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マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜  作者: へぐ(hoeg)
第六章 スリー・オン・スリー
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新しい加護 1


 昨晩から徹夜のムサはラーナボルカ邸の庭に潜み、眠たい目をこすりながら子猫が出てくるのを待っていた。その傍らには剣閃の風のリーダーがいるし、街の冒険者を統べるギルドマスターがいる。


 3人はラーナボルカの屋敷の庭で茂みの中に潜んでいた。体は全員ムサの倉庫の中で、その入り口は手入れされた生け垣の草の中に横長に細く開かれている。3人は倉庫の床に伏せ、トーチカのような倉庫の口から外の様子を見張っていた。


「にゃ、来た……!」


 子猫の母が嬉しそうにつぶやいた。


 ムサたちが見ている前で屋敷の勝手口が開き、寝不足の子猫がフラフラした足取りで庭に出てきた。


 銀色の鎧を装備したミケは右手を高々と上げ、ふらふらとした遅い足取りで庭の中へ走った。


「にゃああー。とるにゃー。これは子猫のものであるー」


 徹夜で眠いのもあるだろうが、子猫の演技は棒読みだった。しかし効果は充分なようで、怒鳴り声が響き、勝手口から中年の執事が顔を出す。


 おっさんは黒の燕尾服で、腹に溜め込んだ贅肉を上下させながら子猫を追いかけた。


「クソガキ、返せ! それは俺のコインだ!」

「にゃああー? だめにゃー。これはすでにミケのものー」


 子猫の右手には金色のコインのようなものがあり、おっさんは必死にそれを取り戻そうとしたが、子猫はふらふらした遅い足取りで回避した。ミケの敏捷はすでにナサティヤ先輩を超えている。あの程度のおっさんが相手ならどれだけ手加減しても捕まることは無いだろう。


 ムサの隣で伏せていたポコニャが「鑑定」とつぶやき、体を明滅させた。


「——にゃ、確認した! あいつも〈月の眷属〉にゃ……こ()はいよいよやべえことになってきた……!」

「12人目か……ミケの話じゃ、騎士団を除く屋敷の使用人は20人くらいだったよな? あのオッサンで12人目……ラーナボルカの使用人のうち、半分以上は〈月〉かよ」


 ナンダカがつぶやき、ムサは頷いた。


「でも、ラーナボルカ伯爵はどうしてあんな部下を飼ってるんです?」

「決まってるだろ? 大本のボスもソレなんだよ。厳密に言うと騎士団はまだ全員が〈月〉か確定じゃねえけど——この調子じゃ調べるまでもなさそうだ」


 ナンダカはため息をついて隣に伏せる黒猫を見やった。


「それで、ギルドマスター。おまえの娘は完璧に仕事をしてくれたが、俺たちはどうするべきだ? おまえもニケ様の眷属として指示を受けてるんだろ? ——先に言っておくが、依頼さえ出してくれたらなんでも引き受けるぜ。しかも達成してみせる……俺たちはポコニャの仲間だからな」

「にゃ。そいつぁ頼もしいねぇ。依頼料タダで構わにゃいとは!」

「——んなわけねえだろ。ひとり最低20金貨(ドルゴ)は取るぞ」

「にゃははw まあ冗談はさておくとして、ミケが騎士団に潜り込んだ目的は竜の皮の奪還だが、ギルドとしては——つまり冒険のニケ様としては、ケチな盗みなんざどーでも良い。三本尾は昨日、ギルドの依頼を達成したみたいだしにゃ?」


 ギルドマスターは怪しく笑った。


「クソガキたちのお遊びはこの辺で終わりにゃ。娘たちには明日からまたバイト暮らしをしてもらうことににゃる……叡智様が一番ヤベーと警告してた子犬はカッシェがボコって監禁してくれたし、こっから先はオトナの時間にゃ」

「——じゃあとりあえず、ハッセって奴を殺します?」


 期待を込めたムサの提案に黒猫は首を振った。


「それは()()先。どうも“冒険様”はもっと深い作戦をお考えで、それには例のコンテストが関わっているよーだ。あちしはマスターとして、〈少し泳がせろ〉と指示を受けている」

「なんすかそれ……街の地下に怪物(ドラゴン)がいるのに放置すか?」

「理由はわからん。聞いてもとぼけて詳しく教えてくれねー。冒険様は、そのへんはアクシノ様とそっくりだにゃ。実はお2人は裏で組んでるのかも……とにかく今は〈泳がせろ〉って神託を受けてる」

