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コンテストの誘い


「エプノメ、靴脱いで。玄関脇に靴箱がある」


 ミケが短く指示を出し、エプノメじいさんが子猫の倉庫に入る。キツネとタヌキと吸血鬼も後に続き、最後に倉庫へ入った俺は、玄関口を背中で塞ぐように座った。


 俺にはHPの壁が3枚もあるので、後ろから魔物に刺されても一撃じゃ死なない。というわけでカオスが入り口にフタをするのがパーティのお約束で、特に文句もない。


 ミケが倉庫のスキルを獲得してくれたのは後衛の俺としてはありがたいことで、この数年、冒険者らが「家賃」と呼ぶ倉庫のコストをリーダーに任せている。常世の倉庫は割合でMPを奪うが、俺の1割とミケの1割では取られるMPに10倍の差が出るからだ。


 Lv2まで上がったミケの倉庫は多くの冒険者がするように居住スペースになっていて、レベルの自乗に等しい4立方メートルの空間が確保されている。


 子猫は自分だけの倉庫をファッションと同じ情熱を持って改装していて、一階建ての広々とした空間にはロフトのベッドがあり、泊りがけの探索に挑む時は「女子は上、カオスは下で寝袋」のルールで宿泊できるようになっている。


 ロフトの直下には仕切りのあるトイレと可愛らしい文机があり、机にはミケと友人2人の写真がいくつも飾られていて、羽ペンやインク、最近持ち歩かなくなった豚のぬいぐるみが置かれている。


 部屋にはいかにも猫が好みそうな白いふわふわの絨毯が敷かれていて、壁際には2台のギターがスタンドに掛けられている。俺とミケが5歳から使っているアコギだ。俺のギターはユエフーに譲ってしまったので、もはや俺のものではないが。


 ユエフーがギターを預けているように、ミケの部屋にはパーティメンバーの私物もちらほら置かれていて、太陽が嫌いな吸血鬼は日傘や外套といった日除けグッズを常備しているし、ノールは休憩中の読書用に本を数冊置いている。そして俺は、ウユギワ村でルガウ少年の父から買った小型コンロを置かせてもらっている。


 マントを脱いだミケが玄関脇の戸棚からそのコンロとヤカンを取り出し、俺は無詠唱で水を出し、コンロに火を入れた。同じ事はノールにもできるが、持っているMPが桁違いなので煮炊きは俺の仕事だ。


 1階部分の中央には足を折り畳めるちゃぶ台と座布団があって、ミケは店でも出しているハーブティを小洒落たカップに注ぎ、客人のエプノメを含めた全員に出した。


「いいか……まだ証拠こそないが、領主は〈月〉だ。それを忘れないでくれ。わたしは連中の血の臭いを知っている……爵位を不当に奪われたときと同じ臭いがしたのだ」


 じいさんは茶で酔いを覚ますと真面目な顔を見せ、改めてポケットから羊皮紙を出した。それは、あと数日以内にラーナボルカ伯爵が街の服屋に配布する予定のチラシの草案で、伯爵によると、街の市民や冒険者向けに別のチラシも作らせているそうだ。


 ——ラーナボルカ伯爵主催、美男・美女コンテストのお知らせ!


 チラシの大見出しにはそう書かれていた。この数年で文字を覚えたミケがワクワクした顔で覗き込み、内容を要約して読み上げる。


「にゃ。ラーナボルカの領主のおっさんは、このたび街で一番の美男と美女を見つけたいと思いました。我ぞと思うラーナボルカ市・ツナウド市・ドーフーシ市の男女は、是非ともご参加を! 美を競うわけですから、顔や体の良さはもちろん、服装も審査の対象になります。街の服屋は稼ぎ時でしょう。応募条件は30歳以下の成人の男女に限り、優勝賞金はそれぞれ100金貨(ドルゴ)です! ——にゃ。ミケは無理だがユエフーは出場できる!」

