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市民たちと人狼


 夕日が窓から差し込んでいる。


 門番のアレと揉めたあと、俺は「パルテ」の2階にある厨房であぐらをかき、昔懐かしい「髪切虫(かみきりむし)」をコンロで炙って修繕していた。


 聞けばシュコニが使っていた物と同名の日本刀はキラヒノマンサの名工が売り出している量産品なのだそうで、金髪黒メイドと同様、皮屋のリドウスさんも愛用していた。


〈——鍛冶:打ち直し——〉


 田舎町ウユギワの村人だった5年前とは違うLv9の火炎を使い、炭素工具鋼の金槌で〈打ち直し〉をかけると、使い込まれた髪切虫はほんの数発で新品のような輝きを取り戻したし、元の性能以上に強化された。


 鍛冶Lv9で覚えた〈打ち直し〉スキルは、普通なら銘を入れた瞬間に決まる武器の性能を追加で強化できる。再強化のやり方はMPを込めた金槌の連打だが、しくじると弱体化させることがあるので油断できない。できればあの日、鍛冶の神アイワンが使っていた〈神打(しんうち)〉を使いたいのだが、鍛冶がカンストしてもあのスキルは得られなかった。あのスキルはたった1打で武器の威力を大幅に強化できるが、極大魔法と同じ分類なのだと思う。


「おおおっ、良いのか少年っ!?」

「当然ですよ。三本尾(スリー・テイルズ)にはミケ以外の前衛がいませんから」


 隻眼のリドウスさんは俺が剣を補修するとシュコニを思い出させるリアクションを取ってくれて、その隣では同じ前衛職の男性が鎧を脱ぎ、白シャツ姿でそわそわしている。


「次はムサさんの盾と鎧ですね。あと、そう……豆もどうぞ。タダなので投げまくって構いませんが、店を破壊しない程度でお願いしますよ」


 俺は2人に癇癪玉をエンチャントした豆50発と水風船の50発を与え、アルミ合金の盾を補修した。


 誕生日にプレゼントして以来、ずいぶん過酷な冒険を乗り越えたようだ。傷のひとつひとつが俺やミケの家族を守った証明なので、手抜きせず丁寧に打ち直ししていく。


 店の1階ホールでは猫や狐を含む社員たちが慌ただしく商品を整理していた。


 今日を臨時休業としたのは結果的に正解だったね。敵に対して、店の改装をしているのだと思わせることができる。


 早ければ今夜にも現れるだろう人狼との戦闘で内装や商品が壊されてはたまらないので、ユエフーと社員さんたちは手分けして棚から商品を取り出し、Lv5を誇るムサの広大な倉庫へ移し替えていた。


 異常な腕力を誇る三毛猫は店の前にある高価なガラス窓をひとりで取り外し、これもムサの倉庫の中へ仕舞い込んでいて、代わりに適当な木の板を店の間口に張っている。トンカチは使わず、親指で「にゃっ」と押すだけ釘を刺せるあたり子猫はどうかしている。


 叡智持ちの店長とノールは厨房の隅でニヨつきながら対泥棒のトラップについて筆談していて、写真用の紙に書かれた計画書はホー●アローンのソレを思わせたが……。


「おいブック、ここで上から漂白用の塩酸をドバーってのはどうだ? カッシェに製法を教わって以来、常に大量に確保してある。相手の鎧が鉄かアルミならデロデロだぜッ! あと中身も☆」

「m9っ(>∀<///)☆☆☆ッ!!」


 あいつら犯人を殺したらダメってわかってるのかな。相手は貴族だから過剰防衛に問われると思うし、秘密のクエストを抱えているボクとしては、ニョキシーだけは生かしてもらわないと困るのだけど。


 ムサの装備の補修を終えた俺はユエフーが曲げやがった杖の修繕も済ませ、最後に、普段の迷宮探索では使わない自分専用の「武器」を手入れした。


 ウユギワ迷宮で活躍した〈ひのきのぼう〉はずっとラヴァナさんに貸し出しているし、剣閃の風の安全を考えると、ぶっちゃけ回収するつもりはない。


 代わりに用意した新しい武器は、大前提として「棒」でなければならなかった。


 俺はウユギワ迷宮で錫杖の男神ゴンヘルから杖術スキルを得ていて、これは腕力に極振りしているミケにも使えない俺だけの技能(スキル)だ。


 一方で俺の普段の戦闘様式は純後衛なので、例えば槍を作っても使う機会がない。鈍足の俺が魔物を刺す前にミケが獲物を殺してしまうから、長い槍は冒険の邪魔になるだけだ。


 残りMPを見ながら強化し終わると、階下のホールで店長が手を叩く音がした。


「集合してくれ。棚卸しはもう充分だ。日が沈んだ——おばさんたちは帰宅。ホントはおれも実家に帰りたいけど、ここからは『冒険者』じゃないと怪我をするし、死ぬ可能性がある」

