七年の成果
「鑑定」
鑑定先がヒトなので、詠唱すると目の前にディスプレイが出てきた。Lv7のフェネ村長を超えるLv9の鑑定結果は、加護やスキルの意味はもちろん、どのステータスが上がりやすいかまでわかる。
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名前:ミケ〈昼寝中〉
レベル:12
EXP:8,942/12,703
年齢:7
職業:なし
出身:レテアリタ帝国シラガウト伯爵領ウユギワ村郊外
両親:ラヴァナ、ポコニャ
前科:
食い逃げ1,131回
小遣い泥棒257回
加護:
冒険の加護Lv9(敏捷を増加させ、HP2と〈冒険〉スキルを与える)
剣神の加護Lv9(腕力を増加させ、〈望剣〉スキルを与える)
拳神の加護Lv9(腕力を増加させ、〈望拳〉スキルを与える)
称号:
泥棒猫(窃盗の回数に応じて怪盗術の成功率が上昇)
スキル:
望剣Lv2(望みの剣術流派のLv2までのスキルを得る)
骸細剣術、邪鬼心示現流(魔物の剣術を使う)
基礎魔法剣(基礎的な魔法で剣を強化する)
望拳Lv3(望みの武術流派のLv3までのスキルを得る)
豚氏八極拳、豚氏長拳(豚の格闘術を使う)
冒険Lv3(冒険者に役立つLv3までのスキルを与える)
解体術(死骸から肉などを得る)
罠感知(簡単な罠に感づく)
冒険(命がけの挑戦をするとき、HP以外の基礎能力を3倍にする)
怪盗Lv4(盗んだり遁走したり博打を打つ)
拝聴Lv3(敏捷3%と引き換えに言葉や神託がよく聞き取れる)
HP :0/2
MP ○:61/173
腕力 ◎:1,348(1,201+147:鋼鉄のレイピア)
知性 △:53
防御 ○:337
特防 △:79
敏捷 ◎:525(541△3%)
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ディスプレイは他人には見えないので、俺は取り急ぎ口頭で結果を伝えた。
「あ、ミケの〈拝聴〉がレベル3だ。昼寝してるのはスキル獲得の反動かも。歌さんが最初にこのスキルを寄越した時も寝っぱなしだったし……」
「にゃ……! この前見たときは2だったにゃ?」
「並ばれたなぁ……このスキル、レベルが高いほど鑑定結果を早回しで聞けるので、またしばらく負けが続きそうです」
そう伝えつつ、「常世の倉庫よ……」と詠唱しインベントリを開く。こっ恥ずかしい詠唱をしないと開閉しないのはこの倉庫の欠点のひとつだ。
眼の前に直径50センチほどの円が現れ、奥に転生を思い出す真っ白な空間が見えた。
約1立方メートルの真四角な空間は、それ自体が発光する厚さ10センチ程度の白い壁に囲まれた立方体で、中は寒くも暖かくもない。
倉庫には俺が手作りした木の棚が置かれていて、拾ったり作ったり親に買ってもらったりした雑多なアイテムが並んでいる。長すぎて棚に置けず、立方体にナナメにして立てかけられている布袋は俺の秘蔵のアイテムだ。
俺は棚から自作した模造紙(製法は鑑定で覚えた)を取り出し、ホーム画面から〈印刷〉アプリを立ち上げた。このアプリは印刷用の紙さえあれば多少のMPと引き換えに印字できるし、石版があれば刻印できる便利な機能だ。
「この腕力……親子喧嘩したら旦那を含めて娘に殺されるにゃあ。ナサティヤ直伝の〈怪盗〉を覚えてる時点で望み薄にゃ。あの術、なんでもアリだから……」
ポコニャさんは手渡したプリントを見て面白い感想を述べた。
「いやいや。遠距離からの魔法で勝てますよ。ズルすぎるから俺も模擬戦じゃ魔法は禁止にしてますし。あとは鑑定の連打ですね。MPが必要ですけど、薬を飲めば……」
「無茶ゆーにゃ。鑑定連打はよく娘にせがまれるんにゃけど、あちしの叡智の加護はレベル5にゃ。〈鑑定Lv1〉でも、最低29はMPが減る。カッシェのよーなわけわかんねー加護レベルと同じにしちゃダメにゃ。
