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俺と天使は、天使が今住んでいる森の奥の小さな建物に向かって歩きながら、慎重に呪いを解く方法を考えていた。
「お前、解呪の方法を知っているのか」
俺がふと問いかけると、天使はすぐに首を横に振った。
「天使は呪いに対しての嫌悪感が強く、例えそれが助けを求める人や仲間だったとしても近づくことはせず、寧ろ攻撃していい対象と判断します。私もそうでした。解呪方法を知ることがないのです」
その言葉には、どこか悲しげな響きがあった。
話通りなら今まで仲良くしていた仲間から攻撃を受けたことになる。
俺は冷静に歩きながら、天使の言葉をじっと噛み締めていた。
金色の髪が風に揺れるたび、白い衣の端がはらりと舞う。
俺は天使の隣で歩きながら、時折ちらりとその顔を見上げるが、その目はどこか不安げだった。
「本当に……何も知らないのか?」
声が、冷たく響いた。
呪いが原因で彼女は森に一人で暮らしていたのだろうが、あまりにも静かすぎる。
普通の呪いであれば、解除方法や治療法がどこかに記録されているはずだ。
しかし、ここへ来る前に調べた限りでは、彼女の持っているその呪いに関しては、呪いの情報があっても解呪関してはなんにもない。
しばらく黙って歩き続けていたが、彼女の小さな体が少し震えた。
ふと見ると、天使は顔を上げ、俺を見つめゆっくりと口を開いた。
「私は……呪いがかかる前、誰かを守ろうとしていたんです」
その言葉に、俺は足を止めた。
天使が語る過去のこと、それは恐らく彼女の呪いがどこから来たのかに繋がる重要な手がかりとなるだろう。
俺は無言で彼女に促し、話を続けさせる。
「私が天使として地上にいた頃、ある町で人々と共に暮らしていました。私の使命は、彼らを守ることでした。私は他の天使たちと同じように、誰かを守ることができる存在だと信じていたんです」
天使は少し声を震わせながら続けた、その眼差しは遠くを見つめ、過去を思い出しているようだった。
「でもある日、その町の中心に突然怪物が現れたんです。とても強力で、誰も敵うことができませんでした。私たち天使の力も、あの怪物には通用しなかった。全てを諦めて逃げようと仲間に提案もされました。でも、私は諦めきれずその怪物に立ち向かおうと決意したんです」
俺は黙って聞きながら、彼女の語る内容を1つ1つ頭の中で整理していった。
その町を守るために、ルルカは自分の力を使い果たしたのだろう。
しかし、どうしてその後呪いがかかることになったのか。
「私は、怪物に立ち向かうため、自分の力を最大限に使ったんです。その時、私はその怪物を傷つけることができたのです。でも倒せる程の傷じゃなかったんです。なのに怪物は倒れて息をしていなかったのです」
天使はそこで一度言葉を止め、目を伏せた。
「何かを察した仲間が私に剣を向けてきました。穢れた天使はこの世にいらないといい、襲いかかってきたのです。もちろん何も分かってない私は、必死に抵抗したまたま剣が彼女に掠めてしまったのです。そして怪物と同じく彼女も倒れて死んでいたのです」
声がだんだんと震えてきている。
「その瞬間、私は呪いにかかっているとわかりました。私は誰かを傷つけただけで、相手を死なせてしまう。あの怪物は私が倒したわけではなく、呪いのせいで死んだのです。それから私は、呪いを受けた穢れた存在として町や天界から追い出されました。誰も傷つけてはいけないと思って、他の人々から遠ざかるようになりました」
俺はその言葉を静かに聞きながら、様々なことを考えた。
天使が語る内容は明らかに常識外れのものだ。
天使として、誰かを守るために力を使うのは当然のことだが、それが呪いとして返ってくるのは異常とも言える。
それになぜその呪いは、ただの傷ではなく、「殺す」という結果を引き起こすのか。
「それで、今の状況になったわけか」
俺は小さく呟き、再び歩き出した。
天使の小さな背を見つめる、歩きながら色々見ているが、やはり天使というべきか、森の中での一人暮らしなのに白い肌がよく目立つ。
呪われた者はどこかに呪印ができ、そこを中心に黒く変色するといわれているが、天使には呪いにより変色している部分もなければ、傷すらない。
「リルアさん、私はどうしてこんなことになってしまったのでしょうか? どうして……傷つけただけで命を奪ってしまうのか、私は分からないんです」
「それが、俺にも分からない」
俺は答えながら立ち止まり、振り返った彼女の目を見た。
天使のその青い瞳には、わずかな怒り、恐怖、迷い、不安といった負の感情が宿っていた。
少しでも落ち着かせるために今の俺の考えを伝える。
「ただし、呪いには必ず原因がある。どこかで誰かが、その呪いを引き起こすための力を使ったんだ。そして、その呪いは単なる偶然ではない」
天使はその言葉に驚き、目を見開き、彼女の心には、疑問と共に希望の光が灯った。
「誰か……呪いをかけた人がいるんですか?」
俺は頷き、続きを話ながら再び歩き出した。
「お前に呪いをかけた奴は必ずいる。天使ってかなり強い種族なだ、それは悪魔である俺が保証する。でその天使が複数いる町に、それも中心に誰も気が付かれずに怪物を放った。野生が町中に現れるのは考えられないからな。だからこれは意図的であって、お前の単なる不運ではない、俺はその原因を突き止めるつもりだ」
天使はその言葉に少し瞳を震わせた。
呪いをかけた者がいる。
……それなら何を目的として呪いをかけたのか。復讐か愉快犯。
「私は、これ以上誰かを傷つけたくない」
ルルカの声は小さく、震えていた。その言葉に俺はわずかに足を止めた。
「お前が傷つけたくないという気持ちは本物だ。でも、この呪いを解かなければ、お前はずっとその呪いに縛られたままだ」
「それなら、どうすれば?」
天使の瞳から涙が一粒、頬を伝って落ちた。
「俺の知り合いに呪いを研究しているやつがいる。呪いを解く方法を知っているかもしれない。ただし、かなりの変人だ、呪いのためなら自ら呪われるほどにな」
俺の言葉に何を想像したのか、天使は震えるように頷いた。
怯える彼女の瞳の中に、一筋の光が差し込んだ。