畑に光る目
本当に怖いノハ……。
チャラ男が銃火器同然の蛇を狩猟し、無事に茸を決めた翌日。
「……よし、今日は害虫退治に行くぞ」
「藪から棒にどうしました?」
今日も今日とて訓練かと思いきや、まさかの駆除業務だった。何でや。
「「プレデター」の仕事ですか? それとも「スペクター」としての業務です?」
「いや、「プリテンダー」としての役割だよ。「スペクター」には任せられない、“臭い・汚い・危険”仕事が回ってくるのさ」
「大分差別されてますね」
「犯罪者だからな」
チャラ男の言葉に、プリテンダーの女がどうでも良さそうに答える。差別、軽蔑、侮辱に罵倒など今更過ぎて、文字通り気にも留めていないのだろう。
しかし、やはり解せない。確かに害虫退治は臭くて汚いかもしれないが、危険な要素は見当たらないのだが……。
「まぁ、付いてくりゃ分かるさ。ついでに修行にもなる」
「は、はぁ……」
何処か納得いかないものの、チャラ男はプリテンダーの女の尻を追い掛ける事と相成った。贖罪の為にギルドから扱き使われるプリテンダーの、修行にもなる雑務とは如何なる物なのか?
◆◆◆◆◆◆
トウモロコシ畑の広がる、とある農家。言うまでも無く、ここが依頼者のお宅なのだが、
「漸く来たのかい。さっさと退治して、とっとと帰っとくれ」
「「………………」」
顔を見るなり悪態を吐かれ、乱暴に扉を閉められた。
何だ、この糞婆は。見た目は気の良い農家のおばちゃんなのに。
「これ、よくある事っスか?」
「偶によくあるな」
つまり、日常茶飯事という事だ。やる気が一気に削がれてしまうけど、拒否権は無いのでやるしかなかろう。
「――――――で、一体何を駆除するんですか?」
「それは見てのお楽しみ。さぁ、行け」
「えぇ……」
何それ、怖い。
《仕方ない、行くか……》
とりあえず、何時もの装備を身に付け、戦闘態勢バッチリで臨むチャラ男。その背中に昨日までの強張りは無かった。
《(トウモロコシ畑に発生する害虫って何だ?)》
代表的な物で言えば、蛾やアブラムシによる食害であるが、果たして……?
《(それにしても、立派なトウモロコシだなぁ~)》
自分よりも遥かに高いトウモロコシ(根元から茎の先端まで約十六メートル)を見上げながら、チャラ男は思う。これ程までに聳え立つには、常日頃からの手入れが不可欠である。あのおばちゃん、口は悪いが農家としてはプロなのかもしれない。
《ん……?》
と、早速チャラ男が何かを発見した。トウモロコシの房に群がる、猟犬サイズもある濃緑色の虫。葉や果実に口吻を突き刺して、尻から甘ったるい汁を垂らしている。間違いなくアブラムシの仲間だ。なるほど、これは害虫である。
だが、馬鹿デカいとは言え、この程度の事で下手なプレデターよりも強いプリテンダーをお呼び出す程の事象なのだろうか?
『ギカァアアッ!』
《わぁ~お》
そう思っていた時期がありました。
チャラ男がアブラムシを攻撃した瞬間、地下から馬鹿デカい蟻が現れた。全身が赤黒い甲殻で覆われた、赤蟻系統のモンスターだ。攻撃能力がまるで無いアブラムシと違って、鋭い牙に強靭な大顎、硫酸並みの威力を誇る蟻酸を持っている。防具があるとは言え、酸を浴びた上で追撃を受ければ、幾らプレデターでも無事では済まないだろう。
『キキィッ!』『クシャアッ!』『ギケェッ!』『ゴキャアッ!』『カァアアッ!』『シャギャァッ!』
《蟻だーっ!?》
さらに、最初の一匹に呼応するかのように次から次へと赤蟻が現れた。蟻だから当たり前と言えばそうなのだが、流石にこれは気持ち悪い。
◆『分類及び種族名称:赫蟻超獣=アスカトル』
◆『弱点:腹部』
《これはヤバいねぇ!?》
七対一は頭数が違い過ぎる。正面から戦っては袋叩きにされて終わりであろう。戦いは数だよ兄貴。
《こうなったら……》
《お~い、言っとくけど、臭い玉なんぞ使うなよ~。商品が全滅しちまうからな~》
《えぇっ!?》
しかも、プリテンダーの女から、まさかの駄目出し。臭いに乗じて煙に巻く作戦は許されないらしい。人命よりもトウモロコシが優先される、そんな職場です。