それに、鑑定はMPの減りが不定だから、あちきが使うとMP切れでいつ気絶するかわからにゃー。村長の狐でも連打は難しいだろにゃ、薬は高価だし」
残りMPの把握か……そこは考えてなかったな。
俺はステータス画面を開けばノーコストで残りMPを確認できるが、他の人にこんな能力は無い。自分の残りMPが知りたければ自分に鑑定をかけるしかなく、それでようやくステータスが表示される。
「カッシェは最近どーなんにゃ?」
身内と言ってよい人なので、俺は自分のステータスも印刷することにした。
ステータス画面があるので俺自身の鑑定にMPは不要だが、ステータス画面の内容は俺の鑑定レベルに比例してアップデートされるようで、現在はなかなかの情報過多になっている。
俺は一旦「すべて選択」して画面の内容を作文アプリにコピペし、目だけのキーボード操作でこちらの文字に翻訳したり、少し情報を書き換えた。
とりまSPの欄はカットだ。
このポイントは俺しか持っていないステータスのようで、数値の意味を鑑定しても〈アプリに使うやつだよ、知ってるだろ〉としか教えてもらえない。他人に見せる意味は無いし、根掘り葉掘り聞かれて転生のことを教えるハメになったら嫌だ。
続いて〈印刷〉を捏造した。
俺の〈印刷アプリ〉はアプリであってスキルではないため、村長の狐に鑑定されても鑑定結果に出ない能力なのだが、俺は普通に印刷を使うので、ある種のスキルなのだと偽装することにしている。
俺は結果をプリントして手渡した。
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名前:カオスシェイド〈通常〉
レベル:13
EXP:9,992/14,347
(SP:0)
年齢:7
職業:なし
前科:なし
出身:レテアリタ帝国シラガウト伯爵領ウユギワ村郊外
両親:ナンダカ、ナサティヤ
加護:
星辰の加護Lv∞(加護の効果を上昇させ、HP3と〈調速〉等のスキルを与える)
叡智の加護Lvi(知性とMPを大幅に上昇させ、〈翻訳〉等のスキルを与える)
称号:
豆少年(植物系の攻撃に対してのみ防御と特防が15増加)
スキル:
鑑定Lv9(※長考中)
翻訳Lv2(レベルに比例して未知の言葉を理解可能になる)
教師Lv1(自分のスキルを他人と共有できる)
無詠唱Lv3(3つの詠唱スキルをLv3まで即時発動する)
鑑定/調速/鍛冶
鍛冶Lv3(武器や防具を強化し、補修する)
倉庫Lv1(MP10%と引き換えに常世に倉庫を持つ)
小刀Lv9(ナイフによる基礎的な戦闘や調理、細工が行える)
骸細剣術Lv2(髑髏の細剣術を使う)
印地Lv3(投石の威力と命中率を上げる)
体術Lv1(基礎的な護身術を覚える)
火炎Lv4(詠唱で炎を起こす)
水滴Lv1(詠唱で水を出現させる)
調速Lv3(歌や演奏の調子を合わせやすくなる)
拝聴Lv3(敏捷3%と引き換えに言葉や神託がよく聞き取れる)
印刷Lv1(紙などに文字を記す)
HP :1/3
MP ◎:403/6,884(7,649△10%)
腕力 ○:878(131+747:シルフの懐刀)
知性 ◎:1,429
防御 △:97
特防 △:97
敏捷 ○:256(233△3%+30:シルフの懐刀)
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七年かけた成果がこれだ。
雑多なスキルは〈修行〉のミニゲームで一気にレベル3まで得たものもあれば、レベル1だけ修行アプリで取得し、そこから自力でレベルアップさせたものもある。小刀がそれだ。
一方で、ゼロ歳で9まで上がった基礎レベルは13に増やすのが限界だった。
この世界でのレベルは10付近に一般人の壁があり、必要経験値が急激に増える。日々ダンジョンに潜る冒険者ならともかく、ただのクソガキにEXP獲得の機会は少なくて、俺は近所に出現する植物系のザコモンスターを7年がかりで殺しまくった。変な称号をもらうほど殺したが、それでようやくレベル13だ。
