悪魔の住む森
《(……嫌に静かだな)》
森の中は、恐ろしく静かだった。鳥の鳴き声処か、虫の羽音さえしない。潜んでいるであろうナニカに怯えているのだろう。さっさとテオナナカトルを採集して引き返したい所だが――――――。
《あった》
道無き道を進み、草木を掻き分けた先にあった開けた場所に、テオナナカトルが群生していた。これらの一部を持ち帰れば良いのだが、そうは問屋が卸さない。
『ジュラァアアアアアッ!』
《うぉあっ!?》
と、チャラ男が広場に一歩足を踏み入れた瞬間、地面を捲り上げて巨大な蛇が姿を現した。全身がトルコ石の鱗で覆われた美しい姿をしており、尻尾の先端がアサルトライフルのような形になっている。
このモンスターは「シウコアトル」。炎と稲妻を身に宿すと伝えられる大蛇で、何故か神の武器としてもカウントされている不思議なモンスターである。
◆『分類及び種族名称:焔熱超獣=シウコアトル』
◆『弱点:尻尾』
『シュララララララッ!』
《速っ!?》
だが、この巨体と頑強な甲殻、それに見合わぬ機動力は単純に脅威だ。初撃の噛み付きを躱しても、長大な身体で素早く円を描かれてしまえば、あっと言う間に包囲網が完成してしまう。
――――――ズダダダダダダダダダッ!
さらに、そこへ放たれる尾部の弾丸でチェックメイトである。これは古い鱗や体表の鉱石を体液で塗り固めた者で、高過ぎる体温と体内電気によるローレンツ力で発射される、所謂「レールガン」だ。
《くはっ……!》
こんな物に乱れ撃ちにされては堪った物ではない。チャラ男は瞬く間に身体を蜂の巣にされ、力尽きた。防具が無ければ即死だったであろう。
とは言え、これ以上の追撃を受ければ確実に死ぬ。
《ま、こうなるよな》
しかし、止めを刺される前にプリテンダーの女が動いた。シウコアトルの頭部とチャラ男の丁度中間点に狙いを定め、構えていたライフルの引き金を引く。その瞬間、特製の臭弾が亜光速で飛んで行き着弾、視界を奪う煙と猛烈な激臭をばら撒き、シウコアトルを退散させる。
「……はっ!?」
《お帰り。随分と早かったなぁ~?》
そして、チャラ男が目を覚ます頃には彼を森の出口まで運び終わっていた。流石の早業である。
「すいませんでした」
《謝罪は要らん。これが私の仕事だからな。それより、どうする? まだ続けるか? それともリタイアするか?》
ここまで挑発されて怖気付くようでは、捕食者云々の前に男が廃る。そもそも、修行を簡単に投げ出しては意味が無い。
「……やります! まだ一乙ですからね!」
《はいはい、お疲れさん。さっさと行って来い》
「はい!」
という事で、もう一回。
《(先ずはシウコアトルについての情報を整理しておかないとな)》
先程の広場を目指しつつ、チャラ男は考える。無策で挑んでもさっきの二の舞だろう。
むろん、武器やアイテムの数は限られているし、切れる手札の数も多くは無いのだが、そこで諦めたら死合終了だ。
《(奴の武器は、あの長い身体と尻尾の散弾攻撃……しかし、本当にそれだけか?)》
シウコアトルが見せた攻撃は、長大な身体を活かした肉弾戦と、尾先の散弾攻撃のみ。更なる隠し玉を持っていてもおかしくはない。伝承を参考にするなら、火炎放射か雷撃辺りか。蜷局を巻かれて蜂の巣にされた挙句、こんがりとローストされるなんて堪った物ではないが、無いとは言えないだろう。
問題は、それにどう対抗するか、である。
《(ならば、どうするか……)》
弱点を探り、考えるしかない。それも今直ぐに。
『ジュルァアアアアッ!』
《それはそうか》
何故ならシウコアトルが大人しく待っててくれる訳が無いのだから。敵が生き残っているなら“次”を想定するし、出る杭は打つに限る。自らが生き残る為に。
『ギャヴォオオオッ!』
《チッ……!》
早速、シウコアトルが蜷局を巻いてくる。囲まれてしまえば勝ち目はない。
だが、どんな攻撃にも隙はある。
《そこっ!》
チャラ男は、ほんの僅かな空間――――――即ち頭と尻尾の接点に出来た隙間へ飛び込み、包囲網を脱した。
『シュララララッ!』
――――――ズダダン! ズガガン! ズドドガァン!
取り逃がしたと見るや否や、シウコアトルが散弾で追撃してくる。
《シッ!》
しかし、散弾は距離を取ってしまえば問題無い。拡散する分、当たる数が多くなければ威力を発揮出来ないからだ。
『バァヴォオオオオッ!』
すると、業を煮やしたのか、口から地獄のような業火を放ってきた。発火性の強い体液に体内電気で着火する事で引き起こしているのであろう。
《やっぱりなぁ!》
だがしかし、持っていると想定していれば、対処も容易い。とは言え直撃寸前の、“残心”をかなぐり捨てた、緊急的なダイブによる回避だったが。
とは言え、隙は隙である。向こうも隠し玉を切った手前、これ以上の追撃は無いだろう。体液の捻出と発電、火炎を押し出す大量の吐息、反動を抑える為の姿勢制御etc……生物の身体で火炎放射をするのは、相当な負担なのだ。
《食らえ!》
『ギェッ!?』
先ずは目潰し。輝石を握り潰して閃光を放ち、シウコアトルの視界を奪う。
《ハァッ!》
『ジュラォ……ッ!?』
その間にチャラ男は地を蹴り、宙を舞い、全体重を込めたシールドバッシュをシウコアトルの脳天に食わらせる。普段なら歯牙にも掛けないパンチであろうが、自分の熱で軟化した甲殻では衝撃を吸収し切れず、結果として脳震盪を起こした。
《お眠りぃ~っ!》
『……、………、………………』
さらに、チャラ男が強力な催眠効果のある煙玉を叩き付ければ、あら不思議。眠れる森のシウコアトルの出来上がりである。
《決着、か……》
そんな両者の様子を、遥か高みの見物をしていたプリテンダーの女が、ライフルをしまった。決着が付いたのだ。
《姐さ~ん! ……はい、茸》
《うん、ちょっと忘れてたわ》
まぁ、クエストは納品までがクエストなのだけれど。決めるぜ、茸!
◆『クエスト名:【七色茸で虹色気分】』
◆『内容:「テオナナカトル」の納品』
⇒完了!
◆シウコアトル
ナワトル語で「トルコ石の蛇」。名前通りターコイズの鱗を持つ大蛇で、炎熱と稲妻を宿す″神の武器”と言われている。そう、まさかの装備品である。地母神「コアトリクエ」とその娘「コヨルシャウキ」との間に起きたお家事情(コアトリクエが誰とも知らない男の子供を身籠って、それにコヨルシャウキが怒って詰め寄った)により生み出され、その結果として何故かコヨルシャウキが殺される破目になった。何でだよ。そうした逸話故か、メキシコの国産アサルトライフルに同名の銃がある。
正体は「テオナナカトル」と共生した蛇。ターコイズ色の外殻は、自身の体液とテオナナカトルの胞子を混ぜ合わせ古い鱗を塗り固めた物で、それらを定期的に移動しながらばら撒いている。テオナナカトルの胞子は体温調節や発電能力にも利用されており、時には武器へと転じる事もある。