しかし、本当にどうした物か。蟻は視力が弱いので閃光は意味が無いし、多少罠に嵌めた所で取り囲まれてしまうだろう。大分八方塞がりである。
ならば、どうするか。それが試されているのだ。
《臭いも駄目、光も駄目、罠も無駄……どうしたら……》
『キェエエエッ!』
《くっ!?》
だが、敵は待ってくれない。共生相手を殺そうとする敵を排除する為、アスカトルたちは遠慮容赦無く一斉に襲い掛かってきた。
《(――――――いや、一斉じゃない!)》
すると、チャラ男は迷う事無く踵を返し、全力で敵前逃亡した。職場放棄も甚だしい。
しかし、蟻と人間とでは走力に雲泥の差がある。距離を取れるのは最初だけで、直ぐに追い付かれるだろう。そうなれば、寄って集って食い荒らされてジ・エンドだ。
《……良いぞ、それで良い》
だが、プリテンダーの女は分かっている。だから、後方で腕組みしながら高みの見物である。
『キシェアッ!』
最初の一匹が、チャラ男に飛び掛かる。他の個体よりも頭一つ抜けて大きい、所謂「メジャーワーカー」の個体だ。戦闘力に特化した種類であり、パワーも段違いに高い。牙がガチンガチンと唸り、蟻酸の詰まった毒針が突き出る。
《………………!》
しかし、チャラ男は反撃らしい反撃をせず、回避と逃走に努め続け、
《……今だッ!》
『ギッ!?』
『ギェァッ!?』『ギェッ!』
そして、再び突き出される毒針を盾で殴り付ける事によって、蟻酸を後方へ向けて誤射させ、フレンドリーファイヤーを誘発、二体の「マイナーワーカー」を戦闘不能にさせる。
《フンッ!》
さらに、今度は急反転し、殺られたマイナーワーカーのアスカトル二体を引っ掴んでメジャーワーカーへ投げ付け、蟻酸で甲殻が脆くなった所で切り刻み、ぶち殺す。後続の追撃は死体を壁にして防ぎ切り、再び走り出す。
《せいっ!》
『キェッ!?』『キカッ!?』
途中、二体のアスカトルを落とし穴と痺れ罠で足止めする。トラップが無意味だったのは数に押されるからこそ。既に三体減っているのなら、頭数を減らす為にも分断する方が賢明であろう。そうすれば、残るは二体のマイナーワーカーだけである。
《ドラァッ!》
『ギャッ!?』
先ずは一匹。先行していたアスカトルに剣を投擲、防御の薄い関節を破壊し、右前脚と中脚を切断する。
《はぁあああああっ!》
『ギゲギャッ!?』
そして、転倒に巻き込まれまいと踏ん張った後ろの個体に、カウンターのシールドバッシュを叩き込み、頭部を粉砕。ブーメランのように戻ってきた剣をキャッチして、腹部を破壊する事で脚を断った個体へ蟻酸を浴びせて諸共殺害した。
《ふぅ……》
『『キェアアアッ!』』
《ズワォッ!?》
だが、油断は大敵。敵を斃したばかりのチャラ男に、罠を脱したアスカトルの生き残りたちが襲い掛かる。
《甘い……が、まぁ及第点だな》
『『ギッ……!』』
まぁ、しっかりと成り行きを見守っていたプリテンダーの女が美味しい所を持って行ってしまうのだが。汚いな、流石プリテンダー汚い。
こうして、危険にも程がある害虫退治は終了した――――――のだが、
《おい、仮面は外さない方が良いぞ?》
《え?》
《帰ってみりゃ分かるさ》
プリテンダーの女は、まだ防具を外すなと言う。
「……遅い! それに何て様だ! 畑の半分が駄目になったじゃないか! ギルドへ苦情を入れてやるからね! さっさと失せな!」
その答えが“これ”だった。
報告の為に戻ってみれば、感謝処か罵声と自家製のアツアツなコーンスープをぶっ掛けられた上に追い返された。こんな事ってある?
《本当のモンスターって、何だか知ってるか?》
《………………》
しかし、チャラ男はともかく、プリテンダーの女は声色一つ変えずに言い放つ。
《“人間様”だよ》
◆アスカトル
遊○王風に言うと「神話に出てくるデカい蟻」。幻獣でも何でもなく、本当に唯の赤蟻である。しかも神に脅され人々に自分たちの農耕技術を教える破目になった、ちょっと可愛そうな連中でもある。ミュルミドンを見習え、ケツァルコアトル。
この世界でもやっぱりデカい蟻であり、その上トウモロコシを間接的に荒らす害虫扱いされている可哀想なモンスター。殺される理由は何時も一緒。