手紙
退院して十五日が過ぎた。
私は、薬を飲んでいるフリをするため、あまり活動的に動かないことにし、日中は、葬式の参列への礼状とアーサーへの手紙を書くだけにとどめている。
アーサーへの手紙は、手紙を届けるように頼んでいるカーラが、本当にそのまま手紙を届けてくれているかわからない。叔父に読まれる可能性を考えて、今の自分の状況については書いていない。下手なことを書いて、毒を飲んでいないことが分かれば、それこそ今度は何をしてくるか予想ができない。
もっとも、アーサーが何も言ってこないところを見ると、届いてはいるのだろう。
届いていなければ、心配して顔を出すくらいはしそうだから。
それはともかくとして。
毎日手紙を出しているのに、アーサーからの返事が全く来ない。
アーサーはとても筆まめな人だ。こんなことは珍しい。
彼がとても忙しくて、なかなか私と会うことができないというのもあるけれど、普段でも十日に一度は手紙をくれる。書いてあるのは、愛の言葉ではなくて、その日に食べたものとか、天気とか他愛もないことだけど。
軍の仕事が立て込んでいるときは、さすがにこないけれど、そんなときは、あらかじめ連絡してくれることが多い。
今回は必ず毎日私に出すようにと言ったのだから、十日以上もたつのに来ないのはさすがにおかしい気がする。
この場合、アーサーが出せない事情がある可能性もあるけれど、私への手紙を叔父が止めているのかもしれない。
もしそうだとしたら、目的は私を孤立させるためだろうか。
確かに今、私が頼れるのはアーサーだけだ。
こうして冷静にしていられるのは、アーサーだけは私の味方だと信じているから。
でも。
アーサーはとてもモテる。
私とは、親同士が子供の頃に結んだ婚約だ。愛し愛されて、結んだものではない。
もちろん私はアーサーのことが大好きだし、アーサーは私を大切にしてくれている。
誠実なアーサーは、幼い頃の約束通り、私を愛そうと努めてくれているのは間違いないけれど。
私より美しい女性はたくさんいる。
いつか彼が本当の恋に出会ったらと、不安に思ったことは一度ではない。
ただ、もしそんなことがあったとしても、一方的に婚約を破棄したりはしないはずだ。
だからこそ、彼からの手紙が来ないのは、アーサーの事情ではないはず。
そう心に言い聞かせる。
それにしても、ブルックス医師に託した手紙は届いただろうか。
外を見ると花壇のバラがつぼみを持っている。いい天気だ。
「今日は、軍の公開演習の日か……」
年に一度の軍の公開演習は、たくさんの観衆が押し寄せるイベントだ。
第二騎士団の副長のアーサーの仕事ぶりを見学できるのは、今日だけ。
足を骨折して多少、歩きにくいけれど、本当はいきたい。
「ねえ、カーラ。外出してもいい?」
「男爵さまから、レティシアさまは大怪我をされたので離れから出てはならないと言われております」
カーラの答えは素っ気ない。
その気になれば、窓に鍵はかかっていないので外に出ることは可能だけど、骨折した足では誰にも気づかれずに屋敷の外に行くのは無理だろう。
恨めしい思いで外を見れば、叔父一家が馬車に乗りこんでいた。めかしこんだ服を着ているところから、公開演習の見学だろう。
「馬車か……」
伯爵家の全てを自分達のもののようにしている叔父一家だが、馬車だけは男爵家のものだ。あの馬車では演習会場で伯爵づらをすることは出来ないだろう。
我が家の馬車は父の命とともに無くなったのだから。
それにしても、相変わらずマリアの衣装は派手で胸元が開いている。顔立ちが派手めのマリアに似合っているけれど、昼間の社交であの格好では、あまり周囲にいい顔はされないに違いない。
叔父はどうして何も言わないのか。
そんな事を思っていると、マリアと目があった。
マリアは艶然と笑んで口を動かす。
「奪ってあげる。何もかも」
そう言ったようにみえた。