魔法使いとトラウマ
行き場を失ったローブをどうしたものかとギル様を見上げると、彼はばつが悪そうに顔を反らしながら言った。
「あーっと、その、見てない、から…誰にでも見せたくないものはあるよね」
何を、とは言わなかったが、何を言いたいのかすぐにわかった。
妖精さんのことに気を取られていたのに、カッと頬が熱くなり現実に引き戻される。
黒い紐パンを見られた…!
「ちょっと…何その言い方! 私が変態みたいじゃない! 女の子の制服の下着はみんなこうなのよ、私だけじゃないの! 本当なんだから!」
「あ、いや…そういうわけじゃ…僕にも見せたくないものはあるから…」
「見せたくないものって何?! あなたの目のこと? とても綺麗な目よ、どこも変じゃない!」
私は恥ずかしさのあまり捲し立てた。
詰め寄り、見上げながら怒ったので、女子が苦手そうなギル様はわたわたしていたが、今は気にしていられない。
それにローブを脱いだ彼のネクタイは白色だった。下級生だ。
ひとつ年が違うくらいで偉ぶるつもりはないが。これだけは言わせて欲しい。
私は変態じゃない。本当に変態なら見られてむしろ喜ぶでしょう。
私は、あくまで美少女に似合う可愛い下着を選んだだけだ。それがたまたま今日は黒だったというだけ。
紐パンなのはデフォルトなんだ。
「本当なんだからね! 信じてよ!」
「そんなこと、ない…! 僕の目は綺麗なんかじゃない!」
信じて欲しいのは主に下着の話だったが、話がそれたならまあ良いか。
ギル様は本気で自分の目を綺麗じゃないと思ってるらしい。
今までで一番力強い声だった。
でも現代日本なんてカラコンいれて綺麗な色にしようとしているんだよ。
元から赤い瞳なんて凄く珍しいしそれに本当に綺麗だった。私も碧眼で綺麗だけどね。
それに長すぎる前髪と猫背で陰鬱だけど、近くで見ると鼻筋は通ってるし、顔は小さくて顎もしゅっとしてる。
最初に魔女みたいだと思ったのも、見えてる部分が中性的な顔の作りだったからかも。
シャキッと背筋を伸ばせばもっと背は高いし、ちらっと見えただけでも目もぱっちりしていて、普通にイケメンだけど?
「ただでさえ黒髪でおかしいのに、目の色まで変で。人間じゃないみたい。僕の目はみんなを怖がらせるんだ!」
私はどうやら彼の地雷を踏んでしまったようだ。
突然始まったギル様の身の上話を黙って聞くことになった。
幼少期に婚約者との顔合わせで相手を泣かせてしまったらしい。…婚約者いたんだ。
彼と目が合うと、彼女は悲鳴を上げて泣き出し、そのまま顔合わせは終わってしまった。
元々、両親と違う髪色と瞳の色には疑問を持っていた。
それでも両親から愛され、本当の息子だと育てられてきた。
自分の髪と瞳の色は魔法の才能に恵まれているからだと言われていた。
でも人を怖がらせるほど珍しいおかしな色だとは思っていなかった。
幼い彼はとても驚き、そして傷ついたようだ。
同時に、婚約者を泣かせたことも申し訳なく思った。…人の心配なんて優しいな。
それ以来、周りの人がみんな自分を見て何か言ってるんじゃないかと怖くなってしまった。
前髪を伸ばして、人から目を見られることのないようにした。
婚約は政略的なもので、そのまま。だけど婚約者とはなるべく会わないようにした。
他の人とも会わないようにして、魔法の練習に明け暮れた。
そうしたら、いつの間にか四属性を極めて、光と闇も少しだけ使えるようにもなった。
学園や魔法師団ではそのことを持て囃されるが、きっと裏ではみんな自分の容姿について何か言ってるんじゃないか、怯えていた。
婚約者のいる学園にも来たくなかったけど、卒業しないと一人前と認められないから仕方なく。
それなのに学園では婚約者はもちろん皆が、しっかり立て、前髪を切れ、と言ってくる。
本当はずっと魔物討伐の遠征に出ていたかった…!と。
後半は泣きそうになりながら喋っていた。
もうとっくに妖精のイタズラは収まっているのに、ギル様は話しながらずっと前髪を押さえつけていた。
体が少し震えている。
よっぽどトラウマだったのか。
こういう時どうしたらいいんだろう。
私は自分が泣きたいくらい悲しい時に、お母さんが慰めてくれていた時のことを思い出した。
「切らなくていいよ。そのままでいい。だってみんなを怖がらせたくなくてそうしているんでしょう? 優しいね」
「優しくなんか…ない」
「優しいよ! 私なら怖がらせるって分かっててもお望み通り切ったぞ! どうだ! ってやっちゃうね」
「それは…」
「大丈夫。そのままでいいんだよ…あ、でも珍しいけど、怖くないよ? それは本当」
私は「大丈夫、そのままでいい」と優しく抱き締められるととても安心した。
それから少し面白い話をする。でも嘘はつかない。
「私はあなたの味方」と言ってくれてるようで、安心する、お母さんの声を思い出しながら話しかけた。
流石に会ってすぐの異性を抱き締めるのは無理だから、ね?と、慰めようと肩に触れた。
怖くないよ、大丈夫。そう伝えたくて。
彼はビクッとしたが、ゆっくりと前髪を押さえていた手を下ろして、顔を少しだけ上げた。
「ありがとう…優しいんだね、クリスは」
「嘘じゃないよ、本当だからね? …いっそ本当に前髪切っちゃえば? ギル様はイケメンだと思うよ?」
「イケ…?」
「かっこいいってこと!」
「そんなこと言われたことないや」
「ウィル様と同じくらいかっこいいよ」
ギル様はなんだかピンときて無い顔をした。
ウィル様のこと知らないわけないよね。えっウィル様って、かなり美形だよね?
