第3話 帝都ユヴェーレン
異世界転生したハジメは、赤髪の美少女アリシアと出逢った。しかし、思い描く異世界ライフからは程遠いスタートだった。
これから先の異世界生活は何が起こるのだろうか!?
運命を司る女神フォルトゥナによって異世界転生した俺は、転生早々に死にかけた。そんな俺を助けてくれたのは、赤髪の美少女剣士アリシアだった。
彼女に案内されて森を抜けると、崖に辿り着いた。
俺は恐る恐る下を見てみる。高さ30メートルはあった。
「アリシアさん……崖ですよ?」
彼女の意図が全く解らず、崖に震えながら訊く。
「大丈夫よ」
(全然大丈夫じゃないんだけど)
彼女の返答に心の中でツッコミを入れる。
唐突に彼女が指笛を吹いた。
「アリシアさん……?」
吹いてから数秒後にバサバサという音が聞こえた。
その音にビビりながら上を見ると、大型の鳥がいた。
「なっ、何なんだよあれ?」
その鳥にビビった俺は、彼女の腕を掴みビクビクと震えていた。
「あんた怖がりすぎ。この子はね、私の友達よ」
彼女は、怖がる俺に呆れながらも手を空に翳した。
その手を目印にしたように、謎の鳥はその手に向かって降りてきた。
「キュイィィ!」
高い鳴き声を上げて、彼女の手に頭を擦り付けて喜んでいるようだった。
そして俺の匂いを嗅いでくる。
「ひぃ……」
俺の声を聞くと彼女が笑う。
「あんた凄いわね。この子は人見知りだから、こんなふうになるのは珍しいのよ」
「そっそうなんですね……」
全然嬉しくないのは内緒だ。
それよりもこの状況が嫌な予感しかしない。
崖に鳥……まさか……。
「この子の名前は、グランツェ。可愛いでしょ?」
「う、うん……」
「ハジメ、良いわね? グランツェに乗って行くわよ」
予想できた状況ではあったが、心の準備はできていなかった。
「本当に言ってるの!? 落ちたら死ぬって」
「そりゃ落ちたらそうなるわよ。だから、ちゃんと捕まっててね」
彼女は当然のようにグランツェに乗った。
「早くしてよ」
拒否することなんてできなかったので、渋々無理難題に従った。
「じゃあ行くわね」
彼女の合図と共にグランツェが飛行した。
「あぁ……」
グランツェとアリシアには悪いけど、多分少し漏れた。悪気はないんだ。
俺はあまりの恐怖から、思わず前にいる彼女に抱きついてしまった。
「ちょっと! あんたそれセクハラよ?」
少し不愉快そうに言う彼女だが、俺の様子を見ると仕方なさそうにした。
それから5分とかからず城壁の近くまで来られた。
顔を青ざめて足をプルプルと振るわせている俺とは打って変わって、アリシアがグランツェの頭を撫でている。そこだけ見たらメルヘンチックな素敵な光景だろう。しかし俺からしたらたまったものではない。
「ありがとねグランツェ」
俺は立つのも辛くなって、とうとう四つん這いになった。
そんな俺は彼女が見下ろす。
「大丈夫……ではなさそうね」
「ああ、大丈夫だ……」
彼女は取り繕うに明るい声で言う。
「でも、ほら見て! もう城下町に着いたわよ」
俺は頭を上げると、石造りの城壁が目の前にあった。これを見たことによって俺のテンションは上がり、先ほどまでの恐怖もすっかり消えてしまった。
「すっげぇ……」
「壮観でしょ。 ここがリヒトブルク帝国の首都、帝都ユヴェーレンよ」
彼女が目の前の大門を指差す。
「これはフェルス門って言って、この帝都の正門なの」
「へぇ……」
彼女に手を引かれて城内に入ると、そこには中世ヨーロッパのような街並みが広がっていた。
入ってすぐに酒場があり、皆んなが楽しそうに呑んでいた。向かって右側には服屋のような店があった。店主らしき人物が鳥に餌をあげていた。
この街並みを見ていると、ファンタジー小説の主人公になったような気分だ。
(ああ、実際になったのか)
