表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/158

人狼の夜


 邪神がいくら隠そうと彼の故郷は頭上の闇に浮かんでいる。


 半月の騎士団は寝静まった街を静かに行軍し、どこからともなく差し込んでくる青い月明かりを受けて夜の街に影を落とした。


「……鑑定」


 小声でつぶやくとハッセの全身が一瞬だけ光り、騎士団長は仲間内だけに通じるハンド・サインで後方に付く騎士たちに合図した。


 ハッセらは今、ラーナボルカ様に貸与された銀色の鎧を脱ぎ捨て、故郷から持ち込んだ黒い全身鎧に身を包んでいる。赤いマントには騎士団のシンボルがある。剣を表す十字と、奪還すべき聖地を表す半円だ。


 黒い鋼鉄の兜をかぶった。視界は悪くなるが、顔を見られるわけにはいかない。


 兜には角を通す穴が開けられていて、騎士団長は赤い2本の角を生やし、後方の仲間たちへ指を3本立てた。


 3、2、1……とカウントダウンしていく。


 彼らの目の前には改装中の商店があり、ハッセが最後の指を折ると、騎士団の全員がスキルを発動した。


〈〈 ——ダラサ金棒術:マスター・キー—— 〉〉


 まずは配下の2名の「鬼族(きぞく)」が金棒で木のシャッターを破壊し、


〈〈 ——鬼炎術:鬼火—— 〉〉


 後衛の鬼族が空中に浮かぶ青白い火の玉で照明を確保した。


 鬼火に照らされながら騎士団が商店になだれ込む。


「——鑑定!」

〈あったぞ、そこだ!〉


 ジビカ様が叫び、店の奥、一番豪華な棚にロスルーコ様の牙がある。


 ハッセがそれを掴むと同時に後衛の倉庫持ちが〈常世の倉庫〉を開き、牙を投げ込むと同時に閉じる。


「退却!」


 兜越しに怒鳴ると同時に店の2階で物音がしたが、もう遅い。騎士団は素早く商店を離れ、旧市街の小さな公園まで走った。


 見えない故郷からの月明かりに照らされながら兜を脱ぐ。緊張と喜びで息が上がっていた。


「よし、()()()()()()成功だ……!」


 小声でつぶやくと団員たちは口々にダラサ語で喜びをつぶやいた。夜中に叫ぶような馬鹿はこのチームにはいない。


 叡智様の予想通り、ロスルーコ様の亡骸を仕入れた商店は複数あった。ラーナボルカ様が部下を使って調査してくださり、少なくとも3軒はあると教えてくださった。


 問題は、他の2チームだ。



  ◇



 深夜の静寂に小さな羽音が響く。


 厚着しすぎて暑いのだろう。吸血鬼のこども店長は自分の店の1階に潜み、背中に生えた蝙蝠の羽をパタつかせていた。


 吸血鬼のパルテは厳密に言うと蝙蝠の獣人で、紳士服の背中に通したスリットから出した2枚の黒い羽はただの飾りだ。鳥系獣人と同様に小さな羽では空を飛ぶことはできないが、扇風機に使うことは可能だった。


