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マリモのおきて


 ラーナボルカ半島ラーナボルカ市では、年齢を問わず市民の賭けは禁止されていない。貿易で賑わう港町だからかこの街は金銭のやり取りに寛容で、子供が店を経営して構わないのもそれが理由だ。


 クラン・ハウスのドアを押し開いたムサは、服屋を経営している十代のクソガキどもが居間のテーブルにトランプを並べ、真剣な表情で山札をめくる現場に居合わせた。


 カオスシェイドが街に広めた「トランプ」という遊具についてはムサもよく知っている。


 それはカオスが「スート」と呼称する変な模様が4種類あり、1から13までのランクを持った紙切れの束で、すぐに遊び方を覚えた叡智持ちのギルマスに「ハーツ」というゲームを挑まれた剣閃の風たちは、迷宮で必死に稼いだカネを奪われた。


 当時市民から「鬼猫」と呼ばれていたギルマスは調子に乗って街の冒険者にも勝ちまくり、いつしか毛色とスペードのQになぞらえ「ブラック・レディ」と呼ばれるようになったくらいだ。


 負けを取り戻そうと躍起になった怪盗が発案者の息子に弟子入りしたおかげで最近の黒猫(レディ)は大きく勝率を下げているが、トランプとかいう悪魔の遊具は、ハーツ以外にも多彩な遊び方を持つ。


 ムサが知る限り、ガキどもはポートランドという坊主めくりの変種に興じていた。それは山札をめくってポーカーの役を作るだけの単純なゲームだが、ルールはともかく、三本尾(スリーテイルズ)のメンバーがどうして剣閃のクランハウスで騒いでいるのかがわからない。


 痩身で緑髪の、30歳の独身はクソガキどもに声をかけてみた。


「……おめーら、なにをしているんです? ここは剣閃の事務所なのですが」

「シャー!! ムサは黙れっ! 今、子猫は大事なところッ!」


 ミケは脂汗をかきながら自分の山札をめくり、


「に゛ゃ……!?」

「「「 ヨシッ☆ 」」」


 子猫が真っ青な顔で天を仰ぐと、他の子供は「ざまあw」だの「お疲れw」だのと三毛猫を煽った。


 ——この子らは怖くないのかな。仲間とはいえ、ミケに殴られたら即死すよ?


 三本尾(スリー・テイルズ)は剣閃の風に所属するムサからすると信じられないほどバランスを欠いたパーティで、あの子猫以外の全員が後衛の魔法職だ。そんな滅茶苦茶なパーティが成立するのは6千という異常な攻撃力を持つミケが、斥候と盾を兼ねたすべての前衛を一匹で担っているからなのに。あの子猫のステータスはたぶんAランク冒険者に近い。


「……ねえ、ムサさんが戻ったよ。そろそろやめないと」


 ようやくカオス少年が忠告した。パーティのもうひとつの要は大人びた声で仲間をたしなめたが、誰も聞いていない。


「——! ——!! m9(ΦVΦ//)www……!!!!!!!」


 叡智に「死ぬまで黙る」と誓った子狸が発狂したように両手を振り、三つ編みを揺らしてジャンプしまくっている。


「にゃ、ニャ……!? 子猫がここでツーペを引けぬはずがないッ!」

「わあ、すごい。まだ手札を引くわけ? さすがは“冒険サマ”の眷属ねw」


 キツネが半笑いで挑発し、ムサはガキどもが静まるのを待つことにした。



  ◇



「……へえ、ラーナボルカ市の美男・美女コンテストすか? ポコニャ区長はなにも言ってませんでしたけど、領主サマってヒマなんすかね」


 オトナたるムサの咎めるような視線を受けてゲームを終了させた俺たちは、大敗して言葉を失ったリーダーに代わって口々に要件を告げた。事前に打ち合わせていた通り、誰も領主に〈月〉の疑いがあることは伝えない。


 最初に口を開いたのは吸血鬼で、パルテはムサに敬語を使わず、俺様口調で偉そうに言った。


「そうだ。あんたはずっとウチの店の服を欲しがってたよな? コンテストで着る服はタダで良いから、出場してみないか」


 店長の言葉にタヌキが何度も首肯する。


「——!! ♀×、♂◎! m9(^Д^)♡!!」


 ノールがなにを言いたいのかは不明だが、三つ編みの魔法使いは身振り手振りで店長に同意し、中1の女タヌキに励まされたムサは頬を染めてつぶやいた。


「そりゃ、まあ、パルテ・スレヴェルの服は欲しいすけど……街一番の美男とか、俺が勝てる気がしません。しかも、他の街からも出場者を募るんでしょ。ドーフーシ帝国やら、ツイウス王国まで……」

