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魔法使いとイメチェン


結局、その日のうちに魔法が使えるようにはならなかった。

本当にチートじゃないんだなあ。

努力あるのみ。頑張ろう!

ギル様と来週も練習を見てもらえる約束をして、学園を後にした。

すっかり友達のように仲良くなったので、正直言って楽しみだ。

だけどギル様はとても忙しいようなので、迷惑をかけないためにも早く魔法を使えるようになりたい。

屋敷に戻ってからも魔力を意識して動かすように自主練習したが、形になることはなかった。

疲れたのか、よく眠れた。




翌朝、いつも通りお義姉様とふたりで無言で教室へ向かっていると、教室の手前の廊下に人だかりが見えた。

男子生徒もいるが、女子生徒が多い。

他の学年で試験でもあってそれが掲示されているのかな?と思ったが、そうでもないらしい。

離れたところでも女子生徒達がひそひそ話している。


「あの髪色は間違いなくオブライエン侯爵ご子息様よ」


「でも醜いからお顔を隠してるって噂だったじゃない! それがあんな…!」


醜いなんて言われてたのか。そりゃトラウマも深くなるよ。

でも本当にかっこいいと思うけどなあ。

もしやと思っていると、人だかりの中心らしきところに黒髪の頭がひとつ見えてきた。

艶やかな黒髪は短く切り揃えられ、前髪はまだ少し長めだが、それでも昨日よりよく顔が見える。


ギルだ。本当に切ってきたんだ。

やっぱりかなりのイケメンだった。

遠くから見ても赤い瞳は凄く綺麗だ。

囲まれているように見えたが、特に話しかけられてはいなかった。

ただ視線はしっかり集まっていて、客寄せパンダみたいだ。

そういえばパンダいないな。西洋っぽい気候だからいないんだろう。

いまは馬を毎日見る。

平民のときも家畜や牧羊犬は見たことがあるけど、あとは野生の小動物くらいだ。

客寄せパンダって言っても誰にも通じないんだなあ。

こういうちょっとしたことでも異世界を実感するなあ。


ギルはとても恥ずかしそうに俯いていた。

可哀想に…。人に注目されるのが嫌いそうなのに。

今更ながら、髪を切ったらなんて無責任なアドバイスだったろうか。

でも周囲の反応は、怖がってると言うよりは、アイドルを見つけてキャーキャー騒いでいるようにも見える。

あ~これも通じないんだなあ。

間違ってもお義姉様にこんなこと言ったら変な言葉遣いはやめなさいって怒られるだろうな。

ギルはイケメンって言ったの流してくれたけど、もっと気を付けよう。


すぐ近くを通る頃に、ふと、ギルがこちらを見た。

私と目が合うと、パッと顔が明るくなった。

寂しがり屋の大型犬みたいだ。無いはずの耳と尻尾が見える。

随分と懐かれたものだ。


「おはよう! クリス」


サッと周囲の視線がこちらにも集まる。

ギルは「…どうかな?」なんて、恥ずかしそうに髪の毛をいじっている。

どう見ても特に女子生徒からの視線は好意的だが、彼はとても緊張しているようで、それに気付いていないようだった。

緊張するよね。バッサリ切ってるもの。凄く勇気が必要だっただろう。

それなのに目立つ廊下で立っていたのは、私に見せるためだろうか。

ギルとは教室が違うので、もしかしたら私を待っていたのかもしれない。

頑張ったんだね。

ずっと周りの人から言われてきて、本当は今のままじゃダメだって自分でも思ってたのかな。

初対面の私が、その最後の一歩を後押ししてしまったのか。

その責任は果たさなきゃ。

私は、笑顔で、心からの気持ちをそのまま告げた。


「おはようギル! やっぱりその方がいいよ、とってもかっこいいよ!」


周囲がザワッとしたけど気にしない。

「やっぱり!」とか「まさか」とか聞こえる。

隣でお義姉様が驚きつつもこちらを睨んでいる。

