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水霊からの挑戦

水中戦カァ……ウン、要らナイ!←片○剣使いなノデ(笑)

 辺境の国「アストラン」。

 広大な高原の北端に存在し、中央部の巨大水上都市「テノチティトラン」を東西南北から守る要所の一つである。その為、辺境にも関わらず人の出入りは多い。

 そんなアストランの一区画、プレデターズ・ギルドと併設された、国一番を自称する大衆食堂ことプルケにて。


「姉御、今日はいよいよ実戦ですねぇ!」

「……朝からテンション高いね」


 朝から男女が喧しく騒いでいる。

 否、煩いのはチャラ男だけで、プリテンダーの女は静かな物だ。


「お、また犬が騒いでるぞ」

「臭い雌豚に尻尾を振って、欲情でもしてんのかね」


 そんな二人の姿を遠目に、ヒソヒソと嘲笑うプレデターたち。

 そう、二人の関係はまさに犬と主人。チャラ男は今や完全にプリテンダーの女の奴隷である。舎弟と言ってもいい。チンピラムーブからの忠犬モードになったのだから、冷やかされるのは当然だろう。


「……皆、俺たちの事を噂してますね」

「当然だろう。私なんぞに顎で使われてるのは、お前くらいの物だからな」

「すっかり有名人ですね!」

「ちょっとポジティブ過ぎない?」


 だが、二人は気にしない。プリテンダーの女は元から興味が無いし、チャラ男は完璧に絆されているからだ。

 そう、チャラ男はあの日見た。本物の捕食者の姿を。プリテンダーなどと蔑まれる、彼女の真の実力を。自分と同じスタイルの頂点とも言うべき、勇ましい戦い方を。

 彼は素直に思った。彼女のように成りたい、超えてみたい、と。

 だからこそ、新米は新米らしく、喜んで犬になった。辛酸ではなく、最高の達成感を味わう為に、彼はプリテンダーの女の足を舐める決意をしたのである。


「……それだけ聞くと只の変態だな」

「何の話ですか?」

「いや、何でもない。それより、今日は受けるつもりだ?」

「そうですねぇ……素材も欲しいので、「アビソトル」でも狩ろうかと」

「まぁ、行けなくはないか……」


 ギルドの掲示板と睨めっこした末に、一枚の依頼書を引っぺがす二人。どうやら「アビソトル」というモンスターに挑戦するつもりらしい。


『おやおや、食堂に居ないと思ったら、何処で男を引っ掛けて来たワン?』


 すると、そんな二人に声を掛ける小さな生き物が。テチワのお局様だ。

 ちなみに、二人が食堂に向かわなかったのは、チャラ男が朝ご飯を作ったから。見た目はアレが、彼は炊事洗濯が出来る男だった。どうりであの時、一人だけやたら良い匂いがしていた訳である。乙女か。


『……つーか、あんたはあの時のチャラ男』

「あっ、その節は大変失礼しました。二度とあんな真似はしませんので、どうかお許しを」

『どういう教育を施されたらこうなんだワン』


 ※イチジクとバナナ狩り。


『それはそうと、アビソトルに挑むのワン? 大丈夫かワン?』

「装備で耐性上げてますし……何より姉御に鍛えられてるので」


 そう言って、チャラ男がプリテンダーの女を見据えた。

 そうなのだ。彼は同じ武器を扱う彼女の手解きを、嫌という程に受けている。単純な狩猟だけでなく、“稼業の裏側”とでも言うべき、仄暗い仕事も共に熟している。あのハード過ぎる特訓の数々が、チャラ男を大きく成長させたのであろう。


『なら、わたしから言う事は何も無いワン。精々頑張りなさいな』


 テチワの雌は踵を返すと、ヒラヒラと前足を振って去っていった。本人はカッコ付けているのかもしれないが、単に愛らしいだけである。可愛いは正義だ。


「……それじゃあ、後ろは頼みますよ」

「ああ、安心して逝け」

「文字が不穏だなぁ……」


 そういう事になった。


 ◆◆◆◆◆◆


 鬱蒼とした熱帯雨林の広がるジャングル。豊富な水源と高い気温により、多種多様な生物が群生する緑の楽園。

 しかし、実際は凶暴で屈強なモンスターたちが跋扈する、深緑の地獄である。


《さてと……》


 そんな魔境の入り口に、チャラ男は一人立っていた。プリテンダーの女は切り立った崖の上に陣取っている。これまで何度も繰り返してきた配置ではあるが、今日は何時もの訓練ではなく、師弟を組んでから初の実戦だ。

