第17話 エルフには用心せよ
ハジメとルークは、依頼を果たすために魔女の住む『白猫書店』へと行く!!
ルークとの語らいから1日が経った。
ホテルのベッドは、今までに寝たどの寝具よりも格別なものだった。
窓を開けてテラスに行くと、まだ早朝だというのに商人達が、街を行き来している。
部屋の中の棚を開けると、幾つか酒瓶が入っていた。俺が飲めない質ということは判っているので、そのまま閉じた。
(早く起きすぎた……)
朝食の時間まで、あと1時間はある。
何を思ったのか俺は、散歩をすることにした。
部屋を出て階段を使って降ろうとすると、エレベーターらしきものを見つけた。
好奇心の赴くまま、乗ってみると、フロアを表すボタンがあったのでロビーを押す。
原動力が何なのかは判らないが、現世と何ら変わらない感覚で下まで降りることができた。
この世界の科学力は、現世で言うところの十九世紀ぐらいありそうだ。
そう言えば、蒸気機関車もあるとアリシアが言っていた。
つまり、産業革命は既に達成していることになる。
そしてこの世界には、『魔法』という事象が存在する。現世では概念にすぎなかったものだが、この世界では当たり前、事実として存在している。それがまた別のテクノロジーを構築しているかもしれない。
エントランスに立つと自動で扉が開いた。どういう原理かは、後でアリシアに訊くことにしよう。
迷子にならない程度に、近くをうろうろと散策していると、ベンチに寝そべっている浮浪者がいた。
いや、違う。ルークだ。
「ルーク……?」
俺が恐る恐る声をかけると彼は起き上がる。
「よぉ、ハジメか、おはよぉ〜う」
彼が欠伸しながら言う。そして立ち上がり、背筋を伸ばす。
「ここで寝てたの?」
俺は冗談のつもりではなく、本気でそう思って訊いていた。それが彼には面白かったらしい。
「なわけないだろ。新聞配達してたんだ。それで疲れて仮眠を取ってただけだよ」
「不動産屋の手伝いもしてるんだよね?」
「おう、それに加えて、新聞配達とレストランの皿洗いと冒険者をやってるぜ」
「どうしてそんなに働いてるの?」
彼は哀しげな顔をした。俺はその瞬間、質問した事を後悔する。
「俺さ、妹がいるんだ。クラーラって言うんだけど……。クラーラは身体が弱くて、それでまともな治療をさせてやるには金がたくさん必要なんだ」
彼は喋った後、ベンチに深く腰掛けた。
俺も隣に座る。
「魔法でも治せないの……?」
「ああ、普通の風邪や骨折とかならすぐに治せるよ。けどな、あいつの病気は、魔有病って名前の奇病なんだ。それを完治できる医者も魔術師をいない」
彼と出逢ってから今まで、彼はずっと笑っていた。そんな彼とは全く違う、悲痛な顔をしている。
「ごめんなこんな話して、次の仕事があるから、また後でな!!」
彼は笑っていた。いつも通りの爽やかな笑みにすら見えた。それが違うことは解っているのに……。
彼がいなくなってからも、俺はベンチに座り続けていた。
もの凄く自分が恥ずかしかった。
今までずっと自分のことばかり悩んでいた。彼のように他人を心配する余裕も気遣う心もなかった。
残酷過ぎる事情を抱えながらも、俺のことを手伝ってくれると言った。俺は何の施しもしてやれない。見返りもなしに彼は言った。
「凄いな……」
同じ年頃の青年なのに心の成長は全く違う。一生超えられない壁がある事を思い知った。
優しき青年に心を打たれながらも、俺は何もできなかった。力も富を権力も持たない。持たざる者ができる施しなどあるのだろうか。
もう歩く気分にはなれず、後なしかホテルへ戻ることにした。
トボトボと歩いていると5分とかからずに着いた。
事実へ戻るとアリシアがいた。セキュリティが緩過ぎるのがこのホテルの唯一の欠点だろう。
「どこ行ってたの?」
彼女は珈琲を何でくつろいでいた。
「ちょっと散歩してた」
「そう、それにしては浮かない顔ね」
「うん……」
彼のことを話すべきか考えた。でも、他人のプライバシーをべらべらと話すわけにはいかなかった。
アリシアも思うところがあったようだが、それ以上の追求はしなかった。
「私、ギルドの方で用事ができちゃったんだけど、どうする?」
「う、うん。とりあえずリーゼロッテさんのとこへを交渉に行ってみるよ」
俺の台詞に少し驚いた顔をしたが、黙って頷いた。
「判ったわ。頑張ってね」
「うん、ありがとう」
それからルークとの約束の時間になるまで、1人で物想いに耽ていた。
そして俺の部屋の扉をのノックする音が聞こえてた。
扉を開けるとそこにはルークがいた。
「よ! ハジメ」
「うん、入って」
部屋に入った瞬間、彼は簡単な声を漏らす。
「すっげぇ……」
「紅茶でも淹れようか?」
「お、まじか。サンキューな」
彼はいつも通りの調子でカラッと笑う。本当に先ほどまでが嘘みたいだ。
そして2人で紅茶を飲みながら作戦を考える。
「リーゼロッテさんはどこにいるの?」
「意志の集がある、アンファング街の端の方だ。そこで白猫書店って名前の本屋を営んでいるらしいぞ」
白猫……、可愛らしい名前で少し安心した。
「なるほどね、じゃあとりあえず戻ろうか」
「その前に引き受けるって連絡を一報入れてからだろ」
「確かにそうだね。じゃあ行ってくるよ」
「おう、じゃあさっきのベンチで集合な!」
俺は煉瓦造りの小洒落た建物まで戻ってきた。
受付に行くと、また同じ応接室まで案内された。
「少々お待ちください」
彼女はキビキビとした動きで部屋を出た。
それから数分して扉がノックされた。
「どうぞ」
「お久しぶりですね」
老紳士、エトヴィンさんが足音ひとつしない優美な足取りで歩く。
話はすぐに本題に入った。
「エトヴィンさん、成功するから約束できませんが、是非、挑戦させてください」
俺の言葉に彼がはにかむ。
「そうですか、それは良かった。難しい依頼だと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
ーーーアンファング街ーーー
ルークと落ち合った俺は、白猫書店があるアンファング街へとやってきた。
街の光景はいつもと同じ、賑やかで温かい素敵な場所だ。
そのアンファング街のはずれにある小さな書店へと俺達は足を運んだ。
木造の看板には可愛らしいフォントで、『白猫書店』と書いてあった。
「ここで間違いないみたいだね」
「おう、入るぞ」
緊張した様子の青年2人が、扉をゆっくりと開く。
カランカランと冷たい鈴の音が2人の耳に届く。
2人がキョロキョロとあたりを見渡していると、奥に人影が見えた。
綺麗に並んだ本棚の間をゆっくりと歩む2人、その間に会話はなかった。
そして遭った。
ハジメの目に映ったのは白髪のエルフだった。
そのエルフの青、赤、緑、様々な色が混ざったような、七色と言うべきか、そんな不思議な魔性の瞳がハジメを捉えた。
エルフが小さく口を開いて呟いた。
「予見通りね」