第18話 氷天の大賢者リーゼロッテ
『白猫書店』を訪れたハジメとルーク、そこで彼らを待ち構えていたのは、白髪のエルフだった。
彼らのこれから起こる出来事をよそにして、空はからっと晴れていた。雲ひとつない青空は、彼らの状況など気にせず、自由気ままな空模様を作っている。
天が嗤っている。ハジメの運命を嘲笑うかの如く……。
俺の瞳をじっと見つめる少女を前に、言葉が出てこなかった。
「予見通り……? どういうことだ?」
隣に立つルークが言った。
彼の問いに対して表情ひとつ変えることなく、口だけを動かした。
「言葉通りの意味よ。あなた達が来ることを予見していたのよ」
「はぁ……」
彼女の答えがよく解っていないのか、彼は小さく声を漏らす。
エルフの少女は言った。
「あなた達がここへ来た要件も判っているわ。その上で言うわね、断る」
彼女はそれだけ言うと部屋の奥へと行こうとした。
「あの、ちょっと待ってください!」
俺は思わず彼女を呼び止めた。
振り向いた彼女は、キリッとした目で俺を見る。
「異世界からの来訪者さん、あなたの期待には応えられないわ。ごめんなさいね」
俺は絶句した。目の前の少女の瞳は全てを見透かしているように見えたからだ。俺の境遇も知っているのか……?
彼女は小さくお辞儀して行ってしまった。
「とりあえず帰るか……?」
俺達は毅然とした態度の彼女を前に、なす術なく引き返すことになった。
店の外に出た俺たち2人は、近くのベンチに腰掛ける。
「なぁ、異世界からの来訪者って、どう言うことだ……?」
彼は気を遣えるらしく、訊くのを躊躇いながらも、訊かずにはいられなかったようだ。
「ああ、えぇっと……」
俺が答えるのを渋ると彼は言う。
「いや、待った! やっぱりいいや」
「え? 良いの?」
「おう、答えたくないこともあるんもな」
彼はいつもの調子で笑って言う。それは気まずさを出さないために取り繕っているように見えた。
彼が前を指差して言った。
「お! 移動販売がやってる。飲み物みたいだな、ちょっと買ってくるわ!」
「うん……」
俺がルークの質問に答えるのを躊躇ったのには理由がある。
本当なら「実はね……」と話したかった。しかしそれが許されない理由がある。
話は遡ること2週間ほど前、ロミルダ邸でアリシアと特訓をしていたときだ。
ーーー2週間前ーーー
夕食が終わり、リビングでくつろいでいた俺に、アリシアが近づいてきた。
「どうしたの?」
無言で彼女は俺の前に座る。
「異世界から来たのよね?」
「え、うん」
いきなりの彼女からの質問に戸惑いながらも答える。
「今の問いに絶対に答えちゃダメだからね」
「どうして?」
彼女は真面目な顔をして言う。
「殺されるかもしれないから」
「えぇ!? 殺される!?」
訊き返すと無言で頷く。
「かもしれないって話だけどね。神の捧げ物として殺されるか、あるいは異端者として裁かれるか、どちらにしよ、良い未来はないわよ」
随分と物騒な話をしているが、その言葉に嘘はなさそうだった。
「今、あんたのことを知っているのは、私とロミルダだけでしょ? でも、それが広がって行けばどうなるかは想像に容易いわ」
「なるほど……。俺も死にたくはないよ」
彼女は顔を近づけてきっぱりと言った。
「一見信用できる人でも、言っちゃダメよ。裏の顔は判らないんだからね」
こんなやりとりがあったんだ。だから言えなかった。
彼の印象は、出逢った最初も今も変わらない。優しくて気さくな好青年だ。しかし、言うことは憚られる。
こんなふうに俺が頭を悩ませていると、彼が戻ってきた。
「ほい、アプフェルジュースだ」
「うん、ありがと」
彼が黄色の液体が入った容器を渡した。
それを一口飲んでみると、どこかで飲んだことがある味がした。そうだ、りんごジュースだ。色も匂いも味も全てが似ている。
「これ、安いんだけど美味いよな」
俺が相槌を打つと彼は空を見上げる。
「それより、これからどうすっかな」
ルークが手を頭の後ろで組んでベンチに背を預けてくつろいだ。
「うん、そうだね……」
それからは無言の時間が続いた。2人とも解決策を探してみるものの、一向に道は切り開かれない。
「あ、ごめん! これからバイトだからまたな!」
「う、うん。またね」
手を振る彼に俺を振り返す。
彼がいなくなった後、俺は1人でぼうっと街を眺めていた。
すると1人の少女に目が奪われた。俺の目が捉えたのは、白髪のエルフだった。そう、リーゼロッテだ。
彼女がここにいる理由を考えるよりも先に足が動いていた。
俺は彼女の後を尾けることにした。
彼女は、アンファング街にある商店街をうろうろしている。
(買い物でもしてるのかな……?)
街を闊歩する彼女に気さくそうなおばさんが話しかけた。
「あら、リロちゃん! 今日は良い野菜を仕入れてるわよ〜」
リロちゃん……?俺が疑問に思っていると、リーゼロッテは反応した。
「そうね……一つ買っていくわ」
なるほど、リロというのは彼女の愛称のようだ。
そして彼女は野菜を買うと、また歩き出した。
次は店の中へ入った。店の看板には『杖のことならお任せ』と書いてある。
窓から中の様子を見ると、彼女は店主らしきお爺さんと会話をしていた。
それから10分ぐらい経つと彼女が出てきた。バレないように慌てて隠れる。そしてまた尾行を続ける。
(女性の後を尾けるって、俺結構ヤバいよな)
自分のキモさを自覚しつつも歩みを止めることはなかった。
「あれ!?」
あろうことか一瞬目を放した隙に見失ってしまった。
首を振ってあたりを見るが、彼女の姿はどこにもない。
トンと俺の背中に固いナニかが当たった。
「動いたら殺すわ」
抑揚のない機械のような冷たい声が聞こえる。
「先ほどから私のことを尾けているわよね?」
「はい……」
いつからか判らないが、リーゼロッテにバレているようだ。
「レディーのことを尾けるなんて良い趣味してるわね。騎士団に突き出そうかしら」
「はい、すみませんでした……」
俺はその場で頭を下げた。
その言葉に呆れたように彼女が言った。
「こっち向いてやりなさいよ」
向き直って頭を下げた。
顔を上げると蔑んだ顔をしているエルフの少女がいた。
「私に何か用があるの?」
七色の瞳をする少女はジト目で俺を見つめる。
「うん……その……」
「先に言っておくけど、アハッツの頼み事なら諦めた方が良いわ」
こちらの考えは全てお見通しのようだ。
「あと、1つ訊きたいことがあるんだけど……」
「『異世界からの来訪者』と言ったことについてね」
「えっ!?」
本当に全てお見通しのようだ。もう、怖い……。
「……判ったわ。ついてきて」
それだけ言うと彼女は俺に背を向けて歩き出した。