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第4話 神のご加護があらんことを

ハジメはアリシアに連れられて、鑑定士のデニス・ブラウンの店に来た。

そこでデニスに職業(ジョブ)固有技能(ユニークスキル)を鑑定してもらうが……!?

変な眼鏡をつけたデニスさんが、何回もつけては外すを繰り返す。しかし、結果は変わらないようで、とても気まずそうな顔をする。

「……ない」

彼が小さく呟いた。その内容はよく聞こえなかった。

彼の反応に不服を覚えたアリシアが、声を大きくして問い詰める。

「ちょっと! 何がないのよ!」

すると彼も声を荒げて叫ぶ。

「どの職業(ジョブ)にも適性がないんだ! 俺も最初は何かの間違いかと思った。でも、何回見ても変わらないんだ!」

その台詞を聞くと静かになった。彼女も深刻そうな顔で繰り返す。

「適性が……ない?」

そして2人して様子を伺うように俺の方を見る。

俺は何故か他人事のように感じた。どこか遠くの出来事のようにすら思える。

俺は現実を受け入れられなかった。適性なし、要は俺に才能がないと言うことだ。

俺はゆっくりと椅子から立つ。

「そう、なんですね。ありがとうございました」

俺はお礼だけ伝えると外に飛び出した。

俺は泣いた。泣きたかったわけではない。でも、涙は止まることを知らずに溢れる。

こんな現実を簡単に受け入れられるわけがない。理想の異世界転生とは、大きくかけ離れてしまった現実。自暴自棄になるのも無理はないだろ。

走るのも疲れてもう何もしたくなくなった。

近くのベンチに座り込み、何かの間違いではないか、今の出来事は夢だったのではないか、そんなことさえ考えた。

俺はもう一度頰をつねる。

「はは……痛いな」

これが現実であると、自分自身で再認識させてしまった。そんな愚かな自分に憐れみさえ覚える。

先ほどと同じ行為をしたのに抱いた気持ちは180度違う。夢だったら良かったのに。

ベンチに座り込み俯く俺に、近づく足音がする。誰か予想はつくが、今はもう誰でも良かった。

心配そうな声色ではあったが、可愛らしいソプラノの声だった。

「……大丈夫?」

声主はアリシアだった。

大丈夫かどうかなんて訊くまでもないだろうに。

「……うん、駄目かも」

俺の返事を聞いて、彼女の小さく息を呑む。それだけで彼女は何も言えなかった。

少しの間、気まずい沈黙が訪れる。

それを破るのは俺の卑屈な声だった。

「俺には才能がないんだってさ」

自嘲の笑みすら浮かばない。深く落胆した俺の隣に彼女が座る。

「適性なんてね、所詮才能の有無でしかないの。その才能って言うのは最初のスタート位置の違いでしかない。だから、あんたの頑張り次第でどうとでもなるわよ」

彼女は励ますように明るい調子で言った。俺の為を思ってくれた行為と知っていながらも、それはまさに火に油だった。

理不尽に逆上した俺が叫ぶ。

「お前みたいな才能のある奴に何が解るんだよ!! 努力すればだって!? それは才能のある奴がして意味のあることだ。俺みたいな奴がしたって……無駄なんだよ……」

何も悪くない彼女に八つ当たりをしてしまった。最低だ。最悪だ。でも、それでもいい気がする。どうせ俺の人生なんて、現世(むかし)異世界(いま)もクソみたいなものなんだ。

アリシアは俺の言うことを否定しなかった。

「そうかもしれないわね。ごめん。あんたの気持ちをちゃんと考えてあげれなかった……ごめん」

その台詞を聞くと更に胸が苦しくなる。

いっそのこと、こんな俺を見捨ててどこかへ行ってくれれば良かった。『あんたは最低だ』と罵ってくれれば良かった。謝られるなんて、芽生えた罪悪感で胸が押し潰されそうだ。

「謝らないで。全部俺が悪いんだ。ごめん」

俺は自分の手を強く握る。

自分の弱さが、世界の理不尽さが、憎くて、悔しくてどうしようもなかった。

「ねぇ……実はずっと思ってたことがあるの。あんた転生者だったりする?」

俺は驚いて彼女の顔を見る。目を見開き彼女の目を見つめる。

その瞳には確信があった。俺の反応を見て、彼女は答えを聞くまでもなく判ったようだ。

「そう、やっぱりそうなんだ」

「うん……ごめん。騙すつもりはなかったんだ」

再び訪れる沈黙。先ほどよりも更に気まずかった。

次は彼女が沈黙を破る。

「実はね、こんな伝説があるの。曰く、『1000年前にこの地に転生者が現れた。その転生者はどの職業(ジョブ)にも適性がなかった。しかし、それはこの世に存在しない職業(ジョブ)だったからだ』という話なの。あんたと同じように」

俺と同じような転生者がいて、その人も同じように適性がなかった、だと?

