第16話 運命の邂逅
アリシアと物件を探しに不動産屋を訪れたハジメは、とある男と邂逅する。
俺は新しい住居を探すために、アリシアと2人で城内へとやってきた。
いつ来てもこの世界観は素晴らしい。俺がキョロキョロとあたりを見渡していると、アリシアが不審がって訊く。
「何してんのよ」
「いや〜、いつ見ても珍しい光景でさ、凄いなーって」
「まぁ、確かにね。外から来たあんたにとっては珍しい光景なのかもね」
それから5分ほど歩くと壁に幾つかのチラシが貼られている店に着いた。
業務的で無機質なチラシの内容は、どれも売り出し中の物件の概要のようだった。
そのチラシに目をやりながら扉を開けようとすると、俺が触れるよりも先に扉が開いた。
ドンッと鈍い音と共に俺が吹っ飛んだ。
「いでぇッッ!」
「大丈夫!?」
アリシアが俺の手を取って起き上がる手助けをしてくれた。
扉の向こう側からは男が出てきた。
「ごめん! ぶつかったよな!?」
その男は焦った様子で俺に駆け寄った。
「大丈夫だよ」
俺の様子を見ると一安心したようだった。
「いや〜、今急いでて悪かったな。俺はこの店の手伝いをしてる者なんだ」
「そうなんだ」
その男は身長も俺より5センチぐらい高いし、体格も良かった。
そして男の視線がアリシアに移った。
「え? あっアリシア嬢!?」
「アリシア嬢……?」
困惑した俺が隣に立つ彼女を見ると、彼女もまた疑問を抱いているようだった。
「艶やかな緋色の髪、麗しき唇、透き通るような白い肌、アリシア嬢じゃないですか!!」
「う、うん……」
彼女が勢いに押されながらも肯定した。
彼女の肯定を聞いた彼はその場に跪いた。
「こんな所でアリシア嬢と逢えるなんて、俺は幸せ者だ……」
感極まった様子の彼を前にして、俺と彼女は顔を見合わせて不思議に思っていた。
そして男が俺の肩を掴み凄い剣幕で訊く。
「なぁ、お前! まさかアリシア嬢の恋人なのか!?」
「え……違うけど……」
その台詞を聞くと彼は安心したようでほっと胸を撫で下ろした。
「ああ、自己紹介が遅れたな。俺はルーク・ハルトマン。意志の集の見習いだ! よろしくな!!」
差し出された手を握りながら俺も応える。
「えぇ〜と、ハジメです。よろしく」
アリシアが俺のことを親指で差して言う。
「ふーん。こいつも見習いみたいなもんだから、仲良くしてやってね」
「勿論です!!」
ルークという青年はまだアリシアと話したそうだったが、用事があるようだった。
「じゃあ、俺はこれで」
それだけ言うと韋駄天という言葉がぴったりの神速で街を駆けた。
気を取り直して店に入ると感じ悪い小太りのおっさんがいた。
新聞を読んでいる手を止めずに目線だけ俺達に移すと、小さく『……らっしゃい』と言った。
アリシアがイラつきを抑えながら、できるだけ柔和に訊いた。
「できるだけ安い探しているんですけど……」
「安いねぇ……」
おっさんは鼻で嘲るように笑う。
そしておっさんは机から資料を出すと、アリシアに雑に渡した。
「ここが安いから、好きに見てくれ」
「どうも〜」
アリシアが俺のところまで来ると小声で言った。
「あいつ……いつか殺すわ」
「それはやりすぎじゃ……」
「ルークのせいで油断してたわ」
「はは、あまり大きな声では言わないでね」
彼女と資料を見ていると、立地も部屋の雰囲気も良さそうなのに、異様に安い物件を見つけた。
「ここ、良さそうなのにめっちゃ安いね」
「そうね、条件付きって書いてあるけど、どう言うことかしら」
彼女が訝しむように資料を睨んでいると、おっさんが口を開く。
