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マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜  作者: へぐ(hoeg)
第二章 地響きの前夜
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七年後の夏


 あの星辰祭から七年の月日が経った。


 夏も中盤の早朝、俺は少々伸ばし過ぎの髪をかきむしりながら、日課として家の裏手にある土蔵の様子を見に行った。


 父さんたちが手作りした雑な作りの実家と違い、ギルドに依頼を出し、土木系のスキルを持つ冒険者らに作ってもらった立派な蔵だ。帝国金貨が30枚ほど飛んだが、石積みのしっかりした土台の上に太い柱を立て、大量の土や藁、石膏で塗り固めてある。


 この土蔵ができたのは二歳の冬のことだ。我が家はお隣のラヴァナさん()と共同で両家の裏手に蔵を建て、それ以来俺はこの場所の管理を任されている。


 きっかけは一歳の誕生日だ。


 星辰祭から半年近くを豆の煮込みやら白オークの串焼きで過ごした俺はいよいよ発狂し、母さんが八百屋で買ってきた豆やら小麦を大量に盗み、〈常世の倉庫〉で発酵させた。これは〈修行アプリ〉で入手したスキルで、最大MPが10%減る代わりに1メートル四方のインベントリが手に入る。残念ながら転生モノでよくある時間停止効果は無いが、味噌や醤油を作るのには都合が良かった。


 味噌の作り方なんて俺は知らなかったが、俺にはチートがあった。


 作文アプリに「味噌」と書いて、その文字に対して〈鑑定〉したらアクシノさんが懇切丁寧に教えてくれた。鑑定が有能すぎて震えたものだ。もっとも、基本的に叡智の女神はこの惑星について全知であるだけで、俺がMPを捧げ質問しなければ地球の情報を得ることはできないそうだが。


 材料のうち麹作りには難儀したが、火炎スキルと鑑定による正確な温度管理で乗り越えた。ここでも鑑定様々だ。


 熟成に半年以上も待つ必要があったが、二歳になる前には味噌と少しの醤油ができて……こっそりペロペロ舐めていたら母に見つかった。


「なにを舐めてんの? これ……なに? ヤギの? それとも馬!?」


 得体の知れない茶色を舐めている俺はうんこを食ってると誤解され、もう喋れるようになっていたし、必死に言い訳した。


「違う。調味料。これは、その……アクシノ様に教わった」


 その言い訳が村に革命を起こした。


 それまでウユギワ村には塩とゴマ、あとは唐辛子に似た植物くらいしか調味料が無く、両親は驚いて味噌をギルドに持ち込んだ。村長でギルマスの狐、フェネ婆さんが〈鑑定〉をした。


〈【味噌】とは発酵調味料の一種で——中略——ワタシが味噌の作り方を? そうですね、教えました。より詳細な情報には鑑定Lv8が必要です〉


 アクシノはだいたいそんな返事を返したそうで、感激したフェネ婆さんは味噌を銀貨2枚で買い取ったうえ、情報料として「味噌の製法」にも高値をつけてくれた。


 婆さんはその味を「偉大なる叡智の結晶」だのなんだのと他人に自慢しまくり、製法を売り、村に少しずつ味噌が広まった。一方で両親は——ていうか、怪盗の加護を持つ母さんはさらなる野心を燃やして土蔵を建設した。


 母さんは醤油の作り方をあえて秘密にしたし、俺の〈常世の倉庫〉では豆板醤や味醂、キムチが熟成中だった。


 数年後、レテアリタ帝国のウユギワは美食の村として知られるようになった。



  ◇



 自宅の居間で白オークの肉を切りパン粉を付けて揚げていると、父さんが起きてきた。七歳児が刃物や油を扱っているが止めたりはしない。いつものことだからだ。


 背はそこまで高くない。浅黒い肌で、インドネシアかマレー系を思わせる顔立ちをしている。父さんはこの七年で髪を伸ばし総髪にしていて、俺も〈絶対防御〉のせいで散髪が手間だから真似しようかと思っている。できれば切りたくないし。