 獲物は「アビソトル」。水辺に暮らす魔獣で非常に泳ぎが上手く、岸辺を歩く生物を水中から襲い掛かって巣穴に引きずり込み、貪り食ってしまうとされる。

 また、多数の病原体のキャリアーでもあり、噛み付かれるだけでも様々な感染症に罹患してしまう。その癖、好奇心が強く凶暴性も高い為、侵入者に対して積極的に攻撃を仕掛けるというのだから、更に質が悪い。

 しかも、今回の個体は夜な夜な人里までやって来て、畑を荒らし家畜を食害するなど、非常に面倒な奴だったりする。人肉の味を覚えた熊をそうする(・・・・)ように、こんな害獣は手早く駆逐してしまおう。

 ちなみに、アビソトルを生食するのは自殺行為なものの、肉そのものはかなりの美味で、しっかりと火を通せば忽ち高級食材に早変わりする。毛皮は防具の素材にも出来るし、殺してしまえば無駄なく使える優良な獲物である。その分、密猟する輩がわんさか居て、狩る側(プリテンダー)狩られる側(アビソトル)も迷惑しているという裏事情もあるのだが……。


《何処に居やがる?》


 という事で、さっさとアビソトルを見付け出し、今日の報酬と酒の肴にしてやりたい所だが、習性上そう簡単には行かない。水中からの不意打ちに注意しつつ、慎重に探索しよう。


『………………』


 そんなチャラ男を観察する、朱色の双眸。そいつは水中ではなく、樹上から見下ろしていた。

 そう(・・)今までも(・・・・)こうしてきた(・・・・・・)自分が水中に居ると(・・・・・・・・)思い込んで(・・・・・)上が疎かに(・・・・・)なった馬鹿を(・・・・・・)易々と(・・・)仕留めてきたのだ(・・・・・・・・)痕跡もそれらしく(・・・・・・・・)弄っておいたから(・・・・・・・・)バレる心配も無い(・・・・・・・・)

 ……最近ちょっかいを掛け過ぎたかもしれないが、今回もまたきっと上手く行く。



 ――――――ダキンッ! ボフッ!



『ギャオッ!?』

《なっ……!?》


 だが、いよいよ以て死角からの不意打ちを仕掛けようとした瞬間、何処からともなく飛んできた弾丸が空を切り、強烈な臭いをぶち撒ける。仮面越しでも鼻が曲がりそうな悪臭に当てられ、襲撃者――――――アビソトルが木から叩き落ちる。

 その姿は馬鹿デカいイモリだった。全身が黒いゴム状の皮膚で覆われており、腹部だけが赫々としている。顔は典型的なイモリのそれだが、かなりの面長である為、耳の無いコヨーテにも見える。

 しかし、一番の違いは尻尾の先端だろう。本来なら鰭状のそれは、五本指が生えた悪魔の手のような形をしていた。これは関節の自由度を上げた事により、文字通りの“手”として扱うように出来た代物である。この手で獲物を掴み、自分のフィールドたる水中に引きずり込んでしまうのだ。



◆『分類及び種族名称:水棲超獣=アビソトル』

◆『弱点:尻尾の「手」』



 ……まぁ、今のこいつは、まな板の上の鯉よりも大ピンチなのだが。


《フゥ……まぁ、報酬が減るくらいは我慢しろよ》


 そんな有様を高みから見下ろしていたプリテンダーの女は、やれやれと言わんばかりに失笑した。彼女らが弾丸を放つ時、それは一回目の失敗としてカウントされてしまった事を意味する。所謂「一乙」である。

