貴族街の門番
「こっちだ。蚊の群れが逐一おれに報告している——走るぞお前ら!」
「にゃ☆」
「あ、嘘、ごめん待って。おれじゃリーダーに追いつけない!」
「にゃ?」
「ミケとフォーコは早すぎる。てめーらの足はどうかしてるぞ!?」
こども店長パルテの薬指は黒い霧になって霧散し、吸血鬼は今、左手の薬指を失っている。
しかし対価は充分だろう。店長は〈無詠唱〉経由で俺のMPをガツガツと削りつつ、「血」に保証された種族スキルで見えない犯罪者の足跡を追いかけていた。
「いつも日傘で引きこもってるから遅いのよ」
「にゃ。テンチョーは虚弱」
「クビにされたいのか」
イラつく吸血鬼の後ろでは、パーティで最も鈍足な三つ編みのタヌキを俺が背負っていた。
「——m9(>Д<*)♡♡!」
「叩くなおい、俺は馬じゃねえ!!」
ノールは楽しそうで、進め! とでも言いたげに散髪したばかりの俺の頭を叩きやがった。背中にふくよかなモノが当たっていなければ放り投げたい。
「……ほんと異常な子どもたちです。剣閃じゃナサティヤ先輩が索敵係ですけど、てめーらがやってるそれ、マネしようとしたらMP切れで即座に気絶すよ」
ムサが褒めてくれたが、こうして走ると三本尾というパーティのバランスの悪さが露呈してしまうね。ユエフーは比較的素早いが、後衛ばかりで鈍足だ。
「とにかくパルテ、あんたも俺が背負いましょうか」
「……すっげえ助かる」
剣閃では母さんと共に警戒役をしているムサは素早くパルテをお姫様抱っこし、パルテはムサに当たらないよう日傘を高く持ち上げた。よく晴れた午後の青空から一匹の蚊が降りてきて、パルテの耳元で羽音を鳴らすとすぐに去っていく。
「路地の先にある“白の階段”を登ってくれ。どうも犯人はこの街の騎士らしい」
「うぇ、マジすか」
「ああ、厄介なことになった……貴族が犯人となると追求しにくいぞ」
ラーナボルカ市の北東部は小高い丘になっていて、領主ラーナボルカ伯爵の他、多くの貴族が暮らす「貴族街」になっている。
彼ら貴族は自分の領地にも屋敷を持つが、交易の盛んなこの街に別宅を持つほうが豊かな暮らしが可能だし、この街はドーフーシと国境を挟んで向かい合っている。
貴族の多くは戦時にラーナボルカ伯爵の部下として働く地位にあり、普段から街に居住しているほうが合理的だった。継承権が無い貴族の末子や未成年の貴族の子等は国境を守るラーナボルカ伯爵の下で兵役暮らしをすることが多いとも聞く。
そんな貴族街と市民街を隔てる丘には大理石の長い階段があり、登った先には門がある。貴族専門の商人がいるため市民の出入りは特に禁止されていないが、門を通るには身分と理由が必要だ。
路地を駆け抜け、俺たちは大理石の長い階段の前に立った。無駄に横幅の広い階段の左右には石畳のスロープがあり、貴族は普通、階段を使わず馬車でこのスロープを上下する。
「にゃ? 誰であれ悪いやつは倒す。ママが街の……街のジチケンの半分はギルドにあるとかナントカゆってた!」
敏捷2千の子猫は風のような速さで階段を駆け上がり、少し遅れてユエフーやムサが階段を登る。
「——m9(ФДФ*)!!」
「だから叩くなって。競馬じゃないんだから」
俺は背中の柔らか狸にせっつかれながら、最後に階段を登り終えた。
◇
ラーナボルカ市中央にある迷宮の重厚なゲートと違い、平民街と貴族街をわける門は大理石のアーチの下に青銅の柵があるだけの簡素なものだった。