「起きた? 貴重な小麦を使っちゃったけど、新しい食べ物があるよ。そこのベーグル」


 まだ眠そうにしていた父さんは急に目を覚ました。


「久々だな……どれだ? べーぐるって言ったか。あの地獄のような『納豆』よりは旨いよな?」

「地獄て……納豆はずっと俺以外食べないね。違うよ、机のそれ。茹でた生地を焼いてみた」


 居間のテーブルにはベーグルが山盛りになったカゴがあり、父はそれをひとつ手に取って尋ねた。


「真ん中に穴が空いてるが、前に作ってたドーナツとは違うのか? これも、やっぱり……」

「そう。アクシノ様に教わった。モチモチしておいしいよ」


 それは嘘ではなかったし、叡智の女神・アクシノの名は非常に便利だった。


()()()()? ……知らない言葉だな、どこで覚えた」


 俺は前世云々のことを両親に伝えていない。中身がおっさんのガキなんて、俺だったら絶対に嫌だからだ。しかし一方で「豆の塩ゆで」だの「白オークの串焼き」を毎日食べるのは苦痛で、そんなものを食うくらいなら〈鑑定〉でレシピを入手し自分で料理したい。


 結果発生する子供とは思えない知識や行動、聞き分けの良さは、全部「叡智の女神様のおかげ」ということで誤魔化していた。ついでにゼロ歳で蜂やら豚を倒したのも「ファレシラと叡智の奇跡」ということで話がついている。


 ベーグルをかじって「うめえ」とかなんとか言っている父の前にコンソメスープとトンカツの皿を出し、倉庫から持ってきた中濃ソースをかけた。キャベツ(と俺が呼んでいる似たような野草)の千切りにはマヨネーズだ。


 朝っぱらから油ものだが冒険者の胃袋は強い。ウユギワ村には箸もフォークの文化すらも無いので、父は手づかみでカツを口に入れた。


「衣がサクサクだ。火炎スキルも上達してきたな……さすがは歌様(ファレシラ)のご加護だ」


 父・ナンダカはしみじみと言った。


「ダンジョンじゃ、食事は火と水が使える俺かポコニャの担当になるけど……早くおまえに成人して欲しいよ。俺もポコニャも料理なんて煮るか焼くかだ」

「へ? ——なら連れてってよ! ()()まで待つ必要ない。俺のHPは知ってるでしょ?」


 急にダンジョンの話が出て俺は興奮した。この七年、喋れるようになってずっと、俺はダンジョンに行かせてくれと頼み続けている。


 しかし父・ナンダカは穏やかに笑い、キャベツを素手で口に入れた。


「13歳になったらな。そのときは本当の名前を教えてやるし、迷宮にも連れて行く」

「ムサと同じで〈倉庫〉持ちだし、火も水もある! それに鑑定がようやく10に上がれそうなんだ。フェネ婆さんより3レベルも上になるよ!」

「母さんを起こして来てくれ。そろそろラヴァナたちが来る」

「……これ、お茶請け。まあこの村にお茶は無いけど。羊羹って食べ物で、日持ちするからダンジョンで食べても良い」

「オチャウケ? オチャ? ヨーカンってなんだ?」

「〈鑑定〉すればわかるよ」


 鑑定を持たない父を皮肉って俺は夫婦の寝室に入り、栗毛を布団に広げだらしない格好で寝ている母を小突いた。昨日まで三毛猫と森を走り回っていたので疲れているらしい。


 母を連れて居間に戻ると、居間に直結の玄関ドアがノックされた。父が簡単なかんぬきの鍵を外すと、お隣さん一家やムサが玄関で靴を脱ぐ。


「おう、来たな。おまえらベーグルって知ってるか? あの穴が空いたやつ」

「みゃ?」


 三毛猫獣人のミケが父の言葉に反応し、流れるような動作で靴を脱ぎテーブルについた。


 こざっぱりしたショートカットに身軽な服装で、生まれた頃は青かった瞳はいつの間にか緑色に変わっている。母親と違っていつも眠たそうな目をしているのはまだ子猫だからか。胸にはオーク革製のブタのぬいぐるみを抱いている。


 ミケは眠そうな目でベーグルを取り、すんすんと匂いを嗅ぎ(意味があるのかぬいぐるみにも嗅がせ)、箸でトンカツを食べ始めた。この子だけは俺が教えた箸を使ってくれている。


 寝起きで栗毛がボサボサの母さんが三毛猫の母に言った。


「……ポコニャ、今日からうちの子を頼むわね」

「疲れてるニャー? ゆうべミケから話は聞いたけどにゃ」

「……レベルはまだ8も下なのに、スキルを使われるともう追いつけないわね。私が持ってる〈怪盗の加護〉だけじゃ限界が来てる感じ」

「にゃはは。それを言うならあちしなんてずっと〈鑑定〉のレベルが6のままにゃ。あちしにも叡智様の加護があるはずなんだけどにゃあ……」


 我が家と隣のラヴァナ家は夫婦そろって同じパーティの冒険者だ。まだ七歳の俺たちは母と黒猫獣人のポコニャさんが交代で面倒を見ることになっていて、昨日までは母さんが俺たちを世話し、ポコニャさんはダンジョンに潜っていた。子供の世話は女の役目という話ではない。冒険者はもっと合理的で、父やラヴァナさんが抜けると純粋に戦力が足りなかった。


