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故郷は地獄

ざまぁ見ろ。

 アストランから程近い、森の中にて。


『シャァッ!』

《てやぁっ!》


 チャラ男が犬と蛇の合成獣と激闘を繰り広げていた。

 この怪物は「ショロトル」と言い、「金星の化身」であり「ケツァルコアトルの兄弟」でもある立派な神様なのだが、伝承における彼は非常にぞんざいな扱いを受けており、何と実の兄弟たる「ケツァルコアトル」に儀式の生贄として殺されてしまう悲しき最期を辿っている。その為、現代のショロトルという種族も出自の割に弱々しい。精々“ちょっと強めの通常モンスター”の枠をはみ出ておらず、かなり名前負けしている。実情は本当の“神”とも言うべきモンスターたちが異常なだけなのだが……。



◆『分類及び種族名称:飛雷矢超獣=ショロトル』

◆『弱点:両耳(正確には犬の両耳に見える角)』



 しかし、そこは腐っても“神擬き”。その上、今チャラ男が戦っているのは歴戦の個体であり、下級のプレデターが勝てる相手ではない。

 だが、チャラ男も大分経験を積み、力だけで言えば上級相当ではある。まだ昇格試験を受けていないだけの事。その上ともなると、本当に神話級の化け物揃いなのだが。

 そんな高過ぎる天の頂き目指して、今日も彼は努力している。


『フシャアアアッ!』


 と、後ろに跳躍して距離を取ったショロトルが、両脇腹から帆のような皮膜を展開、滑空しながら襲い掛かってきた。これは肋骨に由来する物で、羽ばたきこそ出来ないが、文字通り「飛雷矢」となって攻撃する。鱗と筋肉を擦り合わせて帯電している為、余計に質が悪い。

 まさに速さと威力を兼ね備えた厄介な攻め方であり、これを如何に攻略出来るかがショロトル討伐の鍵となるだろう。



 ――――――ヒュン! ズザザッ……ヒュン!



 飛んでは移動し、また飛んで来る。飛雷矢となったショロトルが縦横無尽、四方八方から電光石火の連続攻撃を繰り出す。


《………………》


 しかし、チャラ男は焦らない。初めこそあたふたと避けた物の直ぐに順応し、物音に聞き耳を立てて動きを予測しつつ、最小限のステップと体捌きだけで躱していく。



 ――――――ヒュン!



《そこだぁっ!》

『ギャォァッ!?』


 そして、狙い済ましたタイミングで輝石を放ち、目を晦ませて撃墜した。幾ら矢のような(・・・)存在でも、あくまでショロトルは生き物。突然眼に光矢が刺されば怯んで体勢を崩し、失速した末に落下するのは目に見えている。こうなってしまえば、こちらの物だ。


《死ねッ!》

『ギゲァ!?』


 チャラ男の剣盾ラッシュで弱点である角をへし折られ、追加でボコボコにされたショロトルは、血の涙を流しながらくたばった。


《……おっと!?》

《良く避けたな》


 だが、休む間も無く、今度はプリテンダーの女から奇襲を受ける。先ずは狙撃、遮蔽物に隠れた所で接近戦を仕掛けられた。プレデターの装備ではなくスペクターの武器を手にしているのを鑑みるに、そういう事(・・・・・)だろう。

 つまり、今から二人には、ちょっと殺し合いをして貰います。


《またっスか、姐御。少しは休ませて下さいよ~》

《ばーか。こういう時(・・・・・)だからこそだよ》


 そう、最近のチャラ男は「モンスターの狩猟→プリテンダーの女との殺し合い」というルーティンを繰り返している。モンスターと人間の両方を相手取らねばならない、自らの仕事を骨の髄まで叩き込む為である。大抵の場合、標的は密猟や追剥ぎなどの“剥奪者”なのだから、一番嫌なタイミングで不意打ちするに決まっている。


《さて、次は……》

『キュィィィッ!』


 しかし、まだ始まったばかりの所でケツァルが到来し、訓練(?)は中止となる。何せ“緊急”の文字が添えられた赤札(クエスト)を携えていたのだから。


《まったく、良い所で邪魔しやがって。どれどれ――――――」


 クエスト内容を見たプリテンダーの女が眉を顰める。


《どうかしました?」


 様子のおかしい彼女の姿に、チャラ男が首を傾げた。


実地調査(・・・・)だとよ」

「実地調査? それも緊急で、ですか?」

「場所が場所だからな」


 プリテンダーの女が答える。


「滅びの都「ミクトラン」の調査だよ」


 ◆◆◆◆◆◆


 アストランをも越えた、北の最果てに存在する古代都市「ミクトラン」。

 かつて滅び去った文明の遺跡が点在しており、地下に多層の空洞が広がっている為、非常に地盤が脆く、歩くだけでも死が隣り合わせの危険地帯でもある。故に普段は“禁足地”扱いだ。


