第8話 剣ってこんなに重いんだ……。
とうとう始まったアリシアとの特訓!
『才能がない』と言われたのは嘘ではなくて、本当に酷い有様だった!?
アリシアが鉄剣を俺に手渡しした。
「これ……本物だよね?」
「あったり前でしょ!? それじゃなきゃ意味ないわよ」
アリシアの右手を見ると、木刀が握られていた。
「アリシアは木刀なんだ」
「まぁね。真剣だとあんた死んじゃうでしょ?」
「そう、だよね……」
俺はここで大切なことに気づいた。ということは俺を木刀で切るつもりなのか……?
「痛いの嫌でしょ?」
「うん」
「その痛みを避けようと身体が頑張るのよ」
アリシアの自論は尤もだと思うが、今は嫌過ぎる。
アリシアが木刀を使って土に円状の線を描き始めた。
そして1分と経たずに、直径数メートル程度の土フィールドが完成した。
「ここから出たら殺すからね」
「さらっと怖いこと言わないでよ!」
彼女の顔を見ると至って真剣な表情だった。そしてその表情のまま厳かに言う。
「1週間で基礎を身に付けるのは無理。だから、とりあえず戦いまくって少しでもコツを身に付けようって魂胆よ。まぁ、死なないように頑張ってね」
俺は覚悟した。死ぬことを?いや違う。これを乗り切って無事ギルドに入ることだ。
彼女はふっと笑って言う。
「良い表情ね。じゃあ行くわよ!」
彼女が走って向かってくる。
俺はすぐさま剣を構えようとするが、思ったよりも重かった。
(あ、やばい!!)
彼女が剣を振り下ろした。
それを止めようと剣を持ち上げるが、遅かった。
バシンッッと鈍い音がした。
「いったぁぁぁ!!」
その俺の叫びを聞いて驚いた鳥達がバサバサと一斉に飛び立った。
「ちょっとだいぶ手加減したんですけど?」
俺は涙目になって言う。
「少しは心配してくれよ……。うぅ、痛い」
「良かったわね木刀で」
「本当だよ!!」
これが真剣だったらと思うと怖過ぎる。また、フォルトゥナに会うところだった。
アリシアが俺の頭を触る。
「男ならこれぐらい耐えなさいよ。まぁ、それに大怪我してもロミルダがいるから大丈夫」
「なんで……?」
俺の背後から若い少女の声が聞こえた。
「それは私が最強の回復魔法の使い手だからよ」
振り返ると桃色の髪と緑色の瞳の少女ロミルダがいた。
昨日の姿とは打って変わって、髪も綺麗に結ってあった。昨日はよく見えなかったが、彼女もまた、相当な美人だった。
彼女が高めに結んだツインテールを揺らしながら俺に近づいてくる。
そして頭の少し上に手を置く。
「良い? 見てなさい。リクペラティオ」
緑色の光に包まれて、気づいたら俺の怪我が治っていた。
「治ってる……」
彼女はドヤ顔で言う。
「これが、意志の集で1番、いや、シューンヴェルトで1番の回復術士のロミルダ様の実力よ」
「すっ凄すぎです!」
「でしょ〜。もっと褒めても良いのよ? おーほほほ」
そんなやりとりをしている俺達をアリシアは冷めた目で見ている。
「はぁ、とりあえずそう言うこと。私があんたをボコボコにするけど、死ななかったらロミルダが回復してくれるから」
俺はその台詞を簡単に受け入れることができなかった。
「へ……。下手したら手足飛んだらする?」
彼女は不吉な笑みを浮かべる。
「手足だけで済めば良いわね」
「はは……終わった……」
それからは本当に大変だった。
腕、足、背中、頭、ありとあらゆるところを叩かれた。
特訓を始めてから何時間か経った。
ロミルダが心配そうな顔をして、青向きに倒れている俺の顔を覗き込む。
「あんたも凄いわね……。普通ならもう逃げ出してるわよ」
今はロミルダに治してもらったので痛みはないが、痛かった記憶は鮮明にある。
アリシアは切り株に座って手に顎を乗せていた。
「痛いのは(痛みを)受けるあんただけじゃないのよ? (痛みを)与える私だって痛いの。心が」
と言う割には涼しげな顔をしている。
ロミルダが言う。
「もうお昼だけど……ご飯食べる?」
「俺は無理です……」
「私は食べるわ! もうお腹すいちゃった」
