たんだ」
アモナは少し黙って、俺の話を整理するように聞いていた。
そして、何も言わずにルルカの方に視線を向けると、ゆっくりと歩み寄り、ルルカの顔を見つめた。
その目が、どこか観察するような冷静さを持っていることに、俺は少し警戒した。
「ルルカ、ちょっと体を見せてくれる?」
突然の言葉に、ルルカは驚いたように目を見開いた。
アモナの方を見て、少し戸惑ってから、ゆっくりと肩をすくめる。
「え? 何か、私の体を?」
「うん、少しだけ。呪いがかかっているかどうか、ちゃんと確認したいの」
アモナは何の前触れもなく、ルルカの袖を軽く引っ張り、魔力を感じ取ろうとする。
それにルルカが動揺したのが手に取るように分かった。
「ちょっと、アモナ、急にどうして?」
「大丈夫よ、リルアが心配しているのも分かるわ。呪いがどれほど強いのか、私が確認してあげるだけ。少しだけ、我慢して」
アモナはそう言うと、ルルカの腕に手を伸ばした。
その手がルルカの腕に触れた瞬間、俺はふと、その手が放つ魔力のようなものを感じ取った。
それはアモナの持つ強力な魔力、どうやら、彼女の力で呪いの影響を見極めようとしているらしい。
アモナは目を閉じ、ルルカの体から流れる魔力を感じ取っている。
その間、ルルカはちょっと顔を赤らめつつも、アモナの手のひらに身を委ねるようにしていた。
少し不安そうに僕を見つめるその顔を見て、俺は再び彼女に向かって言った。
「大丈夫だ、ルルカ。アモナは信頼できるから。彼女が言うように、少しの間だけ我慢してくれ」
ルルカはうん、とうなずき、再びアモナの方を見つめる。
しばらくの沈黙の後、アモナがやっと目を開いた。
「……やっぱり、呪いがかなり強く作用しているわ」
その言葉に、俺は少し息を呑む、ルルカは心配そうに俺の方を見上げた。
「どういうこと?」
「この呪い、強力すぎて、魔力が暴走しそうなレベルになっている。特に『吸命の呪い』は、周囲の命を吸い取ってしまう勢いで魔力が流れているわ」
俺は思わず顔をしかめる。
つまり、ルルカがもし無意識に何かに触れた場合、その物体すらも吸い取ってしまう可能性があるということか。
これはかなりまずい。だからこそ、今すぐにでも呪いを解かなければならない。
だが、アモナは少しだけ考え込み、やがて深いため息をついた。
「だけど、完全に解くのはかなり難しいわ。無理に解こうとすると、逆に呪いが強化される可能性がある。だとしても、方法がないわけじゃない」
「方法?」
俺が急いで尋ねると、アモナは俺の目をじっと見つめ、ゆっくりと答えた。
「魔力を抑制すれば、呪いの効果を無力化することができる。呪いの源である魔力の流れを制御することで、呪いを抑えることができるのよ。だけど、それを実行するには、君たちの協力が必要になる」
ルルカはその言葉に驚いたように目を大きく開き、そして俺の顔を見つめた。
「私の…魔力を抑える? それって、どうすれば?」
「簡単よ、魔力を自分でコントロールできるようにすること。もしくは、魔力を制御するための呪文を使うことになる。でも、やっぱり一番大事なのは、リルアがルルカの魔力を管理できるようにすることね、あとは魔道具もあるけど」
俺は少し考え込みながら頷く。
確かに、ルルカの魔力が暴走しないように管理することが必要だ。しかし、それが簡単なことではないのも分かっている。
「分かった、アモナ。できるだけ頑張る」
アモナが提案した方法は、魔力を抑えることだった。
特に、魔力抑制の効果を持つ指輪を作成するためには、青色の鉱石を使うとのことだ。
だがその鉱石は、魔力を安定させるために必要な材料で、どこか特定の場所でしか手に入らない代物だという。
「青色の鉱石…か。確かに、それがあれば魔道具を作れるはずだ。だが、どこで手に入るんだ?」
俺がそう言うと、アモナは軽く肩をすくめて答えた。
