王子とピクニック
「クリスはどこで食事をしているの?」
隣のウィル様が聞いてくる。
朝、教室に向かってお義姉様と歩いていると、ウィル様とフレッド様に会い、四人で連れ立って歩くことになった。
挨拶だけして離れたかったのに無理だった。
ウィル様が私に対して話しかけるので、自然と真ん中が私とウィル様で、両端がお義姉様とフレッド様だ。
ウィル様を飛び越えて会話するわけにもいかず、お義姉様とフレッド様は聞き役に回っていた。
魔法の練習はどうかとか学園生活はどうかとかウィル様が質問して私が答えることが多かった。
先の問いに中庭で食べていると正直に言えば、興味を持たれてしまった。
ベンチかと問われ違うと答えると追求が続く。
あまり嘘はつきたくないので、これも正直に答えた。
「…ちょっと森に入ると、いい感じの切り株がありまして、そこで食べてます」
「いいね。ピクニックみたいだ。僕も一緒に食べたいな」
「そんな! 王子様に紹介できるような場所じゃないです! 切り株だってひとつしかないし!」
お義姉様の前で言わせないで欲しい。めちゃくちゃ睨まれてる。
王子様にそんなところで食べさせるなってことですよね?
「クリスは僕の膝に座ったらいいじゃない」
「よくないよくない! 不敬が過ぎる!」
「ふふふ、面白いこと言うね…そんなに嫌?」
怖い!たまに怖いのよこの王子様!押しが強い!
お義姉様あきらかに怒ってるよ?私にどうしろと!
「嫌…ではなくてですね、えっと、その、恥ずかしいです!」
「そっか、恥ずかしいか…」
わざとらしくシュンとされ、必死で弁解するはめになった。
絶対にからかって言ってるのはわかってる。からかわないでよ!って怒っても良さそうだ。
でも今は隣にお義姉様がいるからだめなんだ。
「ええっと、その、決してウィル様が恥ずかしいとかではなくて、私の問題でして…」
ええっと、うーん、なんて言おうかと慌てていると意外なところから助けが出た。
「殿下、お戯れもそのくらいに…」
フレッド様だった。
意外とやさしい?いや、単に見苦しかっただけですよね。ごめんなさい。
「膝の上は恥ずかしいか…ごめんね。クリス」
「だ、大丈夫です」
しか言えないでしょ?!
ウィル様は「可愛くて、つい…」って言ってるけど、本当かな。
「そうだ、フレッド達は婚約者なんだから、そういうことしないの?」
「しません。未婚の男女がそのように接触するのは良くありません」
ウィル様に話を振られたフレッド様が、くいっと眼鏡をあげた。
お義姉様は何も言わなかったが、同意のようだ。
そういえばお義姉様とフレッド様がイチャイチャしているところは見たことがない。
中庭のベンチなんてよくイチャイチャしている人がいるから、貴族でもするもんだと思ったのに…。
噂をすればなんとやら。前方に、真っ先に思い出された赤毛の男子生徒がいた。
しかも女子生徒と鼻がつきそうな距離で話していた。
廊下の端に寄ってはいるが、すれ違うなら私が前か後ろにいった方が良さそうだ。
私が思わずそちらをチラチラ見ていると、フレッド様達も彼らに気付いたようだ。
「アーサーのやつ…!」
あ、あの人がアーサー様なんだ。
苦々しく呟く姿からしてフレッド様とアーサー様は仲が良くないのは一目瞭然だった。
真面目くんとチャラ男さんって感じだ。
フレッド様はウィル様に一言断って、アーサー様に突っ掛かっていった。
「お前がそんなだから、侵入を許すんだぞ…!」
「こらこらフレッドそれは秘密でしょ~ごめんね驚かせて、フレッドがうるさいからまたお昼にね」
アーサー様は見た目通りにチャラそうなしゃべり方だった。
女子生徒を腕の中から解放して、ウィンクをしながら先に行くよう促した。
フレッド様はまだアーサー様に詰め寄り、怒り続けている。
侵入って初日に私がウィル様の執務室まで行っちゃったことかな。
いまだに怒られてるんだ…ごめんなさい!
「長くなるだろうから、僕達も行こうか」
ウィル様はいつもの笑顔でこちらを振り返った。
毎度お馴染みのことなんだろう。
フレッド様がアーサー様にやいのやいの言ってるのを尻目に教室へ向かった。
邪魔された形になったお相手の女性が少し不憫だった。
お義姉様はどう思っているのかと顔を伺うといつも通りの顔だった。
どういう感情?うーん、わからない。
貴族のイチャイチャはよくあるものではない、と。
それからお義姉様とフレッド様はそういうのが苦手だ、と。覚えておこう。
午前の授業が終わり、私はいつも通りゆっくり片付けをして他の人と食堂に行く時間をずらそうとしていた。
そろそろ行くか、と立ち上がったところ、誰かが声をかけてきた。
「クリス、一緒に行こう」
いつもは、午前の授業が終わるといの一番に教室をでるはずのウィル様だ。
お義姉様は既にいない。
ウィル様の隣にいつもいるフレッド様もいなかった。
「え? …どこに?」
今日は呼ばれてるなんて、お義姉様からも聞いていない。
思わず取り繕うことを忘れて素直に尋ねてしまった。
「ん? ピクニック」
「ピクニック?! …ですか?」
まさかとは思うが朝言ってたのは本気だったのか。
大きな声を出してしまい、周囲の視線を感じたので、慌てて敬語をつけた。
確か以前に聞いた話だと、昼休みは執務室での軽食で済ませているらしいけど──
「教えてくれたおすすめの場所でピクニックしようよ」
忙しいなら仕事した方がいいんじゃないのかな?私なんかに構ってないで!
