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侵入

 思い立ったが吉日ではないが、待っていて状況が良くなる保証はどこにもない。

 何より、アーサーの心変わりを疑ってしまう自分が嫌だった。

 信じているのに、信じられない。

 以前から、アーサーが本当の恋を見つけてしまったらどうしようという怯えがあった。

 伯爵家が叔父に奪われることよりも、アーサーがマリアを選ぶと考えることの方が辛い。

 ミンゼン家の子女であればよいというような考え方は、私の知っているアーサーがするはずもないのだけれど、それでも純粋に恋に落ちてしまう可能性はゼロにならない。

 考えれば考えるほど、悪い方向に考えてしまう。

 それならば、無茶を承知で前に進んだ方がいい。

 私は一番動きやすい服に着替え、母の形見の指輪とアーサーからもらったネックレスを隠し持つ。

 クルドがくれた食料の残りは、見つからないように隠した。

 今日は満月だ。

 明るすぎる月が気になるけれど、逆に言えば、明かりをつけなくても良いと思って割り切ることにする。

 窓を開いて、松葉杖を外に出す。腕に力をこめ、窓枠の下に外を背にした形で座る。それから苦労して体をまわし、骨折していない左足から着地した。

 こうこうと照らす月は、天頂近くにある。

 松葉杖を手にし、本邸の裏手へと回った。

 食糧庫の扉はいつも通り開いていた。

 そこからゆっくりと中に入る。食糧庫には窓がないので、扉を開いたまま中に入る。

 この奥に厨房へと続く扉があるはずだ。

 差し込む月明かりをたよりに扉の前までたどり着く。

 ノブに手を伸ばし、音をたてないように厨房に入った。

 ここを抜ければ、玄関ホールに出る。

 吹き抜けになった天井には、ガラス窓があって、月の光が差し込んでいた。

 玄関正面の階段は、どの寝室からも遠く、父の書斎も近い。とはいえ、広い階段を登っていくのは、あまり忍んでいるという感じではないけれど、裏の階段は使用人の寝室にとても近いので絶対に誰かに気づかれる。

 薄暗い階段を松葉杖を使って歩くのは、思った以上に骨が折れた。

 それでも何とか父の部屋にたどり着いた。

 薄暗い中、私は父の部屋のランプに明かりをともす。

 父の書斎は、荒れていて、いろんなものが散らばっていた。隠し部屋の通路も空いたままだ。

 叔父が何かを探したのかもしれない。

 私は音をたてないように注意しながら、隠し部屋にある本棚を探す。

 目的の書類は、思った場所にあった。

 それを胸にしまい込み、明かりを消す。

 部屋を出ようとした時、かつかつと廊下を歩く足音に気が付いた。

 私は息をひそめ、壁際に隠れる。

 こんな時間に誰だろう。

 この部屋の周囲には、使用人の部屋はない。父の寝室と私の部屋があるだけだ。

 かつかつとした足音は階段とは反対の方角へ歩いて行った。 扉を開く音がする。

 音の位置から考えると、マリアだろうか。

 完全に音が消えるのを待って、ゆっくりと扉を開く。

 音を出来るだけ立てないように、父の部屋を出る。

 ようやく階段の踊り場まで来た時だった。

 突然、扉を開く音がして、自分の前に長い影が伸びた。

「あら。どこのネズミが入ったかと思ったら、レティシアじゃない?」

 くすくすと笑う声。

「ここは私の家よ。ネズミ呼ばわりされる覚えはないわ」

 ゆっくりと後ろを振り返りながら、私は答える。

 どんなに頑張っても、今の私では逃げ切れない。

 腹をくくった。

「アーサーさまに婚約者を辞退するって言いなさいよ。そうしたら、ここから逃がしてあげるわ」

 マリアはにやりと口を上げる。

「そうでないなら、ここから突き落とす」

 今の私はほんの少しの力で、バランスを崩す。

 マリアに背を押されたら、簡単に階段から転げ落ちてしまうだろう。

「私は辞退しないわ。アーサーさま本人が破棄をしたいというなら、仕方ないけれど」

 私はにこりと微笑む。

 おそらくマリアは本気で私を突き落とす気だ。

 私がいなくなれば、すべてうまくいくと信じている。

「私に辞退させたいということは、アーサーさまを篭絡させることができなったのね」

「なっ」

 マリアの顔が憤怒で歪み、私の体をつかんだ。

 どうやらその通りなのだろう。

 私は嬉しくなった。もし、ここで私が死んでも。いくら事故死に見えても、アーサーはきっと気づいてくれる。

 そうなれば、マリアはもちろん叔父夫婦も終わりだ。彼女は破滅へ踏み出していることに気づいていない。

 なんと滑稽なことだろう。

「何笑っているの! まったく頭にくる女ね!」

 マリアは私をつかみ、階段の方へと押しやる。

「今、私が死んだら、うちの金庫の鍵は開かない。それにきっとミンゼン家の爵位は王家に返還されるわ。そのことに気づいていないの?」

「お前なんか、父親と一緒に死んでいれば良かったのに!」

 マリアの力で私は階段の方へと押しやられる。

 もう、だめだ。

 そう思った時、辺りが急に明るくなった。


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