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魔法使いと図書館


先日閉じ込められて以降、いじめらしきこともないので、放課後、図書館を見てみることにした。

魔法を使うコツが書いてある初心者向けの本がないかと思って。

授業で使う本も家庭教師がもってくる本も伯爵家にある本も、私には難しい。魔力は感じて当たり前みたいな。

魔法のない世界からきた人間に厳しい。そもそもそんな人がいると思われていないからしょうがない。

あまり噂に詳しいわけではないが、平民の時にも聞いたことはなく、貴族の勉強をした中でも、異世界転生の話はなかった。

私以外に異世界転生している人はいないようだ。

もしくは、もしいてもその人も私と同じように、頭がおかしいと思われないように隠しているか。

そんな本も見つかればラッキーだが期待は出来ないだろう。

とにかく異世界転生のことは人に言わない方が良さそうだ。変な言葉遣いには気をつけないと。


そもそも話相手はほとんどいない。

今日も私はひとりだ。

お義姉様は今日もサロンに呼ばれているらしい。まだ私は参加する気にはなれない。面と向かって誘われているわけではないが。

友達が欲しいと思ったけど、女の子達からは避けられてる。

逆に男の子は優しいけど、それがまた女の子に嫌われそうで、なかなか特定の人と仲良くなれなかった。

既にグループも出来ているようで、輪に入りづらいというのもある。

それからお義姉様達のグループに入るのは、お義姉様が嫌かなと思って。

ウィル様がたまに話しかけてくれるのだけど、他の男子の比じゃないくらい視線が痛くなるので、なるべく避けている。

そんなわけで、今日もひとりなのだ。

美少女はつらいよ。


学園の図書館は大きくて、ところ狭しと並ぶ本棚は圧巻だった。

前世で図書館を見たことがある私でも、思わず、ほーっと口を開けて圧倒された。

本は貴重だ。平民だと見る機会もない。

貴族は手紙を書いたり、勉強するのにも使うが、それなりに高価なものだ。

本が沢山並んだ背の高い本棚が何列も並んでいる。

学校の図書館レベルではなく、大きな大きなそれ自体が観光名所となるような図書館だ。

極めつけは壁際の本棚で、天井まで本が並んでいる。どうやって取るんだろう。


2階へ登ってみたが、それでも天井の本は届かない。

魔法でとる?飾ってあるだけで取れない?…まあ、いいや。

ここに特別読みたい本があるわけでもない。そもそも背表紙も見えない。

暫く見て回ったあと階段を降りようとしたら、ドンっと背中を何かに押された。


「やば…」


一段二段踏み外したどころではない。階段の中頃まで飛ばされた。突風に吹かれたような感じだ。

一瞬だけ浮遊感が残っていて、下を見る余裕があった。

ここから落ちたらただじゃ済まないぞ。妖精さんに浮かべて貰った時のことを思い出す。

次の瞬間、重力が仕事しだした。


──落ちる!


ギュッと目をつむって来る衝撃に備える。心臓がドキドキしていた。

しかし予想外に衝撃は少なかった。むしろ、誰かに抱き止められているような。

以前にも覚えのある感覚に目を開けると、案の定、制服が目に入ってきた。

白いネクタイ。男子生徒。上から降ってくる声に覚えがあった。


「大丈夫?」


「あ、ギル…」


「間に合って良かった」


顔をあげると心配そうにギルがこちらを見ていた。

睫毛の一本一本まで見えるほど至近距離で見たのははじめてだ。

やっぱりイケメンだった。本当にウィル様と同じくらい。

ウィル様は見るからに王子様って雰囲気だが、ギルは身近にいそう──でいないけど夢見ちゃうよう──なイケメンだ。

黒髪だから?こういう雰囲気のイケメン俳優さんいるよね絶対。

髪を切ったらイケメンでしたって少女漫画やドラマでありそうだもの。

しかも転けそうな女子を抱き止めてあげるなんて、見た目だけでなく、中身も完全にイケメンに成長している…!

