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 俺がジンジャーに向かって冷ややかな言葉を放った瞬間、ルルカは驚いたように俺を見つめていた。

 その視線に少し困惑しながらも、俺はなんとか意識を取り戻し、ギルドの客室から足を踏み出した。


 だが、ルルカは何かを感じ取ったのか、すぐに俺に声をかけてきた。


「リルア、さっきジンジャー王に対してあんな風に怒ったけど、何かあったの?」


 一瞬、俺の中でその質問が響く。

 何かって、何だろう。

 ジンジャーが言ったことがそんなに腹立たしいのか、正直なところ、俺にはそれがよく分からなかった。


 しかし、ルルカのその無邪気な瞳を見ているうちに、次第に俺は気づかされた。


「何でもない」と言おうと思ったが、俺はすぐにその言葉を飲み込んだ。

 ルルカがそんな風に聞いてくるのも当然だろう。

 俺は、冷静に答えなければならない、だが、あの時のジンジャーの言葉がどうしても引っかかっていた。


「……お前には分からないよ」


 俺の言葉は少し冷たく響いた。正直、ルルカが何かを知る必要もないと思っていた。でも、彼女は黙って俺を見つめ続ける。何も言わないその瞳が、俺の中で何かを引き出そうとしているような気がした。


 そのまま歩き続けると、ルルカがもう一度口を開いた。


「でも、なんでジンジャー王があんなことを言ったのか、気になる。リルア、ほんとに何かあったの?」


 一瞬、歩みが止まる。俺は足を止め、ため息をついた。


「……ジンジャーが言ったのは、お前に似ているってことだ」


「似ている?」


「ラフィに」


「ラフィ……?」


 ルルカが首を傾げた。

 ラフィ、俺の心の奥底に、あの名前が引っかかる。

 俺の過去の中で、最も痛みを伴う名前。

 それを口にすることすら、俺には苦痛だ。

 だが、ルルカが不思議そうに俺を見つめ続ける。


「ラフィって、誰?」


 彼女の言葉が俺の心を引き裂くように響いた。

 その問いに、俺はしばらく何も言えなかった。

 どうしてこんなにも辛いのか、どうして、この話をしなければならないのか。


 しばらくの間、沈黙が続いた。

 周囲の音が、まるで遠くから聞こえるように感じられる。

 やがて、俺はゆっくりと口を開いた。


「ラフィは、俺の婚約者だった。昔の話だ」


「婚約者……」


「そうだ」


 ルルカは驚いたように俺を見つめたが、それ以上は何も言わない。

 ただ静かに俺の言葉を待っている。

 俺の中で、あの日々が徐々に蘇ってきた。


「ラフィは、すごく優しくて、明るくて、俺にはもったいないくらいの存在だった。でも……」


 その言葉を切った瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。

 俺の胸の中で、ラフィとの記憶があふれ出す。

 あの日、あの瞬間、俺は全てを失った。


「でも、あいつは死んだ」


 ルルカが驚きの表情を浮かべて、言葉を飲み込む。


「死んだ?」


「ああ。俺が守れなかった」


 俺はその言葉を吐き出すと、視線を床に落とす。

 ラフィの顔が、今でも鮮明に浮かんでくる。

 あの日、何もできなかった自分に対して、未だに後悔の気持ちが募る。


「どうして?」


「どうしてって……」

 俺は苦笑する。

「あの時、俺はあいつを守るつもりだった。でも、俺が弱かったんだ。ラフィが命を落とす原因となったのは、俺の無力さだった」


 ルルカは黙って俺を見守っている。

 きっと、彼女には分からないだろう、ラフィが死んだ理由、そして俺の心の中で消えることのないその痛みを。


「ジンジャー王が言ったんだ。ラフィとお前が似ているって。あいつも、あんなふうに優しくて、みんなを思いやるような人だった」


