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開かれた倉庫


 波止場にはたくさんの帆船が浮かび、秋の終わりの柔らかな日差しが波間に反射してきらめいている。


 老執事マガウルは警戒しながらゆっくりと振り向いた。


 よく晴れた秋空の港に2人の中年の男女が見える。ひとりはハゲた筋肉質の男で、武器が無いので拳闘家だろう。もうひとりは好戦的な目つきをした狐の獣人で、細長い耳と狐の尾を生やしている。


 中年2人は気楽な態度を装っていたが、わずかに垣間見える身のこなしから相当のレベルを誇っているのは明らかだった。


(……ランクはAかの。Sランクではあるまいが……しかしいずれもわしより強い)


 見た瞬間にマガウルは自分の敗北を悟った。しかし諦めたわけではない。


「……どちら様でしょう。わたくしめはツイウス王国アラールク様の執事で、マガウルではなく『マグ』という名でございます」


 マガウルはバカ丁寧なレテアリタ語を口にして深々と頭を下げた。無論、いつ襲われても良いよう警戒しながらだ。


 一応誰何はしてみたものの、マガウルには2人が何者であるのか検討が付いていた。


(……月のジビカか、アクシノの差配じゃな。それ以外でわしが今、この港に居るとわかるはずがない。しかも連中はわしが「マガウル」で、殺人者だと知っておる……月のアレはわしに詳しくないはずだから、アクシノかの?)


 マガウルが深々と礼をしてやったのに、中年2人はニヤつくだけで名乗りを上げなかった。


「瞬きする間に5人は殺すんだってね、マガウル?」


 狐の女が言い、マガウルは新たな情報を得た。


(——この女は、ほとんど確実に叡智持ちじゃの。叡智系の冒険者はこうやって自分の知識をひけらかすのを好むし——交渉の余地がある場合、戦うよりも交渉をしたがる……)


 老獪な執事が予想した通り、狐はケラケラと笑いながらマガウルに尋ねた。


「ねえマガウルさん、戦うのはよさない? あたしも旦那も手加減は苦手なんだ」

「だなあ。俺ァ殺してしまいそうで怖いよ」

「あたしも“半殺し”は苦手だね——ねえマガウルさん、あたしらはとある理由であんたを止めなきゃダメなんだけど、理由はわかるだろ? ()()この街から子犬を持ち去られちゃ困るんだ。もし大人しくしてくれるならこちらの手の内を少し明かすから、旅行は今度にしてくれないか?」


 短い会話で殺人鬼は自分の知るべきことを知った。


(なるほど……相手はわたしの倉庫に隠された子犬が望みか。殺人鬼のわしに復讐したいとか、フィウ様の奪還を狙っているわけでもない——叡智持ちは誰もがそうだが、おしゃべりが過ぎるの)


 マガウルにとってこの情報はありがたい。


「……ご存知でしょうが、常世様の倉庫は術者が死ねば永久に失われます。倉庫の中身はすべて常世様のものとなり、たとえ星辰の神であっても手出しできなくなる」


 〈常世の倉庫〉というスキルを持つ者にとって、敵が自分の命ではなく倉庫を目的とする場合ほど有利な状況はなかった。


 相手は自分を殺せないが、倉庫持ちにそんな制限は無いからだ。


「——それでよろしいか? なら、わしを殺してみるが良い」


 軽く脅迫し返してやるとAランクの2名は嫌そうな顔を見せ、おしゃべりな叡智持ちの狐が口を開いた。


「面倒だねぇ……だから断ろうよって言ったのに」

「だけど相手は例のあの人だぞ?」

「バカだねぇ、断っても歌様を裏切ったことにはならないし、そうすりゃ『天罰』なんて無かったんだよ!」


 マガウルはさらに情報を得た。


(……嫌じゃのぅ。「例のあの魔女」まで絡んでおるのか。2人が邪神ファレシラからクエストを受けているとなると、こちらも安易に2人を殺すべきではないの。報復として、首吊りの木と同じ目に合わされるかもしれん——なら、)