「シーにゃ、テンチョー。羽音がうるさい」

「おう?」


 獣人のミケが三角耳を苛つかせながら警告した、その直後だった。


「——2階すか!?」


 頭上から窓ガラスの割れる音が響き、ムサが叫んだ。脳内に叡智の舌打ちが響く。


〈——くそ、飛べるやつがいたか!〉

「2階に飛べるやつが——」


 俺はアクシノの神託を伝えようとしたが、声を打ち消すように1階の間口を覆った板が吹き飛ばされた。


〈〈 ——ダラサ金棒術:マスター・キー—— 〉〉


 挟み撃ちだ。


 そう認識した瞬間、全身を黒鎧で包んだ強盗団が店の1階になだれ込んで来た。俺を含めた三本尾は誰もがあっけに取られたが、パーティのリーダーだけは違った。


「——にゃ? 良い度胸」


 一匹の子猫が「鑑定・連打」で全身を明滅させながら強盗団に飛びかかり、片手だけで腕力6千を誇る霊爪シュコニを強盗のひとりに突き立てた。一瞬で賊の命を刈り取る。


〈——強盗を撃破しました。経験値を——〉


 アクシノのアナウンスが終わらない内にミケは追加の2名を始末し、


「やめろミケ、殺しちゃダメ!」

「にゃ?」


 ボクの叫びも虚しく1階に押しかけた賊を全滅させてしまった。


「それより2階だ! よくもおれの店を!」


 パルテが怒鳴り、2階への階段を上がろうとする。その羽を引っ張っるように〈剣閃の風〉のムサが前に出た。


「お子さんたちは俺の後ろ! ——行くすよ、リドウスさん!」

「おう!」


 おっさん2人は小学生のパルテを止めて階段を登ろうとしたが、


〈——即死を警告!——〉

「逃げて!」


 アクシノが怒鳴り、同じく「鑑定・連打」中のミケと俺が階段に走った。


 全身を黒鎧に包んだ2人の騎士が階段を駆け下りて来た。うちひとりは兜から赤い角を生やしていて、雑魚だ。〈無視しろ〉と叡智が怒鳴っている!


〈——天然理心流:三段突き——〉


 しかしもうひとりの騎士は違った。


 たぶん女だ。全身を黒鎧に包まれた騎士は黒兜から長い髪を伸ばしていて、野太刀を思わせる無骨な日本刀を水平に構えると異常な速度で3連撃を繰り出し、俺たちは虚を突かれてしまった。叡智アクシノの神託があっても回避は不可能だった。


「——!?」


 ——しかし俺たちには「絶対防御」がある!


 騎士が繰り出した突きはムサを押しのけて階段に走ったミケのHPに阻まれ、野太刀は粉々になって砕けた。


「はい、いらっしゃい♪」


 少し遅れて階段にたどり着いた俺は、ニヨつきながら退却した三毛猫に代わって〈無詠唱〉を披露した。


〈——水風船——〉〈——癇癪玉——〉

〈——癇癪玉——〉〈——水風船——〉

〈——水風船——〉〈——癇癪玉——〉


 1秒ほどの間に読みきれないほどのスキル表示が浮かび、そこにムサと引退冒険者、ついでにもうひとりの〈無詠唱〉が加わる。


「豆っす、投げて!」

「ったりめーだ! 言われなくても投げるぜ!」

「m9(>∀<///)☆!!」

「……殺したらダメよー?」


 俺の代わりにユエフーが警告してくれて、俺たちは豆と魔法の連打で剣士をボコボコにした。鑑定を連打できるのは俺と子猫だけなので、アクシノさんが〈そろそろ死ぬぞ〉と言った瞬間に全員を止めに入る。


「にゃ。そろろそ——」

「充分だ、もう——」

「くらえーっ!」


 興奮した吸血鬼が塩酸の大樽を追い打ちしてしまったが、床に倒れた女強盗はギリギリ死ななかった。調合スキルで作られた塩酸は化学の法則を無視して鋼鉄の鎧を速やかに溶かしたものの——なッ、なんてこった、その下の肉体は基礎レベルに守られて溶けることがなく……!?


 ——万歳! 剣と魔法の世界、万歳!


「「 おお!? 」」


 強盗はやはり女だった。


 ボクと同志ムサは鎧が溶けてつまびらかにされた世界の神秘に思わず興奮し、ユエフーが小さく咳をしたので全力でごまかした。


「……2人とも、なにを喜んでいるのかな」


 いや違うんですよホラ、剣道に残心って言葉あるじゃない。まだ敵が起き上がってくるかもしれぬのに、目を離すのは武士としてダメでしょう!?