「我が家としては、できれば自宅に猛犬を置きたくないのだがね」


 ナンダカがまたため息をついたが、ギルドマスターはくっくと笑った。


「ナンダカは冒険者だろ? 〈冒険〉すれよ。ニケ様は、ナンダカが今よりもっと冒険することを望んでいる」

「うわ、それは怖いな……」


 ギルドマスターは横長の入り口から腕を出し、自分の娘にハンド・サインを送った。子猫はそれを待ちわびていたように「不徳のコイン」を放り投げ、執事のおっさんが三日月型のコインに飛びつく。コインは庭の草むらに紛れたが、執事は無様な格好で草を掻き分け、自分のコインを拾い上げた。


「にゃ。仕方ない……もう盗まれぬよう気をつけることだ」


 ミケはふんぞり返って太った執事に警告し、その直後、驚いた顔で耳を両手で塞いだ。猫耳ではなくヒトの耳を覆い、興奮した顔でなにかを聞いている。


「お、なんだ……? あの仕草は神託を受けてるよな」


 ナンダカが言い、ポコニャが即座に鑑定して嬉しそうに鳴いた。


「にゃ、にゃにゃ……!? やった……!! あとでラヴァナが来たら教えなくては……!」

「ミケがスキルでも手に入れました?」


 ポコニャ先輩は嬉しくてたまらない様子で頷き、仲間たちに告げた。


「違う、スキルじゃにゃくて〈加護〉! 怪盗の神ファイエモン様が今、ついに娘へ加護を与えてくださった! 長年のふてぶてしー食い逃げやトランプでの巧みにゃイカサマに加え、偉そうな金持ち貴族どもからお宝を盗みまくったのが“実に素晴らしい”とかで……!?」

「「 うわぁ…… 」」


 ムサとナンダカは子猫が持つ圧倒的な才能に嫉妬混じりの声を出すしか無かったが、子猫の母は大興奮していた。


「しかも、加護のレベルは9にゃ! これは嬉しいし……! すごすぎる……!! 作戦中じゃなきゃ大声で叫びてー!」


 母猫のそんな気持ちは子猫も同じなようで、ミケは伯爵の庭でバタバタと腕を振り、状況が許せば「ニャーッ!」と叫びそうな仕草をした。コインを拾った執事のおっさんがその様子に怯えた顔を見せ、そそくさと屋敷に引き返していく。


 ムサとナンダカはギルマスを祝福した。


「……良かったすね。ナサティヤさんが言うには、ミケは昔から『怪盗』の加護を取れそうだったみたいすけど」

「だけどマジかよ……加護って普通は多くても3つだぞ? ミケは『冒険』と『剣』と『拳』……そのうえ『怪盗』だ。ステータス的には確実にAランクだな」

「にゃ……☆ うちの娘は、もう『剣閃』の全員をひとりでぬっ殺せるだろにゃ。もはや星辰様に加護されたカッシェでも止められねーかも……!」


 子猫が入り口に近寄ってきて、細い入り口からすまし顔で庫内の大人を見渡した。12歳の少女は嬉しくてたまらないはずだが、手放しに喜ぶのは子供っぽいと思っているらしい。


 ミケは冷静を装ったすまし声で尋ねた。


「……にゃ。母よ。もうお屋敷に使用人は居ないと思うが、それでも娘はまだ粘るべきか? 子猫としてはそろそろ帰宅し、現在カオスの家にいるとゆう子犬をぶん殴ってみたいのだが——実は今、怪盗様が子猫に加護をくれたのです」

「にゃ! それはあちしも見ていたが……今だけは我慢しちくれ、娘よ! 本来であれば大宴会だが、アクシノ様のご命令を忘れてはいまい? 天罰の期限は3日にゃのだから、今晩はまだ騎士団の下に居にゃきゃいけにゃい。夜になるまで居眠りもだめにゃ」

「にゃ……」

「やる気出せ。おまいはギルマスの娘だろ? 日が沈むまで待てばバイト終わりのエフーがメイドに化けて来てくれるし……そうだ、怪盗様の加護を得たのにゃら、使用人じゃなく騎士団たちのコインを盗めねーか? 叡智様によると騎士団の連中はコインを飲み込んでるそーだが……いっそ内蔵ごと盗むとか」

「にゃにゃ!? ……さすがはギルド・マスターである。それは子猫が予想だにしなかった発想……今のミケならできますか?」

「——いやいや、いやいや! マジでやめておけミケ……ポコニャもいい加減にしろ。『内蔵を盗む』って技はウユギワ時代にナサティヤが1度だけやったことがあるが、ゴブリンが……怪盗術をくらった可哀想なゴブリンが、その瞬間に血みどろの凄まじい物体に変化した……」

「……俺も覚えてますが、アレはほんとにダメっすよミケ。しばらくホルモンを食べられませんでした……ゴブリンは腸を飛び出させたまましばらく呆然とした顔で生きていて……魔物なのに、自分の腸を引きずり出したナサティヤ先輩に『コロシテ、コロシテ……』って涙目で訴えて……真面目な話、ギルマスは愛娘になにをさせる気すか」

