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マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜  作者: へぐ(hoeg)
第六章 スリー・オン・スリー
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朝を待つ港


 俺は地球にいたころからこっち、犬を飼ったことがない。飼いたいと思うことは何度もあったが機会に恵まれなかった。


 暗く荒れ果てた店内のランプに無詠唱の火が灯る。半分は俺がつけて、もう半分はノールが無詠唱でつけた。室内が明るくなり、床に描かれた魔法陣や突き刺さった女騎士の剣、叡智さんがロボに殴られたついでに凹ませた壁が顕になる。


 光に刺激されたのか、子犬が吠えた。


『お、おおー? おおー? やる気か貴様ら!? 構わないぞ、パルテって奴以外はかかってこい!』


 パルテたちに囲まれたニョキシーは外国語を叫びながら体術の構えを取り、強さを知っている俺は慌てた。


「おいニョキシー、やめろ! また体に落書きされたいのか!?」

『くっ……わかった。やめる!』

「え?」


 子犬はすぐに構えを解いた。俺の隣に立ち、両手を後ろに組んで直立不動の姿勢を取る。


 ニョキシーは屈辱に満ちた顔で俺を睨みつけながらレテアリタ語を話した。


「……これで良いのでしょう、カオスシェイド?」

「え? うん……助かるけど」


 やめろと怒鳴ったのは俺だが、こうも従順だと気味が悪い。


 どうしたんだコイツ。隙を狙って床の剣を引き抜くつもりか……?


「……あらあら。カッシェはその子をずいぶん屈服させたのね?」


 子狐のユエフーがくすくすと笑いながら言った。


「狼系の獣人は、前にあなたから聞いた言葉で言うと『体育会系』が多いのよ」

「タイイク……? おいキツネ、わけのわからない言葉でわたしを表現するな! それにこの男はカオスシェイドです。妙な略し方はやめなさい!」

「あ、いや、略してくれたほうが嬉しいんだけど」

「なに……!? くっ、わかった。今から貴様をカッシェと呼びます……それで良いのだろ!?」


 ニョキシーはまた俺の指示に従った。従順ではあるが子犬はずっと牙をむき出していて、不安な気持ちになる。


「——ほらね?」


 ユエフーが話を続けた。


「狼は上下関係にすごく敏感で、相手が上か下かで態度が露骨に変わるし、上の指示にはまず逆らわないの。だからレテアリタとかドーフーシの軍隊は狼系の人材を積極的に取るそうよ。でも、ここまで極端な人は初めて……親からどんな躾をされたのかな」


 ユエフー・コン・フォーコは楽しげに笑い、そのすぐ隣で無言のタヌキがそれに同調した。子狸ノールは声こそ出さなかったが魔導書で口元を隠し、笑っている仕草を見せる。


 子犬はそれが気に入らないようで、キツネとタヌキを睨みつけたが手は出さなかった。


 代わりに彼女はすみれ色の瞳で俺を睨んだ。


「おいカッシェ……あいつらを殴る許可をくれませんか」

「ええと……それはダメ?」

「くっ、なぜです!?」

「なぜもなにも……あいつらあんたより全然弱いから、一発殴っただけで殺しちゃうよね」


 魔法陣で散々ボコった後だが、それでもニョキシーは俺以外の全員を素手で殺せるだろう。ギリギリ勝負になりそうなのは無詠唱持ちのノールだが、タヌキは素早さが絶望的だ。1、2発は魔術を当てられるだろうが、すぐに殴り返されて即死する。


 女騎士ニョキシーはボクが単なる事実を指摘すると唇をニヨつかせて嬉しそうに笑った。俺の言葉を褒め言葉だと受け取ったらしい。


 子犬はほつれたスカートの尻から黒く丸まった短い尾を出していて、しっぽを激しく振りながらふんぞり返った。


「……なるほど? 貴様がそう言うのなら連中を見逃してやっても良いでしょう。騎士はか弱いモノどもを無意味に虐げたりしませんw」

「…………おお、偉いね? ニョキシーは強いし、正義を知ってる女騎士さんだ」

「……!? ふははは! 貴様もようやく理解したようですね!」


 俺は犬を飼ったことが無いが、もし飼っていたらこんな感じだったのかな。


 子犬はボクがはっきり言葉で褒めてやると姫カットにした長い黒髪を得意げにさっと振り払い、千切れるんじゃねえのと不安になるほど短いしっぽを振って、年相応に膨らんだ黒パーカーの胸を反らした。小さな口から桃色の舌を少しだけ出して、ハッハと浅く息をする。