「いやいや、確かにキラヒノマンサやツナウド諸島からも出場者が来ますが、ムサさんはこの半島で一番のイケメンですよ」


 ボクが敬語で懸命に嘘をつくと、ムサはまんざらでもない顔をした。


 ボクが思うに、この前三十路(みそじ)を迎えたムサは、この5年で大人の色気というものを身に着けている。


 エルフの血による緑色の髪はミケが誕生日にプレゼントした整髪剤でオールバックにキメているし、レディ・アントの殻を使った白い鎧やら、軽量にして強靭なジェラルミンの盾は、ボクが与えた最高級品だ。困難な迷宮に挑み続ける「冒険者」はそもそもラーナボルカの女性から尊敬を集めているが、若手冒険者の中でムサほどの防具を持つ男は少ないだろう。


 冒険者が持つ装備の質は、その冒険者の実力と資金力に比例する。最高の冒険者ほど最高に高価な装備を身に着けているものだが、ムサはその点問題ないし、長身かつ痩身の30歳は、世の女どもが放っておかない最高の美男子に見えるはずだ……ッ!



 ——まあ、コイツ未だに独身の童貞なんだけどなw



 俺は女じゃねえからあいつがモテない理由は知らんね。


 例えばカレが身につけている装備には地球から来た混沌の影が「ふられろ」というささやかな怨念を込めまくってあるのだが、かかる防具が鍛冶カンストのボクの願いを叶えた可能性は微レ存に過ぎない。


 そうとも。ムサが着ている白い鎧に対し、ボクはうっかり日本語で「未来永劫独身貴族」という銘を入れてしまったし、彼の誕生日に贈ったジュラルミンの盾にも「接触注意☆浮気上等軽薄ヒモ野郎」という銘を“日本語で”入れたが、そんな装備を身に着けている彼が独身であるのは偶然に決まってる。


 というのも、この異世界の誰も日本語を知らないからバレるわけねえし、ワンチャン叡智の貧乳さんはボクの日本語を翻訳しうるが、しれっと〈鑑定阻害の魔法陣〉を彫刻してあるからその点抜かり無い。


 ゆえにボクは無実だ。有罪の証拠がなければ無罪だというのは、人権もクソもねえこの異世界はともかく地球では常識なんだ!


 ていうかムサは最近ボクが服屋で販売している紳士服に興味津々のようだが、カネさえ出せばボクは喜んで販売するつもりだよ? 次の防具に刻む銘は——そうだね、日本語で「童貞地雷男」はどう? まったく他意は無いのだが、ムサにはとても相応しい気がするッ!


〈実に邪悪だね、カオス〉


 叡智さんが脳内でナニカ言ったがボクには聞こえない。無視無視、お疲れ様でした。


「……あんたら、マジで『仕立屋(テーラー)パルテ・スレヴェル』の服をくれる気すか? 買えば最低でも70金貨(ドルゴ)の服すよ!?」


 混沌の影謹製の呪われた装備に身を包んだ緑髪は店長に確認した。


「——しかも、コンテストに勝てなくても服はもらって良いんですか!?」

「ああ、やるよ。ムサの言う『70金貨の服』ってのはおれが着ているこの試作品のことだろうが、あんたがやってくれるなら、おれの服より良いのを着せるつもりだ。

 そもそも返されても困るんだよ。鍛冶屋が作る『鎧』と同じさ。仕立屋(テーラー)が本気で採寸して作る服は、そのお客さんの体にだけ合う……他の奴には絶対に着こなせない『専用装備』になっちまうから、取り戻したりしない」

「〜〜〜〜専用!? マジすか、約束すよッ!? 公平にしたいので言いますが、あんたの店の装備品は、剣閃はもちろん、ドーフーシ最強の『雷花(ライカ)』も欲しがってると噂です!」

「へえ? その話は初耳だったが、おれの結論は変わらない」


 ムサさんは大喜びで、吸血鬼の店長も嬉しそうにニヨついた。


「ただし、ムサ。優勝したら賞金は貰うぜ? おれの店の商品は、なにしろ価格が高すぎて滅多に売れない……しかし安売りはできなくてさ」

「——つまりね、ムサさん。わたしたちは、お店に並べる服を作るために全部の職人が本気で手を入れてるの。そのせいで売値は高くなるけど、でも、下手に安売りしちゃうと費用を回収できないし……」