「一応言っとくとノールも成人だから出られるわよ? わたしよりおっぱい大きいし」


 ユエフーが口を挟んだが、ノールは即座に両手でバツ印を作った。赤面し、三つ編みを揺らしながら激しく首を左右させる。


「まあ、コンテストなんてブックの柄じゃないもんな」


 パルテが茶を飲みながらニヤついた。


「しかしじいさんはマジで良い事を教えてくれたぜ。ユエフー、改めて確認するが賞金は店の全員で山分けで良いんだよな?」

「その代わり、わたし専用の超カワイイ服を作ってよね? わたしも裁縫はするし、うちの店の全員が本気出したやつが良い! そうすれば、分け前に加えて服も手に入る♪」


 ユエフーはすでに勝った気で笑い、


「にゃ! 少なくとも100金貨は確定! 例のアイツも勝てば、追加で100が手に入る!」


 頷く子猫にエプノメが口を挟んだ。


「おい子どもたち、わたしの警告を忘れていないか? それに、アイツとは誰だ。カオスシェイドは——まあ、顔は——いや、そんなことよりこの少年は出場できないぞ、未成年だからな」


 俺をフルネームで呼ぶな。あと俺の顔がなんだってんだ。


「出場できるのは30歳以下で、成人している独身者のみだ」

「にゃ☆ アテはある。今日は早めに迷宮から引き上げて、事務所で剣閃の風を待つ。みんな10時半には戻るとゆってた」

「——だけど、わたしはともかくあの人で勝てるかしら?」


 自信過剰なキツネが口を挟み、ミケもその点は心配みたいだった。三角耳をペタっと伏せる。


「にゃ……確かにアレは女にモテたことがありません」

「でしょうね」

「だなぁ。服屋として、おれもガキのころからあの人のために服を選んで来たが……」

「読めたぞ孫よ……アレを使うとは、はなから勝負を捨てる気か?」


 休憩を終えた俺たちは倉庫を抜け出し、ダラダラと1層を歩きながら出現した雑魚をワンパンし(そのたび老人が腰を抜かし)、落書きだらけの迷宮を引き返した。


 ——みんな、ムサさんにもっと優しくしてあげなよ。



  ◇



 ノモヒノジア迷宮の入り口はラーナボルカ旧市街の中央広場にある。


 街のど真ん中に迷宮があるのは危険そうだが、構造上、冒険者の大半が浅層をうろつくノモヒノジアから外へ出られる魔物はまずいない。その上、迷宮の入り口は長年の歴史によってコンクリやレンガの分厚い壁に囲まれていて、出入り口には鋼鉄の柵まであった。


 そんな迷宮のある中央広場にはたくさんの屋台が並んでいて、布を張った屋根の軒先にはオレンジ色のランプが浮かんでいる。広場の周囲にはホテルや冒険者ギルドといった大きな建物が並んでいて、古びた岩やレンガの建材にはコケやツタが生え、創立5年のフェネ地区と違い歴史ある佇まいを見せている。子供の集団が水の呪文を暗記しようと甲高い声で歌っている。


 日が傾いた午後6時、早々に迷宮を出た俺たちは少し屋台を見て回り、金を出し合ってツイウス産の砂糖をふんだに使ったクッキーを買ったあと新市街に戻った。


 自分の店があるエプノメじいさんとは大通りで別れ、俺やミケが暮らす西海岸の団地に向かう。小動物らと店長は俺の自転車に交代で乗ってそれぞれ転倒した。冬の近づく季節だが、吸血鬼のパルテは日傘を差した状態で乗ろうとしたので特に酷い転び方をした。


 生まれてからずっと月なんてない空は暗く、自宅のある団地の各部屋には明かりが灯っている。


 新地区が誕生したあの日、怪盗の母はこの団地を剣閃の風専用にするとして大暴れしたが、同じ剣閃の区長は許さなかった。ていうか俺も区長に請われて母さんに癇癪玉をくらわせたし。


 結果、最上階こそ剣閃の風が独占しているが、団地の下階はその他の住人のもので、俺と子猫は同じ団地の住人と軽く挨拶しながら階段を登った。当たり前だがエレベーターは無しだ。


「ミケの家にはよく遊びに行くけど、剣閃の風のクラン・ハウスに入るのは久しぶりだわ」


 5階の通路まで上がると、狐のユエフー・コン・フォーコが階下を見下ろしながら言った。


「やっぱフェネ地区は空が広いわね……ミケもカオスも羨ましいな。ラーナボルカは海がある西側以外は壁に囲まれてるから、旧市街のうちなんて、周りは全部城壁か住宅ばっかり」