「……てめえが正義の騎士だと?」


 初老の中年の唸り声がした。


「なにが正義だっ! オレの店から竜の皮を奪いやがったくせに、騎士を気取ってんじゃねえぞ!?」


 ハゲで隻眼のリドウスさんがニョキシーに詰め寄った。服装は白シャツと短パンで、茶色の腹巻きをしている。腹巻きには日本刀が差されていて、おっさんは右手を柄にかけて怒鳴った。


「返せ! オレから盗んだ竜の皮を出せよっ!」

「……はあ? おい雑魚、言葉に気をつけなさい。悪いのは貴様ら月の悪魔です。偉大なるロスルーコ様の次男を殺害し、その亡骸を切り刻んで販売していたのは誰ですか!? ——そのような悪逆非道は決して許されない!」

「オレが〈月〉だと!? なにワケわかんねぇことほざいてやがる! いいからオレの皮を返せよ!」


 リドウスさんは刀を抜こうとし、ニョキシーが手を出す前に俺は無詠唱の〈調速〉を使った。隻眼の店主はすっ転び——同時に子犬も足を崩した。


「おい貴様! さっきの決闘でも似たようなことをしていたが、わたしになにをした!?」

「うるさい。吠えるな。雑魚は見逃してやるんじゃなかったの?」

「くっ、それは……!」

「おい小僧っ、どうしてオレも転ばせた!?」

「リドウスさんも落ち着いてください」


 従順な子犬に比べて隻眼のおっさんはしつこくて、俺はもう一度リドウスさんを転ばせた。床に転がったおっさんを見て女騎士が嬉しそうにしっぽを振る。


「おおー? おおー!? 知ったぞカッシェ。戦闘中もそうでないかと予想していましたが、キサマ無言で妙な音を出せますね!? 犬笛みたいな変な音……もっとその者を転ばせてください!」

「ニョキシーも静かに。転ばせちゃうぞ」


 命令すると子犬は両手で口を塞いだが、すみれ色の瞳はニヤけたままだった。ちょっと可愛い仕草だ。


「おいカッシェ、その子犬は〈常世〉持ちか? おれの鑑定は阻害されて見抜けない」


 黙って見ていたパルテが口を開いた。吸血鬼は耳に手を当ててもう一度「鑑定」とつぶやき、恐らく〈無効〉と返されたのだろう、残念そうに首を振った。


「俺も鑑定はできないけど、戦闘中に倉庫を開いたりはしなかったな。どうもこのひと、体質で鑑定が無効みたいだよ」

「そうか……それじゃその子犬に『竜の皮を返せ』って命令してくれ。そいつおまえの言うことなら聞くんだろ? 倉庫を持っているなら開いて、中を見せろと命令するのも良さそうだ」

「はあ? でも、それは……」

「なんだよ? ほら、早く!」


 パルテの提案は素直に同意できなかった。頭ごなしに命令するとか、俺はできればしたくない。


 英雄の娘ニョキシーはパルテの言葉を聞いていたが、俺が「静かに」とした命令を忠実に守っていて、両手で口を抑えたまま不安そうに俺を見つめた。


「ええと……ニョキシー、2つほど聞きたいんだが、あんたは倉庫持ちなの? それと、皮を盗んだのはあんたの意思?」


 それだけ聞くと子犬は口元を抑えたまま首を振った。垂れた黒耳がパタパタと揺れる。


「なるほど……じゃあ、そこのリドウスさんから盗んだ皮はどこにある? ……言いたくなきゃ言わなくて良い」

「おいバイト、それじゃ言わないに決まってるだろ!?」


 パルテの文句を黙殺して俺はニョキシーを見つめた。


 ニョキシーは普通にパルテの100倍は強いが、こいつは先程、「パルテ以外はかかって来い」と叫んでいた。喧嘩に負けた女騎士は律儀にパルテを襲わないのに、戦って勝ったわけでもないパルテが好き放題命令するなんて変だ。