でも、それでも少しずつ俺は強くなった。努力はできたと思ってる。
「昨晩、ようやく火炎が4になりました。うれしくて朝食をトンカツにしたくらいで」
ポコニャさんは俺のステータスを読んでため息をついた。
「にゃ……歌様はともかく、相変わらず叡智様の加護が『キョスー』か……あちきには未だにキョスーがなんなのかわからん。鑑定しても〈実数ではない数です〉としか教えてもらえにゃい……意味不明にゃ」
一般に、加護のレベルは整数であり、値が大きいほど多彩なスキルが得られるし、スキルのコストも小さくなる。俺の加護レベルは無限と虚数で、無限はともかく、この世界の数学にはまだ虚数の概念が無かった。
「MPも、相変わらず冗談みてーにゃ値だにゃ。あちきより6もレベルが低いのに10倍も……鑑定スキルの『※長考中』ってなんにゃ」
よくぞ聞いてくれたな。
「実はアクシノと……さまと、先月からやってる将棋対戦が佳境で。勝ったら鑑定のレベルが上がる約束なんです。四歳から何度も勝負して……今回こそは勝てそう」
「ショーギ? 前におまえが村長相手に大勝したアレか。あちき、ミケや旦那相手なら負けたことねーけど」
「あ、レベル目当てで勝負を挑むのはやめたほうが良いですよ。叡智の女神は生半可じゃないです。どうも鑑定は、本来はレベル9が最大みたいで、アクシノ様はその先を考えてなかったそうで……将棋で勝てたらってのは、仕方なく用意された『神の試練』なんです」
鑑定スキルのレベルはただ鑑定するだけでは上がらない。鑑定結果を活用する必要がある。
味噌や醤油、ソースなどを作り、しかも「叡智の女神様直伝」で売り出した俺はアクシノに褒められグイグイと強化を受けたのだが、それもレベル9までだった。
〈レベル9以降の〈鑑定〉なんて無いよ。9になった奴はこれまで何人もいたけど、みんなカンストしたと思って満足した〉
そう言われ、ならばと将棋を提案したのは三歳の終わり頃だ。
叡智さんは異世界の遊戯に興味津々で、ある程度知識のあった俺は穴熊でも組んで適当に攻め込めば勝てると内心ほくそ笑んだ。
なんで異世界の女神が初見のゲームで藤井システムを思いつくんだよ。ふざけんじゃねえ。
ちっとも勝てないまま数年、いじけてしまった俺を見かねたアクシノは香落ちや飛角落ちに応じてくれるようになり、ついに先月から始めた十九枚落ちの対局で俺は初めての勝利を掴みつつあった。現在叡智さんは長考中だが、あれはたぶん詰んでる……詰んでたらいいな。
「にゃ、神の試練か……やめたほーが良さそうだにゃ」
「俺と同じ叡智持ちだし、鑑定より〈教師〉はどうです?」
教師スキルは教師役が習得済みのスキルをLv1の状態で生徒に与える異能で、MP等のコストを俺が引き受ける代わりに、生徒は自由にそのスキルを使えるし、まれにスキルを獲得することもある能力だ。
まあ、二年間これで鑑定しまくっているミケは未だに鑑定を獲得できずにいるので、適正が無いとダメなものはダメみたいだが、少なくともミケに鑑定を貸し出すことはできる。
「気軽に言うにゃあ……スキルってニャかなか手に入らないんだぞ」
ポコニャさんはアクシノにニャムニャムと祈ったが、叡智は〈教師〉をくれなかった。
「にゃ……そろそろお昼の用意を始めるかにゃ? 【温泉の加護】のおかげであちきの火炎はレベル7だし、水滴は、その上の〈濁流〉までスキル昇格させてるし」
「コツを教えてください」
「にゃ。冒険者は、炎と水が扱えると引手数多にゃ。【溶岩の加護】のナンダカもそれで有名にゃ」
俺はインベントリからそば粉や油を出し、ポコニャさんは素早い鑑定で周囲の草むらから山菜を摘んだ。鑑定すれば目の前の草が食用か否かすぐにわかるが、草むらのどの辺りに鑑定をかけるのかは単純なレベルでは測れない高等テクニックだ。雑草はレベル1、キノコ類は念の為レベル2で鑑定するというMP節約術もある。
キノコや山菜をかき揚げにしていると子猫が匂いに目を覚まし、強烈な腕力にモノを言わせてそば粉を練ってくれた。ミケはレイピアで器用にそばを切り、茹でた麺をポコニャさんが〈濁流〉スキルの冷水で締める。
