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愛する人は 2 アーサー視点

 公開演習は、午前は陣形移動、午後は、弓術の披露や馬術の競技などの個人競技が行われる。

 俺は騎射の競技に参加する予定だったが、辞退した。

 午後から警察隊の作戦に参加するためだ。

 本来は任せておいても良いのだが、俺が参加するほうがいろいろと話が速い。

 レティシアがブルックス医師を調べろと言った意味はすぐわかった。

 ブルックス医師は、評判の良い医師で、四歳の娘と妻の三人で暮らしている。貴族ではないが、使用人を雇い入れている裕福な家庭だ。

 近所の者から四歳の娘を最近見かけないという話から、どうやら娘は誘拐されたらしいとわかった。

 おそらく医師は何者かに脅されている。

 娘をさらったのは貴族を相手に賭博をしている、ルーカスという男のようだ。賭博場そのものは、一応合法だが、裏ではかなりあくどいことをしているという噂がある。

 ルーカスは政界に顔が利くらしいが、幼い少女をさらった現場を押さえれば、逃げようがない。

「副長、本当に騎射の競技、出ないのですか?」

 午前の競技が終わり、控室で帰り支度をしていると、団員のトーマスが残念そうな顔をした。

 俺は騎射の競技で、三年連続優勝している。

 公開演習は、三つある騎士団の間で得点を競う。

 俺が出ないと騎射競技の得点が期待できなくなるのは事実だ。

「団長の許可はもらっているし、そもそもレティシアが心配でそれどころではない」

「愛しのレティシアさんは、来ないのですか?」

「風邪を引いたそうだ」

 俺は肩をすくめた。

 実際、本当に風邪を引いたかどうかは疑問だが、彼女が来ないのは間違いないだろう。

「なるほど。それは早退も仕方ないですなあ」

 トーマスはため息をつく。

 どうやらトーマスは俺がレティシアの見舞いに行くと思ったようだ。

 正直なところ、俺もそうできたらいいと思う。ただ、ブルックス医師の娘を助けることは、レティシアの依頼だ。

 荷物をまとめて出ようとしたら、出口で呼び止められた。

「副長、エルフレン男爵が娘さんと挨拶に見えましたが?」

 いずれ親類になるのだから、あいさつに来ることはおかしくない。

 だが、本物のレティシアからの手紙が届かない理由は間違いなくエルフレン男爵一家だ。

「所要で会えないと伝えろ」

「よろしいので?」

「かまわん」

 それよりも、レティシアの依頼を片付け、一刻も早く彼女に会いたい。

「アーサーさまに会わせてくださいよぉ」

 その時、入り口で待っているマリアの甘ったるい声が聞こえてきた。

「俺は裏口から出る。悪いが追い出しておいてくれ」

 部下にそう頼んで、俺はそのまま控室を出た。




「『レティシアさまを思い通りにする薬』を飲ますようにと、ルーカスという男に要求されました」

 娘を助け出されたブルックス医師は苦し気に言う。

「いくら脅されたとはいえ毒を処方した私は、医師として失格です。言い訳は致しません。レティシアさまは私が毒を渡したことに気づかれ、あなたに手紙を渡すようにとおっしゃいました」

 ブルックス医師はレティシアから手紙を受け取ると、すがる思いで軍あてに送ったと言う。

「レティシアはどんな様子だった?」

「少しお痩せになっておりました。それから、侍女を信用されていないようでした」

 とっさにブルックス医師に手紙を託したことからも、それは裏付けできる。

「あと気になったのは、伺った時、侍女が離れの鍵を開けていました。あとから思えば、レティシアさまは監禁されているのかもしれません」 

 そう言われて得心がいった。いくら骨折していても、手紙がしっかり届いていない疑いがあるなら、レティシアは自分で出かけるなりするはずだ。

「それからひとつ気になったのは、マリア嬢があなたと婚約すると私に話されまして」

「何?」

 ひょっとしたら。

 レティシアに代わりマリアを俺と結婚させれば、伯爵家を自由にできるとでも考えているのかもしれない。

 冗談ではない。

 俺は伯爵家が欲しくてレティシアと婚約したのではないし、レティシア以外の女性に興味など欠片もないのだ。

 だが、エルフレン男爵がそのつもりなら。レティシアの置かれている状況はかなり危険だ。

「やっぱり俺の屋敷に連れて帰るべきだった」

 エルフレン男爵に会った時の自分の第一印象は正しかった。とはいえ。今それを悔いても仕方ない。

 ブルックス医師の家を出ると俺はその足でミンゼン伯爵家へ向かった。



 伯爵家に着いた時には、夜はすっかりふけ、屋敷の明かりは消えていた。

 俺は塀を乗り越え忍び込む。エルフレン男爵が誘拐事件に関与している証拠はまだないが、レティシアが監禁されているのなら、まず彼女を助けたい。

 翌朝に正面から行く方法もあるが、行かなければいけない予感がした。

 離れに明かりはどこにもついておらず、近くまで行っても人の気配もない。

「レティシア、どこだ?」

 小声で囁きながら月明かりを頼りに歩いて行くと、夜だというのに窓が全開になっていた。

 中を覗くと寝室のようだが、ベッドには誰もいない。

「レティシア……」

 離れを脱出した彼女はどこへ行ったのか。

 普通なら、助けを求め屋敷の外へ逃げるだろう。だが、聡い彼女は男爵一家の悪事を裏付ける証拠を探そうとする気がする。

 俺は本邸へと歩きはじめた。

やっぱり二万字越えました。すみません。

たぶん明日最終話です。

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