「にゃ? でもユエフーは去年からアパートで一人暮らし。羨ましい」

「そう? ——まあ、実家よりはマシかもね。あいつら未だにわたしを心配しててさ、たまに帰るとうるさくて」


 子狐の両親はラーナボルカの旧市街に豪奢な自宅を持っている。俺も1回だけ行ったことがあるが、父親は厳格そうなスキンヘッドで、母親は美人だが寡黙で神経質そうな狐獣人だった。


 ユエフーはそんな両親から英才教育を受けていて、この世界の楽器や音楽を教わっている。俺の目当てはその教本やら楽譜だったのだが、父親は娘が連れて来た男たるボクに爆発寸前で、絵画アプリに楽譜を書き写してすぐに立ち去った。


 俺が生まれつき持っている絵画アプリは極大魔法の魔法陣を含めたあらゆる図案を管理できるし、印刷アプリと連携し、メモった図形を紙に写すこともできる。


 見た目はお絵かきソフトそのままで、描画のやり方は地球のタブレット端末と同じだ。目の前に表示されたディスプレイを指でなぞると線を引けるし、ベクター系のソフトのようにツールを使って円や矩形を作図することもできる。


 俺がこの5年で手に入れた〈結界〉スキルもこのアプリで管理している。


 結界術は、俺が習得済みの詠唱系スキルに対応する特定の図形を、描く・刻む・刺繍することで効力を発揮させることができ、術の発動に必要な図形は叡智アクシノに聞けば教えてもらえる。


 アプリ上で正確な図形を描くまでは面倒だが、絵画アプリに原本さえ用意すれば、裁縫以外は〈印刷〉できるので楽になるということだ。当然、結界にはコストとパフォーマンスがあって、裁縫>彫刻>>インクの順で、インクが最も弱い代わりに簡単だし消費MPが低い。


「にゃ。お入り」


 ギルマスの娘がドアに鍵を刺し、俺らの団地の5階、角部屋にある剣閃の風の集会場(クラン・ハウス)に客人を招いた。


 クラン・ハウスの室内はこざっぱりとしていて、居間には簡単な木のテーブルと迷宮の資料を集めた棚があるくらいだ。俺の家のような壁板は無く、団地を形成している岩肌が剥き出しで、窓は木製の鎧戸のみになっている。居間に直結のキッチンには薪を使う小型のコンロとヤカンしかない。


 ミケに目線で合図され、俺は手慣れた動作で無詠唱の火を部屋の各所に放った。この世界には電気なんて無い。壁に取り付けられた鯨油のランプに火が灯り、独特の匂いがした。


「父さんたちはまだ帰ってないね。今頃は引き返してる最中だと思うけど」


 剣閃たちはまだ迷宮のため、中は無人だった。


「にゃ。10時半に戻るとゆってたから、ムサが戻るまで“ゲーム”で時間を潰す」


 ミケがさくっと倉庫を開き、事務所より何倍も快適な自分の部屋から仕立屋パルテ・スレヴェルで販売中の小物を持ち出して出てきた。


「にゃ。カッシェが負けたら、明日ミケにも魔法陣の演出。昨日の勝負ではノールがなにを言っているのか理解できなかったが……三毛猫は今日、迷宮で学びました。魔物が出るたび足元で図形が光って、魔法を使って……あれは確かにかっこよかった!」

「——!! ☆(^∇^*)V」


 13歳の寡黙なタヌキが得意げにぽよぽよの胸を張り、来年中1になる三毛猫は異世界のテーブルに地球の「トランプ」を広げた。


「やめろよ、ミケもかよ……昨日ゲームで負けた時は別に良いかなと思ったけど、戦闘中に無意味な魔法陣を描くのってすげえ面倒なんだぞ? 罰ゲームとしては割に合わない。うっかり描くのを忘れたらアクシノが脳内で『ルール違反だ』とかうるせえし……叡智持ちの店長なら、こういう時のアレのウザさがわかるよな?」

「効いてて草」


 おいパルテ。蚊遣(かやり)を炊くぞ吸血鬼。


「ふーん? わたしも昨日はどうかと思ったけど、ちゃんとやらしい罰になってたのね。それならわたしもカオスにかっこよくしてもらおうかな」


 ユエフーが木製の鎧戸を開き、暗い西の海から柔らかな海風が吹いてきた。




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