少しずつ実感が湧いてきて口元が緩んできた。
キョロキョロ見ながら彼女に話しかける。
「アリシアはここに住んでるの?」
「そうよ。私の家はもうちょっとあっち」
こんな綺麗な都市に住めるなんて羨ましい限りだ。
どこを見ても目新しい景色。圧巻の世界観に言葉を失ってしまった。
その後もアリシアと一緒に街を歩いていると、俺のお腹が鳴った。
その音に気づいた彼女は笑う。
「ふふ、何か食べよっか?」
「ああ、でも、俺金持ってない」
彼女は何故か嬉しそうに言う。
「仕方ないわね。私が奢ってあげるわよ」
「アリシア……」
「いちいち泣くな!」
彼女と共におしゃれなレストランヘは入る。
メニュー表を見てみると見たことのない文字だったが、どういう理由か読むことができた。不思議な話だけど、俺はこれを神からのご加護ということにした。
「なぁ、この150シャインって高いのか?」
シャインとは、この世界の通貨の単位らしい。
彼女は顎に指を当てて考えている。
「うーん。かなり安めね。ここは庶民的なお店だから、好きなものを頼んでいいわよ」
俺は彼女のことが女神に見えた。
「アリシア様々です」
手を合わせて礼を言うと、彼女は『はいはい』と受け流す。
彼女のご厚意を受けて、パスタとピザを頼んだ。
「うっ美味すぎる!」
食べ物が口に合うかと心配だったが、それは杞憂だったようだ。
アリシアが、まるで我が子を見る母親のような穏やかな微笑をする。
「そんなにがっつかなくても、料理は逃げないわよ」
彼女の方を見るとサンドイッチしかなかった。そのことを何の気なしに訊いてみる。
「それだけで足りるの?」
彼女は少し顔を赤らめて言う。
「だ、ダイエット中だから良いの!」
「そうなんだ。全然太ってないけど」
「あんたにレディーの気持ちなんて判らないでしょ」
彼女が『ふんっ』とそっぽを向いてしまった。
確かに俺にレディーな気持ちなんて解るわけない。
そして俺が食べ終わると彼女が会計をしに行った。
「先出てて良いわよ」
「ご馳走様です」
前世なら、女子と2人で食事なんてあり得ないことだった。そんなあり得ないことを俺は、超がつくほどの美人とやっているのだ。
「ちゃんと働いてお返ししよう」
俺が決意を心に誓っていると、彼女も戻ってきた。
見た目は、現世で言う高校生ぐらいの彼女だが、さらっと奢れるぐらいにはお金を持っているようだ。何かバイトでもしているのだろうか。
(はっ! まさかPP活……?)
最低な憶測はさておき、彼女のことは純粋に気になる。
「なぁ、アリシアって何して稼いでるんだ?」
俺の台詞を聞いて彼女が得意げな顔をする。
「私はね、意志の集の冒険者なの!」
「ええっと……」
俺の困惑した表情を見て何かを察したようだ。
「あっ、記憶喪失なんだっけ。じゃあ私のギルドのことも知らないのか」
「うん……ちょっと判らないです」
そう言えば俺は記憶喪失だった。自分のついた嘘を自分で忘れかけていた。
そこで彼女がギルドについての話をしてくれた。その話をまとめるとこうなる。
この世界には冒険者協会という大きい組織があり、その組織は世界各国に支部を作っているようだ。そして各地方の冒険者協会の傘下にギルドというものがあるらしい。
ギルドとは、同じ意志を持った者達の集まりであり、冒険者協会に登録されているギルドを正規ギルド、登録されていないのを違法ギルド、または闇ギルドと呼ばれているのだと言う。
「なるほど……じゃあアリシアは冒険者なんだ」
「そうよ!」
彼女は腰に手を当てて胸を張り、いかにもらしい態度を取った。
そして彼女が何かを思い出したようで手を叩いた。
「そうだ! 鑑定士にあんたのこと色々見てもらおうよ」
「何それ……?」
「まぁ、行けば判るわ。着いてきて」
俺の手を取り走り出す。なんか青春って感じでいいな……。