 とは言え、まだ一乙目。それも即死の不意打ちを回避し、タイマン勝負に持ち込めたのだから、チャラ男からすれば感謝しかない。

 だが、プリテンダーの女からのサービスはここまで。立場上、彼女もそうポンポンと助力は出来ないので、後はチャラ男の頑張り次第だ。犬は犬らしく、しっかりと飼い主の役に立とう。


《狩猟を開始する!》

『クシャアアアォ!』


 少しばかりえづいていたアビソトルが、突如として尻尾の手で跳ね上がり、チャラ男へ襲い掛かる。不意打ちの機会処か逃げ道の無い場に叩き落されたせいで、自棄を起こしているのだ。今まで失敗をして来なかった為、“その時”が訪れても急には対処出来ないのである。


《馬鹿が!》


 もちろん、そんなヤケクソボンバーが通じる程、プレデターは甘くない。アビソトルの尻撃を躱し、カウンターとしてシールドバッシュを、


《………………!》


 叩き込む寸前で止めて、一旦距離を取った。


(危ねぇ! 確かアビソトルって皮膚から毒を出すんだった!)


 そう、アビソトルには毒がある。体内細菌が由来の、テトロドトキシンによく似たアルカロイド系の猛毒であり、たった一滴で象を仕留める威力を持っているのだ。その上、毒腺には鋭く硬い骨片が仕込まれていて、衝撃で飛び出す仕組みになっており、下手に攻撃を仕掛けると返り討ちに遭う。アビソトルも自覚があるからか、かなり大振りな攻撃が多い。


《ならば斬り殺す!》



 ――――――ガキィン!



《何ィッ!?》


 だので、盾による打撃ではなく、剣を使った斬撃に切り替えたのだれど、まさかのあっさり弾かれた。本来アビソトルの皮膚はゴム状で斬撃に弱いのだが、一部分を思い切り縮める事により靭性を極限まで上げて、刃を弾き返したのである。


『キシェァアアッ!』


 しかも、その隙を突く形でアビソトルが突進、体当たりをかます。チャラ男は咄嗟に盾で防いだものの、衝撃その物は発生した為、毒針が彼を穿つ。まさに窮鼠猫を噛む。


《……このっ!》

『クァッ!?』


 しかし、チャラ男は血反吐をぶち撒けたりはせず、直ぐ様反撃した。


《こんな事もあろうかと、事前に解毒薬を口の中に入れておいて良かったぜ! 食らえ!》

『ギキィェアッ!?』


 さらに、盾を投擲してアビソトルの尻尾を背後の大木へ縫い付け、完全に身動きを取れなくした上で、脳天に剣を振り下ろす。流石に頭蓋骨のある額に皺を寄せるのは難しかったようだ。


《フゥ……まったく、これじゃあ姐さんに会わせる顔が無いぜ》


 どうにか斃す事は出来たものの、反省点は多い。事前準備をしていたとは言え、課題は山積みである。


《会わす顔が無くなるよりかは良いだろう》


 すると、プリテンダーの女がチャラ男の下へ舞い降りてきた。彼女が来たという事は……クエスト完了の合図だ。


《報酬を三割も減らしやがって。次は気を付けろよ(・・・・・・・・)

《……了解っス!》




◆『クエスト名:【水棲の襲撃者】』

◆『内容:「アビソトル」一頭の狩猟』


  ⇒完了!

◆アビソトル


 ナワトル語で「水面の襲撃者」を意味する。黒ずんだゴム質の皮膚を持つ犬型の魔獣で、尻尾がアライグマの手のようになっており、これで獲物を水中に引きずり込み、眼球・歯・爪のみを削り取って殺してしまう。そして、犠牲者の魂は水神「トラロック」の生贄に捧げられる。

 正体は陸上生活に特化したイモリの仲間。地上での怪我を防ぐ為に分厚い皮膚となり、皮膚呼吸は殆ど必要では無くなったが代わりに嗅覚として転用し、臭気を脳内で映像化する事で高い奇襲性を獲得している(ついでに味覚にもなる)。逆に鼻が良過ぎるが故に刺激臭が弱点ともなる。

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