木陰の中、俺たちは土蔵で仕込んだ麺つゆで馥郁としたザルソバを楽しんだ。俺とミケは箸を使ったが、ポコニャさんは「面倒」の一点張りで指だ。身に染み込んだ文化というのはなかなか変えがたいね。
昼食後は一般教養の時間で、最低限の文字や小石を使った算数を教わった。
ウユギワ村に学校は無いので、俺たちに限らず、村の子供はみんなこうして親から基礎的な学問を教わる。特に鑑定持ちのポコニャさんは物知りで、村でもトップクラスの先生だ。少なくとも母よりは教えるのが上手い。
しかしミケにとってこの時間は地獄だった。
何度も居眠りを叱られながらミケは新しい文字をひとつ覚えたと主張したが、この子は明日まで覚えていられるだろうか。
「みゃ……いつも三毛猫ばかり。ママはたまにはカッシェを叱るべき」
ちなみに俺は前世を通じ今でも馬鹿だが、四則計算くらいはできるし、数千字を扱う日本人だ。1歳の時点でこの世界の文字を覚えていた。
そんな座学を終えたら、今度は実践——ポコニャさんに魔法を教わる時間だった。
「なにゃにゃーにゃうにゃ・にゃーにゃ・にゃいにゃー☆」
「違うにゃあ……今朝もそんなだからカッシェに避けられた」
「にゃ?」
「なにゃにゃーにゃうにゃ・にゃーにゃ・にゃいにゃー☆ って感じにゃ。やってみれ」
「なにゃにゃーにゃうにゃ・にゃーにゃ・にゃいにゃー☆」
「違う……にゃーってところがニャーってなってるにゃ? そこは神様の名前にゃのだから、ちゃんとにゃーって言わないとダメにゃ?」
「にゃ?」
もっと短く「てじなー●ゃ☆」とかじゃダメなのかな。ゲシュタルト崩壊しそうな猫用の詠唱は俺にはサッパリだったが、猫獣人はこれで分かり合えるようだ。
この世界の魔法は、原則として〈詠唱〉を必要とする。ここで詠唱とは火や水の神への「讃歌」であり、歌がなければ奇跡は起こらない。めちゃくちゃ簡単に発動する鑑定ですら女神アクシノに「鑑定」と詠唱しなければなにも起こらない。
これは格闘スキルも同じで、武器や肉体で特定の「型」を演じ、神々に特別な「舞」を捧げなければ奇跡は発生しない。
例外は〈無詠唱〉くらいだ。
これは空気を読む力において他に比肩する者のない叡智の女神が「まあ、祈ってるし詠唱は要らないだろ」と「察してくださる」ことで起きる奇跡であり、スキルレベルに等しい魔術を予め設定しておくことで、念じるだけで詠唱系スキルを発動できる。
修行アプリでこれを獲得している俺は、火炎ならLv3までは念じるだけで発動できるということだ。まあ、今のところLv4以上の火炎は無詠唱にできないし、枠にしても普段は鑑定・調速・鍛冶で満席だが。
詠唱系に無詠唱があるように格闘系にも「動作無し」から発動できるスキルがあるようだが、ミケはともかく俺がその能力を獲得することはなさそうだ。俺に加護を与えているのは叡智アクシノであり、讃歌を含む〈歌の女神〉なのだから。
「次はカッシェにゃ? 覚えたばっかの火のレベル4、詠唱してみ」
しかし、叡智と歌が味方についていれば詠唱が得意になるかというとそうでもなかった。
「え? ぇと、その、炎の神、ょ、ヨチムラカよ、ゎ、我に……」
「照れんにゃ。神様の名はもっとはっきり! どうして照れる?」
無理言わないで。俺、名前の時点でカオスシェイド()なんだぜ。そもそも痛い名前の奴がカッコつけた痛々しい呪文を詠唱するとか、どんな羞恥プレイなの。
ポコニャさんがため息をついた。
「カッシェ……おまいの無詠唱はすげえ。魔法職のあちしからすると超うらやまのスキルだし、加護と知性からしてミケには一生無理なスキルにゃ。だけど、レベル4は唱えないと使えにゃーぞ?」
前世でもこれが理由でボーカルにはなれなかった。歌唱力以前に、俺は人前で詩を叫ぶのが苦手で……。
だけど、出来なきゃ試練で困るよなぁ。
◇
ポコニャさんの魔法のレクチャーが終わる頃にはずいぶん日差しが穏やかになっていた。あと二、三時間もすれば夕方になるだろう。
