ウルトラ作戦M1号
わたしはカモメ……。
《よーく見てみな》
《あ、はい……って、ゑ?》
言われて透視してみると――――――チャラ男は納得した。プリテンダーの言葉の意味を。
《何か悶えてません? つーか、感じてません?》
トラルテクトリの腹の内で、女騎士が身悶え、喘いでいる。皮というフィルターを通してすら、顔が紅潮してアヘっているのが分かった。
《あいつはドMだからな》
プリテンダーの女が身も蓋も無い事を言った。臭い物は蓋でもしてろってか。
《えっ、最上級なのに!?》
《最上級に居るような奴はどいつもこいつも変態ばっかりだよ》
《物凄い偏見!》
だが、同時に説得力もある。直視ではないとは言え、あんなあられもないアヘ顔を見せられては。
今も消化中にも関わらず未だに倒れない耐久力も凄まじいが、それ以上にダメージを受けて喜んでいる方に驚かされる。確かにドン引きだ。
《おっと、ここからが真骨頂だぞ》
しかし、プリテンダーの女曰く、まだ終わりではないらしい。これ以上の何をドン引けというのか。
《えっ、は? ……急に漲ってますけど!?》
すると、女騎士が腹の皮越しにも分かる程にパワーして、力尽くでトラルテクトリの腹部を縦一文字に引き裂き、野獣のような咆哮を上げて再登場した。
そして、覚醒と同時に暴走状態となり、トラルテクトリの如何なる攻撃にも怯まず、恐ろしい腕力で以て盾の拳を繰り出し続ける。勝敗は決したと言っても過言では無いし、何ならただの虐殺にしか見えない。それくらいの鬼迫があった。
《あれがあいつの装備が持っている能力だ。ダメージを受ければ受ける程にフィジカルが上がり、蓄積値が最大まで達すると、どんな攻撃にも怯まず、相手が死ぬまで殺し続ける狂戦士となる。ようするに、ドMからドSにワープ進化するのさ》
《いや、怖過ぎるでしょ……》
あくまで“怯まない”だけで、ダメージはしっかり受け続けるのがミソである。
《な? 後悔するって言ったろ?》
《はい……》
《あれがお前の目指す、最上級捕食者の姿だ》
《認めたくねぇ!》
プレデターとしては尊敬するけれど、同じ人間としては見られない、チャラ男なのであった。
《……というか、あの人とはどう知り合ったんですか?》
《出会ったのは、あいつがまだ下級だった頃だ。下級時代のあいつは本当に駄目な奴で、アイテムを持ち忘れるわ、道を忘れて迷子になるわ、クエスト内容を忘れるわの失敗続きだったよ》
《へぇ……》
意外な事実に、チャラ男がへぇと唸る。アイテムや順路ならともかく、クエストの内容まで忘れるなよ。お前はプレデター失格だ!
《ついでに超が付く程の不器用で、家事全般が壊滅的な所謂「片付けられない女」だな》
《えぇ……》
その情報は要らない。というか何故私生活まで知っている?