 子犬は困ったように目を泳がせたあと、ぷいっとそっぽを向いた。パルテが叫ぶ。


「ほら見ろ、ちゃんと『言え』って命令しなきゃ——」

「いや、どうして俺が命令して良いと思うんだよ。俺はニョキシーに勝ったけど、勝ったら相手の言うことを聞くなんて約束した覚えはない。『俺が勝ったら店長の拷問は諦めろ』って約束しただけだ」

「はあ!? なんだよそれ? 相手が服従してるんだからチャンスだろ!? 皮を返せって命令すれば——」


 パルテは妙に食い下がり、俺はちょっと面倒な気分になった。さっきまでギターやらエレクトーンで爆音を出したせいもあるだろう。


 つい舌打ちが出てしまい、パルテは驚いた顔をした。


「……うるせえな。そんなのは“ロック”じゃねえんだよ」

「ろっく……? なんだよそれ」

「とにかく、倉庫持ちじゃないなら皮の隠し場所は明らかだろ? ——ラーナボルカの屋敷に決まってる。多分マキリンが倉庫に隠してるんだろうし、そんなに皮が大事ならみんなで取り返しに行けよ。俺は行かない。あんたらでどうにかしてくれ」


 俺の数少ない友人は突き放すとショックを受けた顔をしたが、今は構っていられなかった。


「……ニョキシー、ちょっと来てほしい。これは命令じゃないから断って構わないけど」


 火炎で焦げた学生服の袖を引くと、子犬は不思議そうな顔をしつつ無言でついてきた。パルテたちの視線を背中に感じながら店を出て、店の裏手に止めておいた自作のチャリにまたがる。


「後ろの荷台に乗ってくれ。うちには両親がいるし——真夜中だけど、海にでも行くか」

「……どうしてですか? 自転車にわたしをのせて、海でなにをするつもりです?」

「俺はあんたに伝えなきゃいけないことがある」

「……悪魔がわたしに、なにを?」

「あんた、お父さんのことを覚えてる? イサウっていう人なんだけど」


 父親の名前を出すと子犬は急に真顔になり、無言でチャリの後ろに乗った。少女は俺の背中に手をかけたが、その手は小刻みに震えていた。



 チャリにライトは無い。ダイナモはともかく豆電球の自作が難しかった。前方に無詠唱で蛍のような火を浮かべながら走る。


 月の見えない暗い街を走りながら俺は自分が知っていることを教えた。


 俺はこの少女が誘拐されたのを知っている。ニョキシーの父親が亡くなっていることも知っている。


 少女がマガウルというジジイに誘拐されたことを知っているし、月の小鬼と交換され、その子鬼を命がけで月に戻そうとしたシュコニについても教えた。


 邪神から受けたクエストについてだけはぼかして話したが、俺がシュコニの遺志を継いでニョキシーを探していたことは伝えた。


 西の港に着くころには俺の知っていることは全部話し終え、ずっと無言で聞いていたニョキシーはチャリを降り、無言のまま暗い海を見つめた。


 女騎士は別に泣いてはいなかった。


 物心が付く前に両親と離れ離れにされたからだろう。ニョキシーは実の父親の死に泣くことは無く、しかし物悲しい顔でじっと暗い海を見つめ……5分ほどそうした後でつぶやいた。


「……それでは、カッシェ。わたしの実の母についてなにか知りませんか」

「当然気になるよね……悪いがまったくわからない。生きているかもしれないし、そうじゃないかもしれないし……せっかく〈月〉からこっちに来たんだし、今度、店にいたハゲのリドウスさんに聞いてみると良いよ。実はあの人、あんたの親父さんの弟子なんだ」


 女騎士は返事をせず、無言でしゃがみこんだ。ほつれたスカートを気にするでもなく体育座りの格好でじっと海を見つめ、朝日でも待つように水平線の先を睨む。


「……フィウ。その子鬼の名は、正しくはメアリネ・フィウ・クーンシルッピでしょう?」


 子犬はつぶやき、俺は聞き覚えのある名前に驚いた。


「わたしはその子を知っていますし、それに……シュコニのこともたぶん知っています」

「……マジで?」

「聖地の邪神どもは、怖いな……兄上が警告していた通りだ」


 水平線の先がわずかに白んでいた。


「どうやらわたしはこの星の神々の企み通りに動かされ、まんまとこの惑星に戻されたようです」




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