って、違う。その前に言うことがあった。


「ありがとう!」


「うん、危なかったね」


心配してくれたのか、眉を下げながらも笑うイケメン。

なんてこった。私って黒髪好きだったのかな。前世の影響?婚約者がいると聞いてなければ恋に落ちるところだ。

だめだめ。浮気はだめよ。

ギルが優しいからって勘違いしちゃだめ。


「もう大丈夫」とギルの腕の中から離れる。

顔をそらすついでに、さっきまで自分がいたところを見上げたが誰もいなかった。

妖精のイタズラ?こんな危険なことをするとは聞いたことがないけど。何にせよギルがいて良かった。

危ないところを助けてもらったというのに、ときめいている自分がちょっと恥ずかしい。何か言わなきゃ。


「どうしてこんなところに?」


「それは僕の台詞だよ…2階の本に興味があるの?」


「いや、天井あたりの本ってどうやって取るんだろうって気になって」


「ふふ…図書館は初めて?」


「そう」


「どれかとってあげようか」


「知ってるの? 見てみたい!」


ふたりで再び階段を上る。

「また落ちると危ないから」と手を差し出されたが「手すりがあるから大丈夫!」と断った。

なにこれ吊り橋効果?まだドキドキしている。

階段を上りきり、周囲を見渡したが誰もいなかった。

さっきのはなんだったんだろう。やっぱり妖精のイタズラかな。

単純に転けたとか踏み外したわけじゃないと思うんだけど。


「じゃあ、見ててね」


ギルが天井付近の本棚の一角を指す。

一冊の本がゆっくりとひとりでに飛び出してきた。

風魔法か。凄いなあ。

その本はふわりとギルの手元に落ちてきた。

中身を見せてもらったが、ちんぷんかんぷんだった。

私が探していた初心者向けの魔法の本とは真逆の難しい魔法の本だった。

2階は学術書や専門書など、とにかく難しい本ばかりらしい。

司書さんは風魔法が使えるため、言えば取って貰えるようだ。もしくは今見せてもらったように風魔法が自分でとってしまうか。


「実は僕が借りにきた本なんだ」


「すごい…ギルって一年生なんだよね?! 授業で使うの? 私全然わからないんだけど…」


「授業で使うことはないと思うよ。僕は学園に来れない日もあるから、魔法学は実習も含めて免除されてるんだ。代わりに論文を提出する必要があって、その資料に使うんだよ」


論文…!やっぱり凄い魔法使いなんだ。

前世の記憶でもどうやって書くかわからない。けれど大学教授とか研究者とか、頭の良い人達が発表するものだという知識はある。

前世の私は大学は行かなかったんだろな。

高校卒業したら働いてお母さんに楽させるって言ってたもの。

働いた記憶がないから高校生で死んじゃったのかな。


私が感心していると「ほとんど遠征の報告書と内容は変わらないんだけどね」とまるで凄くないことのように言った。

そもそも魔物と戦っているのも凄い。報告書を書くのも凄い。国のための仕事を既にこなしているんだ。

ギルにとってはそれが日常で凄くないと思っているのかも知れないが、凄いことだ。


忙しいのに、私のただの興味本位で邪魔して申し訳ない。

もう一度お礼を言って帰ろうとしていると「もういいの?」と、子犬のような目で見られて「あ~初心者向けの簡単な魔法の本がないかな~って探しにきたんだけど、なさそうだから」と正直に答えた。

すると何故かギルが一緒に見てくれる流れになってしまった。


「ギルは忙しいでしょ? これ以上迷惑かけるわけにはいかないよ…こんな初歩で躓いててさ」


「僕も光魔法はまだまだだし…復習もかねて一緒に探させて?」


犬系美少年…おそろしい。

可愛いと思ってしまう自分が憎い。猫派だよね私?!

そりゃあ、この世界にきて猫なんてほとんど見てないし、触るなんて危なくて出来ない野良猫ばっかりだけどさ。

固辞したが、なかなかギルが折れてくれないので、結局ふたりで図書館を回ることになった。

犬も可愛いよね。しょうがない。

ギルは友達。男女の友情は成り立つ…!

私は何度も自分に言い聞かせた。


「春の遠征は一段落ついたから、暫くは学園にいるよ」


目当ての本棚に向かいながら、本当に忙しくないのかと心配する私にギルが教えてくれた。


「魔法学以外は休んでる分の課題を出すことになっていて、論文や課題をするのによく図書館を利用しているんだ」


「へ~仕事で休んでるのに課題もしなきゃいけないなんて大変だね…お疲れさま」


「ありがとう」


自然に笑えるようになったんだ。

やっぱり髪を切って正解だ。

照れてしまう。だめだめ。落ち着け。

ふっと笑ったギルにまたキュンとなりそうで危なかった。


「あ、この辺りだよ」


ギルは本棚の間に入っていく。私もその後を追う。

魔法関連の棚にたどり着いたらしい。

それも2階のように難しいものじゃなくて、一般向けの、私にもわかるような言葉で書いてある。

手分けしていくつかパラパラ見てみたが、光属性に関する本は、使い方というよりお伽噺が多かった。

昔々の聖女は妖精が見えたらしいとか。そもそも光魔法は妖精のものだとか。東の隣国には妖精の子孫がいるとか。

眉唾すぎる。手に持っていた本を棚に戻す。

後ろからギルが一冊の本を渡してきた。


「この本は光属性じゃないけど、おすすめだよ」


「ありがとう! 借りていこうかな」


「うん…あっ、あれも読みやすかったよ」


ギルが指差したのは私の後ろの棚の真上。一番上の段のようだった。

私には届きそうもない。脚立とかないかな。

周りを見て探していると、ふっと視界が暗くなった。

目の前にギルの体。

突然のことに固まっていると、ギルがこちらに本を差し出してきた。取ってくれたみたいだ。


「どうぞ」


背が高い~!親切~!何よりイケメン!

惚れてまうやろ~!って叫ぶ芸が随分前に流行ってクラスの男子が叫んでいたなあ。

って、だめだめ。友達だよ。

もう友達というのもおかしいかもしれない。魔法を教えてもらってる先生と生徒の関係!


これ以上近くにいるのはまずい。私は切り上げることにした。

「私はこの2冊を借りてくるね」と、帰ろうとした。

するとギルも自分に合った本を見つけていたのか、「じゃあ借りに行こうか」と自然な流れで2人で連れ立って貸し出しのカウンターに向かう。


結局、最後まで一緒だ~。

ウィル様とは手を繋いで歩いてもリラックスして会話できたのに。ギルだと、手も触れるか触れないかの距離で並んでいるだけでドキドキしている。

何故(なにゆえ)?! …黒髪だから?それだけで?

めちゃくちゃ女子が苦手そうだったのに、髪切ったら別人のようにイケメンで紳士だから?

ギャップだ。ギャップにやられているのね私は?!

いやいや何をいってるんだ。ギルには婚約者がいるんだって。

ああ、そうだ、こんなイケメンだったなら、きっと婚約者さんも怖がらずに惚れ直してるかも。


「ねえ、髪切ってからどう? 婚約者さんは何か言ってた?」


「同じ教室なんだけどね…まだ、話せてないんだ」


「そっか…」


トラウマになるくらいだもんね。


「髪切ったらって言われてたんだよね? 切ったぞ、どうだ~って堂々としてていいと思う。そのうち話す機会もできるよ!」


この時の私はまさかあんなことになるとは思わなかった。

まさかその()()()()があんな形で自分に訪れるなんて──。


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