「了解さね、ボス。だけど帰る前に例のモノを……」


 正社員の女性たちは俺がおやつに焼いてみた苺ショートを鬼の形相で奪い合うと笑顔で帰宅し、少し静かになったホールに7人の冒険者が結集した。


 店長が咳払いして口を開く。


「いいかてめーら。まずは店長として断固、宣言しておく……カッシェの苺ショートは、この問題が片付いたら店で売りに出す」

「はあ? 別に構わないけど、手間だし、卵と牛乳と、なにより砂糖の値段が——」

「それ賛成! すっごくおいしかった!」


 ユエフーが俺を遮るように挙手して叫び、子猫とタヌキも手を上げた。輝くようなレディ・アントの白鎧とジュラルミンの盾を装備したムサがため息をつく。


「……それより今は、泥棒の件すよね?」

「もちろん、そうだ。まずはカッシェ、店内に例のカメラを設置してくれ。ブックと話していて気づいたんだが、殺すと面倒なことになりそうだから写真を残したい。仮に逃げられても証拠になるし……それに、犯人の顔をうっかり酸でデロデロにしても、そうなる前の顔があれば誰だかわかるし♪」


 吸血鬼は日が沈んで生き生きしていた。


「いいけど、シャッターを押す余裕が無いから動画で撮ろう。俺の一眼は30分しか撮れないからスマホで」

「……どーが? すまほってなんだ?」


 魔法陣さえ描けば同じ道具を複数呼び出せる。俺はブックが指差す位置に昔使っていたスマホを3台呼び出して動画モードにした。いつもは一眼レフしか見せていないので光る謎の板に店内がざわついたが、「叡智の魔法で光る板なんだ」という雑な説明で納得してくれた。むしろ、初めてスマホを目にしたアクシノさんが脳内で叫びまくるのに難儀した。俺が持つアプリを作ったのはこの女神のはずなのだが。


 細かな打ち合わせをしているうちに夜はその闇を深くし、夜目の効く子猫と店長が店の間口を雑に覆った板の合間から新市街の通りを窺った。


「にゃ。外はもう、真っ暗」

「ああ、人狼がいつ来てもおかしくない——明かりを消してくれ」


 吸血鬼のパルテは厳密に言うと「蝙蝠の獣人」で、彼らは超音波すら聞き分ける耳で獲物を探る。パルテは目を閉じ、生まれつき垂れた細長い黒耳に神経を集中させた。パーティの誰よりも高い「拝聴」スキルを発揮して「子犬の足音」に聞き耳を立てる。


 店のランプを消すと未だ電磁気力を知らない異世界の街ラーナボルカの夜は驚くほど暗く、スマホの画面の青い光だけが懐かしく店内に浮かび上がった。移動手段が馬車しかない街の夜はとても静かで——俺には無人で無音に思えたが、猫とコウモリの意見は違った。


「にゃ……子猫の目には見えます。鎧のひとがいっぱい来る」


 ミケが三角耳としっぽをピンと立ててささやくと、蝙蝠も同意した。


「おれにも聞こえる。例の人狼かな……? いいぜ、かかって来いよ」



  ◇



 憧れだった〈月〉の大地を踏んで2日目、ハッセは朝から幸福感に包まれていた。


 髪は赤色から戻らず、角は伸びっぱなしだ。朝食が他の団員らと別の席だったのは幸運だった。


 ラーナボルカ様のお誘いでハッセは団員らとは別の部屋で最高にウマイ月の料理を食べ(ツイウス貴族に話題の朝食で、TKGという黄金色のコメと焼き鮭に大根の味噌汁、こんがり焼いたオーク肉の腸詰めとナスの漬物だった)、痩身のアラールク伯爵は高々と伸びるハッセの角に不安そうな顔をした。


「騎士団長ハッセよ。本日は、済まぬがわたしの街の門番を努めてくれ」


 アラールク様に比べ貴族然としたラーナボルカ様が言った。彼は焼鮭や腸詰めの主菜に加えてトンカツという月の料理を様々な調味料で味わっていて、ハッセにもわけてくれた。塩味はともかくショーユ味やチュウノー味、それにミソ味は新鮮で、鬼族(きぞく)の赤い角に怯えるアラールク様を無視してハッセはすべての味を少しずつ楽しんだ。


「というのもな」


 ラーナボルカ様がトンカツにからし味噌という謎のタレをかけながら言った。


「昨晩、『半月の騎士団』が果たした騎士道の結果、市井(しせい)の俗物がわたしの憲兵に被害届を出しおった。当然、ハッセの行いは生命様のための正道ゆえ握りつぶしたのだが……ジビカ様に愛されたお前も聞き及んでいるだろう。魔女ファレシラに支配されたこの地には『冒険者』という馬鹿どもがいて、常に我ら貴族の覇道を阻むのだ」