アリシアがパァと顔を明るくして、家の中へ入って行った。
ロミルダはそんな彼女を見て苦笑いしている。そして目線を俺に移して一言訊く。
「土のベッドは気持ち良い?」
「……うん。このまま永眠しそう」
「ふっそう。また、あいつがしごきにくるだろうからそれまで休憩してなさい」
彼女は目を細めて微笑むとその場を去った。
俺はその場で目を閉じた。鳥の囀りが聞こえる。
(ああ、これが死……か……)
そんな馬鹿げたことを思っていると、だんだんと眠くなってきた。
俺が眠りにつこうとしていると、低い呻き声が聞こえてきた。
横を見てみると少し離れたところに小鬼が一匹いた。
「ひっひぃぃ!!」
俺の情けない声に気づいた化け物が近づいてくる。
「あっアリシアさん!!」
俺は家へ入ろうとするが、何故か扉に鍵がかかっていて入れなかった。
「助けて! アリシア! ロミルダ!」
反応は一切ない。
振り返ると小鬼はもうすぐそこまで来ていた。
俺はとりあえず置いてある剣を拾って真っ直ぐに構える。
「くっ来るな! 斬るぞ!!」
「ぐぅぅあぁぁ……」
汚い涎を垂らして、一歩、また一歩と近づく。
ここで俺は気づいた。
こいつとは一戦交えるしかない。
手の震えが止まらない。これはきっと恐怖なのだろう。しかし俺はそうは思わないことにした。
(ふっふふ。武者震いが止まらないぜ……)
多分涙目で言っている。
そして時は満ちた。
小鬼が棍棒を横に振る。
俺はそれをバックステップで避ける。
ブンッという音だけがして俺には当たらずに空を切る。
俺は真っ直ぐに剣を突き刺す。
「とりぁぁぁ!!」
見事、小鬼の喉を貫いて、敵はその場に斃れた。
俺も背後にドサっと倒れた。
「やった……」
俺は小さく呟いた。
家の扉が開かれた。
赤髪の少女が言う。
「やるじゃない。成果が出てるわね」
アリシアは右手にパン、左手に肉の串焼きを携えていた。
「最初と比べたらだいぶマシになったわね。やっぱり勇気と経験なのよ」
「あ……アリシアぁぁ!!」
俺は彼女に抱き着こうとしたが、前蹴りされた。そしてそのまま尻餅をつく。
「酷いじゃないか!」
「ああ、ごめん反射的に蹴っちゃった」
彼女はてへっと謝る。
「そっちじゃない! いきなり小鬼と戦わせるなんて酷いじゃないか!!」
俺がそう叫ぶと彼女は自論を展開する。
「良い? ハジメ。戦いっていうのはいつ起こるか判からないこともあるのよ? それに、あんたがやれるって信じて戦わせたの。判る? これは私の信頼の証なの、誇って良いわよ」
そんなに堂々と言われてしまったら反論の余地がない。それに言っていることも正しい気がする。
「確かに……」
俺は彼女の勢いもあって静かに頷く。
ロミルダが彼女の背後から顔を出して俺に言った。
「まぁ、小鬼一匹ぐらい斃さなきゃ、話になんないけどね。まぁ、アリシアから最初のあんたのことは聞いたわ。それに比べたら頑張ったと褒めてあ げ る」
彼女達が言うようように最初と比べたら、俺は随分と強くなったのだろう。
自分でも解ってる。俺の実力はまだまだだ。それでも成長していることも確かだ。
俺は自分の拳を握りしめる。そして自然と口角が上がる。
そして声を大きくして言う。
「アリシア! 後半戦お願いします!!」
俺の気合いたっぷりの様子とは対照的に、アリシアは嫌そうな顔をする。
「今ご飯食べてるから、後でね。とりあえず、素振りを1000回しときなさい」
「おっす!!」
俺の気合の入った返事を聞くと、彼女達は不思議そうな顔をして顔を見合わせた。
そして俺はすぐに素振りをする。剣を見ると小鬼を血がべったりと付いていた。
「うぇ〜、汚ねぇ……」
それに死骸も転がっているし最悪だ。
俺は小鬼の死骸を近くに穴を掘り埋めてやった。
俺は無神論者であり、特に何かを信仰しているわけではないので、とりあえず手を合わせた後に、十字を切っておいた。
無神論者とは言ったものの、運命神に逢ってしまったので、今はもう違う。今はフォルトゥナ教(そんなものがあるかは知らない)だ。