 老人は早口に〈常世の倉庫〉の詠唱をした。


 Aランクの冒険者らは警戒した顔を見せたが、詠唱の文句が〈倉庫〉だとわかると警戒を緩めた。


「よしてよおじいさん、今さら常世の倉庫だなんて……モンスターを詰めた箱でも開くのかしら?」


 狐の女が気だるい口調で笑った。


「無駄さマガウル。あたしたちは〈倉庫〉程度のスキルじゃ止められないよ」


 相手はAランクだ。女の軽口には根拠がある。


「……ご明察の通り、わたくしめは〈常世様の眷属〉ですから、倉庫を開いてモンスターを呼び出すだけでございますよ」


 マガウルは深々と礼をしつつ、常世の〈眷属〉だけに許された裏技を使った。


 通常の倉庫持ちは「自分の倉庫を開く」ことしかできないが、常世の女神から直接の加護を受けた眷属は、「自分の倉庫の中にある、別の倉庫を開く」ということができる。


 自己言及的なこのスキルは世界でも数人であろう〈常世の眷属〉だけに許された特権で、MP消費が莫大なため多用はできないが、こういう場合にとても役に立った。


 うまそうなカレーの香りに混じって甘いバニラと腐敗した血の臭いがする。


「コッ……ココッ、こンちわ……?」


 港に浮かぶ船のマストに止まった鳥たちが、その異様な姿を見て一斉に悲鳴を上げた。


 マガウルがお嬢様の屋敷に開いた出入り口から、アン=シュコニが不思議そうな顔で這い出して来た。


 この怪物は基本的に笑わないし、マガウルは「これ」が泣くのを見たことがない。


 しかしアン=シュコニは、よくこうやって不思議そうな顔だけは見せた。


 お嬢様が作り上げた「物体」はツイウス風の黒いメイド服に身を包んでいて、バケモノは秋の日差しを眩しそうに仰ぎ、海や船を見回した。


 流れるような金髪と青い瞳——見た目はシュコニに似ているが、これは決して死んだメイドと同じモノではない。


 死人を思わせる青白い肌は、実際、お嬢様が殺人犯の皮を縫い合わせて作った皮膚だ。頬の両側に走る縫い跡は、少しでも見栄えを良くするために赤いインクで入れ墨されている。


 ガラス玉のような青い瞳は鬼のお嬢様がツイウス王家をぶん殴って——もとい、“平和的に交渉”して、国宝の眠る宝物庫を開かせて入手した「魔眼」になっている。


 その全身を支える骨格には長らく鋼鉄が使用されていたが、錆と重量がどうしてもネックで、つい先日、マガウルの飼う黒竜の尾から奪った竜骨にアップデートされた。


 竜は独自の文化を持つし、個体ごとに名前を持っているのだが、老人は捕獲してから5年になる黒竜の名前すら知らない。そもそも奴と会話する気が無かったためだが、あの時はさすがに名も知らぬ竜を哀れに思った。


 あの日フィウお嬢様は2本の角を伸ばし、月の言葉で「ヤト」と呼ばれる種族の力を存分に発揮して黒竜と戦った。マガウルやアンも手伝うつもりだったのだが、髪や瞳を真紅に変えたお嬢様は単独で竜をボコボコにし、素手で尾を引きちぎった。


『うおおお!? てめえっ、小娘っ! いつか絶対お前を噛み殺してやる!』


 竜は激怒したが、月の雑草にシュコニを殺されたフィウは月の種族のすべてを嫌悪していて、竜と目を合わさず、声も聞こえていないような顔で老人やアンに微笑んだ。


『やった☆ これでお姉ちゃんを軽くて丈夫にできます☆』

『だだダだ、ダイエッ!?』

『はい☆』


 フィウはすぐに屋敷へ引き返し、老人は憤慨する竜に包帯を巻いてやった——……。



  ◇



「——まずいよアンタ! 叡智様が“激戦”を警告!」


 そうして造られたアンを前に、狐の女が叡智からの警告を伝た。禿げた男が驚く。


「……はあ? こんな小娘が?」


 老人は気軽な調子でメイド聞いた。


「アン、お嬢様たちは倉庫でどんな様子じゃ?」

「ごごっ……ごはっ」

「ああ、カレーをお運びしたのか」

「そそそ。でッ、ここッ、ど、どどッ……どこ?」

「ラーナボルカの港じゃ」

「……ミナトッ!」


 マガウルは2人の冒険者を指さした。


「それよりもアン、あれを見ておくれ」

「なっ、だだダだ、だれっ!?」


 アンはシュコニに似た声を出したが、声はところどころが奇妙に裏返っていた。


「あレ? て? テテ、テキッ? ァれ、テキ!?」


 アンは老人の言葉の意味を必死に理解しようとしていた。


「正解じゃ。お嬢様を狙う『敵』がいるから、殺さない程度にボコボコにしておくれ。でなければお嬢様に危険がある——いいか、半殺しじゃぞ?」

「…………りょ」


 指示を下すとアン=シュコニはゆらりと体を倒し、両足の裏に仕込まれた魔法陣を発火させた。


 パン、と乾いた爆発音を出してアンは宙を舞い、


「ころ」

「——いやいや、だから殺しちゃダメじゃって」

「りょ?」


 老人の警告を聞き流して、中年夫婦に飛びかかった。




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