愛する人は 1 アーサー視点
アーサー視点です。
俺には婚約者がいる。
父の友人の娘だ。
初めてあったのは、彼女が八歳、俺が十歳の時だ。
俺の誕生日に開かれたお茶会に現れた彼女は、まるで天使のようだった。
透き通るようなサファイアの瞳に、明るいブラウンの髪。
やや派手さはないものの、整った顔立ち。ひと目見て胸がドキリとした。
話をしたいと思ったのに、彼女は俺から一番遠い位置に座る。どうやら隣に友人がいたようだ。
どういう流れだったかわからないが、侯爵家の令嬢であるグレイス・ドラールが、レティシアの友人の子爵令嬢リリア・ブラームのドレスの色被りで、彼女に文句を言い始めた。侯爵家の権力を恐れ、周囲が迎合する雰囲気になった時だった。
「ドラール侯爵家が仕立てたドレスと、ブラーム子爵家の仕立てたドレスが、色が被ったくらいで同じなはずがありません」
レティシアははっきりと言い放った。
「リリアのドレスがいくら可愛らしくて、似合っているからと言って、そのように攻め立てては、嫉妬なさっているように見えます」
「なんですって!」
「嫉妬でないなら、ただのいじめですか?」
レティシアにそう言われ、グレイスは唇をかむ。
グレイスは侯爵家の権力をかさにいつも好き放題しており、誰かにこんな風に指摘されたことがないのだろう。手がわなわなと震えている。
「あなた、伯爵家の娘くせに、私に逆らうの?」
「とんでもございません。ドラールさまのドレスは、色被りなど全く問題にならないほど洗練されたデザインで美しいと申し上げているのです。やはり侯爵令嬢のドレスは素晴らしいです」
悪びれもせず、今度は持ち上げる。
強い。
「それに本日はドラールさまの主催のお茶会ではありません。参考までに、ゲストであるドラールさまのドレスの色を知る手段があるなら教えてくださると助かるのですが?」
「くっ、もういいわよ」
完全に言い負かされ、グレイスは、ひかざるを得なくなった。
可憐な外見からは想像できないカッコよさだった。
その後、彼女を目で追うようになり、二年後には父に頼み込んで、婚約した。
父の話では、家格の件で伯爵に何度も辞退されたそうだが、そのころにはもう、俺は彼女以外の女性など考えられなくなっていた。
だから、彼女が事故にあったと聞いた時、心臓が止まりそうだった。
高熱で意識のない彼女を見つめ、神に祈り続けた。
そんな状態なのに、屋敷に連れ帰ろうとするエルフレン男爵は、全く彼女のことを心配していないようだった。まるで自分がミンゼン伯爵にでもなったようなふるまいに、俺が彼女と結婚しミンゼン家に入ると告げると、心底驚いた顔をしていた。
兄の伯爵の遺体を見ても、まったく驚いた様子がなかったのにもかかわらずだ。
「レティシアが亡くなった場合はどうなるので?」
意識がないとはいえ、彼女の病室でそう言った時は、殴り殺したくなったほどだ。
そして、その後、俺は男爵の娘のマリアにやたら付きまとわれ始めた。レティシアのいとこだと聞いているが、彼女と違って知性が感じられない。馴れ馴れしく、上目遣いで甘えてくる。どうにも気持ち悪い。
そしてエルフレン男爵一家は、ミンゼン伯爵の葬式が終わってもミンゼン家に居座っている。
意識を取り戻したレティシアが、退院すると言い出した時、嫌な予感がした。
彼女が退院して数日。
彼女からの手紙が届き始めた。
手紙には、叔父一家にとてもよくしてもらっていると記されていたが、どうにもおかしい。
封筒も便箋もいつも彼女が使うものだ。筆跡も似ているけれど。
文章がどうにも彼女らしくない。
彼女の文章はある意味で飾り気がなく、素直だ。
愛情は伝わってくるけれど、媚のようなものは全く感じない。
ところが、なんだか妙に俺におもねる感じがある。
違和感を覚えていた時、軍の事務所に俺宛で彼女からの手紙が届いた。
『ブルックス医師を調べて欲しい』
そう書いてあるだけの手紙を見た時、毎日の手紙が彼女のものではないと確信した。
毎日出す手紙が彼女のものならば、わざわざ別に手紙を出す必要はない。明らかに走り書きの手紙は、誰かにゆだねたものだ。
そんな折、レティシアたちの馬車の車軸に細工がしてあったと事故調査部から連絡があった。
俺は自分の職権を使い、犯人探しと、ブルックス医師について調べ始める。
そして。公開演習の前に届いた手紙には、自分は風邪のため行けない、代わりにマリアをよろしくと書いてあった。
たぶん二万字越える(¯―¯٥)