そもそもおすすめしてないです。
まさか王子が私と仲良くなりたいとかそんなわけないもんね?!可愛いっていっても、他の人もかなり可愛いし、タイプってこと?!
「えっと…いつも気付けばついてるんで、辿り着くかわかりませんよ?」
「構わないよ。いってみよう!」
「えっと、じゃあ、まずは食堂にご飯を…」
「フレッドが取りに行ってくれてるから気にしないで」
「じゃあここで待ってましょうか?」
「途中で合流することになってる」
少しでも時間を減らそうとした計画はすべて潰されてしまった。
そうだろう。用意周到だもんな。
品行方正とか成績優秀とか言われてるけど、用意周到も加えたら良いとおもう。
「わかりました! いきましょう!」
腹をくくるしかない。
私は諦めて、ウィル様と中庭に向かった。
「あのベンチが目印なんですが…あれ?」
中庭のいつものベンチ。今日はアーサー様はいなかった。
女子生徒がふたりで座っていた。珍しい。あの赤毛を目印にしてたのに。
そこへフレッド様がきた。大きめのバスケットを持っている。
食べ物だろう。私が受け取ったほうがいいのか悩んでいるとすっとウィル様が受け取った。
「ありがとう」「いえ、お気をつけください」と私の入る隙もなく二人が話す。
とりあえずフレッド様に頭を下げておいた。
…あれ?フレッド様はこないんだ。と思ったらその後ろからアーサー様がやって来た。
アーサー様はいかにも手ぶらですという感じで、両手を頭の後ろに組み歩いてきた。
「俺それだけで足りるかな~?」
「お前の分はない! 仕事をしろ!」とフレッド様が怒っている。
「毒見も仕事じゃない?」
「既に済んでいる!」
どうやらフレッド様ではなくアーサー様がついてくるらしい。
「万が一があるからね」というウィル様に「はあ…」と生返事をしてしまった。
なんの万が一?刺客?刺客がくるかもしれないの?!
来たとしてウィル様が狙いなんだろうけど、その場合、私は守って貰えるのだろうか。
アーサー様をちらっとみると、フレッド様にやいのやいの言われているのに余裕そうにウィンクしてきた。
「お前、ちゃんと話を聞いているのか?!」
フレッド様の台詞にデジャヴを感じて、本当にお義姉様とそっくりだなと思った。
それから私が前を歩き、ウィル様とアーサー様を案内する形で森へ向かうことになった。
フレッド様は、ウィル様が声をかけるとあっさり大人しくなっていた。
バスケットはアーサー様が持つのかと思ったけれど、ウィル様が持ったままだ。
いつもの茂みの前。背後のイケメンふたりの視線を感じながら私は緊張していた。
恥ずかしい…けど、これしないと辿り着かないかもしれないから。
あれ、辿り着かない方がいいのかな?
でもお腹空いた。はやく食べたい。
「お願い。いつもの切り株のところに連れてって」
茂みの前で手を合わせる。
勿論、ふたりは後ろでキョトンとしていた。
「おまじない…みたいなものです」
「ついてきてください」と言って、恥ずかしさをまぎらわすように森に突っ込んだ。
すると後ろからウィル様に手を繋がれた。
「はぐれないように、ね」
ちょっと、はぐれたらいいのにって思っていたのを見透かされたみたいで怖い。
少し歩くと、いつもの開けたところへ出てきた。
「へえ~こうなってるんだね」
「あれ? なんで…」
納得するウィル様と反対に、私は驚いていた。
何故か切り株がふたつあった。いつもはひとつなのに。
しかも丁度よい距離感で並んでふたつ、あった。
三人だから足りない。妖精さんが増やしてくれたのならみっつにしてくれたら良かったのに。
そう思って、振り返るとアーサー様はいなかった。
やっぱり一緒じゃないとはぐれちゃうの?!
焦る私を他所に、ウィル様は冷静に言った。
「アーサーなら大丈夫だよ」
「いこう」と、繋いだままの手を引かれた。
あ、でも、ふたりなら膝の上は免れたぞ。
…って、ふたりきり?!
いつもと同様に、周囲に人の気配はない。
いいの?刺客を気にしてるような王子様がふたりきりでいいの?
私が刺客だったら危ないよ?!違うけどね?!
万が一、刺客が出たらどうするの?!
アーサー様が護衛騎士だったんじゃないの?
その時は…私が守らなきゃいけないかな?
元平民の伯爵令嬢と、王太子殿下、しかもこの国唯一の王子じゃ一目瞭然だよね。
そんなことを考えていたからか、斜め前方の茂みにキラリと光る何かを見つけたとき、私はそれが危険なものじゃないかと思ってしまった。
「危ない!」