 ハッセは醤油マヨをかけたトンカツに少しの焼鮭を載せて口に運びながら首肯した。


「冒険者を気取る邪悪な悪魔どもは、〈月〉でも常に話題です」

「例の皮屋の店主の訴えは退けたが——おそらくあの禿げは冒険者ギルドに依頼を出すだろう。それは……わたしとしては困るのだ。ギルドは領主たるわたしの意向を無視して“冒険の邪神”が一方的に決めたマスターを頂点とするから、我ら貴族への敬意を知らぬ」


 ラーナボルカ様はそのあと歌の魔女に支配された聖地の苦悩を語り、ハッセは深く同情して伯爵様の肩に手を置いた。


「わかりました、伯爵。冒険者が捜査に来るなら、団長のわたしが門番になって追い返しましょう。悪魔どもがわたしに逆らうなら殺してやります、恐れはしません。わたしは連中の死を経験値に変えられますから、戦えば戦うほど強くなれるのです」

「……わたしがお前に礼をせぬのを許してくれ。レテアリタは先の戦争で新たな帝王を迎えることになり——新皇帝は、愚かにも邪神ファレシラに平伏する愚物なのだ。しかしレテアリタ国の伯爵として、わたしはハッセ殿に礼することができない」


 ラーナボルカ氏の横ではアラールク伯爵が深々と頭を下げていた。



 朝食を済ませたハッセは団長として騎士団に「今日は寝てろ」と号令を下し、逆らったのは2名だけだった。


「やだよ、アニキ! どうして寝る? 騎士として、わたしは邪悪な月をもっと壊したい!」


 アホの妹はどうでも良かったが、もうひとりの反逆者は意外だった。


「ロコック様、私にニョキシーの監視をお許しください」

「はあ!? 黙れよシレーナ。くそ雑魚がわたしを監視? 噛むぞ!?」

「——今日は私がこの子犬を“散歩”させます」

「おおーっ!? おまえ、わたしと月を散歩してくれるのか!? 少し見直したぞ!」


 劣化竜人(ワイバーン)のシレーナは義妹を無視して嘆願し、ハッセは新入りの態度を気に入った。この女は孤島での無礼を反省しているのだろうが、毎日散歩させないと急激に機嫌を悪くする義妹の世話を買って出るとは殊勝だ。


「……シレーナ、妹をお前に任せよう。半月の騎士団は、今日はわたしとお前()()が仕事だ。他の者はゆっくり休め」


 団長のハッセは「だけが仕事」という言い回しに皮肉を込めてみたのだが、案の定、ニョキシーには通用しなかった。


「おおー!? なら行くぞ、シレーナ! 貴族街がわたしの縄張になったと月の悪魔どもに教えてやらなきゃ!」


 子犬たる義妹は自分より下と見なしたものに尊大な態度を取るが、黒髪のシレーナは柔和に微笑んで頭を下げた。立派な騎士らしい振る舞いだと思う。


 相手の身分に応じて分をわきまえる事は「騎士」の基本だ。



 そうして妹やシレーナと別れたハッセは、ラーナボルカ様の言い付け通り門番をこなし、貴族街に侵入しようとする平民どもを退けた。


「しかし、私どもは10年前から貴族街に出入りしている商人でございまして……」

「だからなんだ? わたしは今日から任務に就いた。お前など知らない」


 昼を過ぎると仕事にも慣れ、ハッセはアラールクの執事をしているマグから「マクノウチ」という謎の小箱をもらった。中にはたくさんの小料理が詰め込まれていて、どれもが美味で、ハッセのMPを回復させた。


 涼しい月の秋空に雲は数えるほどしかなく、時期にもよるが、ハッセの暮らしてきた世界では大概見えるはずの〈月〉は青空に見当たらない。


 ハッセはマクノウチを楽しみ、これも月の特産だという「サイダー」で喉を潤しながら退屈な門番をやり過ごしていた。


『にゃ? おいおまえ、用があるから通せ』


 騎士に対する礼儀を知らぬ四つ耳の俗物がラーナボルカ様に警告された通りの「捜査」に現れたのは、気持ちの良い昼下がりのことだった。



  ◇



 日が沈むと同時にハッセは門番を交代になり、すぐに屋敷へ戻って団員たちを集合させた。


 一番面倒だったのはニョキシーで、子犬はぐったりしている黒髪のシレーナを引きずり、なにが楽しいのか貴族街を無作為にぐるぐると走り回っているところを部下に発見された。どこかの高貴な屋敷の壁に放尿していなければ良いのだが。


 妹以外の部下全員に鑑定阻害のコインを追加で飲ませ、牙の話をしてやると、鎧に着替えた妹は叫んだ。


「読めたぜ☆ それも取り戻すんだよな?」

「無論だ。しかし、よく考えねばならないとジビカ様が警告してくださっている」

「はあ? なにを迷うんだ」


 興奮していた子犬は叡智の神託を伝えてやると手を打った。


「——なるほど、さすがは叡智様だ。それじゃさっそく『騎士道』しに行こうぜ、アニキ!」


 夜も更けた深夜、半月の騎士団はラーナボルカの街に繰り出した。




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