やって来たのは
諸行は無常ナリ。
巨木の幹をくり抜いて造られた、文字通りの「木の中のお家」。
《すぎたくんだいしゅき! すぎたくんだいしゅき! すぎたくんだいしゅき!》
「……うるせぇ」
窓際に止まったカラフルな小鳥「ケツァル」の鳴き声で、強引に叩き起こされたプリテンダーの女が、不満気に目を擦って起き上る。
プリテンダーの朝は早くも遅くも無い――――――というか、決まった時間すらない。二十四時間、常勤務だ。クエストが受注され、観測手が欲しいとあらば、真夜中だろうが真っ昼間だろうが関係なく叩き起こされる。丁度、今のような感じに。
まさにノワールブラックシュヴァルツな職場。それがスペクター及びプリテンダーなのである。
……まぁ、彼女の目覚ましボイスに関しては、送り付けてきた同僚のセンスが悪いだけなのだれど。誰だ「すぎた」って。
「こんな日の出前に受注した馬鹿はどこのどいつだ?」
パンツとブラジャーのみという恥じらいの欠片も無い格好で、送られてきた文を見るプリテンダーの女。
ギルドはケツァルを飼いならしており、スペクター及びプリテンダーの一人一人に一羽ずつ伝令役として貸し付けている。このケツァルたちが指令を届けてくれるのだ。ついでに彼らの目覚まし時計も兼ねている。中々にいい迷惑である。
「……「メシカ」? 知らん名だな。新米チームか?」
指令の内容は“チーム「メシカ」による「オセロット」討伐のサポート”。
「オセロット」とは、体長二メートル前後の猫を思わせるモンスターであり、動きは素早いが攻撃が単調で、割と簡単に避けられる為、よく新米プレデターたちの修行相手として狩られる事が多い。
ようするにオセロット狩りは、誰にとっても高みの見物を決められる簡単なお仕事なのだ。あまりにも簡単過ぎて大抵は先を越される物なのだが、今回は別のチームが複数動いているせいで手が足りず、一応は非番の彼女にお鉢が回って来たのだろう。嬉しくも哀しい話である。
「まぁいいさ。一仕事をする前に、飯でも食うかね」
プリテンダーの女は手早く装備を整えると、近場の食堂へ向かった。彼女からしても、この仕事は朝飯前のようだ。
◆◆◆◆◆◆
大衆食堂「プルケ」。国一番を自称する食事処である。味は可も無く不可も無い普通の物だが、プレデターズ・ギルドに併設されているので、利便性という意味では一番かもしれない。
「いやぁ、まさかの朝帰りだぜぇ」
「でも報酬はタンマリだから、今日はもうパーッと行きましょう!」
「「カンパーイ!」」
とは言え、便利な物は便利。故に客入りは多く、飯時ともなれば十数個もあるテーブルが満席になる。今もほら、この通り。むさ苦しい男や汗臭い女が、蒸れに群れて騒いでいる。実に楽しそうだ。
「さてと……」
だが、それもプリテンダーの女が入って来るまで。入店と同時に店内が静まり返る。
しかし、彼女は気にも留めない。幾ら煙たがれようと歯牙にも掛けず、食べ終わったばかりの片付いていないテーブルを選んで席に着く。
「今日は何にするかな」
さらに、そのままメニューを開き始める始末。自分以外の人間など存在していないかのような反応である。
「……おいおいおいおい、何でこんな所にウ○コが落ちてるんだぁ?」
「クセェクセェ、どうなってやがんだよ、この店はぁ?」
「食器だけじゃなくて、クソの始末も出来ねぇのかよぉ!」
すると、プリテンダーの女が座る席を取り囲むように立ち、わざとらしく煽る三人のプレデターたち。初対面の筈だが、何処か見覚えのある顔立ちである。
(こいつら……例の新米チームか)