「だから、お前に対して、どうしても何かを感じてしまうんだ。お前の存在が、ラフィを思い出させるんだよ」


 その瞬間、ルルカの目が揺れるのが分かった。

 彼女は一瞬、言葉を失ったように黙った。その静寂が、俺をさらに苦しめる。


「それでも、俺が怒った理由は違う」


「違う?」


「ジンジャーが言ったことが、ちょっと……不快だったんだ」


 ルルカは少し考え込み、それからぽつりと声を出した。


「でも、リルア……ジンジャー王が言ったこと、悪意はなかったんじゃない?」


「分かってる。でもな、あの時、あの言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れたんだ」


 それ以上は言葉が続かなかった。

 ルルカはじっと俺の顔を見て、何かを感じ取ったようだったが、それについては何も言わなかった。

 ただ、少しだけ頷いた。


「……そうか」


 その後、しばらく沈黙が続く。俺は自分の過去を語り、そして、心の中でその痛みを再確認した。

 その後ろには、ラフィの笑顔と、その最後の姿がいつまでも消えなかった。


「リルア、辛かったんだね」


「……ああ」


「でも、ラフィさんのこと、ずっと忘れないでいてほしい。そうして、少しずつ前に進んでいけばいい」


 その言葉が、少しだけ俺の心に響いた。

 ルルカは何も言わず、ただ静かに歩みを進めていく。

 俺もまた、何も言わずについていった。


 だが、心の中でひとつだけ思ったことがある。


 俺は、もう一度、ラフィを守ることができなかった悔しさを背負って生きるんだ。

 ルルカのような存在を守ることができたら、それが少しでもラフィの罪を償うことになるのかもしれないと思うと、少しだけ救われた気がした。


 俺はルルカと共に、ギルドの客室から外へ出て、歩みを進めた。

 足元に広がる石畳を踏みしめながら、俺はどうしても頭の中からラフィのことを完全には忘れられなかった。

 その痛みを持ち続けたまま、俺は歩き続けるしかない。


 ルルカがついてきてくれるのが、少しだけ心を軽くしてくれる。彼女は静かに俺の隣を歩きながら、時折視線を俺に向けてくる。その度に、俺は何気なくその視線を避けるように顔をそらす。しかし、彼女は何も言わず、ただ歩いてくれている。それが、どこか温かくて、少しだけ心を癒すような気がする。


 やがて、俺たちは町の外れにある、目的地である研究所にたどり着いた。

 黒くて古びた建物が、周りの風景とは違和感を持ちながら立っていた。

 その建物は、古代の呪術や禁術を専門に扱う施設で、長年にわたり研究をしていた場所だ。


 俺は足を止めて、静かにその建物を見つめた。

 久しぶりに訪れる場所だが、あまり良い思い出がない。

 ここでは俺たち兄妹が育った場所でもあるからだ。

 しかし、アモナがここで呪術の研究をしているというのは、何かの意味があるのだろう。


「うん、ここだよ。あの黒い羽を持つ天使のアモナがいる場所。彼女の呪術の力を借りるつもりだったんだ」


 ルルカの声が、どこか少し不安げに響いた。彼女がアモナについて、どれほど知っているのか分からないが、この場所に来ることに少しでも不安を感じているのだろう。俺も同じだ。アモナはかつて、俺たち兄妹にとっては大切な存在だったが、あの時の出来事があまりにも大きかったせいで、今でも少し距離を感じている。


 俺はルルカに向かって軽く頷き、「大丈夫だ」と言う。だが、内心ではあまり自信がなかった。


 その時、扉が開く音がした。中から黒い羽を持つアモナが現れた。彼女は、年齢的には俺とほぼ変わらないが、その瞳にはどこか遠くを見つめるような深さがあった。白く美しい髪を腰まで伸ばし、黒い羽が背中から生えている。その姿は、まるで天使のように神々しいが、同時にその目に宿る冷徹さと冷静さが、彼女がどれほど恐ろしい存在であるかを物語っていた。