アーチには美しい彫刻が刻まれていて、邪神ファレシラや貧乳アクシノ、安眠妨害の赤毛といった神々の顔が見える。鍛冶の神アイワンが見当たらないのはこの街が主に迷宮と貿易で栄えているからかな。
門の左側には門番の詰め所があり、そこでは我らが三本尾のリーダーにしてギルドマスターの娘でもある三毛猫が喧嘩腰で門番と口論していた。
「にゃ……? おまえの話は子猫には難しい」
「なにが難しいのだ。要件の無い市民を通すわけにはいかない」
「だから、ミケたちは泥棒を捕まえに来たのだが? 犯人はこの中にいる!」
「だから、我らレテアリタ貴族は窃盗などしないし、そもそも、我らが罪を犯したと言うなら冒険者ギルドを通じて領主ラーナボルカ様に訴え出るのが道理であろう」
「ミケは、そのギルドマスターの娘だが?」
「だからなんだ? お前はただの小娘であって、ギルドマスターではない。我ら貴族に平伏すべき卑しい俗人だ」
ミケの右手の五本指から赤い爪が伸びたが、青い髪をした若い門番は怯まなかった。
重厚な銀色の全身鎧に身を包んだ青年はなかなかの美男子で、手に長槍を持ち、肩には赤いマントを羽織っている。マントには白い糸で「+)」というシンボルが縫い込まれていた。
〈——鑑定は阻害されました——〉
即座に鑑定した俺は意外な結果に驚いた。どうして鑑定阻害を持ってる? 門番ってのは鑑定されると困るような仕事なのか……?
「おい貴様、なんのつもりだ?」
鑑定すると体が光るし、観られたとわかったのだろう。門番は俺を睨みつけ、青い髪を気取った調子で払うとフルフェイスの兜をかぶった。鎧と同じ銀色で、中からくぐもった声を出す。
「戦うつもりなら受けて立つが、我ら貴族を傷つければこの娘の母は区長やマスターの地位を失うぞ。お前の家族にしても、子供のせいで国家に対する反逆者にされては困るだろう。一族全員追放か、悪ければ処刑だ」
門番はさらっと嫌なことを言い、俺は返事に困った。明らかな脅迫だったが、ここは民主主義国家じゃないし、人権なんて考えもない。
門番は俺が黙るとミケに槍を向けた。
「それがこの国の法だ——そもそも、ノモヒノジア迷宮はあくまでレテアリタ帝国ラーナボルカ伯爵様の持ち物であり、お前ら冒険者は、領主様の土地で迷宮を探索させて頂いている立場なのだと忘れてはいけない」
「……にゃ。しかし、ギルドを怒らせたら貴族も暮らしていけない。ママがゆってた。ギルドが無ければ街のケーザイが滅ぶ」
「よろしい。家族を巻き込むことになっても戦うことがお前の望みか。まるで我々『戦士』のようだ——わたしはひとりの戦士として、お前が望む反逆の、最初の相手になってやる」
門番は畳み掛けるように俺たちを挑発し、ミケは両手に赤い爪を伸ばした。相当キレてると見てよいが、我慢したのは門番のセリフに覚えがあったせいだろう。
——冒険者の仕事は冒険であって、戦うことじゃないぞ。
ウユギワ迷宮で先輩冒険者のイケニエさんやシュコニから何度も教え込まれた警句だ。複数の選択肢がある中で戦いを選ぶのは「戦士」であり、冒険者のやることではない。
「リーダー、一旦戻ろうぜ」
ずっと黙っていたパルテが言った。左手は元に戻っている。
「リドウスさんに状況を報告して、とりあえず『竜の牙』だけでも購入したい。竜の牙まで盗まれたら大変だ。これはパーティの問題でもあるが、仕立屋パルテの問題でもある。まずは竜の牙を確保して、おれの店に置きたい。従ってくれ」
パルテは少ししつこいくらい「竜の牙」を繰り返し、ミケは爪を引っ込めて頷いた。
「にゃ……今日のところは勘弁してやる」
