暴食 その4『砂漠の国の王女』
「な、ななな、なんで!? いつのまに!?」
「いや、あの⋯⋯」
「はっ、貴方は⋯⋯目が覚められたんですね。良かった。ぁ、でも、そんな、恥ずかしいところを見られてしまった⋯⋯うう、ううう」
「えー⋯⋯いきなりどうしたって言うんだよ、この人」
神秘的な風景は何処へやら、場には混乱の風が吹き荒れていた。
構図的だけ見れば、蛇に睨まれた蛙といった有様だ。
しかし蛇側には睨んだ覚えはないし。蛙も尋常じゃなく狼狽しているし。
またもパニックである。だが自分以上にパニックを起こしている者が目の前に居れば、ミライにはもう途方に暮れるしかなかった。
「あら、来ちゃったんだわさ。もう歩いても平気ケロ?」
「お前は⋯⋯ピンク蛙」
「ケロ! 見た目そのまんまな呼び名は止めるだわさ! 愛を感じないケロ! あーしはケトルンって名前があるんだわさ!」
「はぁ。じゃあ、ケトルン」
「ぐっぼーい。だわさ」
見兼ねて声を挙げたのは、ピンク蛙改めケトルンである。姫様を呼びにいって姿を消したはずだが、ケトルンは此処に居る。
であれば、真っ赤な顔になりながらハープを突き出し防御姿勢を取っているこの女性が、例の人物なのだろうか。
「なあ、姫様って」
「そ。絶賛悶え中のあの御方が、あーたを助けた姫様だわさ」
「⋯⋯なんであんな事なってる」
「姫様は人見知りが激しいケロね。それに、本人からすればちょっと恥ずかしい所を見られたって事だわさ。あーしは別に恥ずかしがる必要ないって思うんだケロね」
いや人見知りってレベルじゃねーけど。
眼前の醜態に、ミライが内心でそう呟くのも無理はない。なにせ自分よりもいくつか歳上だろう女性の、半端ない狼狽ぶりである。
傲慢と高慢が基本スタンスなカガミでは、こんなリアクションなど滅多にお目にかかれない。ミライが戸惑うのも至極当然だった。
「姫様。ひーめーさーまー!」
「け、ケトルン。貴女もいつの間に!」
「言ってる場合じゃないケロ。人見知りするもんだから、おにーさんが困ってるんだわさ」
「え⋯⋯はっ! し、失礼し、んっ、んんんっ! うっ、ゲボッゴホッ」
「ちょっ、大丈夫か?」
「ううっ⋯⋯す、すいません。少し取り乱しました」
(少し⋯⋯?)
慌てて取り繕うとして咳込むという醜態二段構えを、少しとは言わない。
そう指摘したい気持ちをグッと堪えつつ、ミライは先を促した。
「改めまして、私は⋯⋯ナージャと申します。お怪我はもう大丈夫なのですか?」
「はぁ。えぇ、お陰様で。俺は⋯⋯その」
「?」
「ミライ、です。よろしく。それと、治療してくれてありがとうございました」
「っ。は、はひ、どういたしましてっ」
「姫様。御礼を言われ慣れてないからって、その反応はどうなんだわさ」
名乗る際に思わず詰まってしまったミライだが、目の前のナージャという姫様はそれどころでは無かった。
見惚れてしまったほどの神聖な雰囲気は、もはや虫の息である。
「ところでその⋯⋯酷い怪我でしたけれど。ミライ殿、一体何が⋯⋯?」
「っ。それは⋯⋯」
「⋯⋯ハッ! 私ってば、もしや聞いてはならぬ事を⋯⋯けけ、ケトルン! ど、どどっ、どうすれば良いですか!」
「落ちつくケロ姫様。あれだけの大怪我を治してあげたんだから、ちょろっとお話聞こうとするくらいセーフだわさ」
「ですがですがですがっ、おいそれと踏み入ってはいけない事情くらい人見知りにも分かりますっ。無神経な奴だとか思われたら、流石にショックで引きこもりますよっ」
「もう二十に届く歳だっていうのに打たれ弱すぎケロ。ハートの小ささがアリンコ並みだわさ」
「そう言われたって、弱いものは弱いんですっ!」
怪我について口ごもっただけでご覧の有様だ。
