俺様と遭遇
「調子に乗りすぎではなくて? 人の婚約者に色目を使って!」
ドン!と背の高くて、ドドン!と胸の大きな、とても威圧感のある女生徒が私を壁際に追いやり見下ろしている。
その後ろには同じようにこちらを厳しい目で見る女生徒達が取り囲んでいる。
みんなリボンが白色で、私の方が年上なはずなのに背も胸も完全に負けてる…!
平民だったくせに調子に乗るなというやつか。
婚約者と言われてギルが思い付いた。
目の前の女生徒は、あの時とても睨んでいた子だ。
「申し訳ありません…色目は使ってないです。魔法は家でも習ったんですがサッパリで…光属性は少ないからと先生からギルを紹介して貰ったんですが」
「あなた!そういうところよ!」
ギルの婚約者であたりのようだ。どの辺が"そういうところ"なんだろう。
ギルの前髪バッサリ事件から数日後の放課後。
あの時とても睨んでいた令嬢とそのご友人達に呼び出され、中庭で囲まれた。
背後には建物の外壁。逃げ場はない。
いや呼ばれてホイホイついてきた時点で逃げ場はなかった。
「私だってまだ愛称で呼ぶことは許されていないのに…!」と彼女は扇子を握りしめ怒っている。
婚約者でも呼び捨てしないんだ。それは悪いことをした。
でもギルはすぐに呼び捨てを許してくれた気がする。そこまで仲が悪かったのかな。
私はなんで仲良くなったんだっけ。
…紐パンか。
あれのせいで地雷を踏んじゃって、髪切っちゃえってまでなって、実際に切ってきたんだもんね。
確かに、いきなり紐パンを見せればそれは色目を使ったとも言われかねない。わざとじゃないんだけど。
そもそも、誰か他にも見られていたのかな?!ギルが話した?!
あの日、演習場には私とギルしかいなかったと思う。
…あ、図書館だ。図書館は誰かいたのかも。
階段から落ちたとき、抱き合ったみたいになっていたからそれを見られたのかも。
これもわざとじゃないけど、そりゃ怒るよね。色目使ってるように見えるか~。
そうだ。魔法を習っているところを見てもらうのはどうかな?
色目使ってないのもわかる筈だ。あれは全部、妖精さんのせいなんだ。
それにギルも婚約者が一緒だったら他の女子に優しくなんてできないでしょう。
あの優しさが厄介なんだよね。ちょっとときめいてしまう。
「あの、貴方様も一緒に練習するのはどうでしょう?」
「失礼ね。私は練習なんてしなくても完璧よ」
「私ひとりでギル様に習うのもちょっと…その、勘違いされるでしょう? 婚約者様も一緒なら色目を使ってないのがわかるのでは、と」
話を聞く限りギルが彼女に苦手意識を持ってるのは知ってる。
実際に目の前にして、相性が悪そうだとも思う。
でも私が色目を使っているとか、浮気相手に間違われるのは非常に困る。
私は伯爵家に迷惑がかからない範囲の良い人と結婚したいの!浮気はもちろん、変な噂も困る。
ごめんね、ギル。
これを機に会話して仲良くなってちょうだい!
「…ふん、そこまで言うなら目の前で確認して差し上げます。次の日取りを教えなさい」
来週の練習予定日と、演習場でやってることなどを話すと彼女達は去っていった。
いや名前教えて貰ってない!誰だったんだ!たぶんギルの婚約者だろうけど。
一難去ったと思い、その場で一息ついていると、前方の木の上から何かが落ちてきた。
ガサガサっと音がしてそちらを見る。
やせいの イケメンが とびだしてきた!
「お前が、噂の女か」
言葉の途中で髪を前髪をかきあげる男。制服は少し着崩している。
サイズが合っていないようにも見える。思ったより身長が延びなかったのかな。
立ち姿と芝居がかった台詞からすると俺様っぽい。
たぶん顔もイケメン。
美少女は美少年に縁があるもんなんだな。
髪の色は薄い茶髪で、髪型もどこにでもいそうな貴族としては凡庸な感じだ。
貴族の関係性や名前を復習しているのだが、見せられた姿絵にはいなかったように思う。
私に話しかけたのよね…?
周りを見渡しても他に誰もいない。
噂ってなに?さっきの色目使ってるってやつ?それとも紐パン?!どっちもいやだ。
迷っていると何を勘違いしたのかドンドン近付いてくる。
まさか答えるまで近付く気?え、近くない?足長い!一歩が大きい!どうしよう!
「人違いだと思います……っ!」
思わず顔をそらしていると、視線の先に男の腕が置かれた。
ひえ~壁ドン~!人生初だよ!
ちらりと視線を正面に向けると、案の定、目と鼻の先にイケメン。
まだ一言しか聞いていないのに溢れ出ている俺様感。
離れて見ていた時からイケメンだとは思ったが、近くでみると凄く美形だった。
しかも瞳の色が綺麗な金色で、影になっているのに瞳だけ光っているようだ。吸い込まれそうな瞳。
やりそう…初手壁ドン!