「その家はな、とある依頼を果たせたらその値段で取引してやるって話なんだ」
「その依頼ってのは?」
「さぁな、オーナーに訊いてくれ」
おっさんが紙切れにオーナーの住所を書いてくれた。態度こそ悪いものの、仕事はきちんとするようだ。
そして俺達はそのオーナーの元へと足を運ぶ。
おっさん曰く、その物件はおっさんが管理しているわけではなく、オーナーが別にいて、その人が管理しているらしい。
アリシアが紙切れを見つめながら言う。
「この住所は、エーデル街っていうの一等地なの」
「貴族とかがいるの?」
「どちからと言うと、豪商や金融関係に勤める人が多いわね。貴族どもは、ハイリゲスクロイツン城のグラーフと呼ばれる壁の中よ」
帝都ユヴェーレンは、二重の壁で構成されている。一つ目は多くの街を有するプレブス。二つ目は貴族達の住居を囲っているグラーフだ。
そして、城内の中心部に聳え立つハイリゲスクロイツン城は、周りの地よりも数十メートル高く位置している。
アリシアが吐き捨てるように言った。
「つまり、貴族連中や皇族は、私達よりも高い位置に住んでいて文字通り民衆を見下してるのよ」
「そうなんだ……」
彼女が苦笑いした。
「ごめんね、こんな話して」
「大丈夫だよ、俺の元いた世界もそんなもんだったから」
「へー、どこも似たようなものなのね。ねぇ、あとであんたの世界のことも教えてね」
「うん、勿論だよ」
そう言えば、彼女は俺の過去を詮索しようとはしていなかった。俺からあまり話すこともなかったから、彼女は俺の過去について殆ど知らない。彼女の方から軽く訊いてみてくれるのも、少しは信頼関係が構築できたということだろうか。
俺達が辿り着いた場所は、意志の集の本部がある場所よりも、煌びやかな雰囲気だった。
俺が見慣れない景色に呆けていると、背後から誰かがぶつかった。
「おっと、失礼」
それだけ言うと黒帽子と黒外套を纏う小柄な男は、早歩きで去って行く。
「何ぼさっとしてるのよ」
「ごめん」
アリシアが過ぎ去って行く彼の背中を見つめて言う。
「今のは商人ね。これから競が始まるから、それに急いでるんだと思うわ」
商人の街というだけあって、高そうなスーツを着た人々が、あたりを往来していた。
同じ帝都内でも、雰囲気が全然違うことに感心しながらも、目的の場所へと歩みを進める。
ついでに、帝都ユヴェーレンというのは、2枚目の壁、
つまりプレブスの外も入る。ロミルダの家や俺が最初いた森などは帝都郊外と呼ばれているらしい。
そしてとうとう目的の場所へ辿り着いた。
煉瓦造りの3階建ての建物、扉の横にある紫色のランタンが妖しく光っていた。
彼女と2人で入ると、受付に綺麗な女性がいた。
「本日はどう言ったご用件で?」
俺達が要件を伝えると、彼女は『少々お待ちください』と言って、俺達をロビーにあるソファーへと案内した。
暫くすると、先ほどの女性が奥の部屋へと案内してくれた。
応接室と書かれた部屋へ入ると、高貴なスーツに身を包んだ老紳士が座っていた。
老紳士が微笑む。
「どうぞお座りください」
手で招かれたソファーへと座ると、あまりの柔らかさに驚いた。
老紳士が懐から紙を出す。
「わたくしはこういう者でして」
差し出されたのは名刺だった。
「書いてある通り、わたくしはしがない経営者なんです」
アリシアが名刺を見て驚いた声を上げる。
「アハッツ財閥当主のエトヴィンさんですか!?」
「いかにも、エトヴィン・アハッツと申します」
財閥の当主であるにもかかわらず、俺達2人の若人に深々と頭を下げた。