しょうがないじゃん。髪切ったら急に敬語になったとか絶対にギルが勘繰ってしまう。

髪型が似合ってないのか、目がやっぱり怖いのか、とか。

そんなことないよ。本当にびっくりするほどイケメンだよ。

髪を切ったらイケメンでした──って、少女漫画みたいだよ。


「ありがとう。髪を切るのは勇気が必要だったけど、クリスに褒められると嬉しいな。でも…」


不安そうに小声になると「やっぱりみんな怖がってる、よね?」と、首を傾げた。

やっぱり犬みたい。

ちょっと可愛いけど、私は猫派だ。

それに婚約者がいるんだから、だめだめ。


「ギルがかっこよくて見とれてるんだよ、ねえ、お義姉様? そうですよね!」


頼みます。素直に同意してください。

渾身のアイコンタクトを送る。

お義姉様は話を振られたことに驚いているのか、アイコンタクトの意味がわからなかったのか、少し言葉に詰まっていた。


「…私は…はじめて、ご挨拶申し上げます。コリガン伯爵の娘、ソフィアでございます。愚妹が大変なご迷惑をおかけしており大変申し訳ありません」


「あっいや、その…お気遣いなく…全然、迷惑なんて…ないです」


ギルはさっきまでの元気はどこへやら、わたわたと聞き取りづらい声で返した。

やっぱり女性が苦手なんだな。

お義姉様はギルと初対面だったのか。

それは申し訳ないことをした。

頭を下げあうふたりを見ていると、その向こうにお義姉様よりも、めちゃくちゃ睨んでる女子を見つけた。

背が高くて体格の良い、お義姉様とはまた違った怖さだ。


「あ~っと、ここじゃ邪魔になってるみたいだから、また練習のときに、ね! ギルほんとにかっこいいし似合ってるから自信もって! じゃあまたね」


私がギルと会話してるとさらに怒ってる気がする。

絶対あの子が婚約者だ。

頑張れギル!怖がってはなさそうだから、きっとイメチェン成功だよ!

ひとまずの責任は果たした筈だ。

私はお義姉様にまたアイコンタクトを送りそそくさと教室に向かった。




「先程の言葉遣いはなんですか!」


席に着くと、案の定お義姉様から怒られた。


「申し訳ありません。昨日とても仲良くしていただいて、その調子でつい…」


「ついではありません! まったく貴方は…! それに何ですかあの話の振り方は!」


「とても容姿を気にしてらしたのに、イメチェ…じゃなくて、髪を切られていたので、お義姉様からも感想を伝えていただけたら安心するかと思いまして…申し訳ありません」


「私のことを紹介するならばもっときちんとお話しなさい!」


「気を付けます…」


でももうこんな機会はないだろう…と考えたことが、フラグになりませんように。

廊下の方を見るとまだそれなりに人がいて、皆ひそひそ話している。

教室の中にもギルの話が伝わってきているようだ。

時折、私とお義姉様にもチラチラ視線が向く。


授業の準備をしていると、私がギルと話した時と同じくらい廊下がザワっとした。

暫くすると教室内にもその理由が伝わってくる。

どうやらウィル様がきてギルと何か話しているらしい。

暫くして教室に入ってきたウィル様が私に意味深なアイコンタクトを送ってきた。

え、なに。わからない。怖い怖い。

さっきのお義姉様もこんな気持ちだったのかな。アイコンタクトって難しいね。

今お義姉様に怒られたばかりだから話しかけないで欲しい。

ウィル様と会話しているとだいたい後でお義姉様に怒られる。

ギルにウィル様って呼んでることばれたの怒ってるのかな。違うよね?!

…まさか、白昼堂々と私の紐パンの話とかしてないよね?!

ふたり──フレッド様もいたから正確には三人──の会話の内容がわからず不安だ。

とりあえずニッコリ笑って返しておいたら、特にそれから接触はなかった。



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