彼女に連れてこられた場所は、古い店だった。
彼女が明るく『お邪魔しまーす』と言って扉を開けた。彼女についで俺も中に入ると、店主らしき人物が新聞読んでいた。
俺達に気がつくと読んでいた新聞を置いた。
新聞のせいで判らなかったが、その人は中年のおじさんだった。逞しい胸板によく髭が似合う彫りの深い顔をしていた。
「おう、アリシアの嬢ちゃんか。今日は何の用だ?」
彼が俺を見る。目と目が合うと怪訝そうな顔をした。事態をどう考えたのか、彼はアリシアの方を向きニヤニヤとした顔をする。
「なんだボーイフレンドを連れてきたのか?」
「はっはぁ! 違うし」
強く否定する彼女は、俺との出逢いやことの経緯を話した。
それを聞き終えると、彼は腕を組んで納得したようだった。
「なるほどな。あんた、名前は何て言うんだ?」
俺は目の前の強面で屈強な男に萎縮しながら答える。
「ハジメです。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。
下手をしてぶん殴られたら困るからだ。
「俺は、鑑定士のデニス・ブラウンだ。よろしくな」
俺は差し出された大きくてゴツゴツとした手を握る。
「それにしてもあんちゃん、えらく若く見えるな。今いくつだ?」
「17歳です」
その数字を聞いたアリシアが、関心を寄せる顔をする。
「17歳なんだ。私と一緒だね」
微笑む彼女に釣られて俺も笑顔になる。
その様子を見た店主がまたからかう。
「やっぱりできてんじゃねーのか?」
アリシアが再度強めに否定する。
「できてないから!!」
不愉快そうにする彼女をデニスさんが、『まあまあ』と宥めた。
「んで、嬢ちゃん。こいつの鑑定をしてやればいいんだな?」
「えぇ、お願い」
彼は『任せな』と言い、店の奥の方へ行った。
俺は何を鑑定するのかまだ判っていなかった。
「なぁ、何を鑑定するんだ?」
「あんたの固有技能とか、職業の適性よ」
今2つほど聞き慣れない単語が出てきた。
「なぁ、固有技能って何だ?」
彼女は驚いた顔をする。
「それも知らないの? 固有技能って言うのは、その人固有の能力のことよ。全員が持ってるわけではないけど」
「あの……あと、職業と言うのは……?」
彼女は信じられないと言わんばかりの顔をする。記憶喪失を装っていても、こうも無知だと流石に怪しまれるだろう。
「職業って言うのは、その名の通り職業のことよ。人にはそれぞれ職業の適性があるの。その適性に沿ってほとんどの人は仕事を決めるわ。例えば、私の職業は剣士よ」
なるほど。それで鑑定士というのも職業で、人の固有技能や職業適性を見ることができるのか。
つまり今から俺の才能が判ってしまうということなのか……?女神様からのご加護は存分に受けているはずだが、少し心配ではある。例えば、先ほど小鬼に殺されかけたし。
アリシアがいきなり俺の脇腹を軽く小突いた。
「なっ何だよ!」
「あんたが緊張してるようだったから、ほぐしてあげたのよ」
彼女には全部お見通しのようだった。確かに俺は緊張している。変な汗も出てきた。高校受験の合格発表の時を思い出す。
(ああ、前世のことを思い出すのはやめよう。胸が痛くなってくる……)
3分ぐらいすると店主のデニスさんが戻ってきた。
「待たせたな。じゃあここに座ってくれ」
彼が手招きをして俺を座らせた。
「じゃあ、見てみるぞ」
彼が金色で無駄に華美な眼鏡をかけて俺を見た。
(女神様……大丈夫ですよね)
彼は吃驚したような声を出す。
「何だよ……これ」
その表情を見てさぁっと血の気が引いていった。
まさか、本当にそのまさかなのか?
運命の女神は微笑み、彼の二度目の人生を見護る。
彼女は彼にどんな加護を与えたのだろうか?
また、彼にどんな運命を用意したのだろうか……?