人見知りの度を越えているだろう。この短時間で、四つも歳上の女性の醜態を見せつけられている。
「くっ、ははは!」
「わ、笑わなくったって⋯⋯」
困ったことに、おちおち傷に呻いている暇がない。
可笑しくて、笑いが零れる。作り物ではない、自然な笑み。
ここ数年得無縁だったミライの素を、ナージャ姫はものの数分で成し遂げていた。本人の知らざる快挙である。彼女にとっては不名誉かも知れないが。
「いや、そんな事で無神経だとか思わないですよ。怪我についてはまぁ、話す程度のことじゃないだけです。気にしないで。あと、俺なんかに殿なんて付けないで下さい。むず痒いんで」
「⋯⋯左様ですか。でしたらあなた⋯⋯じゃなくてっ。み、みみみ、ミライ⋯⋯くん、も! 敬語など使わずとも結構ですよ。歳もそう離れている訳ではなさそうですし」
「そうか。それじゃ、ありがたくそうさせて貰うな、ナージャ」
「⋯⋯! ええ、よしなに! よしなにですね!
⋯⋯ふふふ、ケトルン、ケトルン! どうですか、今の私は。王女らしかったでしょう!」
「うんうん、淀みなく話せた方ケロ。頑張ったね姫様」
「ふ、ふふ、私だってやれば出来るのですっ、やれば!」
「うんうん、良い子良い子」
(⋯⋯なんというか、見た目と中身がそぐわない人だな、この人)
くん付けも正直むず痒かったミライだが、蛙に負けず劣らずぴょんこと跳ねるナージャを見れば、訂正してもらう気も失せた。
外見だけならば妖艶な美女ともいえる風貌だが、言動や仕草はむしろ臆病な小動物に近い人だ。ケトルンの方がよっぽど大人である。だがそれもナージャの魅力の一部なのかも知れない。
カガミの集落では到底無縁な女性像に、ミライは興味を抱いていた。
「じゃあこっちからも聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう」
「その、白い眼帯みたいなのは? 俺を助けてくれた時は外してたと思うんだけども」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」
「⋯⋯ヒエッ」
「え」
ハープを構えての防御姿勢、再び。
なんでだよ。と正直ミライは思った。
「どどどどうしてそれを⋯⋯い、いえ、きっとそれはミライの夢です見間違いです蜃気楼か何かです!」
「夢って。でも結構はっきり覚えてるというか⋯⋯綺麗な碧い目だったし。目元に泣き黒子もあったと思うんだけど」
「!? う、ううう⋯⋯い、いいいいますぐお忘れなさって! 記憶から抹消するのです!ハリー!ハリーィ!」
「⋯⋯ケトルン。俺、なんか聞いちゃまずいこと聞いてる?」
「んー。ケトルン、蛙だからわっかんなーい☆」
「おい面倒臭がるな。助けてくれよ」
もうお手上げである。
一体ミライの発言の何が、ナージャの羞恥を刺激しているのか分かったものではない。
当事者でありながら蚊帳の外に置かれる不具合に、いよいよミライには成す術が無かった。
だが。
忘れることなかれ。
「き、さ、まぁぁぁ〜〜〜〜!!!」
「──?!」
ことはいわば、王女の危機。
そして、王女とくれば騎士である。
物語という舞台において、王女の窮地に駆け付ける騎士が──居ないはずもないのだ。
「栄えあるファタモルガナの至宝たるナージャ王女殿下にぃ、いかなる狼藉を働いたぁぁぁぁ!!! そこに直れいッ! このダストン・ストーンヘッジが、貴様を成敗してくれるのであるゥゥゥゥッッ!」
「うおわああああああッッ!?」
全身をプレートメイルで固めた衛兵らしき中年男に、ミライはあえなく追い回される破目となった。
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