「うん。そしてその職業(ジョブ)の名前は、民衆の勇者(フォルクヘルト)

「フォルク……ヘルト……?」

彼女は頷く。

「旅人って言う職業(ジョブ)はあるんだけど、それともまた違うと聞いてるわ」

俺の頭はもうキャパオーバーだった。

自分の中に一筋の希望の光が見えた。しかし冷静に考えてみてほしい。その人が特別だっただけかもしれない。俺なんかが本当に特別なモノを持っているだろうか。運命の女神は、本当は俺の味方ではないのではないだろうか。自分の頭の中に不確かで嫌な憶測ばかりが飛び交う。

しかしその人の存在が俺の中で一筋の希望の光となっているのも事実だった。

「なぁ、その人はどうなったんだ?」

彼女は少し言いにくそうにする。

「彼は、魔の脅威に立ち向かい戦死したわ」

おそらくこの世界には、魔王や魔族のようなものがいるのだろう。そしてその『異世界の旅人』は、きっと勇猛果敢に戦って死んだのだろう。

その話を聞いてから少し気持ちの整理がついた。

自分には才能がないのかもしれない。自分は不出来な人間なのかもしれない。それでも、女神様がくれた2度目の人生だ。簡単に捨てたくない。決して無駄にはしたくない。

英霊の魂が俺に勇気を与える。

「なぁ、アリシアさっきは本当にごめん。俺、頑張ってみるよ」

彼女は俺の意志(ことば)を理解して優しく微笑む。

「うん!」

それからしばらく無言の時間が訪れた。しかし、先ほどとは違って、気まずさによる重圧や息苦しさはない。むしろ心地良い空間だった。暖かい光の下で美女と2人ベンチに腰掛ける。

(ここだけ切り取れば、理想の異世界ライフだったんだけどな)

そんな軽口を叩ける程度には落ち着いてきた。

アリシアが青空を見上げて言う。

「ねぇ、私のギルドに行ってみない?」

「うん、行ってみたい」

俺の返事を聞くと顔をこちらに向けて、嬉しそうな顔をした。

「じゃあ連れて行ってあげる。さぁ、行くわよ!」

ギルドへ向かう道中で、不意にアリシアが俺の顔を見上げる。

「ん、どうしたの?」

「あんたはこの先色々大変かもしれない。けど、あんたは1人じゃないから。私がいるからね」

彼女は目を細める。その笑みは俺の荒んだ心を一瞬で浄化した。

「ああ、あっありがと」

俺は照れ臭さから、すぐに目を逸らした。上目遣いで愛らしく見つめてくる彼女のことをこれ以上見ていたら、恋をしてしまいそうだった。いや、もう既にしているのかも知れない。

彼女が悪戯っ子のような顔をする。

「あっ照れた!」

「べっ別に照れてないからな!!」

「えぇ〜本当〜?」

俺は彼女の目を見て喋れなかった。

「ただ、アリシアが凄く可愛いなって思っただけだよ」

お返しというよりは、心の声が漏れただけだった。我ながら気障(キザ)すぎる台詞だ。今すぐに枕にでも顔を(うず)めてしまいたい気分だ。

俺が自分の言った台詞で(もだ)えている間、彼女は何も言わなかった。何か自分が気に触るようなことを言ったかと、不安になり彼女の方を見た。

「え……」

彼女は頰を赤らめて手で口元を隠すようにしていた。

彼女と目が合った。俺のニヤニヤとした顔を見ると勢いよく喋る。

「べっ別に照れてないからな!」

先ほどの俺と全く同じ台詞を言った。

そのことがおかしくて俺は笑った。

そんな俺を見て彼女も笑う。

こんなに平和で美しい世界なんだ。やっぱりまだ、諦めるには早すぎる。

「ねぇ、ハジメはフォルトゥナって女神様知ってる?」

彼女の方から思いをしない言葉が飛んできた。

「ああ、知ってるよ。運命の女神でしょ?」

知ってるも何も、ついさっき会っていたからな。

彼女は驚いたように言う。

「知ってるんだ。そう、運命の女神様よ。その神様の格言があるんだけどね、今のあんたにはぴったりの言葉だと思うの」

「何て言葉なの?」

アリシアは、真面目な顔をして話し出す。

「『信じる者は救われて努力する者は報われる』ってね。だからあんたもせっかくこの世界に来られたんだし、神を信じて自分を信じて努力し続けてみると良いと思うわ」

言い終わるとふっと微笑み俺を見る。真っ直ぐ誠実な赤い瞳には、俺が映っていた。その顔は晴れた空のような澄んだ顔だった。

「そうだね。ありがとうアリシア」


俺をこの世界に連れてきたのは、単なる偶然だろうか。神の気まぐれだろうか。俺は違うと思う。きっと、何か意味があってのことなのだろう。世界を救う勇者になんてなれないかもしれない。誰かに愛されることなんてないかもしれない。それでも、俺はこの世界で歩み続ける。


固有技能(ユニークスキル)職業(ジョブ)など、これからもどんどん横文字が増えそうなので、あらかじめご了承ください。

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