《じゃあ、どうしてそんな駄目っ娘と知り合いに?》
《駄目っ娘だからだよ。あまりにスペクターへの負担が大き過ぎて、私にお鉢が回って来たんだ》
《なるほど……》
それが元で後の最上級捕食者と知り合えたのだから、運命の巡り合わせとは分からないものである。
《それから暫く、私は奴の狩猟を補助する事になったんだが、当然ながら失敗続きだったよ。不器用過ぎて、直ぐに乙りやがるし》
最初のパックンチョを見ているだけに、容易に想像が付く。きっと今以上に不器用かつ不用心で、“避けて反撃する”という発想すら無かったのであろう。
《――――――で、ある日に事件は起きた》
《何が起きたんすか?》
《プレデター生命を懸けた最後のクエストでも、奴はチャンスを物に出来ず、今回もまた力尽きそうだったから、せめて派手に散れとばかりに輝石弾を撃ったんだが――――――ちょっと手元が狂って、あいつに当たっちまったんだ》
《わぁお》
普通に大事件だった。撤退をサポートする為の輝石弾をプレデターに当たるなど、許される事ではない。
《じゃあ、その罪滅ぼしの為に?》
《そんな訳ないだろ》
《デスヨネー》
うん、知ってた。
《そもそも、クエストは成功したんだ》
《は? プレデターが倒れてるのに?》
《まぁ、聞け。……輝石弾は光だけじゃなくて、悪臭や痺れガスを撒き散らすのは知ってるよな?》
《はい》
光でモンスターを怯ませても、やたらめったらに暴れられては意味が無いので、輝石弾には散獣剤と痺れガスが仕込まれている。近付くのは危険だと思わせる事で、撤退までの時間を稼ぐのだ。
《そんな物を食らったあいつは、当然だが麻痺した。……目を明後日の方向へ向けて、口から涎を垂らし、放尿と脱糞をダブルで決めた状態で、べっくんべっくん痙攣し始めた訳だ》
《うわぁ……》
べっくんべっくんて……。
《それにビビったモンスターが逃げ出して、奴はMへの扉を開いた。条件が「撃退」だったから、偶然にもクエストは達成出来て、めでたしめでたし》
《何もめでたくないですよ!?》
むしろ、色々と終わってる気がする。その門出を祝っちゃ駄目でしょ。
《その後、あいつは“受けて反撃する”方向に目覚め、気付いたら最上級捕食者にまで上り詰めてたのさ。んで、きっかけを作った私に恩義を感じたらしくて、それ以来よく付き纏われるようになったんだよ。いい迷惑だぜ》
《何だかなぁ……》
と、その時。
「久し振りだなぁ~♪」《うぉあああああっ!?》
突然耳元で囁かれ、プリテンダーの女が反射的に銃をぶっ放した。
「あはぁん♪」
弾丸の向かう先に立つは、ほんの数分前まで狩場に居た筈の女騎士。鎧の上からとは言え、見事に心臓部へ命中し、痛みと臭いで悶絶している。とても良い笑顔で。折角整った顔をしているのに、ニチャ付いた笑みが全てを台無しにしている。
「フッフッフッ、相変わらず良い物くれるじゃないか」
《しまった、つい反射的に撃っちまった!》
「良いぞ、もっとくれぇっ!」
さらに、そのオリジナルな笑顔のまま、ゾンビの如くにじり寄って来た。
《うぉおおおっ、来るんじゃねぇ!》
「ヤッターハァアアアアアアアン♪」
《無敵かよっ!?》
本能的な恐怖に駆られたプリテンダーの女の反撃を受けても更に喜ぶだけで、止まる気配は全くない。銃弾と剣盾の連打を顔面に受けて何故死なないのか……。
「さぁ、この快感を是非とも味わってくれ! それがワタシの恩返しだぁ!」
《だが断る! 食らえ煙幕!》
「うぉっ!?」
だが、捕まる前にプリテンダーの女は煙幕を展開。チャラ男の手を引いて、空へ退避した。
《飛べっ、全力で! 息吐く間もなく逃げ続けろ! 捕まったら終わるぞ、色んな意味で!》
しかし、すっかり出来上がった女騎士は、蛙のような跳躍力で追い縋ってくる。正直、物言わぬ肉塊になってしまったトラルテクトリの数百倍は怖い。
《何で飛べないのに追えるんだよ!? あの人、本当に人間なんですかね!?》
《化け物だよ!》
《言い切った!?》
本当に身も蓋も無かった。
「待ってくれぇ! 放置プレイは趣味じゃないんだぁあああああっ!」
《《いやぁあああああああっ!》》
その後、リアル鬼ごっこは日付が変わるまで続き、女騎士は仕事中のスペクターに攻撃を仕掛けた罪で、しばらくの間は謹慎する事になったのだった。チャンチャン♪
◆プレデターの装備スキル
プレデターの装備品は基本的に狩った獲物の血肉と化合薬によって稼働しており、その際モンスターが生来より持ち合わせた能力が発現する事がある。これを「スキル」と言い、基本的にプラスになる事が多いものの、偶にどうしようもないマイナスなスキルだったり、呪いとしか言いようのない危険な物が発現する場合もある為、スキルを付与するかどうかはプレデター次第となるが、基本的に上級以上のプレデターは皆スキルを付与している。それ程にこの職業は競争率が激しいのだ。