「そーだったにゃ……忘れてくれ娘。ナンダカとムサの言う通り、ママは興奮して少し血迷った……」

「にゃ?」


 ムサたちは殺る気になったミケをなだめながら短く打ち合わせし、子猫は眠たい目をこすり、重たい銀の鎧をガチャつかせて屋敷に戻って行った。


 子猫を見送ったあと、ムサはそわそわしながらギルドマスターに聞いた。


「……で、ポコニャ先輩。ラーナボルカたちを『泳がせる』にしても、他に情報は無いんすか? 俺がカッシェから貸与されてた〈鑑定〉はもう切れてるし……俺とミケが報告した通り、キラヒノマンサは竜を飼ってますよ? なのに——」

「無駄にゃ、ムサ。さっきも言ったがギルマスのあちしでもこの先は知らん。しかし我々はみんにゃオトナで、職業冒険者のはずだろ? ——たとい情報が不足していても、わがまま言わずに目的を果たすのがプロってものにゃ」

「ですが——」

「よせよ、ムサ」


 ナンダカが苦笑しながら割って入った。


「神々の計画に逆らえるのは〈常世〉持ちくらいだ。おまえも聞いたことがあるだろう? おとぎ話の勇者様は、その前提を忘れて増長し、歌様から〈地獄〉に堕とされた……俺たちは大人しく神様の神託を待つべきだよ」


 リーダーのナンダカは子供をあやすように言い、ムサは苛立ちを抑え込んだ。


 ——自分が仲間に意見するといつもこうだ。


 ムサは節目の30歳だ。粋がって「俺はオトナだ」とわめくガキじゃないし、むしろ「子供のままでいたい」と願うような年齢になっているのに、仲間たちの心の中にいる「ムサ」は冴えない純朴な村の少年のままで、ずっと独身の、最年少の童貞のままだった。


 しばらく見張りを続けていると、双子の妹と一緒にマンションで子犬を見張っていたラヴァナが倉庫に顔を出した。


「……交代だ。カッシェが起きたし、子犬は今のところ逃げようとしていない」


 ラヴァナは嫁からさっそく娘の加護を教わって大喜びし、ムサは自分の倉庫を閉じた。レベル2の倉庫スキルを持つヒゲと倉庫役を交代し、ラーナボルカの屋敷から引き返す。


 この数日、ミケの見守りでろくに寝ていない頭はぼやけ、鉛のように重い。平民と貴族を分ける白の階段には門番がいるので、適当な外壁をよじ登って市民街に出る。


(まずは仮眠を取って、深夜になったらラヴァナ先輩と交代で屋敷に戻らなきゃ——カオス少年はクソ強い犬の監視のために「教師」を与える余裕は無いから、〈月〉だらけの屋敷でミケの安全を確保するにはそれがベストだ——俺もそれには、納得している……)


 剣閃の風のムサはパーティメンバーとして作戦を反芻し、任務に集中しようとした。


(……でも、このままじゃマキリンが天罰を受ける。叡智の神も冒険も、仲間も……誰もあいつのことを気にしてくれない。話題にも出さない……)


 ムサは街の売店で夜食を買い、大量の酒を倉庫に入れて、自宅には戻らず港に向かった。


 夕日を眺めながら冷えた焼きそばを食べ、少しエールを飲んだあと、彼は自暴自棄な気分でノモヒノジア迷宮に向かった。任務を考えれば少しでも眠るべきだが、眠たくなかった。


(……暇つぶしに第1層を散歩しよう。ひとりで迷宮に入るのは何年ぶりだ……?)


 ノモヒノジアの第1層ならどんな敵に出くわしても負けない。ムサはそれだけの経験値を持っていた。


 単独でノモヒノジア迷宮に入ったムサは無感情にゴブリンや灰色狼(スコール)を虐殺し、錆びたナイフで雑に遺体をほじくって魔石を取り出した。こんな小石でも今日の酒代くらいにはなる。


 ムサは灰色狼(スコール)の死臭をまといながら再び迷宮をぶらついた。


〈撃破しました。ムサは経験値を——〉


 叡智アクシノのアナウンスを聞き流しつつ、酒を飲みながら魔物をワンパンしていく。


 そうして屋台で買い込んだ麦酒(エール)の樽が空に近づくころ、ムサはいい加減寝ようと思い、迷宮を引き返そうとした。


 地上への階段はすぐ近くにある。どれだけ酔っても彼は安全確保(マージン)を忘れなかったし、2層に入ったりもしなかった。そういう馬鹿をやる冒険者は、永久にCランクには上がれない。


〈——おい、そこの酔客——〉


 ノモヒノジアの第1層、地上に続く大理石の階段に足をかける直前、耳慣れない男の声が響いた。




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