 テーブルでは、パーティの主力たる父とラヴァナさんが未だ独身のムサに話を聞いていた。


「そんで俺、酒場のマキリンにヤギ串を奢って続きを聞いてみたんです。そしたらそのパーティ、地図だけメモってすぐ逃げたって。まあ、ランクFやらEだけのパーティすから正解すけど——どうすか? 場所は聞き出してますよ」

「へえ、13層にでかい黒オークか……俺たちなら豚くらい余裕だし、黒豚は高値で売れる。半分だけ売って残りは俺たちで食うのも良いな。叡智直伝の黒豚餃子は蜂蜜酒(ミード)に合う」


 母の双子の兄で、巨漢のラヴァナさんがヒゲを撫でながら答えた。この七年で少しハゲたね。この人も素手で食べるので栗色のヒゲに少しソースが付いている。


「どうするナンダカ。今日は深く潜らず、13層で黒豚にしておくか?」

「母さん——ナサティヤ、おまえはどうだ?」

「そうねぇ……秋になれば蔵の味噌をまた売りに出せるし、しばらく無理は避けたいわ。先月も新米がゴブリンの群れに殺られたけど、このところ迷宮が活発な気がしない?」

「するっす! これも酒場で聞いた話なんすけど、ゴリが新米と賭けをして……」


 大人たちは打ち合わせを始め、俺はのけ者にされた気分で自分のぶんのトンカツを揚げた。


(くそ……俺も早くダンジョンに入らなきゃいけないのに)


 なにせ七年目だ。


 この世界の一年は十三ヶ月で、俺は一月生まれだった。一ヶ月はそれぞれ二十九日あり、今日は八月十二日……あと約五ヶ月で俺は八歳になってしまう。


 クエストの期限が迫っているが、それを達成する準備は充分できたと思っている。ただ、両親は絶対に俺を迷宮に連れて行ってくれない。


(成人するまで——13歳まで禁止なんて理不尽だ)


 いっそ家を抜け出してダンジョンに突撃してしまいたいが、そんなことをすれば両親は心配して追いかけてくるだろうし、その道中で死んでしまうかもしれない。俺が死ぬならともかく、攻略の目的を考えると家出は自己矛盾だった。


 トンカツの皿を持ってテーブルにつくと、眠たそうな三毛猫が嬉しそうに手を伸ばしてきた。子猫の皿にトンカツはもう無い。


「にゃ……さすがカッシェ、よくわかってる」

「いやいやこれは俺のぶん。おかわりじゃねえ」

「にゃ……?」

「小首をかしげて目を潤ませてもダメだし」


〈——怪盗術:巾着切り——〉


「おい!」

「じゃあ13層に決まりだ。ポコニャ、俺らは今夜か、明日の朝には帰るから息子を頼む」


 泥棒猫が窃盗スキルで俺のトンカツを半分奪ったが、いつものことなので保護者たちは放置だった。冒険者らは食事を終えるとガヤガヤと装備を確認し、迷宮に旅立って行った。


「にゃ……そいじゃおまいら、今日も遊びに行くのかにゃ?」

「にゃ」


 獣人の母娘がにゃーにゃー言った。



  ◇



 夏の日差しがまぶしい。


 黒猫のポコニャさんに連れられてミケと一緒にあぜ道を歩く。このあたりの夏は乾燥していて、うだるような真夏日はまず無いが、草原を割る一本道はバッタだらけで、セミの声も聞こえた。


 服装は、俺もミケもシャツと短パンで、それだけ見れば虫取りに行く少年少女といった趣だが、手にしているのは虫取り網より物騒なものだった。


 俺はあのオークを殺したナイフを構えている。味噌と醤油で大儲けしたとき母から譲ってもらった業物だ。ミケはレイピアを持っているが、これも共同出資で大儲けした父親に買ってもらったものだ。特に構えもせずだらりと下げている。


 ポコニャさんが娘のぬいぐるみを枕に木陰であくびをする中、俺たちは無人の草原で向かい合った。


「……カッシェ、まだ?」

「今やるよ」

「おー、きたきたー、力が溢れてきたー」


 ミケがのんびりとした口調でのたまい、レイピアを俺に向ける。この「遊び」はミケが五歳の頃から始めたもので、二年以上も続けている。


 俺たちはお互いに武器を向け、小さく礼をし、同時に詠唱した。


「「 〈鑑定〉 」」




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