 ずっと黙って聞いていたユエフーが会話に参加した。


「だから、わたしたちは賞金の100金貨(ドルゴ)がすごく欲しい……わかるかな。賞金さえ入れば、それはウチの最高級品を100金貨で売ったのと同じことでしょ?」

「それに、ムサさんがコンテストに勝ったとして……いや、仮に惜しくも2位で負けたとしてもです」


 俺も口を出した。


「俺たちの服を着たムサさんが、そのあと迷宮で活躍してくれたら最高なんです。仮にコンテストで優勝できずとも、街の冒険者たちが『剣閃のカッコイイ〈盾〉が装備してる服は、どの店の!?』って噂してくれたら、店の売上は伸びるでしょ?」

「宣伝……なるほど……! 美男のコンテストなんて照れ臭いすけど、俺は全然良いっすよ! 出場しますとも!」


 ムサは俺たちクソガキに敬語で約束してくれた。両親を含め年上ばかりのパーティに所属しているからかな? まあ、誰だって最低価格70金貨(ドルゴ)——約千四百万円の服をタダでやると言われたら敬語になるかもだが。


 しかしムサは、ふと顔色を暗くして首を捻った。


「……ですが、ひとつ条件をつけて良いっすか?」

「にゃ?」


 ずっと黙っていたミケが顔をしかめたが、ムサは明るく笑って手を振った。


「いや、たいした条件じゃありません。あんたらの親にこの事を秘密にしようってだけです。例の“ブラックレディ”がこの企みを知ったら……あの黒猫は『子供料金』でミケの迷宮入りを阻止していますから、きっと良い顔をしないでしょ。カッシェだって事情は同じはずです。だから、ポコニャ先輩にもナンダカさんにもこのことは秘密にしませんか?」

「……にゃ!! 子猫はムサを見直した! ()()()頭は()()()()だが、心()()はイケメン☆ このことは絶対秘密とする!」

「ええぇ、短い言葉に3つも悪口……」


 痩身の三十路は子猫の言葉に傷ついた顔をしたが、とりあえず話はついた。


「それじゃムサ、明日おれの店に来てくれ。おれの知る限り『剣閃』は迷宮から帰ったら2、3日は休みにするよな? ポコニャさんには区長とギルマスの仕事があるし」


 ムサは店長に「そうっす」と頷いた。カネの臭いがする時はいつもそうだが、真っ白な肌と赤い目を持つ吸血鬼がニヨつく。


「重畳——それじゃ明日の朝一番にうちの職人全員から採寸を受けてくれ。それで、おれたちはまずラーナボルカの街にある素材屋を〈鑑定〉して歩く。最高の素材を買いたいものだが……足りなきゃ迷宮で素材集めだな。

 そうだ、その時はムサさんも参加してくれないか? さすがの“ブラック・レディ”も、剣閃の風の誰かがおれたちに同行するなら迷宮探索にうるせえことを言わないだろ」

「にゃ☆ さすがテンチョーはカオスの同類。腹黒くて悪賢い……我らスリー・テイルズは、哀れなムサをサイキョーのイケメンに偽装する☆」

「哀れ……? 偽装……?」


 盾職は再び子猫に傷つけられたが、もう誰もムサなんて気にしてなかった。


「うわぁ、しばらく忙しくなりそうだわ……!」


 オレンジ色の髪をツーサイドアップにしたユエフーが、見た目だけは可愛い顔で微笑む。


「——ところでミケ、明日わたしら全員にお砂糖クッキー8枚おごりだからね?」

「!! m9(>ε<//)www!!」


 タヌキが嬉しそうに飛び跳ね、トランプで大敗したリーダーは、猫耳をペタっと伏せて聞こえないふりをした。





※「ポートランド」は高名なボードゲームデザイナーのライナー・クニツィア氏が創作したトランプ・ゲームで、プレイ環境が見当たらなかったため、自作したものをここに紹介したいと思います。「ツーペアくらい出る」と叫んだ三毛猫の気持ちを知りたいかたはお試しください。


https://hoeg1.github.io/portland/


※なお、ポートランドは商業的なビデオゲームではないし、クニツィア先生の本に書かれたルールをプログラムに書き起こしただけのものです。また、上記のURLは外部サイトへのリンクですが、公開にあたって使用したgithubの規約に準じ一切の広告宣伝を持ちません。筆者になんらかの収益が発生することは永遠に無いし、プログラムはMITライセンスの下で自由に利用できます。


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