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月の孤島


 今年でついに三十路を迎える。


 ラーナボルカで近年その名を馳せる〈剣閃の風〉で盾職を務めるムサは、痩せてひょろ長い体に鞭を打ち、その日も仲間たちの命を守っていた。


 短く切りそろえた緑色の髪から汗が吹き出し、額を流れて顎先から落ちる。


 各階に7つの階段を持つノモヒノジアの第7層は、ウユギワ迷宮(ダンジョン)の7層とは格が違った。


 ウユギワ村では中層から下層にしか出現しなかったオークは5層の時点で当たり前に出るし、階段の下り方によっては第3層目から出現しやがる。それが7層にもなると、ウユギワでは最下層にしか出現しないオーク・キングやゴブリン・キングから仲間を守る必要があった。


 ノモヒノジア迷宮はムサたちが5年前の〈剣閃の風〉のままなら到底歯が立たない魔境だったし、こんな地獄で誰も死なずに済んでいるのは、ほとんどリーダーの息子のおかげだった。


 ムサたちは密林のように木が生い茂る蒸し暑いダンジョンにいて、数十体の部下を連れたゴブリン・キングを相手にしていた。


 下級兵にあたるゴブリンやメイジ・ゴブリンたちは古びた銅剣を振り回し、魔法を乱発して来たが、ムサが装備するレディ・アントの白鎧や“銀色の盾”を傷つけることはできない。


 非常に軽くて扱いやすいこの盾は、半年ほど前の誕生日にカオス少年がプレゼントしてくれたもので、「あるみ」とかいう謎の金属を「じぇらるみん」の「はにかむ」にしたモノでできている。


 本来は非常に柔らかい金属らしいが、少年はカンストしている鍛冶スキルによってこの盾に分厚い鋼鉄並の強度を持たせていた。そのうえ盾には結界魔法陣が刻まれていて、〈結界〉の名の通り、火と水の魔法であればMPと引き換えに軽減、または無効化してくれるうえ、鑑定阻害まで付与されていた。——この追加効果が革命的に強い。


 メイジ・ゴブリンどもの火や水が魔法が次々と無効化され、メイジたちはMP枯渇でふらついた。それを待っていたように後方から詠唱無しの炎と濁流が飛んで来る。


 リーダーのナンダカは、この頃は剣士というより純魔法職だ。息子から初めて無詠唱を貸与された日はあまりの威力に怯えていた細剣使いだったが、最近は慣れたもので、ポコニャと一緒に魔法で敵を虐殺しまくっている。おかげで剣閃の風は今、剣というより魔法系最強のパーティとして半島の冒険者に知られていた。


 斥候として周囲を飛び回る栗毛の怪盗も役割的には魔法職と見て良い。


 ナサティヤは自分の〈倉庫〉の中に息子から1発1銅貨(カウド)で買い取った小石を大量にストックしていて、癇癪玉や水風船が付与された小石を敵に投げつけていた。目に直撃したホブ・ゴブリンが頭を爆破されて即死する。


 怪盗の兄で、唯一剣を使い続けている栗色のヒゲもまた少年の援助を受けていた。


 あっという間に部下を殲滅されてしまったゴブリンキングは猿を思わせる耳障りな声を上げ、おそらく攻撃魔法を詠唱しようとしたのだろうが、祈りも半ばに〈ひのきのぼう〉で縦に割られた。発光する棒がゴブリンの肉を焼く不快な臭いがする。


〈——ゴブリンの群れを撃破しました。この場に居ないカオス()を含め、剣閃の風のメンバーは次の経験値を獲得しました。ムサは……〉


 脳内に叡智の声が響き、経験値の通知があったが、誰もレベルを上げられない。


 ムサたちはすでに皆Cランク冒険者で、基礎レベルは28か9だった。


 早く年齢と同じ30を超えたいものだ。混沌の陰ながらの援助さえあればムサたちは「キング」に勝つことができるが、援助が無ければ普通に死ぬだろう。カオス無しだとこの迷宮の5層が限度の実力でしかないし、そのカオスはもうレベル27で、ムサは後輩の猛追に焦っていた。まだ12歳のガキにレベルで負けたくない。


「……そろそろ家に帰ろうか」


 手分けして死骸から魔石をほじくると、ナンダカがため息混じりに言った。


「噂の島まで来てみたが、特に売れそうなモノも無いし……ここが〈月〉の領土だって噂が本当なら、あんまり無理をしたくない」


 11万7649通りあるノモヒノジア第7層のうち、本日剣閃が降りてみたフロアは奇妙な島で、ラーナボルカ市のすぐ南にあるキラヒノマンサ市では「月の孤島」と呼ばれている階層だった。


 この島に来たのはギルドマスターの提案で、国家を超えた冒険者ギルド同士の交流によりキラヒノマンサからルート情報を買い取ったポコニャは「お宝があるかも☆」と期待していたのだが、特に金目のものは見当たらない。