俺もミケもHPがひとつ回復していたが、命がけの対戦は一日一回と決めている。その方がお互い真剣になれる。
一日の終わりに俺は倉庫から二本のアコースティック・ギターを取り出した。弦にオークの腸を張った手作りの品で、子供の手に合わせてネックは細めだ。ピックはゴブリンから剥いだ爪を使っている。
絵画アプリで手書きし印刷した譜面をミケに見せ、440ヘルツを「鑑定」して調弦したあと一緒にコードやアルペジオを奏でる。
この二年、俺はこうしてミケに地球の音楽を教えていた。
この数日練習しているパッヘルベルのカノンが夕暮れの近づく夏の草原に響く。文字がダメなミケは地球の楽譜も苦手だが、それでも二年でかなり上手になった。演奏のついでで、覚えたばかりの魔法剣の詠唱を「にゃー」と歌いながら暗記しようとしている。
「……カッシェはほんとにファレシラ様の御子だにゃ。いつも初めて聞くような曲ばかり……歌の女神様が喜ぶだろにゃ」
娘の演奏をのんびりと聞きながらポコニャさんが言った。
「月に行ってはいけないよ」
その言葉はこの七年、音楽を披露するたび色々な人に何度も聞かされたものだ。
これはこの世界で歌を聞いた人の「定型句」で、奇妙なことに言っている当人たちは自分の言葉の意味を知らない。ポコニャさんは「月」という単語の意味すら知らないが、この世界のひとたちは歌を聞くたび月に行くなと言うのだ。
当然「月」について鑑定したこともあるが、俺はずっとはぐらかされている。叡智の女神が〈ググれ〉とか言うのナシじゃね。
「……月っすか。行けるものなら行きたいですね。フライ・ミー・トゥ・●・ムーンって曲を知ってます?」
「にゃはは。歌様から天罰が下っちゃうぞ」
この返しも「定型句」だったが、上等だぜ。ていうかこの世界に夜空に〈月〉が浮かんでいるのを見たことがねえし。
ギターの練習を一通り済ませ、俺たちは家に帰ることにした。早ければもうすぐ両親やラヴァナさんが帰ってくるはずだ。
予想は裏切られた。
自宅に戻るとそこにはすでに両親がいて、黒豚討伐の報酬を酒に変えてきたらしく、オーク肉の極太ウィンナーをツマミに蜂蜜酒で顔を赤くしていた。父・ナンダカとムサはすでに泥酔し寝ている。
ミケは眠たい目でまだ飲んでいるラヴァナさんを見つめていたが、ふと思いついたように手を打って、「ちちー☆」とあざとく父親を抱きしめた。
「おお、娘よ……良い子にしてったか」
「にゃ。してた。当然。ところでパパ、レイピアは飽きた。ミケは新たに大剣を所望」
「はっはっは」
「はははー☆ ……買う?」
「はっはっは」
「買う?」
「はっはっは」
「……買わない?」
「はっはっは」
〈——怪盗術:巾着切り——〉
ミケがラヴァナさんからスキルで稼ぎを奪おうとする中、ポコニャさんは母に声をかけていた。母は笑い上戸で、ヒゲと子猫の格闘に拍手喝采していた。
「いいわよミケ! そう! そーやって盗むの!」
「おい怪盗ナサティヤ……明日はおまいがミケと走り回る番だからニャ? 二日酔いとか知らねーからにゃ?」
「ダメ! 取り返されるな! 盗みまくって怪盗様のご加護を手に入れろ☆」
◇
飲み会が終わり、全員が寝静まった夜。
家を抜け出した俺は土蔵の脇に設えてもらった窯にLv4になった火炎を放ち、小声で詠唱して〈倉庫〉を開いた。
三つのアイテムを取り出し、時間経過でMPが全快しているのを確認したあと枯渇するまで〈無詠唱〉の〈鍛冶〉スキルを使う。
(あと五ヶ月……)
クエストの期限が近づいていた。……近づいてるよファレシラさん?
俺はひたすら修行して約束の日に備えてきたつもりだが、一方で、いつまで経ってもなにも起きない日々に「実はずっとこのままなのでは」と油断したくなる。
んなわけねえと否定するのだが、マジで事件の無い7年だった。
MP切れで気絶しそうになりながら子供部屋の布団に入る。
クエストの期限にまた一日、近づいた。




