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「依頼か……」
静かな声でつぶやきながら、俺は大鎌を背負って歩いていた。
銀髪が風になびき、黒いローブの裾がひらりと舞う。その姿はまるで死神そのもの、この世界で生きる悪魔として知られる俺は、その冷徹な外見や依頼されれば、どんな相手だろうと殺すことから死神のリルアと恐れられている。
そんなある日、謎の依頼が俺のところに届いた。
依頼主は不明、内容は森の中に暮らす天使を見つけて保護すること。
悪魔と天使は敵対関係であるのを知っているのかは分からないが、殺しを専門とする俺に保護という依頼、それに加えてこんなことが書かれていた。
『その天使は死神の呪いにかかっている』
天使とは高貴な生き物だ、それが呪われただけで仲間からは追い出されるとされている。それ故に成長過程で呪いに対する高耐性をえるはずなのだが……。
そして死神の呪い……傷つけるとどんな生物も殺してしまう呪いか。
何をして欲しいかも書いてないが、要はただ守るのではなく、呪いという問題を解決し、天使が再び安心して生活できるようにすることが求められているのだろう。
目の前に広がる森を見つめ、深く息を吐く。道無き道を歩きながら、頭の中でその天使の特徴を思い浮かべた。
金髪の小柄な人型生物、白い衣を纏い、背中には輝く白い羽が生えているという。
優しく人助けを迷いなくするということもあって、どこか守ってあげたくなるような存在だろう。
しかし、その優しさの裏には恐ろしい呪いがかかっている、だからこんな人気のない森に行ったのだろう。
「生物を傷つけただけで殺してしまう呪い……」
俺はその呪いを思い浮かべ、少しだけ眉をひそめた。
人を助けるために動いているはずなのに、自分が関わることで、誰かを殺してしまった。
そこで死神の呪いが発覚して、さらに大きな問題を抱えてしまった。
本来は天使というのもあって関わる必要は無いのだが、俺はこの仕事を選んだ。
心のどこかで、天使を助けることに対して使命感を感じていたからだ。
少し歩くと、森の奥から不意に優しい光が漏れているのが見えた。その場所は、周りの木々とは違って、まるで神聖な場所のような印象を与えていた。
その光の中に、俺はその天使――ルルカを見つけた。
「あなたがリルアさん?」
小さな声が聞こえた。
一際大きい大樹の前に金髪の天使が立っていた。彼女は白い衣を身にまとい、背中には小さな白い羽が広がっている。
俺の姿に少し怯えながらも、彼女は自分の立場を忘れずに問いかけてきたが気になることがあった。
「その通りだ、だがなぜ俺の名を知っている?」
俺は冷淡に答え、すぐに天使の顔を見つめた。彼女の瞳はどこか不安げで、彼女が抱えているであろう気持ちを感じ取ることができた。
天使は少し緊張した様子で目を伏せ、言葉を続ける。
「5日前に突然仮面を付けた人が教えてくれました。リルアという悪魔が私を助けに来るって。でも、あなたは悪魔、どんな人かまだ分からないから……」
「信用がないなら帰る。俺は悪魔だ、別に天使出あるお前を助ける義理はない」
リルアは冷たく言い放つ。
しかし、天使はその言葉に驚くことなく、言葉を続けた。
「あなたがどんな人でも、私はあなたに頼むしかない。私の呪いを解いてくれるのは、あなたしかいないから」
私の呪いを解いてくれる。
俺は悪魔でありむしろ呪いをばら撒く側の存在であり、俺が天使を助けてる可能性なんてほぼないかもしれないのに、どこか自信があるようだった。
それは彼女の瞳に込められた真剣な思いを感じたからだ。
呪いの他にも何かを隠しているように見えるが、それでも彼女が必死に頼んでいるのは明らかだった。
「だからお願いします。私を助けてください」
俺は目を細め、少しだけ考える。呪いを解くということは、単純な問題ではない。解呪法を知らなければ、ただの時間の無駄に終わる可能性もある。だが、この依頼を受けたからには引き下がれない。
「お前の呪いがどんなものか、説明しろ。」
俺も呪いに詳しい訳では無い、依頼には傷つけるだけで殺してしまう力だとは書いてあったが、本人からも一応聞く必要がある。
ルルカはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「誰かを傷つけてしまうと、その人が死んでしまうの……ほんの少しでも傷つけただけで。最初は自分が悪いのだと思っていたけれど、どうしても防げない。誰にも近づけないし、手を伸ばすこともできない……。そんな穢れた私を他のみんなが天界に置くわけがない、誰かに話を聞いてもらうことも、助けを求めることもできず、追い出されてしまったの」
その言葉に、俺はわずかに揺れる。言葉を発する前に、天使は続けた。
「だから私はたまたま見つけたこの森に一人で身を潜めることにしたの……でも、もう限界だと思って……」
心が壊れかけている。一人でいることの孤独と呪いに怯える日々、本当に限界が近そうだ。
その言葉が終わると、俺は何も言わずに一歩前へ出て、天使の目の前に立った。
「自分を助けてくれるか分からない、今初めて出会った存在に、手を伸ばすな」
冷たく言い放つと、天使は少し震えたように見えたが、それでも必死に俺を見つめ続けた。彼女の瞳には、ただ助けてほしいという思いしかなかった。
「もう一度言う、俺は悪魔だ。本来なら天使であるお前を助けるメリットもなければ、必要はない。死ぬことのみが救いだと言って殺すこともしたかもしれない」
俺は言葉を続けながらも、天使を見詰め続ける。
「それでも今日初めて出会った俺を信じ、叶うかも分からないことに助けを求めると言うならば、俺はお前に協力をしよう」
彼女が抱える呪いを解く方法が分からないが、少なくとも、彼女の信頼に応えることはできるだろうと思った。
「悪魔は契約により願いを叶える。願いの対価はその時のお前が決めろ」
天使は小さく頷き、恐る恐る手を差し出した。その手は震えていたが、俺はその手を取り冷静に言った。
「まずは、どこから手をつけるべきか考えよう」