 この絶海の孤島は小高い山のような地形で、ハゲた山からは噴煙が上がり、裾野の平地は鬱蒼とした木々に覆われている、ただそれだけのダンジョンだった。


 一応、見たことのない木々や花があったし、中には実をつけているものもあったが、ポコニャの鑑定結果はすべて「不明」だ。味はもちろん毒があるかすらわからず、とても食べてみようとは思えない。未知の植物を鑑定しまくった黒猫が脳内で叡智様に褒められたのがこの島で唯一の収穫だろう。


 そんなポコニャがふと立ち上がり、大型犬の頭ほどもある茶色い木の実を手に取って仲間に告げた。


「にゃ、にゃ……? オイおまいら、叡智様が、この辺に落ちてるこのでかい実だけは倉庫に入れて持ち帰れって……断言はできねーが、すごい高値で売れるかもって!」

「マジすか、どんな実——」

「やった☆ ほんとね!?」


 ムサを遮るように怪盗が叫び、


「にゃ! アクシノ様によると〈ワタシがかつて伝説の勇者から聞いたモノに似てるにゃあ。違ったらゴメンにゃ☆〉って……曖昧なのは、ここが〈月の孤島〉だから仕方にゃーって!」

「——確かだな、ポコニャ? ここは噂通り〈月〉の領土なのか……?」

「にゃ! ずっとはぐらかしていなさったが、ついに〈月〉だとお認めになった!」

「……お前ら全速力で拾え。カネになるとしても、ここが悪魔の本拠地だと確定した以上、早めに引き返したい」


 話を聞いたリーダーの号令でムサたちは手早く木の実を拾い、「まだ落ちてる! もっと!」とゴネる怪盗を引きずってそそくさと森を引き返した。


 その怪盗が紙にメモした地図を頼りに島の浜辺を歩く。


 ラーナボルカ市は冬も近いのに、月の孤島はうだるような日差しだった。10分ほど歩くとようやく見覚えのある黒ずんだ岩が見え、岩の合間にぽっかりと口を開く戻り階段の前でパーティは少し休憩した。リーダーとギルマスがMPをカオスが負担する無詠唱を発動し、新鮮で冷たい水をたっぷりと作り出す。


「——しかし、あの青いやつはずっと空に浮かんだままだな。俺ぁ気味が悪いぜ……」


 白い砂浜の波打ち際で喉を潤しつつ、最近いよいよハゲてきたラヴァナが嫁に尋ねた。


「おい“ブラックレディ”、あの青いのはなんだ? 月じゃアレが浮かんでるのが普通なのか?」

「にゃ。何度も鑑定してみたが、叡智様は〈それより植物を観察なさい〉って……ほんとは知ってるけどはぐらかしてる感じだにゃ」


 孤島の空は明るく晴れていて、かなり蒸し暑かった。砂浜に立つムサの目の前には青く透き通った海が広がっているのだが——水平線の少し上に、奇妙な青い球体が浮かんでいる。


 青く丸い物体には白い煙のようなものが常に張り付いていて、白いもやの下は大半が青いが、所々が緑だったり、土色に汚れていて…………?


 ——この場にカオスシェイドが居れば、それが水と空気と植物を持つ「惑星」だと即座に理解しただろう。


 しかしムサたちは星を知らなかった。彼等にとって、ずっと上空に浮かんだままのマーブル模様の球体は「不気味な青い物体」でしかなかったし、その球体までの遠近感すら想像でず、手を伸ばせば捕まえられそうに感じられた。


 怪盗が冷たい水を飲みながら言った。


「ねえ、今日は無理だけど、今度倉庫に船を持ち込んで、アレを捕まえに行かない? 気づかれないよう船を漕いで、近寄ってさ……持って帰れば高値で売れるかも!」

「どうかにゃあ。あちしが思うに、あの玉は、ほんとはすっごく遠くにあるしデカいんじゃねーか。あちしには、アレが太陽の親戚に見える」

「そうすか? 俺には小さく見えるし……俺の倉庫はLv5ですから、捕まえれば収納できる予感がします。むしろ問題は、アレが俺たちの知らないモンスターかもしれないって所すね……今のところ魔物には見えませんが、俺たちが海に船を浮かべて、近づいたらぐわっと襲いかかってくるかも」

「……惜しいなぁ。息子のカメラがあれば撮って帰るんだけど」


 浅黒い肌のリーダーが球体を眺めながら言った。


「最近あいつがギルドに売ってる魔物やダンジョンの“写真”は、熟練のはずの俺らでもありがたい。神々は神託で敵の情報をくれるけど、言葉だけじゃ敵の見た目はわからないし……あの“カメラ”ってやつ、どうやってるのか聞いたけど、ハンドータイがどうとか、そうじゃなきゃ塩みたいな銀がどうとか——俺にはまったく理解できなかった。カッシェもカメラを売ろうとしてるけど、まだ作れないみたいだし」