「リルア、久しぶりね」


 アモナはゆっくりと歩み寄り、俺に微笑んだ。その微笑みは、かつての優しさを思い出させる。しかし、今の俺はその笑顔に懐かしさだけでなく、何か不安や警戒心を抱えている自分がいることに気づく。


「久しぶりだな、アモナ」


 俺は軽く頭を下げて、アモナに挨拶を返す。だが、その瞬間、アモナが俺の肩に手を置き、ふわりと俺の耳元に声をかけた。


「元気そうね。何か頼み事でもあるの?」


 その声は、少し甘えるようなトーンが含まれていて、まるで子供のように無邪気に感じた。だが、それと同時に、俺は何か胸の奥がぎゅっと締め付けられる感覚を覚えた。この感情は、何なのだろう。久しぶりに会った兄妹だから、こんな風に接してくれることは分かるのに、なぜか心がざわついている。


「まあ、そうだな。少し頼みたいことがある」


 俺はあえて冷静に答えるが、その心の中でアモナの甘えるような仕草がどうにも引っかかっていた。その時、俺の隣にいたルルカが、少し不安げにアモナを見上げた。


「こんにちは、初めまして。私はルルカ、リルアの友達です。アモナさんって、リルアの妹さんなんですか?」


 ルルカの質問に、アモナは少し驚いたように目を見開き、そしてにっこりと微笑んだ。


「妹? ああ、そうか、私とリルアは兄妹みたいなものだから、そう思われてもおかしくないわね」


 アモナはそう言いながら、ルルカをじっと見つめる。その目には興味が湧いたような光が宿っていたが、やがて少し面白そうに笑った。


「でも、私はリルアの実の妹じゃないわよ。あくまで『兄妹』として育てられたからね。私の本当の兄は、もっと別の存在だったし」


 その言葉に、ルルカは少し困惑した表情を浮かべた。俺は内心で少し息を呑む。アモナがこう言う時、決まって何かしら意味がある。


「じゃあ、あなたはどうしてリルアと兄妹みたいに?」


 ルルカが思わず問いかけると、アモナは少し微笑みながら言った。


「リルアとは、いわゆる『家族』みたいなものよ。でも、実際には少し複雑な事情があるの」


 その言葉に、俺はやや不安そうに顔をしかめた。アモナの言葉にはいつも裏がある。彼女の言う「複雑な事情」という言葉には、必ず何かが隠れている。


 その瞬間、アモナは目を細めて、ルルカの肩を軽く叩いた。


「でも、あなたはリルアの友達なのね。面白いわ、天使と悪魔が友達だなんて、昔じゃ考えられなかったことだもの」


 ルルカは少し驚いたように目を見開くと、少し頬を赤らめながら言った。


「え、ええ、まあ…そうですね。でも、私は別に何も気にしていませんよ」


「ふふ、そうなの。なら、少しリルアに甘えてもいいわね」


 アモナのその言葉に、俺は思わず眉をひそめた。

 しかし、その後、アモナは何事もなかったかのように、ルルカに向かって話を続けた。


「それにしても、あなたはリルアに似ているわね。どこか優しさと強さが感じられる。そのどちらも、昔のリルアのようだわ」


 その言葉に、俺は思わず顔をしかめる。

 なぜだろう、アモナが言うと、どこか不安がよぎる。

 ルルカは、俺の気持ちを知らずに、アモナの言葉に軽く笑って答える。


「ありがとうございます。でも、私はまだまだ未熟ですから」


 アモナはその答えに満足げに頷くと、再び俺の方に視線を向け、冷静に言った。


「リルア、頼み事を聞くわ。何をしたいの?」


 俺はその言葉に、ようやく本題に入れることを思い出し、息を吐きながら答える。


「実は、呪いを解く方法を探しているんだ。ルルカの呪いを解く方法を、君に頼みたい」


 その言葉に、アモナは少し驚きながらも、深く頷いた。


「それなら、ちょうどいいわ。私が研究していた呪術が、役に立つかもしれない」


 その時、俺の胸の中で、ほんの少しだけ希望が芽生えた。

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