料理長
マリアの笑みが脳裏に張り付いて離れない。
夜になって、ベッドに寝転んでも、忘れることができなかった。
どこか勝ち誇ったような笑み。
「奪ってあげる。何もかも」と動いた口。
実際に聞いたわけではないから、本当に彼女がそう言ったのかはわからない。
ただ、彼女なら、言いそうだ。
いとこのマリアは、私の一つ下だ。叔父に連れられて昔からよく遊びに来たけれど、いつも私のものを欲しがった。
と言っても、伯爵家の私の方が、マリアより良いものを持っていたというわけではない。
エルフレン男爵家は商売上手な先代の頃は羽振りが良く、叔父がその蓄財を食いつぶすまでは、我が家より豊かなほどだったと聞いている。
幼い頃は、私の方が年上だからと、ぬいぐるみやリボンなど、欲しがられるとあげなければいけないような空気になって、泣きながら渡したこともあった。
大きくなってからは、私が渡すことを拒否するようになったこともあり、マリアはあまりミンゼン家に来なくなった。
今、私はこうして離れに閉じ込められているのだから、彼女は好き放題しているだろう。
後見人の認可が下りるまで、表向きは伯爵家のすべてに手を出すことが許されない叔父と違って、抑制することなどもともとしない人間だ。
それにしても「何もかも」というのが気になる。
どんなに頑張ったところで、私が死なない限り、叔父がミンゼン伯爵になることはない。まさか、私を殺すつもりなのだろうか。
しかし、私が不審死を遂げたら、アーサーが黙ってはいないだろうし、証拠が挙がらなくても疑惑が出た時点で、ミンゼン家の爵位そのものが王家に返還という形になるかもしれない。
ただ、ブルックス医師に毒薬を処方させたところを見て、何かを狙っているのは間違いないだろう。
現在、ミンゼン伯爵家の重要書類の類は、おそらくは金庫に入ったままだ。
屋敷にあった手持ち資金はまもなく尽きるだろうが、銀行に預けた資金は金庫に入っている書類がなければ、手に入れることはできない。
金庫はダイヤル式の鍵が付いていて、番号をしらなければまず開けられないし、簡単に壊れるものでもないだろう。
叔父は金庫を私に開けさせたいはずだ。
そのための薬だと理解していたけれど。
マリアの『何もかも』というのは、そのことなのだろうか。
後見人の名があるうちに、うちの財産を丸ごと着服するつもりなのかもしれない。
ただ。
あまりに露骨にやれば、私が王家に陳情し、後見人の座を下ろすことも可能だ。
その場合は、もちろん証拠が必要だけれど。
いずれにせよ、ここに閉じ込められていては、何もできない。隙を見て、本邸に行って探りたい。
カーラは私が寝室に入ると、離れの出入り口に鍵をかけて本邸に戻っており、今は誰もいない。計画を立てるなら今だ。私はベッドから身を起こす。
その時、コツコツと寝室の窓をノックする音がした。
「レティシアさま……あっしです。トム・クリドです」
クリドはうちの昔からの料理長だ。声がやや震えている。
私は寝室の窓を開く。
月あかりの中、ひょろ長い男がたっていた。辺りを警戒しているのか、背筋を丸めて、きょろきょろしている。
「クリド?」
私が窓から顔を出すと、クリドが泣きそうな顔をした。
「レティシアさま、ああ、ずいぶんと頬がこけてしまって。おいたわしい」
十五日もの間、味のないスープとひとかけらのパンだけを食べていれば、当然痩せる。
「男爵が、レティシアさまのお夕食を作らせてくれないのです。あのカーラとかいう女が勝手に作って持って行ってしまいます。ずっと、気になっておりましたが、どうにも男爵が怖くて」
ぶるりとクリドが体を震わせる。
「ファナックさんはあのワンソンってやつに殴られて大けがをしました。使用人全員が見ている前でした」
「ファナックがけがを?」
突然辞めたというのは、責任感の強いファナックらしくないと思っていたけれど。
「はい。それで、あっしたちみんな、怖くなってしまって、口を出せなくなってしまったのです」
クリドは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ひょっとして、リサも?」
「レティシアさまの部屋に勝手に入ろうとしたマリアさんを阻止しようとして追い出されました」
「なんてこと……」
叔父の話は全くのでたらめだったわけだ。
「あっしにはどうにもできませんが、レティシアさま、せめてこちらを」
クリドが大きな包みを差し出した。
ずっしり重い。どうやら食糧のようだった。
「ありがとう」
「それから、実は先ほど、恐ろしい話を聞きました」
クリドはさらに声を潜めた。
「男爵は、アーサーさまとマリアさんを婚姻させるつもりのようです。レティシアさまに婚約を辞退させると言っておりました」
「マリアと?」
つまりラドリス侯爵家とのつながりを持つアーサーとの婚姻は維持し、私を排除しようとしているということだろうか。
マリアの勝ち誇った笑みと、大胆に開いたドレスの胸元を思い出す。
「レティシアさま、どういたしましょう」
叔父の計略を聞いたものの、料理長の立場では何もできなくて、いてもたってもいられなくなったのだろう。
「ありがとう。大丈夫。なんとかするわ。あなたたちも少しの間、我慢して。決して悪いようにしないから」
「レティシアさま……」
クルドは涙ぐむ。
「絶対に叔父さまの勝手にはさせないわ」
私はこぶしを握り締めた。
なんだかドアマットはドアマットでも、タンポポマットな気がする(泥おとすやつで、素足だと痛いやつ)
すみません。