 悲しいけどこれは戦いなんだ。見つめなければいけないんだッ。


 同志ムサも同じお考えのようで、盾に身を隠しつつ、鎧が溶かされていく女性を凝視している。さすがは熟練の冒険者だぜ!


 てことでボクも凝視すると、女性は黒い兜以外のほとんど全ての装甲が溶けていて、その下のシャツも無くなり、黒い下着だけがボクらの塩酸にギリギリ耐えていやがった。


 くそがっ。きっと邪悪な月の職人が作った下着に違いないッ!


 と、そこでアクシノの声がして、ボクは鑑定・連打の最中であるのを思い出した。


〈——鑑定は失敗しました——どうもこの女、不徳のコインを体内に飲み込んでいるぞ。厠で()()()()()()正確な鑑定は不可能だが……ニョキシーではないな。肉体は20代に見えるし、背中に羽を持っている〉


 酸と格闘する布切れが怪しく守るたおやかな肉体から塗炭の決意で仕方なく渋々と目をそらすと、確かに強盗の背中には翼竜のような羽があった。鳥系獣人のお飾りとは違い三つ折りになっていて、広げればグライダーくらいの大きさはあるかもしれない——確認したのですぐ“残心”に戻る。


 強盗は起き上がろうとしたが、魔法でフルボッコにされ難しいみたいだった。この程度の魔法攻撃でダウンした感じ、引退冒険者のリドウスさんはともかく俺やミケの敵ではないし、不意打ちでなければムサもおそらく勝てるだろうね。


 いつの間にか2階へ上がっていた店長と子狸が降りてきて、ノールが両手でバツを作った。


「もうひとりは2階の窓から飛び降りて逃げた。重い鎧を着てたのに、足も折らずに走って逃げてく背中が見えた」


 店長は言いながらチタン製の細長い針を女に向けた。長さ3レガンもある俺の特製だ。


「さて、それじゃコイツをギルドに突き出そうか。確実に貴族だろうし、領主だって証拠さえあれば——」

「ふふっ……」


 床に倒れていた女が皮肉めいた笑い声を上げ、パルテは眉をひそめた。女は未だに黒兜をかぶったままで、マスクの奥からくぐもった笑い声が聞こえてくる。


「なにがおかしい、貴族」

「大きくなったのね、パルテ」


 女は奇妙なことを言った。羽を持ってるし、店長の親類かなにかか?


「……誰だおまえ——鑑定不能かよ、くそ——でかい羽だが、おれに盗賊の親戚はいないぞ、たぶん。親父は村生まれのひとりっ子だし、母さんもシラガウトの——」

「今日はあんたを殺すつもりだったのに」


 女は起き上がろうとし、ミケが目に追えない速さで喉元に爪を突き立てた。黒兜の女は動きを止め、首に少しだけ刺さった爪から赤い血が垂れる。


 叡智が俺の脳内に告げた。


〈——ああ、こいつが誰だかわかったぞ。哀れな女だ……その両足はよく出来た義足か? せっかくワタシがおまえやポコニャに言って、見逃してやったというのに……〉


 連打中のミケも俺と同じ神託を受けたようで、子猫は目を見開きながらも神託に首肯し、聞き取れないほど小さな声で「にゃにゃ、にゃーにゃ……」と猫系獣人専用の詠唱を始めた。


「だれだよ、おまえ」


 パルテが誰何する。


「忘れたの? 酷いわね」


 女が首に爪を突き立てられながら兜に手をかける。


「——あんたのせいで腐った霊薬を飲むことになったウユギワの女よ」


 そこには5年前、ウユギワ村で「死んだ」と処理された女の顔があった。


「「 マキリン……!? 」」


 パルテとムサが同時に声を上げた瞬間、仕立屋のホールに巨大な〈常世の倉庫〉の口が開いた。お得意のゴブリン・ボックスだが——その手は叡智が読んでいる!