《ここが「ミクトラン」っスか》

《薄気味悪い場所ね》

《そりゃあ、滅びの都だからな。土と青草、それから“死”の臭い……ゾクゾクするなぁ!》

《悶えるな究極完全変態》


 そんな激やばスポットに、四人の男女が居た。言うまでもなく、チャラ男、魔女っ娘、女騎士、プリテンダーの女である。チャラ男たちがスリーマンセルで動き、プリテンダーの女がバックアップを行う手筈だ。広範囲を調査するには人手不足感が否めないが、緊急とは言え中央を巻き込んだ大調査をするような段階でもないので、この人数に絞られているのだろう。替えの利く人材と、殺しても死ななさそうな奴を生贄に捧げたと言われれば、それまでなのだが……。


《そう言えば、場所がミクトランだからヤバいってのは分かりましたけど、何で緊急案件なんですかね?》


 ふと、チャラ男がプリテンダーの女に尋ねる。


《元々別班が先行調査していたみたいなんだが、そいつらが戻ってこないそうだ》

《では、救助が目的だと?》

《死体を探す事になるだろうがね。本命は“死因”の方だろうよ。……じゃあな。後は若い人たちで》


 すると、プリテンダーの女は言うだけ言って、さっさと観測位置へ飛んで行ってしまった。何時ものルーティンと言えばそうなのだけれど、どうにも様子がおかしい。この地に(・・・・)足を着けている(・・・・・・・)のが嫌なようだ(・・・・・・・)


《………………》


 そんなプリテンダーの女を、魔女っ娘が睨み付けていた。


《何だ、二人して。ここに何か因縁でもあるのか?》


 と、二人の様子を観ていた女騎士が疑問を呈する。流石に最上級プレデターなだけあって、人をよく見ているのであろう。これで変態じゃなければ言う事ないのに……。

 すると、魔女っ娘が不快感を顕わにしながら答えた。


《生まれ故郷だよ。……アタシとアイツのね(・・・・・・・・・)


 ◆◆◆◆◆◆


《あいつら何時までくっちゃべってんだ……》


 一方、狙撃位置に着いたプリテンダーの女は、喋ってばかりでロクに調査を進めない三人を見下ろしながら溜め息を吐いた。とは言え、愚痴を溢すだけで仕事はきちんと熟している。


(――――――またここに来る事になるとはな)


 否、口には出さないが、割と上の空だった。無理もない。ミクトランの入り口「ミキーニ」――――――ここは彼女の故郷(・・・・・)だった場所(・・・・・)なのだから。

 そして、プリテンダーの女の脳裏に、在りし日の記憶が蘇る……。


 ◆◆◆◆◆◆


 最北の国家都市「ミクトラン」。

 「Ω」字に囲われた内海を中心とした港湾都市でもあり、西側は外洋とも繋がっている為、海産資源と海上貿易によって発展を遂げてきた。中央処か末端の小さな村でさえ富豪と言っても差し支えない程だ。

 だが、同時に太陽神「ククルカン」を信奉し、供物と言う名の生贄を捧げる事を肯定する、現代の価値観で言えば“野蛮な国家”でもあった。

 そんな血生臭い文化を是とする国の中でも、特に業の深い場所――――――それが“生贄の郷”「ミキーニ」である。「ククルカンのお気に入り」とも「太陽神のお膝元」とも言われており、年に一度“無垢なる生娘”を供物とすれば、豊穣と豊漁が約束されるという。全を生かす為に個を切り捨てる、素晴らしい掟だ。


「………………」


 そのカルマに満ちた村ミキーニにて、少女は生まれた。雪のように白い髪、陶磁器を思わせる柔肌、鮮血よりも赫い瞳を持つ彼女は、村はおろか国家レベルで見ても浮いていた。だからこそ人々は少女を最高の供物と崇め、持て囃し、“その日”に備え、丹精込めて育て上げた。

 神にその身を捧げる、記念すべき日の為に……。


「物は言い様ね」


 無駄に豪勢で落ち着かない部屋の真ん中で、少女は赤く染まった布団を見下ろしながら、死んだ目付きで吐き捨てた。秘部より溢れ出た血の蜜は、彼女が大人になった証。つまりは一番美味しい時期(・・・・・・・・)である。


「あら、まだ起きてたの、お姉ちゃ~ん?」


 と、勝手に部屋に上がり込む者が一人。顔立ちはそっくりだが、髪は黒く肌の色も一般的な、同い年くらいの少女。生贄の少女の実妹だ。その顔は狂気の笑みで満ちている。


「……勝手に生贄の間に入るのはご法度なんじゃないのか?」


 そんな彼女を見て、生贄の少女はどうでも良さそうに呟いた。

 そう、ここは生贄の間。神への供物を祀る為の祭壇。例えそれが家族であろうとも、許可無く上がる事は許されない。尤も少女たちの家は神事を取り仕切る立場なので、案外どうとでもなるのだが。