悔し紛れの捨て台詞を吐くと門番はクックと嫌な笑い声を上げ、槍を下げた。
「そうだ、そうして分をわきまえろ。冒険者風情が」
◇
白の階段を降りた俺たちは一斉に門番の悪口を言いまくり、喋ったら天罰のノールも中指で侮辱のサインを作った。地球のアレと同じ形はレテアリタでも同じ意味で使われている。
門の前では一番の大人として耐えていたムサが怒鳴った。
「大丈夫すよ、ミケ! すぐギルドに行ってポコニャさんに報告しましょう。ギルド相手に強く出られる貴族は多くありません。あの門番を含め、貴族なんてのは大半が無意味なレベリングをしただけの雑魚っすから、冒険者と対決したら数でも質でも勝ち目が無いんです。たまたま親から受け継いだ土地やら家やらを人に貸して、それが偉いと思ってるアホどもが……目にもの見せてやりましょう!」
「にゃ!」
ムサは威勢が良かったが、没落貴族のパルテは微妙な顔をして口を開いた。
「いや、ギルドに報告するのは待ってくれ」
「にゃ?」
ミケが顔をしかめたが、俺は気になっていたことをパルテに尋ねた。
「蚊のスキル、解除したよね? 薬指が復活してるし……で、門番の前で何度もわざとらしく牙の話をした」
「気づいたか。あの門番に『牙もあるぞ』と教えたかったんだよ。牙も欲しいだろ? って」
叡智持ちのパルテは含みのある言い方をし、俺とノールはすぐに理解した。
「Σ(ФДФ)」
「——あの門番も一味だったのか」
パルテは頷き、他の連中も声を上げる。
「にゃにゃ!?」
「どういうことよ、店長?」
「ミケが門番と言い合ってる時に、放っていた眷属から報告が来たんだ。例のニョキシーとかいう子犬はラーナボルカ伯爵の館にいる。
おれの蚊は指示した血を持つ人物の居場所しか報告できないから、どうして伯爵の館に犯人がいるのかはわからないし、盗んだ理由もわからない。ただ、おそらくニョキシーは伯爵配下の騎士なのだろう。伯爵は街の管理に手持ちの兵を使っている——あの門番も伯爵の騎士だ」
「にゃ。犯人ならば、当然門の中へミケたちを入れない。捕まったら困るから……!!」
「でも、じゃあどうするわけ?」
ユエフーが聞いた。
「店長がミケやムサさんを止めた理由はわかったわ。このことをギルドに報告しても、さすがに領主が相手だと……」
「にゃ!? ママは伯爵なんて怖くない!」
「そうでしょうけど、かなりの揉め事に巻き込んじゃうわ。これはわたしたちが引き受けたクエストのはずなのに、お母さんを頼るの?」
「……!? ……!!」
ミケは虚を突かれたような顔になり、キツネの言葉にはムサさんも唇を噛んだ。「そんなつもりじゃないっす」とかなんとか、小声でぶつぶつと抗議する。
俺は店長に言った。
「——理解したよ。だからパルテは牙の話を連呼したんだな」
「そういうこと。まあ、正直に言うとポコニャさんに頼るのはダメって発想は無かったな。おれは貴族でも騎士でも冒険者でもなくて、まず第一に商人だ。自分の利益がすべてだぜ」
店長はニヨついていた。ついでにノールもニヨついていた。
「m9(Ф∀Ф*)……☆」
「そう。ドラゴンの皮は絶対欲しい。でも犯人は領主の館に隠れてるし、おれら商人はクソ雑魚だから貴族には逆らいたくない——なら、犯人に出てきてもらえば良いのさ」
俺は頷いた。
「了解だ、店長。まずはリドウスさんから“エサ”を買い取って、あのムカつく門番や人狼が俺らの店まで盗みに来るのを待とう。門番は〈鑑定不能〉だったが、人狼は異様に強いらしいし——泥棒どもを、最強装備で迎え撃とうぜ」