指令書と一緒に添付された似顔絵に描かれていた、「メシカ」の連中と同じ面だ。まだ出発してなかったのか。
「………………」
馬鹿共の相手をしても仕方が無いので、プリテンダーの女はメニューに視線を戻した。
「おい、テメェの事だよ、糞女!」
「臭くて仕方ないから、出て行けってんだよ!」
「むしろ、慰謝料として食事代を置いてから失せやがれ、クソアマがぁ!」
しかし、そんな真似をされて怒らないチンピラは居ない。思い付く限りの罵詈雑言をプリテンダーの女に浴びせ掛ける。
「………………」
もちろん、プリテンダーの女は動かない。ただ黙って嵐が過ぎ去るのを待っている。
「スカしてんじゃねぇぞぉっ!」
「………………ッ!」
と、そのガン無視振りが癪に障ったのか、遂にプレデターの独りが手を上げた。プリテンダーの女のすまし顔に拳をぶち込む。殴られた衝撃で、プリテンダーの女はテーブルごと引っくり返り、床にキスをした。
「あーあ、触っちまったよ。キタネェなぁ!」
「オラオラァッ! くたばれ、糞女ぁ!」
「お前みたいなプリテンダーは生きてる価値がねぇんだよ!」
しかも、無抵抗の彼女をこれでもかと殴り蹴る。テーブルを中心にして、あっという間に血溜りが出来た。
むろん、誰一人として助けようとしない。プレデター同士の勝手な私闘をギルドが禁じているのもあるが、そもそも前科持ちの臭い女など、死んだ所でどうでも良いのだろう。
『その辺にしとくワン』
否、一人だけ居た。
いや、“一人”ではなく“一匹”だ。鎧を着込み武器を背負った、二足歩行のチワワに似た獣人が、咎めるような目で喋っている。
“彼女”は「テチワ」族。遥か昔から人と共にあり、プレデターやスペクターのお供を務める、友好的種族だ。
そして、この個体はスペクターの「テチワ隊」を率いるお局様でもある。
「何だよ、ゴミ掃除をして何が悪いってんだ?」
『幾らプリテンダーに人権が無いとは言え、流石にこれはやり過ぎだワン。……と言うか、ギルド職員への暴力は普通に罰則だワン。それに床が汚れて傷が付いてるワン。おまえらみたいなペーペーが、弁償出来るとでも?』
「チッ……!」
その上、凄むプレデターたちに怯むどころか、逆に正論をぶちかまして退却させてしまった。流石はスペクターのテチワ筆頭、肝が据わっている。
『甘やかすのは良くないワン』
その後、座り直したプリテンダーの女の向かい側に着席し、彼女を窘めた。
「別にそんなつもりはないよ。ルールを守ってるだけさ」
『そんな事だから舐められるんだワン。ああいう手合いはガツンと言わないと』
「喋る事自体が面倒だから嫌だ」
まぁ、プリテンダーの女は何処吹く風なのだが。何とも注意しがいの無い奴である。
『……何時か身体を壊すワン』
「別に誰も興味ないだろ」
『わたしはあるワン』
「やめとけやめとけ。私は向上心の無い女さ」
『まったく……』
だので、テチワの雌は会話を打ち切った。不毛だし、腹が減るからだ。
『とりあえず、さっさと飯にするワン』
「そうだな。すいませーん、注文お願いしまーす」
ちなみに、今回はテチワの驕りだった。ちゃっかりしている。
◆パテカトル
酒の神であり、リュウゼツランの女神である「マヤウェル」の妻という事ばっかりピックアップされる哀しい男。しかも「マヤウェル」自体が、風の神「エエカトル」との愛の逃避行ばかりを語り継がれている為、恐ろしく影が薄い。私は何のために生まれた。
正体は「センツォン・トトチティン」のα個体。つまりは蟻で言う「女王アリ」ポジション。「センツォン」は基本的に生殖能力を持たないが、一定の条件を満たした個体のみ繁殖する事が出来るようになる。