後でアリシアから聞いた話だが、アハッツ家は3代続く誉高き一族だと言う。家族というわけではないが、それに準ずるレベルの議会での発言権や資産を持っているらしい。
「あの、エトヴィンさん。この条件と言うのは?」
アリシアの問いを遮るような形で、同じく高貴なスーツに身を包んだ若い女性がお茶を持ってきた。
その働きぶりに感服した俺達は、無言で会釈した。
お茶を一口飲んだエトヴィンさんが、話を戻した。
「はい、ひとつ頼まれて欲しいことがありまして……。とある魔女と交渉してほしいのです」
「魔女との交渉……?」
俺とアリシアは思いもしない頼みに顔を見合わせた。
「はい、その魔女と交渉してとある魔性石を手に入れてほしいのです」
アリシアが小声になって訊く。
「その魔女というのは?」
「リーゼロッテ・ラーラ・ヴァルプルギスです」
アリシアが大声を出す。
「氷天の大賢者の!? あのリーゼロッテですか!?」
エトヴィンさんは『いかにも』と頷く。
それから依頼の詳細を話された。まだ、受けるか決定していないが、後日答えを出しに来るという形でとりあえずはお暇することになった。
エトヴィンさんは、近くの宿を予約してその代金も払ってくれると申し出た。
「いや〜、説得できるのかな」
「さぁね。彼女は伝説の魔女よ。一財閥であっても力で敵うか判らない、それだけの相手に話し合いで解決ってできるのかしら」
そう、彼がわざわざあんな条件を書いた理由は、彼らであっても歯が立たないからだ。
武力小足をしようものなら返り討ちにされる(実際にやったわけではない)。それにどんな多額の金や金銀財宝を積もうが受け入れないらしい。
(これって詰みゲーじゃね?)
宿に着いてまず思ったことは、宿が豪華で凄いなあということだった。
受付嬢に訊いて知ったことだが、俺達のために取ってある部屋は最上階のスイートルームなのだ。
あまりの待遇の良さに罪悪感すら覚えることとなった。
「これじゃあ、Noとは言えないわね」
アリシアが苦笑した。
「そう、だね……」
俺の顔も引き攣っていたと思う。
「じゃあね」
そう言ってアリシアは俺の隣の部屋へと入って行った。
驚きは止まらない、寧ろここからが本番と言っても過言ではない。
部屋の中は豪華絢爛な装飾で赤と金を基調としたゴージャスなものだ。
午後7時夕食を取るために一階のホールへ行く途中で、思わぬ人物と遭遇した。
「よぉ! ハジメさっきぶりだな」
爽やかに笑って手を振る青年が誰か思い出すまでに数秒かかった。
「ええっと、ルークだよね?」
俺が少し自信なさげに言うと彼は笑う。
「おう! 正解!! てかなんでこんなところにいるんだよ」
俺は彼に先ほどまでの事を話した。
彼は腕を組んで聞いていた。
「なるほどなぁ……。多分無理だぞ」
「マジで……?」
彼は頷く。
「ねぇ、何でアリシアのことを敬愛しているの?」
何の気なしに聞いてみるが、彼は間髪入れずに答える。
「2年前にアリシア嬢に助けられたんだ。俺がまだギルドに入る前だったかな、森の中で小鬼に襲われたんだ」
「え? 俺も……」
彼も『え?』と驚いた顔をしたので、俺とアリシアの出逢いを話す。
「なるほどな。俺達は友達になるべくして出逢ったんだな」
「大袈裟じゃない?」
「いや、そんな事ない!! ハジメ、お前は運命の友だ!!」
アイボリー色の髪の毛を逆立たせて言う。よっぽど興奮しているらしい。
「お前の任務手伝ってやるよ!」
「本当!?」
「おう、俺達は友達だからな!」
彼は白い歯を見せてニカッと笑った。その笑顔に俺も連られたのは不思議ではないだろう。