「——売ると言えば、ポコニャさんはいつまで『子供料金』をやるつもりすか?」


 ムサはすかさず口を挟んだ。誕生日にもらった盾があまりにも素晴らしかったからだ。


「あの法律のせいでカオスは最近ケチくさくなってますよ。この前三十路の節目ってことで久々に(これ)をもらいましたけど——例の法律がなきゃ混沌の影はもっと良い装備をタダでくれる気がします。たぶん鬼のように高えパルテ・スレヴェルの服だって……盾役(タンク)としては、皆さんの命を守るためにあの服が欲しくてたまらないのですが」

「にゃ……あちしも最近、『無詠唱に料金を取る』と脅されているが、保険金のおかげでミケやカッシェは迷宮に入り浸りになれねぇ。だから……三本尾(スリーテイルズ)はまだ弱いから、迷宮に入って稼ぐより服屋でバイトするほうが確実に儲かるし、なので——」

「それも最近怪しくないすか。狐と狸はこの前成人しちゃったし、一番弱いはずのパルテでも、防御力だけならウユギワ時代の俺と同等すよ。マジであの紳士服が欲しい……ねえ組長(ギルマス)、悪法を続けるなら俺に70金貨(ドルゴ)ほどおごってくれません?」

「——そろそろ帰ろうぜ、ナンダカ」


 ラヴァナが話をぶった切って立ち上がり、マントについた白い砂を払った。ムサとしては不満だったが、ナンダカ家もラヴァナ家も、自分たちの子供が迷宮に入ることには絶対に反対の立場で一致している。


 ——まだ子供だから。未成年だから。


「……年が明けてすぐカオスシェイドは成人すよ? ミケも春には13歳です」

「ところでポコニャ、勇者の木の実だってのはほんと? ひとついくらで売れるかしら」


 ムサは親御さんたちに警告したが、斥候の怪盗が聞こえないふりをして階段に入った。岩穴の中で上向きに伸びる階段を登ると、登った人物は不思議な事に前の階層へ移動できる。ムサは怪盗術の転宅のような原理だと考えていたが、ナサティヤによると「絶対違う」そうで、仕組みは不明だ。


 盾役のムサはパーティの一番最後に階段へ足を踏み入れたが、ふと気配を感じて振り返った。


 砂浜のずっと遠くに20名近い集団が見える。


 ムサもそうだが、蒸し暑い中で全員が同じ漆黒の全身鎧を着込んでいて、遠目では判別しがたいが、白いマークが刺繍された赤マントを羽織っている。


 きっとムサたちと同じルートを辿ってきたどこかの冒険者だろう。



  ◇



 帰り道は楽だった。


 各階に7つの下り階段を持つノモヒノジアは下層に進むには辛い迷宮であり、毎度7つの選択肢を迫って組み合わせ爆発を引き起こす。しかし逆方向に進むなら上り階段は常にひとつだし、階層を上がれば敵が弱くなる。


 ムサたちはナサティヤの斥候を頼りに戦闘を避けてサクサクと階段を上がり、4層で少し寄り道し、ツイウス系の冒険者が入り浸る階層で砂糖を収穫してから迷宮を出た。ツイウス王国は最近乱れているそうで、新市街の区長でもある黒猫がツイウス人から引っ越しの相談を受けたりもした。


 迷宮を抜け出すとラーナボルカ市は日が沈んだあとで、ムサ以外の全員はすぐに冒険者ギルドへ向かった。ギルマスの“ブラックレディ”が剣閃たちの収穫を公平に鑑定し、他の全員が査定額に激しく抗議する、いつもの儀式(おやくそく)をやるためだ。そしてそのあとは夜中まで盛大な飲み会が開かれるのだが——……。


 その日のムサは飲みたい気分じゃなかった。さっき孤島で「勇者の実」を収穫したばかりだし、査定で議論が難航しそうだというのも理由のひとつだった。


 バカップルどもがデートでイチャつく広場の屋台で一人前の夜食と酒を買い込み、一人暮らしの自宅まで歩く。


 団地の長い階段を登って5階の暗い廊下に出ると、通路の奥にあたる角部屋のドアが少し開いたままになっていて、戸の合間からランプの淡い光が漏れていた。


 ——俺たちのクラン・ハウスに、誰かいる……?


 不審に思って近づいたムサは慎重にドアを押し開き…………少年少女の甲高い声を聞いた。


「にゃ、にゃ……なら三毛猫はもう一枚引いてやるッ!」

「「「 どーぞどーぞw 」」」

「ふにゃあぁ……! 後悔しやがれッ、てめーらッ!」


 室内では、三本尾(スリーテイルズ)のお子さんたちがトランプに興じていた。




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