「にゃーにゃん☆ (オープン)」


 ミケが叫ぶと、マキリンが開いた倉庫の眼の前に向かい合わせでミケの倉庫が開き、俺も無詠唱にセットした〈倉庫〉で加勢した。ミケの倉庫は5年かけて作った少女の秘密基地なので、できるだけゴブリンに荒らして欲しくない。


「くそっ……!?」


 マキリンは舌打ちし、その喉に子猫の爪が食い込んだ。


「無駄。閉じろ。早く。殺すよ?」


 ミケは表情を変えずに言ったが、幼馴染だからわかる。ゴブリンどもに部屋を荒らされ、子猫は古代語でMK5な状態だ。


「ダメっす、やめて……」


 ムサがつぶやいたが、しかし、その言葉は()()()()の声にかき消された!



「 助けに参りましたよ、シレーナ! 」



 野太刀を装備したひとりの騎士が丁寧すぎるレテアリタ語を叫びながら店に突撃してきた。


 兜で顔は見えないが、声は少女のものだった。全身を黒い鎧に覆われたそいつは野太刀を装備していて、


〈——人狼だ!——〉


 叡智が怒鳴ると同時に、対応に遅れた俺の体が〈絶対防御〉の壁に守られた。


〈——鹿島神流:祓太刀(はらえのたち)——〉

〈——キャンセルしました——〉


 HPの壁を見るなり剣士は技をキャンセルして刀を守り、バックステップを踏みながら自分に爪を立てようとする子猫に野太刀を降った。


〈——天然理心流:引早足(ひきさそく)——〉

〈飛嚥剣〉〈波返〉〈無明〉〈五月雨〉〈飛竜〉〈陰勇〉〈虎尾〉……


 マジかよ、なにこの子!?


 女剣士は無詠唱のごとく剣術スキルを連打し、人間離れした剣技を見せた。その最初の1打だけでミケの最後のHPが削られてしまう。


〈——冒険術:冒険——〉


 しかし子猫は負けていなかった。〈冒険〉のスキル表示と同時に三毛猫は全身にゆらりと殺気を帯び、3倍に膨れ上がったステータスで反撃を始めた。


〈——豚氏太極剣:蜻蛉点水——〉

〈大魁星式〉〈燕子抄水〉〈探海勢〉〈懐中抱月〉〈宿鳥投林〉……


 鑑定・連打を受けているミケは両手の爪を高速に繰り出して剣を受け、それでも受けきれなかった剣撃は、俺たち仕立屋特製の「黒の学生服」が弾き返す!


 3台のスマートフォンの前で子犬と子猫は何十発と技を繰り出し、夜の店内で剣士の青白い剣筋と子猫の赤い爪の軌跡が激しく撃ち合った。


 切られたと思った子猫は〈股旅〉で瞬時に背後を取ったが、子犬は背中に目でもあるかのごとく素早く剣を回して爪を受けた。お互いに回避・回避の連続で、決定打を取ることができない。


 ついに2人は真正面から剣と爪をかち合わせ、鍔迫り合いした。


「——くっ、強い!?」


 黒兜の人狼が叫んだ。


「——おまえだれ」


 子猫もつぶやいた。


「しかし我々の勝ちですよ、月の悪魔どもめ!」

「にゃ!?」


 黒鎧の少女が両手を組んだ。彼女は奇妙なことに日本の忍者がやる「刀印(とういん)」を組み、その背後で竜のような翼が広がる。


 それは人狼の翼ではない。


 いつの間にか逃げ出したマキリンが少女の脇を抱きかかえ、大きな翼をバタバタと扇いで突風を巻き起こした。


 店内は暴風でもみくちゃになり、とっさに受け身を取った俺たちが気づくと、少女とマキリンは消えていた。


「まて……!」


 子猫が叫びながら店外に走る。その声はどこか嬉しそうで、


「……にゃ。空を飛ぶのはずるい」


 俺も店外に出ると、月の無い夜空に人狼を抱えたマキリンの翼が見える。


「……飛ぶのはずるい」


 ミケはスズメを取り逃した猫のようにしっぽを膨らませていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