「街の魔道具屋で売っていることもあるけど、最近は入手が難しくてね。特にあの青色の鉱石は、すぐに手に入るものではないよ」
アモナは少し考えるように言葉を続けた。
「それにしても、魔道具屋で直接鉱石が手に入らないなら、どうするべきだろうか…」
「じゃあ、やっぱり買うのは無理ってこと?」
ルルカが少し不安そうに問いかけると、アモナは頷きながら答える。
「うん、今はあまり流通していないみたいだから、簡単には手に入らない。でも、別の方法があるかもしれないわ」
その瞬間、俺の視線が近くの魔道具屋に移った。あの店だ。
街で評判の良い店で、魔道具の品揃えが豊富だと聞いていた。
しかし、問題はその店が今、青色の鉱石を持っているかどうかだ。
「アモナ、行ってみよう。もしかしたら、何か解決策があるかもしれない」
そう言って、俺たちはその魔道具屋に向かって歩き始めた。
店の前に立つと、店の外観はまるで古びた図書館のように見えた。
周囲には様々な魔道具がディスプレイされており、色とりどりの魔法の石や装置が並べられている。
そのどれもが、何か特別な力を持っていそうな雰囲気を放っていた。
店に足を踏み入れると、静かな店内には、魔道具を作るために使われる様々な材料や道具が整然と並んでいる。
店主がカウンターの後ろで作業をしている姿が見える。中年の男性で、白髪交じりの髭を生やしていた。
「いらっしゃい。何か探しているものでも?」
店主がこちらを見て、にこやかに声をかけてきた。
「実は、青色の鉱石を探しているんです。魔道具を作りたいんですが」
俺がそう言うと、店主は少し考え込んだ様子で首を傾げた。
「青色の鉱石か…最近、手に入りづらくなっているな。あれは、魔力の安定化に使う重要な素材だからな。でも、あいにく今は在庫が切れてしまっているんだよ」
店主は申し訳なさそうに言った。
「それなら…どうしたら手に入るんですか?」
アモナが少し鋭い口調で尋ねると、店主はしばらく黙って考え込んだ。
「実はな、その鉱石は近くの山の中にある鉱脈で採れるんだ。ただ、そこは少し危険な場所だから、簡単に行ける場所ではない。まあ、もし君たちがその鉱石を取ってきてくれたら、タダで魔道具を作ってやろう」
店主はそう言って、ニヤリと笑った。
その提案に、俺とアモナ、そしてルルカは驚きの表情を浮かべた。
店主は、どうやらその鉱石を取ってきてもらうことで、取引を成立させようとしているらしい。
「その鉱脈に行くには、少し準備が必要だが、君たちならできるだろう。あとは、私の方で道具を揃えてやる。どうだ?」
店主の目が、どこか挑戦的な光を帯びている。俺はその視線に圧されるように、一瞬考えた。
「青色の鉱石を取ってくる…か。確かに、今はそれしか方法がなさそうだ」
俺はアモナに視線を向ける。
アモナは少し考えるようにうなずいた。
「危険な場所なら、私が行っても大丈夫だろうけど…リルアも行くんだろ?」
アモナが微笑むと、俺は頷いた。
「もちろんだ。俺も一緒に行くよ。ルルカも大丈夫か?」
俺が尋ねると、ルルカは少し緊張した様子で頷いた。
「ええ、大丈夫…だけど、ちょっと不安だけど、リルアがいるから安心ね」
ルルカが少し笑いながら言ったが、その目にはほんの少しの不安が見え隠れしていた。
店主はそのやり取りを見守りながら、再び口を開いた。
「それでは、鉱脈に向かう準備ができたら、すぐに出発してくれ。私はその間に魔道具を作り始めておくから、帰ってきたらすぐに渡せるようにしておこう」
「分かりました」
俺は一度深呼吸をし、決意を新たにした。
「それでは、鉱脈に行く準備を整えてから、出発しよう」
アモナも静かに頷き、ルルカも少し勇気を出して頷いた。
店主からの提案で、少し厳しい道のりが待っていることになるが、これでルルカの呪いを抑えるための第一歩を踏み出したのだと思うと、心の中で少しだけ安心感を覚えた。
「行こう、みんな」
俺は改めて声をかけ、店を後にした。