夢幻からのパスポート
大衆食堂「プルケ」。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ!」
昼飯前の微妙な時間に、魔女っ娘が滅茶苦茶に自棄食いしていた。オススメ定食を五人前くらいペロリと平らげ、今や六人前に差し掛かっている。こんな小さな身体の何処に収まるのかは不明だが、気にしたら負けであろう。プレデターなんて皆こんな物だ。
さて、彼女が一体どうしてこんなにもドカ食いしているのかというと、
「飯! 食べずにはいられない! このアタシが、こうも立て続けにクエストを失敗するとは……あァァァんまりダァァアァもぐもぐもぐもぐぅ!」
御覧の通り、クエストに失敗したからである。初陣のチャンティコこそ止めを刺せた物の、プリテンダーの女とチャラ男の力添えがあったからであり、その後に関しては完全に自業自得の惨敗三昧だ。
『何だ、また失敗したのかワン?』
すると、そんな傷心中の魔女っ子に、テチワのお局様が話し掛ける。こちらも大盛り定食をモリモリである。
「そういうアナタも何かミスでもしたんですか?」
『おまえと一緒にするなワン。単に徹夜明けで疲れてるだけだワン。新米の子が怪我して、シフトに穴が開いたのよ』
「あらま」
『まぁ、後輩のケツを拭うのは先輩の役目だワン。そもそも、わたしはリーダーだからね』
「………………」
何処かの唯我独尊と違って、しっかりと上に立っている。
『まぁ、失敗は誰でもあるワン。問題はそれをどう次に活かすのか、だワン』
「……どうすれば良いと思います?」
『おや、今日は随分としおらしいわね。よっぽど酷い目にあったようねぇ?』
「聞いてくれますか?」
『どんと来いだワン!』
「実は――――――」
お局テチワの言う通り、今の魔女っ娘はしおらしく、どうにも行き詰っているようだった。そのせいか、突っ張り気味な彼女も、ついつい弱音を相談という形で吐いてしまった。
『なるほど……まぁ、普通におまえが悪いワン』
「デスヨネー」
そんな事は、言われるまでもなく魔女っ娘自身が良く分かっている。だからこそこうして悩み、不貞腐れているのだ。
しかし、流石に罵倒だけで終わる程、お局テチワも無情ではなかった。
『ようするに、まだまだ修行不足って事だワン。今のおまえに一番必要なのは指南役だワン。どうせその戦い方も、我流なんでしょ?』
「うっ……」
全く以てその通りである。魔女っ娘がプレデターを目指した時、彼女の知人は一人残らず死んでいたのだから、当然の事だ。装備も技も全て借り物。託してくれた人も、既にこの世を去っている。魔女っ娘はずっと独りぼっちだった。
『ちなみに、装備や狩りのスタイルを変える気は?』
「……それだけは、出来ません」
お局テチワの質問に、魔女っ娘が俯いて返す。今の装備は、どうあっても譲れない物であるらしい。それは拘りというより、意地や脅迫概念に近い物がある。
『……仕方ないワン』
「えっ、修行を付けてくれるんですか!?」
『んな訳あるか。テチワの戦闘スタイルなんて、何の参考にもならないワン』
それは本当にそう。
『わたしは教えてやれないが……良い人材なら知ってるから、そっちを斡旋してやるワン』
なるほど、有難い提案である。
「……それって、あの女とかではないですよね?」
『ちゃんとプレデターを紹介するワン。おーい!』
と、お局テチワが、遠くの席でポツンと食事を楽しむ女騎士風のプレデターに声を掛ける。
「おや、どうしたのだ?」
『――――――こいつはどうしようもない奴だが、これでも最上級プレデターの一人だワン。武器は一通り扱えるし、何なら並みの上級プレデターより使い熟せるワン。だから、こいつに……』
「おいおい、いきなりだな。話に付いていけないのだが?」
『それは、かくかくシキ○カで――――――』
親し気に話す二人の姿を見て、魔女っ娘が驚く。
最上級戦士と言えば、彼女からすれば雲の上のような存在であり、おいそれと話し掛けられるような相手ではない。そんな頂点の一角が何の因果か、話すどころか稽古まで付けてくれる事になるという。これは渡りに宝船、心躍らずにはいられなかった。
「よろしくお願いします!」
「あい分かった。迷える後輩を導くのも先輩の役目という物だろう」
「やった! ……っと、何か緊急のクエストが来ましたね」
さらに、都合の良いタイミングで緊急性の高いクエストが発注された。
内容は“「タモアンチャン」と「アストラン」を繋ぐ街道にて、暴風の蛇神「エエカトル」と空の悪霊「ツィツィミトル」が出現、行商人が立ち往生しているので救助を求む”という物。これは是非とも女騎士とチームを組んで、ご指導ご鞭撻をお願いしたい所だ。
「受けましょう!」
「そうだな。修行云々は置いておくにしても、遭難者の命は一刻を争うだろうからね」
『頑張るワ~ン♪ わたしは寝るから~♪』
「「お疲れ様です」」
そういう事になった。
しかし、魔女っ娘はもう少し考えるべきだったかもしれない。憧れの存在である筈の最上級戦士がポツンとテーブルに座り、お局テチワに“どうしようもない奴”呼ばわりされていたのかを。
具体的には、女騎士がご執心なプリテンダーの女に聞けば、一発で分かったのだが……。
◆エエカトル
ナワトル語で「強い風」を意味する、暴風を巻き起こす蛇神。「ケツァルコアトル」の化身ともされており、その力は月と太陽をも突き動かす程だと言われているが、人間の少女「マヤウェル」に恋を抱くロマンチストな一面もある(立場が違い過ぎるせいで悲恋に終わるのだが)。
正体は蛇に似た巨大な蜥蜴。特に有毒有鱗類の絶滅種「モササウルス」に近い系統の生物で、地を這い空を飛ぶよりも、泳ぐ方が得意。ケツァルコアトルの若齢形態でもある。