それともかっこいいじゃなくて可愛いの方が良かったかな。
「もしかして…ウィリアム殿下のこと?」
「あ、今の聞かなかったことにして…そう。ウィリアム殿下。念のため言っておくけど本人にそう呼んでいいって言われてるからね。でも人前では良くなかったよね、ほんと…あはは」
お義姉様に注意されて気を付けていたのに。
イケメンって言う言葉も無いものね。
だめだ気を抜きすぎている。
紐パンが衝撃的過ぎて…。
あ、しかも敬語で話すのも忘れてる。
全然気にしてなさそうだから、大丈夫かな。
侯爵なんだよね、ギル様って。でも全然そんな風に見えなくて、年下のいじめられっ子みたい。
もしくは雨に濡れた子犬?にしては大きすぎるけど。
「そうなんだ…えっと、じゃあ僕のことはギルでいいよ、クリス」
ギル様は、ため口を咎めるどころかそう言った。
怒ってない。むしろ、なんだか仲良くなれた気がする。
笑っているのかな。
彼の口角が上がっているのを初めて見た。
「わかったギル…えっと、これからも宜しくね」
気を取り直して、ずっと握ったままだったローブをギルに返した。
練習を再開したのだが、なかなか魔法は使えず、私に才能はないんだと落胆する。
「だ、大丈夫! 最初はみんなそうだよ! 一緒に頑張ろう!」
ギルが励ましてくれる。
身の上話をして吹っ切れたのか、ぼそぼそした喋り方はしなくなっていた。
「でもギルは私より年下なのに、全属性の魔力を使い分けてるんでしょ? 天才だ…凄いよ」
「僕は四属性はそれなりなんだけど、光と闇はほんとに少ししか適正がないんだ。だから全属性だなんて持て囃されるけど、そんなにすごくないんだ…沢山練習しただけだよ」
「いやいやすごいよ?!」
基本は属性はひとりひとつだ。
たまに複数属性に適正がある人がいて、ふたつでも凄いくらい。
それが全属性を使いこなして、しかもそのうち4つは魔法師団でも最強クラスなんて凄いとしかいいようがない。まさしく天才だ。
「光属性なんて、僕は太陽光の下じゃ見えないくらいの光が出せるだけだから…」
「すぐにクリスは僕を追い越すよ」と、ギルは自嘲気味に笑う。
見えないけど、目は遠くを見ていそうだ。
自信喪失、のように見えなくもない。
天才と言われていたのに、魔法が見えないなんて言われるの初めてだったのかな。
「本当にごめんなさい!」
見えない、というのは否定できない。が、本当に申し訳ないとは思っている。
暗闇で見ればしっかり見えるだろうから、役には立つはずだ。
「謝らないで! ごめんね、責めてるわけじゃないんだ…それに謝るのは僕の方…」
「ストップ! 私の話ならもう止めて、忘れて!」
雲行きが怪しくなってきて私はギルの言葉を遮った。
不敬だろうがなんだろうが譲れない。
紐パンの話はもうやめてちょうだい。
せっかくいい感じに話がそれて練習も再開できたのに。
「妖精のイタズラを深く考えちゃダメって言うでしょ? 忘れましょう…お願い忘れて」
ギルは何も言わずうんうんと頷いた。
そういえば、ギルにも妖精さんは見えたんだろうか。
見えてなくて、私がスカートめくってパンツ見せたみたいに思われてたら非常に困る。
でもあのときは明らかにおかしな風が吹いていた。
それに今、妖精のイタズラだと言ったから、大丈夫か。