他は特徴のない見た目だから、この瞳に絶対の自信を持ってそう。
至近距離で見たら皆見惚れるとでも思ってるのかな。
俺様がモテるのはドラマか漫画だけだよ…!
初対面でこんなことする人、例え後から優しいところを知っても絶対友達になれない!
無視して教室に戻ったら良かった。怖いよ~。
時既に遅く。顎を掴まれて正面を向かされた。
「噂通り平民の血が混じってる割に綺麗な顔だな。王子達を誑かして妬まれてる…クリスティーヌ・コリガンだったか?」
女性の顎を掴むなんて!もう絶対に俺様だ!
しかも人違いじゃなかった。何故か名前までばれてる。
本当に噂になっちゃってるんだ。
それより王子達ってなに?!ウィル様とギルのこと?!
どっちも誑かしてなんてないよ!
クリスは どうする?
▼にげる
「離してください。誑かしてなんかないです!」
顎を掴む手を払い除ける。
言い捨てて逃げようとしたら、片手壁ドンが両手壁ドンに進化した。
イケメンの とうせんぼう!
クリスは にげられない!
「ほお…逃げる気か?」
逃げるでしょう!
初対面からこんな詰めよったら怖いよ!女の子泣いちゃうよ!
イケメンだからって何でも許されると思わないことね!
俺様は言わなかったが、"平民の癖に"、"この俺様から"逃げる気か?という雰囲気がバリバリ出てる。
そんなに詰め寄られるようなことしたかな?
さっきの人みたいに婚約者なら分かるけど、男の人に怒られるようなことしたかな。
「わ、わざとじゃないんです。誑かしてるつもりはありません。ご迷惑かけたなら謝ります」
とりあえず謝った方が良いかな。
でも怒るにしても婚約者なわけないもんね。
この世界で同性婚は聞いたことがない。
認められてないだけで、存在はしてるのかな。
え、もしかして、王子様の…?!
西の国の王女様と結婚するらしいって聞いたけど。
まさか実は…?それとも片思い…?
チラリと俺様を見るとまだ鋭い目付きで、怖い笑顔だ。
まだ私の話す番なの?
「申し訳ありません。ウィリアム殿下とも何もないので安心してください」
「くくっ…おもしれー女」
違ったか…!そうだよね。違うよね。
でもじゃあなんでこんなに初対面で怒られてるの私!
俺様は今度は本当に笑っているようだった。
「じゃあ、俺の女になるか?」
「……は?」
何故?思わず変な声が出た。
しかしそれにも構わず、俺様は返事待ちのようだ。
え、また私が話すの待ちなの?
今の「は?」でわかるでしょ。
「ごめんなさい。タイプじゃないです」
俺様は苦手です。
「くくくっ…まあ、今日は連れて帰れないから、また今度な」
あろうことか、頭ポンポンまでされた。
だから初対面でいきなりそんなことしちゃだめだって!
親しい人ならともかく、初対面でそんなことされたら恐怖でしかないよ。
しかも「俺の女」とか「連れて帰る」とか、微妙に物騒なのよね。
今度こそ私は俺様の手から抜け出した。
「いや人の話聞いてた?! お断りです!」
「はっはっは…せいぜい癒しの光は使えるよう魔法の練習でもしとくんだな」
「ぜんっぜん話通じてないんですけど?!」
何なのこの人!
私が怒ってるとお腹を抱えて笑いだした。
失礼ね。
しかもひとしきり笑ったら満足したのか、ひらひらとうしろでに手を振りながら去っていった。
「また会おうぜ」
いや会いたくない。
何だったの本当に。結局この人も名乗らなかった。
貴族の人はみんな自分のこと誰でも知ってると思ってるのかな。こちとら勉強中です!
しかしこの世界、年齢よりも身分が重要視されてそうなんだよね。
今更だが俺様はネクタイの色が白だった。
年下であんなに偉そうな人ってすごい。
ウィル様は強引だけどいつもニコニコしてて聞き上手だし優しい。
ギルなんて魔法師団で最強クラスなのに凄く腰低いし優しい。
それに比べて今の圧倒的俺様感。王子様でもおかしくないね。
でもこの国の王子はウィル様ひとりだから、それはない。
それなのにあの態度。絶対に偉い人だ。しかもウィル様と違って偉ぶるタイプの。
関わりたくないなあ。
午後の授業が始まる前、私からとても疲れたオーラが出ていたのか、お義姉様に「何かありましたか?」と聞かれた。
私は「いえ、大丈夫です」としか言えなかった。
怒られるもん…!
今でもよく怒られてるのに、これ以上イケメンとの絡みが増えて怒らせると怖い。
どこの誰か知らないけど、直接関係のある貴族じゃなさそうだし、あの俺様のことは忘れよう。
それで次に見かけたらすぐに逃げよう。
学年が違うから大丈夫だろう。