「知らないわよ、そんな事。それより気分は如何かしら? いよいよ以てその日が来た訳だけれども?」


 黒髪の少女が憎々しい表情で煽る。


「これから死ぬ奴に、そんな事を聞いて意味があるのか?」


 しかし、生贄の少女は全く堪えていなかった。心底どうでも良さそうである。


「大ありよ、この疫病神!」


 だが、黒髪の少女にとっては面白くなかった。生贄の少女の態度も、待遇も、何もかも。


「アンタがそんな物珍しい姿で生れてきたせいで、何時もアタシはオマケ扱いよ! “神の子の片割れ”だの“成り損ないの妹巫女”だの、もううんざりなのよ! アンタは良いわよねぇ、蝶よ花よと育てられて、誰も彼もから大事にされてさぁ!」

「………………」


 黒髪の少女に胸倉を掴まれ、揺さぶられながら、生贄の少女は短い半生を思い返していた。

 物心が付く頃には“神の子”と称され、まるで腫物の如く扱われる毎日。他人ならまだしも、我が子に向かって何だ、その張り付いたような笑みは。これならまだ顔無し(シペ・トテック)の方がマシだ。


「でも、それも今日で終わり! やっと……やっと居なくなってくれるんだもんねぇ、お姉ちゃん!? アタシ、ずっとずっと待ってたんだよ!? これで皆、アタシだけを見てくれる! お父さんも、お母さんも、村の皆も、アタシを大事にしてくれる! 本当に長かったわぁ、あはははははははは!」

「………………」


 この子も、昔はこうではなかった。幼いながらも姉と慕い、一緒に遊んだりもした。

 しかし、村が、掟が、両親が、それを良しとしなかった。神の子と同列など、許される事ではない。少女に近付き遊ぼうとすれば引き離され、話し掛けるだけでも罵声を浴びせられた。初めは泣きべそを掻いていたものの、やがては無表情となり、今では憎しみの篭った物となった。


「まぁ、最後くらいは話してあげようと思ってね。アタシの鬱憤を聞いてくれて、ありがとう。……バイバイ、お姉ちゃん」


 そう言い残して、黒髪の少女は部屋を去った。姉を捨て置いて。


「……本当に、下らない」


 どうして、こうなってしまったのか。他にどうしようも無かったのか。



 ――――――ズズッ、ズズズ……!



 すると、外から何かが擦れる音が、螺旋状に生贄の間を取り囲み出した。まるで、巨大な蛇が蜷局を巻いて締め上げるかのように。ククルカンが来たのである。


「こんな馬鹿馬鹿しい事に、付き合ってられるか」


 ふと、生贄の少女が股を弄り、棒状の物体を引き抜いた。女性が自らを慰める時に使う道具に似たそれは、この日の為に彼女が秘密裏に用意していた“武器”だ。


「こんな臭い女でも食いたいかね、神様?」


 中身は様々な排泄物や死骸を混ぜ合わせて熟成させた臭気物質。嗅覚の鈍い人間でさえ、ほんの僅かでも嗅いでしまえば卒倒して後遺症が残るレベルの激臭を放つ、恐ろしい化学兵器である。それを遠慮容赦無く解き放ったものだから、さぁ大変。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 外でククルカンが大暴れしているのが分かる。生贄の少女はさっさと目鼻を塞いで、音と感覚だけを頼りに脱出していたので無事だ。


「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」


 少女は走る。後ろなど目もくれず、夜陰と混乱に乗じて、闇の中へ一目散に逃げる。神の御尊顔も、村人たちの顔も、見たくない。



 ――――――ガォォオオオオン……ッ!



 文明が崩れ去るような轟音が、遠方から聞こえる。


「………………」


 満月の美しい高台まで行った所で、漸く振り返った少女の目には、


「ざまぁ見ろ」


 何も映っていなかった。自分と同じ、真っ赤な火の海以外は。

 こうして生贄の少女は晴れて自由の身となった……と言いたい所だが、こんな大惨事を見逃される筈も無く、テオティワカンから駆け付けたギルドに御用となり、永遠の罪人として「プリテンダー」の仲間入りを果たす事と相成ったのである。

◆ミクトラン


 ナワトル語で「死の都」を意味する、アステカ神話における冥界。死の神「ミクトランテクトーリ」と死の女神「ミクトランシワトル」が主宰を務め、戦死や産死など様々なジャンルで死者の行くべき場所を定めている。後に侵食して来たキリスト教によって「地獄」として扱われるようになったが、実際はエジプト神話などの「冥界」に近い世界観であり、善悪の関係なく死者は一律でここへ送られる。

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